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革命家の執着

2011-03-08
7日(月)1月以来、北アフリカを中心とする中東情勢の変転が目まぐるしい。予想以上に短期間で長期独裁政権が崩壊したエジプトに比べ、リビヤ情勢はなかなか先が見えないようでもある。自ら「大佐」を名乗り、憲法も議会もない、まさに独裁体制を築いてきた権力者は、いったい今後、どのような道筋を考えているのだろうか。

 もともとリビヤに存在していた王政を打倒し革命家として成功したのは、カダフィその人である。長期独裁による権力掌握は、革命家が権力者に脱皮する最たる例のように見える。微塵でも革命家として活動した際の精神が残存していれば、この民衆の蜂起に対して抱く思いも違うはずである。権力を掌握してしまい体制側となってしまった人物の執着は、それほどに凄まじくも醜聞である。

 この日の、NHK「クローズアップ現代」でも、このリビヤ情勢が特集された。何事も起こっておらず市内は平穏だという映像を流す国営TV局。インターネット回線が遮断されたので、デモの映像を命懸けで国外に持ち出した勇気ある市民。確実に市民の犠牲者が増えており怒りは沸点に達しているにもかかわらず、行く先の見えない情勢。元来リビヤには、東と西の勢力分断などの問題があり、事態は複雑化しているのだという。

 更に問題は、リビヤの対外政策である。過去には、核武装をちらつかせ、国際社会におけるテロ行為などで先進国を震撼させるという手法をとった。それをなだめるという大義の元で英国がリビヤに接近し、最終的には石油利権を得て相互扶助の関係を築く。確かに核武装の放棄という効果はあったに違いない。しかし、その後は英国から多くの兵器がリビヤに流れ、軍備の拡張に繋がっていたというのだ。ゆえに、現在デモ隊に投じられている催涙弾なども立派な「英国製」であるという。ある時期には、半年で日本円40億ほどの武器が英国からリビヤに渡ったというのだ。勿論、英国内でもこの情勢への批判は相次いでいるそうだ。

 中東情勢が国際社会の中で綾取りのような混沌さを持っているのは確かであろう。各国がその対応に苦慮しているのは自明のことだ。そこに石油利権という大きな温床があることに起因しているからである。カダフィ政権も、この力関係に武力を加味することで、国際社会の中で強硬な姿勢を貫いてきたと言える。終わりなき負のスパイラルがそこに存在しているかのようだ。

 TV等で扱われる内容以上に、中東情勢に明るい訳ではないが、ただただ革命家だった人間が、権力に執着することへの違和感が高まるばかりである。強権的な権力行使で、全てが上手く運んできたことへの変質的な自信であろうか。ひとたび権力を掌握したものに、一市民の切実な願いが理解されないのは、世の常なのか。権威・権力に依存して物事を進めようとする類の人間に対して、改めて深い嫌悪感を抱くのである。

 
 最後に話題は逸れるが、映画「ソーシャルネットワーク」の一場面が思い出される。マークと発想を共有していると思い込んでいた双子の兄弟が、親の「権力」を利用してハーバードの学長に訴える場面がある。そこで学長が述べた言葉には、実に感極まるものがあった。「誰の紹介でこの部屋に来たんだ。ルール違反などと訴える暇があったら、自分たちで新しいことを始めたまえ。」権力依存を忌避し、新しい発想へと向かう創造的な知を賞讃した痛快な言葉である。映画とはいえ、さすがは天下のハーバード学長だと感心したものであった。


 人間は状況により思考が変転するのも確かであろう。ただそうであっても「革命家」としての「矜持」があるのなら、自らが「権力者」であることに敏感であるべきではないか。本質的な中東情勢からしたら、甚だ甘い主張に過ぎないが、世の中の多くの例を見て、権力者に対する忌避の思いを改めて強くするのである。
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