旅行計画の楽しさ

2011-06-30
 毎年恒例となっている夏の渡米計画。今年は諸事情でなかなか計画を立てるに至らなかった。しかし、まずはフライトを確保しないとどうにもならないので、この日は航空会社のWeb上であれこれルートを検索してみた。

値段の問題から行くと、圧倒的に8月も終盤26日以降が安価だ。最終週29日以降まで行くと更に安い。いずれにしても9月に割り込むことが可能なのだから、敢えて高価な8月半ばに行く必要もない。

ルートとしては、米国内の移動をどうするか。成田―1都市であっても、複数の都市間移動を加えても、それほど大きく値段が変動しない場合もある。車でやや強引に移動するのも嫌いではないが、どうせならフライトを組み込んでおけば時間を有効に利用できる。

この基本的な足を確保すると、行程が現実化してくる。たいていこの行程全体を、野球の試合日程が左右しているのも確かだ。贔屓チームの試合があるかないか。アウェイの試合があれば、訪問都市も増えたりする。

既にここから旅は始まっている。「家に帰り着くまでが旅行」というような教育的な警句よりも、「旅に出る前の計画から楽しむ」というほうが、何とも前向きなことか!
関連記事
スポンサーサイト
tag :

岡田武史氏の含蓄

2011-06-29
 昨年の今頃はW杯南アフリカ大会に、日本中が熱狂していた。そして13年前に遡れば、W杯フランス大会に、日本中が期待を抱きながら意気消沈もしていた。この2回の大会は、いずれも岡田武史監督が日本代表を率いた大会だ。

28日の昼休みに、ふとNHKのスタジオパークという番組がTVから流れていると、岡田武史さんが出演していた。98年W杯フランス大会で日本代表監督を務めて以来、小生が尊敬するスポーツ人の一人である。当時、比較的世間からは期待されていなかった岡田監督に対して、敬意を表するようになったのは、徹底した戦術理論を駆使しつつ、それを実践に展開しようとする頑なな姿勢である。結果、3戦全敗という期待外れの結果であったかもしれないが、今にしてあの大会こそ、日本サッカーが世界で輝く第一歩になっているのだとつくづく思う。それは歴史である。

更に98W杯直後に、ある雑誌に掲載された岡田さんの手記を読んだ。そこには他の多くのスポーツ人が書くような文章からはかけ離れた、豊富な語彙で的確な内容が語られていた。この人は、並のスポーツ人ではないという思いを強くした。

その後しばらくして、岡田さんの母校でもある早稲田大学で講演が開催された。会場の大隈講堂に足を運んだ小生は、岡田さんへの思いを確信した。それまでは外見上からも無口で話下手だと思っていたが、1時間半の講演において、寸分も聴衆を退屈させることなく、ジョークや的確な皮肉なども交えて自己の体験を語り尽くしていた。この講演を聞いて以来、心酔するほどのスポーツ人となった。

この日の、スタジオパークでも紹介されていたが、岡田武史さんは学生時代から環境問題を学んできている。今も、倉本聡さんの「富良野自然塾」でインストラクターを務めているという。現代の人間は、90%ほどの視覚情報で生きている。しかし、それは本来の人間の姿ではないということで、目隠しをしつつ自然の中を歩く体験を、若い人に実践させるなど、精力的な活動が紹介されていた。

2度のW杯代表監督も、最初から指名された訳ではない。2度とも前任者がアクシデントに見舞われ、緊急登板という形であった。その2度とも、マスコミや世間からだいぶ叩かれもした。だが、この日に岡田さんが語っていた内容にも惹かれるものがあった。

「人生には上がり下がりがある。だから下がる時も必要。それこそ次に上がる為の準備期間である。」

世間の執拗な攻撃に耐え、孤独な指揮官として大舞台を経験した岡田さんの含蓄あることばである。

 「(昨年のベスト16という成果も)決して自分だけが築いたものではない。ジーコを始め、多くの人が横に煉瓦を積み上げて来てくれていたからだ。横に煉瓦を積み上げても世間からは評価されない。僕は、そこに最後の煉瓦を積み上げただけだ。」

このようなことばを聞くと、岡田監督を批判していた世間の浅はかさが露呈する。彼の様な存在を、日本を代表するスポーツ人として讃えない、日本社会こそが未成熟だと痛感してしまう。


紛れもなく、岡田武史さんは日本スポーツ界の恩人だ。


本人は、もはや考えていないだろうが、日本代表監督として最初から正式に委任して世界舞台で戦う岡田武史監督の姿が、もう一度見てみたいと思う。
関連記事
tag :

チャーハン(炒飯)は美味い!

2011-06-28
時折、無性に食べたくなるメニューの一つがチャーハンだ。調理法も単純で特別な具材が入るわけでもなく、店で食べても自分で作ってもすぐに食べられる手軽な料理である。だが、このチャーハンこそ奥深い料理であるような気がする。

初めて入る中華料理店では、まずはチャーハンを注文する。できればそれに餃子を付ける。チャーハン・餃子を食べてみれば、その中華料理店の実力は大概わかる。チャーハンは、中華鍋をどのように使うかが顕著に現れ、餃子は具材の内容や皮の仕込にどのくらい思い入れがあるかが現れるからだ。

中国に行った時も、大抵が食事の締め括りにはチャーハンを注文する。それ以前の料理が舌に合わなくとも、チャーハンはほぼ間違いがない。また、アメリカに行って米粒がどうしても食べたくなった際には、中華料理店かタイ料理店に行って「フライドライス」と注文すれば、ほぼ過剰な欲求を抑え込むことができる。

今まで最高のチャーハンはと聞かれると、間違いなく大学近くの学部時代から馴染みの中華料理店を挙げる。しかし、その店も今や諸事情で休業中である。自分にとって世界一のチャーハンなので、ぜひ復活して欲しいと願っているのだが。


チャーハンは美味い!

無類のチャーハン好きなため、むしろ店は厳密に選んでいるのかもしれない。

野球選手が一振りでファンを魅了するように、1杯のチャーハンにこそプロの力が表現されているのだ。
関連記事
tag :

詩・曲・歌のトライアングル―「大切なあなたへ」―

2011-06-27
 東日本大震災以後、Twitterでの作品投稿で注目を集めた詩人・和合亮一氏。どこかで彼自身の生朗読が聴けないかと思っていると、ご本人の呟きでこのコンサートを知るに至った。

「大切なあなたへ」歌曲コンサート
 作曲・ピアノ:伊藤康英
 ソプラノ:見角悠代
 ゲスト:和合亮一
 6月26日(日)原宿アコスタディオ

 作曲家として実績のある伊藤氏が、奥様が福島出身で和合氏との繋がりもあったという経緯で実現したコラボレーション。Twitter上で語り掛けていた文字が、その背景を解釈したメロディーに乗って、ソプラノの高らかな響きとなってわれわれ聴衆に伝わってきた。

いくつかの詩は、和合氏本人による朗読も披露された。創作時の心境に立ち返るように呼吸をのみ込み、和合氏の声が深い訴えが込められた詩を語り出していく。ことばの余白と余韻、詩が紛れもなく韻文だと感じるには、創作者による世界で唯一の「間」を受け止めるしかない。

その後、同じ詩がソプラノの旋律に乗る。見角氏も十分に自分なりの解釈が為されていることは、その歌う表情を見れば一目瞭然だ。震災の厳しい状況を込めた詩を熱唱すると、精魂使い果たすような限界点まで達するようだ。歌い終わった際には、万感がこみ上げるように、見角氏は目頭を熱くするよう。その詩の内容が、あまりにも重いからだという。

伊藤氏の柔らかな語りに、コンサート自体も和やかな雰囲気で進行。三人による即興詩・即興曲・即興歌のワークショップも見応え十分であった。


和合氏は、今年8月15日開催の「プロジェクト福島」に向けて精力的に活動中だという。休憩時間にご著書にサインをいただきながら、「朗読」で協力できることがあればと、自己紹介をしつつ申し入れた。芸術に今できること。そんなこの日のコンサートから感じ取った深い意義を、自らも微力ながら力添えしたいという心境になったからだ。


自分自身の研究で、社会に貢献できること。

それは、このような場に接することで邂逅する一期一会なのかもしれない。

他者の芸術表現に触れることは、自己発見でもあるという余韻に浸りつつ、表参道の夜風に吹かれながら帰路についた。
関連記事
tag :

刑事コロンボの哲学―ピーター・フォーク氏逝去を悼んで―

2011-06-26
 ヨレヨレのコート・モジャモジャの頭髪・低い身長・がさつな持ち物・汚く古い車等々。何をとっても当時の米国人からしたら、極端な劣等感の塊のような存在だ。だがしかし、完全犯罪を企む知能犯による殺人事件を、ものの見事に解決してしまう。それまでに米国映画に存在していた刑事像を、完全に覆した存在が「刑事コロンボ」だった。

 冒頭に列挙したようなコロンボの外見は、確実に知能犯の心の隙を作る為に機能する。たいていが各界の有名人か富豪が犯人である設定であり、彼らは名誉や財力にものを言わせて、完璧なまでの殺人事件を引き起こす。現場に現れるコロンボは、立ち入り禁止区域に入り込むのも憚られるような存在。場合によると犯人(その時点では犯人と判明していなく、どちらかというと被害者を装っている)が、「あの変な人を追い出すように」と平警官に依頼したりする。しかし、警官は「コロンボ警部です」と紹介する。

 頭に手を当てて気怠そうな表情で「あ~・・・お察しします。」と犯人に近づき、「いくつか聞いていいですか~」と、とぼけた調子で犯人との会話が始まる。しばらく基礎的なアリバイ等を聞いても、犯人は完璧な答えをするだけ。むしろ、それに十分納得したような発言をして、疑う態度を見せない。犯人が、初動で上手く騙せたと思い込んだあたりで、あの名台詞が噴出する。

 「うちのカミさんが・・・」
 
コロンボの「カミさん」は、何と豊富な経験と多彩な趣味を持った女性かと思う。たいていが、その犯人の得意とする分野に「カミさん」が精通しているのだ。場合によると、逆にその分野で「カミさん」が大失敗していたりする。その話題を聞いた犯人は、第三者(カミさん)の行動なので、直接は捜査に関係ない話かのような錯覚を覚える。すると次第に警戒心が緩み、犯行に使用した犯人自身の専門的な知識や感覚が暴露されていくのだ。コロンボは、「カミさん」という秘密兵器を以て、犯人の深層心理に深く分け入っていくのだ。

 時に「カミさん」が、「いとこ」「姪っ子」などに変化したバージョンもあるのが面白い。


 コロンボは、かなりしつこい。いくつか質問をして一旦帰るのだが、急に引き返して目の前に居たりする。犯人は、完璧な証言をしたあとで、一瞬の心の緩みが出たような場面で、再びヨレヨレコートに対面する。

そして神出鬼没でもある。どんなセレブな社交パーティー等でも、あの服装のまま入り込んだりする。たまにタキシードという場面がなかったわけではないが、やはりあの服装で、適さない場所に登場することに意味がある。多くの場合は、犯人を追い込んだ場面である。犯人が社交界の権威の中に逃げ込もうとするのをコロンボは許さない。「あなたはこの姿の警部に質問されるべき人物なのだ」とパーティー参加者に宣言するかの如く、平然と自らの姿が適合しない場所に出没する。

場合によると、大邸宅の高級品を壊してしまったりする。妙に物品に興味を持ち、いじったりしているからだ。

 そんな方法で、次第に犯人を精神的包囲網で追い込む。そして最後の詰めの段階でのコロンボの切れ味は抜群だ。まさに完璧なまでに名誉欲を刺激した会話進行で、犯人自身が自ら語りに落ちるパターン。間違った証拠を意図的に提示して、犯人自身に本当の証拠を眼前で出させるパターン。証拠はないが、絶妙な演技や一か八かの賭けをして犯人を騙しつつ自白させるパターン。どうやら、どれも現実の司法の場では証拠不十分であるみたいだが、そんなことを考えるのなら映画を見る資格はない。その追い込み方が何とも絶妙なのだ。

 それは「三つ葉葵」の印籠で、全てを解決する日本の老人とも違い、光線やキックで悪を一撃する日本の英雄とも違う。


 だがしかし、米国人に対して劣等感がある日本人から見て痛快なのは、名誉・財産・外見などの全てがアメリカンドリームのような存在を、貧弱な存在が一撃に討取るからだろう。小池朝雄氏の吹替えが、ほぼ本人以上に本人らしく聞こえるのも、そんな点が大きいからではないかと思う。英語版で見ると、ピーター氏自身の声はやや高くて、コロンボ像を崩してしまうような感じを受ける。


外見は飾らず鈍く見えつつ、中身で核心を突くような人間でありたい。

子供時分から「刑事コロンボ」を見ていて思った、小生なりの哲学。

年齢を重ねても未だその境地には達しない。


ピーター・フォーク氏のご冥福を祈りつつ、改めて「刑事コロンボ」の哲学を味わってみたいと思う。
関連記事
tag :

入川保則さん朗読会―『盲導犬サフィー 命の代償』―

2011-06-25
 3月に余命半年を発表し、延命治療を拒否し役者としての活動に取り組む入川保則さんの朗読会に伺った。自らの研究テーマの一つである朗読。それを余命半年と宣言された名脇役がどのように演じるかということに、大きな興味を抱いて会場へと向かった。

 広尾の天現寺シアター。作品は、4月にも1度公演している『盲導犬サフィー 命の代償』(秋山みつ子著・講談社刊)である。交通事故に遭遇し、飼主の命を護るかのように絶命した盲導犬サフィーの生涯を語ったものである。飼主と犬との心の交流、「生死」とは何かということを、現実味をもって伝える作品を入川さんがどのように読むかが注目であった。

 開演すると一気に入川さんの深く優しい声に惹き込まれる。一語一語の滑舌の良さはもちろん、作品世界を自分のものとして咀嚼している表現世界。「文章の中の世界を映像化し、それを聴衆に説明するように語り伝えるのだ」と、酒場のカウンターで話してくれた入川さんの生の朗読に魅了された。

 長きに渡り年齢を重ねた俳優としての重厚感。人生そのものをどう生きるかという気持ちを声に込める。文字列を読んでいるのではない、作品内に存在する盲導犬と飼主の世界観を語っているのだ。

 文学を読むということは、人間そのものを受け止めること。さらに、文学の世界を咀嚼した一人の人間が生の声で語るのが朗読。単なる本読みとは異なる次元の表現行為。聴く側にもそれなりの覚悟が必要だ。


 終演後に、発売直前の御著書『その時は、笑ってさよならー俳優・入川保則 余命半年の生き方―』(ワニブックス)を購入。受付にご本人がいらしたので、直筆サインをいただいた。

 帰り際に、お互いが馴染みのワインバーの名前を言って「またあそこでお逢いしましょう」と笑顔で語ってくれた。入川さんにとってかけがえのない「また・・・」の日を、数回ワインバーで逢っただけの小生ごときに投げ掛けてくれたことが、心から嬉しかった。

 朗読会終演後にランチをとったカフェ。そして授業前の大学での時間。そこで一気に御著書を読了。翌日が一般発売だから、この時点で御著書を読了した数少ない人間にカウントされるだろう。そこに記された珠玉の人生を語ることば。

 「諦めない。自分にウソをつかない。その日にできることは、その日のうちに。これが役者生活50年で心得てきたこと。」

 「不平不満を口にするとスルリと運が逃げていく。不平もすべて自分の責任である。」

 「生きるとは精神の激しい流動。」


 何と1日を生きることの大切さよ!

 入川さんとの出逢いが、自分自身が生きるということに、更なる厳しさを付加してくれたような気がする。

 ぜひ「また・・・」酒場のカウンターで、人生を語りたい。
関連記事
tag :

温室コミュニケーション―『ニッポンには対話がない』雑感(3)

2011-06-24
 「いじめ」は、たぶん人間的なコミュニティーがあれば必ず存在するものだ。だが、その意味合いには幅がある。幼少の頃を思い出すと、たぶん一般的には「いじめ」られていると言わざるを得ない子が、実は集団内でマスコット的な存在であったりした。鬼ごっこや球技をする際には、「おみそ」(地域によっては「みそっかす」)などと呼んで特別扱いされた。何となくからかわれているのだが、皆から擁護される特権を持っていたりした。


 『ニッポンには対話がない』も第3章と最終章へ。

 「高校ぐらいまで温室のようなコミュニケーションのなかで育っていて、外では嵐が吹き荒れているような状態。」
 「「やさしいコミュニケーション」と「厳しい現実」とのギャップが、さまざまな社会病理現象を引き起こす。」(同書P131)


 一時期、流行した「KY」という言葉が象徴的に表現しているように思う。子ども同士のコミュニティーの中で、「対立」を逃れようとする「やさしい」雰囲気が蔓延する。しかし、大学生となり現実社会に放り出されると就職は厳しく、たとえ就職したとしても職場で厳しい対応が為され、「病理的現象」を起こし引きこもる。小中高において厳しい現実を知る機会が、虚構的にも構築されていない。むしろ教員も親もそれを排除する方向に躍起になる。地元の公立中学校には「厳しい現実」があるからといって、受験に夢中になり「温室化」した私立中学を選択する。ただでさえ「温室」なのに、更にその中でも「嵐」の体験を避けようとする。


 「「その人の気持ちになって」考えることと、「もし自分がその人だったらどう感じるのか」を考えることの違い。」(同書P135)


 前者を「シンパシー(sympathy)」、後者を「エンパシー(emupathy)」と規定する。そして後者は、「自他の区別を前提としたうえで、意識的・能動的に他者の視点に立ち、他者の立場に置かれた自分を想像することに基づいた相手理解のこと。」とある。前者が「同調」「感情移入」とされるのに対して、新しい概念で「自己移入」と訳されているという。それを教育の中で実践するのに、演劇的要素が有効だと同書は説く。自分の中の他者を発見しようとするからである。


 「崩壊したコミュニティーを再生するために、芸術文化振興、表現教育を徹底的に行った。そこにいまのイギリスがある。」(同書P149)


 そんな点から考えると、日本の現実は危機的だと言わざるを得ない。かろうじて東日本大震災という自然の威厳がもたらした困難によって、多少なりとも目覚めようとしているが、それも「喉元過ぎれば・・・」の感がある。前回も触れたように、芸術文化振興は誤った発想を起点としており、表現学習が教育現場に浸透するには、いまだ時間が必要である。

 2000年PISAで話題になった「落書き」問題。同書でもこれに触れて、日本では「落書きはいけないもの」という前提で考えるから、問題そのものが理解されなかったという。確かに日本の教育では「~してはいけない」が氾濫し、「~しよう」は少ない。その反動か、電車内のマナー向上広告に、「家でしよう」といったコピーを見る。車内で他人に迷惑を掛ける行為は、自宅でせよというのである。この「~しよう」型広告は、むしろ「~してはいけない」が大量にあることを逆手に取ったものだと考えてよいだろう。

 学校内は「禁止」事項の宝庫である。ゆえにその環境下では、事項を忠実に履行さえしていれば、優秀と見なされる。多くの子どもが自らの考え方に反して「禁止」事項を遵守する。だが一たび学校内から解き放たれた高校生などが、電車内で他者の迷惑を顧みず、大声で談笑し合う姿を見れば、学校内での姿が彼らの真意ではないことはすぐにわかる。「携帯」なども「禁止」事項に含まれるから、むしろ通学中などに極端なマナー違反を堂々と実行する。

 規則で縛り本質を考えない教育は、学校内でしたたかにマナー遵守を装う偽善的な人間を養成し、現実社会の中で「未成年」「高校生」「制服姿」といった「似非特権」に隠れ、厳しさも味わうことなく、誕生からの月日のみが加算されていく。決して国際的基準での「大人」にならない。


 同書から「フィンランド型」や「演劇教育」の重要性を、様々な角度から学んだ。小欄では覚書の意味も含め、雑感にとどめるが、日本の教育界が考えなければならない課題が、山積していることは確かである。そして危機的に急務なのである。


 2011年が日本にとっての大きな転換点になるよう、自らを律して教育に取り組まねばならないと決意を新たにしなければならない。
関連記事
tag :

型と個性―『ニッポンには対話がない』雑感(2)

2011-06-23
 武道では「型」が重んじられる。少年時代に剣道の道場に2年ぐらい通ったことがあるが、まさに「型」に始まり「型」に終わっていたと記憶する。むろん、一定の昇段審査レベルにならなければ、「型」を査定されることはなかったが、稽古の始めから「型」が要求されていた。ただ、その稽古の最初の先導役を、我々参加者が毎回交代で指名されて行っていた。正座して「黙想」をし、基本的な打ち込み「型」を一通り行う。そこには先導役となる同年齢の少年ごとに、聊か動きの違いがみられ、毎回、その違いを観察することに興味を抱いていた。「今日行っている奴は、竹刀の穂先が低いか否か」とか。結局は、その観察が対戦の時に非常に大切な情報になっていったのである。


 『ニッポンには対話がない』第2章では、「型」の問題が論じられている。


 「はじめから「自由に発言しなさい、自由に書きなさい」と言うことは、ルールも道具の使い方も教えずにスポーツをさせるのと同じ。」(同書P99)


 2002年PISAショック。日本の国際的学力低下が大問題となり、教育界を揺るがした一大事であった。しかし、同書ではPISAの「型」を日本人の学生が知らなかっただけだと断じる。その後、09年の発表で「読解力」等が回復したとされたが、たぶん「型」に慣れる対処療法が功を奏したからであろう。短絡的に「回復した」と見るのは、やや早合点に過ぎないのではないかという疑念を持つ。本質的に日本の教育が改革されているとは思えない現状がある。


 「型通りに表現することの安易さと、型を破りたいという欲望のバランスのなかで、その融合点を自分で見出していく。」(同書P101)

 「その場その場で、柔軟に表現できるということが、型の本質。」(同書P103)

 「型を破って表現するとき、その人の表現力が飛躍的に広がる瞬間がある。」(同書P109)


 「型」があるからこそ、それを破ろうという欲望が表面化してくる。「型」は基準値とも言い換えることができるだろう。その「型」に対する柔軟性こそ、学ぶ者の特権ということができそうである。ところが、日本では「破る」ことが「悪」と規定される。特に学校現場ではそうである。一定の「前提」や「ルール」を守ることが「優秀」なのであり、寸分も違わずに「型」通りできる人物の評価が高い。ゆえに、個性が見えにくく自由度が低いため、創造的な発想が生まれにくい。現状の政治家や官僚を見れば、日本の教育の閉塞性も自ずから見えてくるであろう。


 「型の形式にこだわって、だれも使わないような不自然な言い回しをさせるような学習は、ことばの教育とは言えない。」(同書P105)

 「「ここでの表現はこうあるべきである」という、既存の表現観、価値観が強く入り込んでいる人は、型の形式から脱出できない。」(同書P111)


 学校教育の中では、実に「不自然さ」や「既存の価値観」で対処されることが多いことか。教師側も、理由づけが曖昧になると「ルールはルールだ」というような、逃げの価値観を押し付けて、自らの表現力(あるいは思考力の可能性もあるが)の低さを補う。「型」があるのはそれでいい。しかし、「型」に押し込むのは、判で押したような人間しか醸成しないはずだ。


 「「美しい日本語」「正しい日本語」は、排斥的になりやすい。ことばの美しさや正しさは、人に強要するのではなく、個人で追及すべきもの。」(同書P113)


 まさに同感だ。いつぞや「美しい国」などと提唱していた首相も、「型」通りの任務さえも終えることができずに、退任していった。「世は無常」こそが、この国の美しさとでも言いたいのだろうか。まさに「美しい」「正しい」などという価値観は、各個人の中に存在するものだ。唯一絶対の「美しさ」「正しさ」などはなく、それを宣言した時に、基準外のものを「排斥」しているという「醜さ」が顔を覗かせる。


 新指導要領の施行で、「日本文化の伝統」が重視され、それに伴い「武道」も必修となった。その「型」をどのような価値観で教えるかは、現場の教員次第なのである。


 遥か少年時代に剣道を学んだ道場の館長。今にして偉大な教育者であったと声を大にして言っておきたい。「型」と「個性」の峻別を柔軟に心得ていた。

 「型」は他者を見極める基準値、柔軟に観察せよ。遥かなる時間を経た人生の一端で、「武道」を学んだ意味を自らの心の中で紐解くのである。(続く)
関連記事
tag :

孤独を恐れず対話に臨むー『ニッポンには対話がない』雑感(1)

2011-06-22
 「対話」という語彙が気になり『ニッポンには対話がない』(北川達夫・平田オリザ・三省堂2008)を図書館から借りてみた。フィンランド日本大使館に長年勤務し、帰国後その教育方法を具体的に紹介している北川氏と劇作家の平田氏の対談集である。この10年来、急速に注目を集めたフィンランドの教育方法。しかし、その核心的な内容は、果たして日本の教育界の深層に浸透し始めているのだろうか。


 「教える立場の人間が、「教え込むことの誘惑」を抑え込むことができるか。」(同書P9)


 「教え込む」ことは、ある意味で日本の教師の性癖になってしまっているかもしれない。自分自身が「唯一無二の正解」を裏に隠しつつ、その「正解」を導くための、いわば「仕組まれた」やりとりを繰り返し、最後には「正解」を種明かしする。その過程をいかに理解しやすく整理して提示するかがよい教育とされている場合が多いからだ。実は、その整理していく過程にこそ、学習者の思考の鍛錬があるのだから、「理解しやすく」してしまったら、その思考を奪うことになりかねない。裏を返せば、いかに「理解しづらく」テーマに向かって思考過程を辿るかが重要になるはずだ。

 同時に学習者側も、教師の教えることを従順に受け入れてはならない。しかし、教師は自らの勉強が不足している場合に、往々にして反論を威厳で押さえつける。極端な場合「刃向かうのか。逆らうのか。」などと批評や反論を封殺し、自らの勉強不足が露呈しないようにする。多くの日本の生徒が、そのような教育現場の環境に慣れてしまっているので、「意見の言えない日本人」が大量醸成されていく。もちろん、自ら深く学び学習者の批評に耐え得る教師が少なからずいることも事実であろう。しかし、様々な理由で批評に耐えるだけの力を持った教師が標準になるには、未だ時間を要するというのが現場での感想だ。


 「自分の信じる「よさ」を受け止めてもらえない。自分自身の価値観が批評的に評価される。人を教えるということは、そういう孤独に耐えていくこと。」(同書P11)

 「「だめだと言われたからだめなんだ」と思う人間を育ててはいけない。もっとも恐ろしいのは、思考を停止させる教育。」(同書P23)


 教育現場で「だめなものはだめと言うべきだ」という発言は、むしろ近年高まっているように感じる。教師が自分たちの都合のいいように学習者を思考停止に追い込む。


 「対立や選択よる痛みを通過して生まれる対話の場には、ほんとうのやさしさがある。」(同書P51)


 痛みのみを過度に恐れ、対話のない「ほんとうのやさしさ」のない教育現場がいかに多いことか。

 それは教師自身が、自らの働く職場内での「対話」を成り立たせていないから。会議は「対話」どころか、意見の一方的な押し付けの場であり、痛みは背後から暗躍たる陰湿な方法で個人個人に押し寄せる。「ほんとうのやさしさ」が芽生える土壌が教育現場の組織自体にない。


 「自分の経験の絶対化からは、何も生まれない。経験のある人と、経験のない人が対話をすることによって、新しい発想は萌芽する。」(同書P61)


 同書の記述によれば、現在の50代60代にこの傾向が強いという。年齢や職種を越えたフリートークの場である「哲学カフェ」などの場に来て、自らの経験を絶対化して他者に押し付けるのは、この年代であるという。それは教育現場でも同じ。


「だれもがそれぞれの地域社会に出て、積極的に対話をすることが社会にとって究極のリスクマネジメント」


 教育現場にいる人間は、自らの殻、自らが所属する職場の殻から外に出ようとしない。自分自身を別な価値観がある場に曝すことで、真の「対話」が初めて成立する。


 以上、同書の序章・第1章を読んでの雑感を書き連ねた。(続く)
関連記事
tag :

筋肉への負荷

2011-06-21
 週3回は必須と決めているジムでのトレーニング。最近は殆どがスタジオプログラムへの参加である。その3回を、筋トレ的プログラムと有酸素的プログラムに振り分けているのだが、最近はその取り合わせに迷う時がある。もう1回増やして4回行ける週に関しては、2回ずつ参加できるので問題はない。3回の週でも、ある1日に2つのプログラムに連続参加という手もあるのだが、それはそれで翌日へのダメージも大きい。

 このように迷う要素として、筋肉への負荷の問題がある。筋トレを1週間ぶりに行うと、大変きつく感じるということ。前週と同じ重さのバーベルを使用しているのに、筋肉への負荷が大きく掛かっているかのように感じるのだ。これはやはり筋肉の性質からして、鍛錬を怠ると退化している証拠のように思う。なので、週に2回は筋トレプログラムという欲求が生じる。

 かたや、脂肪燃焼という願望も強くある。尊敬するイチロー選手が、体脂肪6%であることを知ってから、せめてその倍の12%を目標に頑張っている。ようやく最近、時折体脂肪計が12%台を表示するようになった。かなり以前に、健康診断で中性脂肪値が基準値を越えてしまっていた頃とは、隔世の感がある。そんな感覚から、せめて週1回は、ジムのプログラムの中で、一番激しい有酸素プログラム60分に参加するようにしている。


 かくなる迷いなどともかく、このように運動が習慣化したことは、自分にとって大きい。月にジムへ行くのが12回から14回を数え、たいてい行く日は、風呂をジムで済ませてくるので、ガス代・水道代の大幅節約にも貢献している。

 とりあえず体脂肪率12%台を平均的に記録するようになったら、次は1桁台が目標になるのだろうか。体脂肪は下げれば下げるほど、健康の為にいいのだろうか?そんなレベルで、今度はインストラクターに相談をしてみようかと思う。


 筋肉と脳への負荷は、日頃からコンスタントに!

 身体の活性化は気分爽快!
関連記事
tag :
<< topページへこのページの先頭へ >> 次のページへ >>