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心に栄養を与える8月

2010-08-02
1日(日)忙しくしていたら、いつの間にか8月になっていた。この日の午後から出向いたカットサロンでも、隣の席からそのような声が聞こえてきた。1年もいつしか折り返しを過ぎ、後半に突入している。さて、今日からの8月をどう過ごそうか?

 小中高生であれば、夏休みには宿題が出ている。ラジオ体操に朝顔の観察日記、それに天気記録とドリル関係。思い出すだけでも、こんなものが浮かぶが、宿題の固定観念は、ほぼ誰しも同じなのではないだろうか。しかし、この宿題、果たして子供の成長に役に立っているのだろうか。さらに早期教育やお受験が加熱してきた日本社会。学校から解放された子供たちは、塾の夏期講習などに躍起になる、いや、させられる。学校と塾、下手をすると学力に関しては、後者の方が子供たちに貢献していたりする、本末転倒な教育社会構造だ。

 夏休みには勉強をしてはならない。などというとかなりの暴論に聞こえるだろう。しかし、世界の教育環境などを見るに、こうした趣旨で夏休みなどを過ごす国も少なからずあると聞く。それは座学では得られない、貴重な体験をすべきであるという考え方に拠るものであるようだ。冒険的体験、奉仕的体験、仕事的体験、福祉的体験、国際交流的体験などなど。夏休みにしかできないことは、いくらでも発見できるはずだ。

 かくいう小生も、夏をどう過ごすかということを考えていて、自分のあり方に疑問を抱いたことがある。夏が過ぎ去る頃になって、果たしてこの夏は何をしたのか?とせつなさと虚しさに襲われた時があった。それから10年近い時間が経過した。思い返してみれば、その後の夏は、いつも心に栄養素が与えられる夏になった。研究活動はもとより、海外に出向く体験、年によってはローカル線の旅体験など、ともかく心に栄養を与える体験をする夏に仕立て上げている。

 自分が抱く価値観を転換させるような夏。その好奇心と野心に満ちた体験から得られるものは、決して静かにしていては味わえないものだ。

 小生の体験の舞台は、主にアメリカであるが、その大自然や社会的価値観、それにアメリカ文化の象徴たるBaseball。こうしたものに肌で触れて来たことが、今や心の栄養となり、今を生きている。夏の体験自体が、大きく自分の人生を開拓してきたといっても過言ではない。

 さて、今年も存分に栄養をつけたいものだ!
 
未知なる体験と人々とのふれあいを求めて

 今年の8月も、日常を忘れる日々が火曜日から始まる
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