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森と湖の異空間

2010-08-10
8日9日。カナダの首都オタワから豊富な自然の中を車で駆け巡る。途中、Algonquin Park を通過。道端に多くの人が車を停めているので何かと思って野次馬根性。どうやらムースの子供がいたらしい。ある婦人がカメラに収めていたが、我々が見たときには姿を消していた。人間が近寄るのは、何よりムースも嫌いなのだろう。

 残念ながら天候は雨で、しかも激しさを増した。この公園をややゆっくり通過して自然を楽しもうと思いきや、仕方なく目標へと車を進める。その後、先頃G8が行われた街、Huntsvilleを通過。次第に空も明るくなってきた。

 その先もカナダの田舎道は続き、この日の宿泊地である英会話講師の家に到着。そこはまさに森と湖に囲まれた異空間であった。7月上旬の夏休み前、教室で会って以来、約1ヶ月ぶり、英会話講師と感動の再会だ。湖が見渡せる家に併設されたテラスでしばし談笑。その後、ご両親ともども家やコテージを案内してくれた。

 何しろ家の周辺は、まるまる自然のまま。近所には鹿や熊もいるという。現に家の近くで数日前に熊の糞が発見されたそうだ。その糞がそのまま残る現場を案内してもらったが、湖を見渡せる木陰で、熊が用を足したよう。これには何か微笑ましい童話的な光景を想像してしまった。決して危害を加えてくるなどという恐怖感などは抱かずに。

 夕食はテラスで湖を見ながら。雨も上がり、綺麗な夕陽とまではいかなかったが、涼しき風に吹かれながら、グリルサーモンとオンタリオポテトの味に、舌鼓を打った。夕食後、やや明るさの残る8時半頃から、4人乗りカヌーで湖の探検へ出向く。次第に周囲は闇の世界に包まれたが、その幻想的な中でのカヌークルージングは、現実世界を忘れさせてくれるような深い趣があった。この虚構のような現実世界が、このカナダの地には存在する。自身の日常など全く頭の中から消え去り、しばし「虚」の異空間に浸った夜だった。

 早朝にカヤックで湖に出るといいと言われていたが、1人で行くのはやや躊躇。翌朝も5時半頃から、湖の光景を眺めながらの妄想が続く。周囲は静寂そのもので、蜂が花に飛来する音や、啄木鳥が木をつつく音を楽しみながら、聴覚が研ぎ澄まされる時間を過ごす。東京の雑然とした喧騒など、頭の隅から完全になくなり、心の深呼吸を繰り返すことで、「虚」の域へ達するような感覚。この環境は人間を浄化する。

 普段は日本で英会話を教える講師も、夏の間は家周辺の木の伐採が「仕事」だと自分で語っていた。この1ヵ月半ぐらいの間に、彼は澄んだ豊かな心を涵養し、自然に同化するのであろう。それが英会話教室の中で見せる、寛大さや人間味に通じているのだと痛感する。

 そして、ある程度の英会話能力をつけた自身に、更に会話能力を付けたいという欲求を膨らませてきた。今回は、旅の中での使用する会話には困らない状態が続いていた。(モントリオールでフランス語しか通じない場面を除いて)しかし、この自然の中に居る感性を講師やそのご両親にどう伝えたらよいかと苦慮した。まさに小欄に書いているようなレベルの内容を英語で伝えたい。そんな欲求がむくむくと顔をもたげてきたのだ。英会話は話せるだけから内容を伝える域へ、更なる研鑽が求められる。

 9日の朝食後は、クルーザーで湖一周。回復した天候とともに湖の風が心地よい。ある場所ではビーバーの巣を見ることができ、更なる奥深い自然環境、そして人間との共存を感じさせるカナダ人の発想に感激したり。もはや、森と湖に代表されるカナダの自然に心の底から魅了されたのだ。

 9月の英会話教室での再会を告げ、ご両親ともどもに感謝の意を添えて講師宅を後にした。

 森と湖の環境はしばらく自身の中から離れないだろう。

 肌で触れたカナダという国の雄大さ、心の豊かさに洗われたこころ



 一路、車はナイヤガラの滝へとステアリングをきった
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