10春渡米?ー皮膚感覚の違い

2010-03-30

29日(月)時差の関係でアメリカ東部時間の30日早朝のフライトであるから、実質この日が渡米最終日。早朝から精力的に動き、納得した時間が過ごせた。

 朝起きると、昨夜来の雨。かなり激しく降りしきっており、この日の予定が遂行できるかどうか危ぶまれるほどであった。昨日までは半袖で十分な気候であったが、雲も多くけっこう冷え込んでいる。出発前から日本も温かいと言える日は少なく、それなりに寒さを防げる衣服は持っていた。Web上の情報を見る限りでは、この間日本も冷え込んでいるという。

 毎回、アメリカに来ると思うのが、寒暖を感じ取る皮膚感覚の違いである。この日は、薄手フリース地の長袖に、野球用のグランドコートを着用。それでも寒さが感じられるような1日だった。しかし、野外で夜になっても半袖半パンの人々が目立つ。中には着込んでいる人がいないわけではないが、男女問わず薄着の人が目立つのだ。

 また、ホテルにチェックインして部屋に入ると、この時期でも冷房が掛けられている。部屋を涼しくというサービスのつもりだろうが、こちらとしてはむしろ苦情が言いたいぐらいだ。部屋に入りまずすることは、冷房のスイッチOFFである。

 冷房に関しては夏はいいだろうと思うかもしれないが、そうでもない。レストランや飛行機内などは、冷蔵庫の中みたいで、真夏でも長袖もの持参が必須である。その中を平気で半袖、あるいはタンクトップで談笑しているのを見ると、皮膚感覚が違うとしか考えられない。昨日は、野球場で若い男が、腕の下から腰のあたりまで全てが開放されたシャツを着ていた。どうやら自身の鍛えた筋肉を他人に見せるためのファッションなのだそうだ。だいたいにして野外に出ると、半袖どころかすぐに裸になって日光に肌を曝す習性をもった人々も多いのが特徴である。

 だいたい米国は世界でも最大のCO2排出国である。宿のタオルは必要なだけ使用するようにとか、節電しろだとかの表示はよく目にする。しかし、この過剰な冷房をさておき、タオル1枚を洗わずにいたとして、どちらがエコなのかと考え方を疑う。それに公共のトイレではたいていの場合、ぺーパータオルが大量に消費されているのだが、森林を守るのもエコではないのか。世間一般でハンカチを持つ習慣がなく1人あたり2〜3枚を平気で使用しているように見受けられる。車社会であるという土地の広さからくる必然性には多少目をつぶるとして、それだけに他の分野でエコをもう少し考えてもいいのではないか。

 皮膚感覚の違いは、どうしても避けられない先天的な違いなのだろうか。日本人からすると、やはり後天的な生活習慣により支配されているように考えてしまうのだが。

 だが文化の違いの一環として食文化などを含めて、やはり感覚の違いは甚だしくて必然なのかもしれない。アメリカに来ると肉とソーダ類をよく口にせざるを得ないのと同じように。

 好きなところ、嫌いなところの分別がつく。これが旅行者として上達してきた証拠であると自らの納得をもって、アメリカ最後の夜がふける。

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10春渡米?ー「親切心」と「いい加減」のあいだ

2010-03-29

28日(日)アメリカに来て思うのは、道などの公共の場ですれ違う際などの人々の親切心だ。少しでも他人に触れようものなら、「Sorry」の一言が返ってくる。またドアを双方から行き違うときは、先に通過した側がドアを開放したまま押さえておいてくれる。こんな何気ないことだが、多くの人は普通にこのような親切な態度で生活している。

 「親切心」という言葉は、たぶん過去において、日本人の印象として語られることが多かった気がする。笑顔で他人に親切な国民。しかし、それ自体が過去の幻想か一部のイメージで偏向して語られていたのか、最近は疑問に感じることが多い。いつから日本は、精神的にこんなに生きづらい国になってしまったのだろうか。

 Friendlyという言葉で表されるアメリカ人の陽気さ。ちょっとした一言が笑顔で交わされる。この日は、フライトに乗り遅れたスーツケースをWebで検索し、到着便を突きとめた。その時間にすかさず空港の荷物回転台へ向かった。なぜなら荷物がホテルまで配送されるのを待っていると、またいつになるか分からない上に、正しくホテルに配送されるか疑問だからだ。例えば似たような名前のホテルに持って行かれて放置されるとか。

 このようなサービスの正確さは、アメリカは日本に「劣る」。しかし、それは果たして「優劣」で決められることなのかどうかも疑問だ。つまりサービスを受けて当然と思っている姿勢が、実は多くの苦情や怒声の原因になっているのではないかとも思えるからである。自分のバッグが到着地まで着かないのは、やはり航空会社の責任ではあろう。その上で、自らその行くへを追いかける。そんな能動的な働きかけもすべきなのではないかと思うのだ。

 空港の航空会社窓口まで行くと、その小さな部屋の中に自分のスーツケースが置かれていた。それを発見したときの何とも言えない喜び。そして担当係員のおばさんに、「
2日前から待っていた私のバッグだ」と告げると、たいして番号を照合せずに「今着いたばかりなのよ!」と笑顔で祝福し、スーツケースを引き渡してくれた。こちらも「とっても嬉しいよ!」と本心でそのおばさんに微笑んだ。この場面は、まさしく「いい加減さ」と「親切心」が同居した空間であったというわけだ。

 荷物を確保して車で空港から宿へ戻る。駐車場の出口で料金を払おうとすると、窓口のおばさんは、「お金はいらないわよ」と笑顔。どうやら駐車して30分以内に出てきたので課金されないらしい。しかも親切に笑顔で見送るその顔を見ると、荷物が届いた嬉しさと相俟って、さらに喜びが倍増であった。
 

 日本人からすれば「いい加減」に見えることが、実は「親切心」や精神的な余裕を生み出し、あくせくと時間を支配するような過ごし方を回避できる。旅の際に、出発時間などには気をもむことも多いが、大らかに構えてみるのもいい。フロリダという自然と太陽の楽園のような土地柄が、心に新たな余裕を与えてくれる。

 効率主義をお題目に掲げ、「何をすべき」で「こうするのが当然」と社会的な「空気」に左右されて、息苦しく生きている日本(東京)での生活。どこか「大らかさ」という言葉で表現される「いい加減」さを兼ね備えたならば、ストレスに悩まされず、自分なりの生き方ができるのかもしれない。

 そんな意味でも、アメリカ人の適当であり親切な心に触れることは、毎度大きな収穫であると思う。「適当」とは、いつしかマイナスな意味での使用が増えているようだが、「適切」と言い換えれば、あり得るべき姿なのかもしれない。「いい加減」(=適当)さこそが「親切心」を生み出し、笑顔で過ごす秘訣だということを、日本人は見つめ直せすべきかもしれない。いや、「べき」という押し付けがまた「いい加減」ではない。

「笑顔」で生きればそれでいいのだ。

縛られずに生きる。「これでいいのだ」の気持ちこそ自然なのだよ。

フロリダは、そう語り掛けてくれているのだ。
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10春渡米?ーフロリダの香りに癒されて

2010-03-28

27日(土)宿泊しているホテルの玄関を出ると、喩えようのないよい香りが漂う。周囲に咲いている花なのか、それとも風が運んでくる風土の香りか。フロリダの天候は十分に旅の疲れを癒し、素敵なアメリカを満喫させてくれる。

 ホテルをWebから予約した際には、「朝食付」となっていたがフロントで確認すると別料金で$10と言われた。まあよくある話のようだが、予約サイトに問い合わせる手間隙よりも時間を有効に使うことを優先した。第一、前日深夜までホテル前のバーで飲み食いした胃袋は、フロントに用意してあるコーヒー1杯で、まずは十分であったから。

 11時過ぎにホテルを出て、このフォートマイヤーズから北に車で1時間半、サラソタという街までハイウェイをドライブ。途中、道路脇の草木の中に突っ込んでしまったトラックが1台いてパトカーが来ていたが、その見物渋滞。野次馬根性というのは万国共通の意識なのだろうか?

 それにしても海や川の美しさは格別。アメリカで退職後の余生を過ごす人が多いという、このフロリダの地というのは、やはり心の癒され方が格段に違う気がする。あくせくせず自分を取り戻せる土地の香りがある。

 サラソタでメジャーリーグ「ボルチモアオリオールズ対ボストンレッドソックス」の試合観戦。そこは上原が所属するオリオールズが今年から新たに定めたスプリングトレーニングの広大な施設だ。アメリカではグランドや施設の充実度は、どの球団のキャンプ地へ行っても感心する。やはり野球は、このような芝生の香りが漂い来る温暖な場所で行うべきだろう。

 春先とはいえ、かなりの気温。試合中に気分を害して運ばれる老人や、試合後も救急車が球場前に来て、通路で倒れた人の脈を測っている光景を目にした。とはいえ、こうした老人や弱者への優しさに関して、米国は日本よりもかなり優る気がする。

 例えば、道で少々身体が触れても殆どの人が「sorry」の一言を掛けてくれるし、ドアの開閉で行き違うと、必ずと言っていいほど開けたまま、こちらが通るまでドアを押さえていてくれる。このささやかや優しさが、社会を明るく楽観的に前向きに進ませる原動力になっているのかもしれない。

 一昔前、日本でも街の中では、このような優しさが随所に見られたはずだ。しかし、現在では自分中心主義で、公共の場で切れる人々は多く、他人の心の痛みなどを無視する感覚が蔓延している。米国だけを礼讃しても仕方ないのは確かだが、この広大な国に存在する大らかさから、小さな親切を改めて学んでみてもいいのではないのだろうか。

 夕食は、ここ数回の渡米でお気に入りのステーキハウス「LONG HORN」へ。やはり店員の笑顔はチップ目的という前提があったとしても、作られたものではなく明るく前向きな対応に受け取れるのだ。社会の風通しにより、明らかに「よい香り」が運ばれてくるのである。

 そういえば食事前には、アウトレットで買物。スーツケースが手元に届かないので、仕方なくTシャツと半パンを購入した。また妻はいつものブランドショップで鞄の買物にご満悦。

 夜はホテル前のバーでカクテルを。何やら格闘技のイベントが放映されていて、バーの中は、ちょとしたパンチの応酬や床に倒し合う格闘者の姿に、いちいちカウンターを叩いたり立ち上がったりして興奮度が高い。映像そのものよりも、その格闘技に本気で興じているアメリカ人の姿に、妙に笑いが止まらなかった。この本気度がアメリカの精神の一部を支えているような気もするからだ。野球やフットボールにバスケに興奮する姿もまた同じ。

 かくしてフロリダの風に心癒され、精神的に解放された1日。

 それにしてもスーツケースはいつ届くのか?アメリカの「いい加減さ」を全身で浴びているにも関わらず、気分が安らぐのは「フロリダの香り」が麻薬的に作用しているからかもしれない。
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10春渡米?ー「フライト運」てあるのでしょうか?

2010-03-27

26日(金)約18時間を要した。成田から米国フロリダまでのフライト。当初予定していた日程から2日遅れの出発。航空券予約を2月初旬に取り直したため、このようなハードなフライトになってしまった。通常であればシカゴで1度乗り継げば到着できるはずだったフロリダ州フォートマイヤーズ。この日は、成田ーワシントンーシャーロット経由という長い道程になった。

渡米の際にいつも悩まされるのが入国審査。今回はワシントンで2時間あったので余裕ありと思っていた。ところが米国市民以外のブースには長蛇の列。待てど暮らせど順番が回ってこない。それでも「2時間あるさ」とのんきに構えていたのが次第に顔面蒼白状態に。果たして乗り継ぎ便に間に合うのか?疑問になってきてしまった。

昨年は春・夏の2度の渡米時に、いずれもフライト運が最悪だった。春は成田での貨物機事故の影響で滑走路が閉鎖されジャンボが飛べず、代替便で強引に西海岸へ。しかし乗り継ぎ便がまた機体故障となって、世紀のイベントを見逃した経緯がある。これ以来、夏の渡米時もボストンで帰国便が機体故障となり、ワシントンからの成田行きに接続できず、1日延泊。翌日、サンフランシスコ経由で帰国したこともあった。

このような昨年のフライト運の悪さを経験しきっているから、今年は大丈夫だろうと思っていた矢先だったので、また悪夢の再来かとワシントンでは必死な形相になってきたのである。

まだ1列分待たねばならない位置から男性係員を呼び出して、乗り継ぎ便に時間が無いことを告げて前へ出してもらった。しかし、他方にいた場を仕切っている大柄な女性係員がやってきて、それは駄目だと否定された。どうも並んでいる人がみな同じ状況だと主張するのだ。それならば、審査ブースの人員を増やすとか何とか対応しろと思うのは、空港ではサービスが当然と思っている日本人の浅はかさなのだろうか?

 結局、自分の訴えが周囲の反響を得て、アメリカ市民のブースを市民以外でも使用可能にする決断を、女性係員にさせることに。1列分の人々が分散し前へ進む。自分も焦っていたが、2・3人後ろにいた日本人女性が、10分後ぐらいの乗り継ぎ便だという。それならばと自分の前の位置を譲った。隣の列にいた黒人女性もこの日本人女性と同じ便のようで、横の列で前に進ませてもらっていた。

 ようやく審査を受けるが、その内容はお決まりのもの。ほとんど気もそぞろで、すぐに次の荷物受け取りの回転台へ。荷物を再チェックインさせて、再度、米国内線に乗るためのセキュリティーチェック。靴・ベルト・時計まで外すのはいつものことだが、運が悪いとここで抽出抜き打ちで、入念な検査となって、自分のフライトなど無視される結末になる。この日は、何とかスルー!その後、またまた一番空港の端であった乗り継ぎ便の搭乗口まで走る!走る!走る!

 間に合った!と大きなため息をつくと、周囲の人々に何となく笑われて、こちらも愛想返し。入国審査が長い列でというと「いつものことだよ」と笑って返してくれた優しそうな紳士。飛行機に乗り込むと、隣になったアメリカ人が、やはり同じ便で成田から来たという。
手持ちのチョコを一つくれて、日本で仕事をしてきたことなど談笑。やっと気分が落ち着いた。

 次の乗り継ぎ地、シャーロットでは審査もセキュリティーもないので余裕。ATMで少々現金を下ろして、水分補給など。搭乗口で待つ間、アナウンスに耳を傾ける。またまた突然機体故障でフライトキャンセルなど、日常茶飯事であるから。やや拙い英語聴解能力がマイナス思考に陥ると、よからぬことばかり連想して聴こえてきてしまうものだ。しかし定刻出発に。

 そこから約2時間のフライトで、目的地フォートマイヤーズに到着。空港の荷物回転台で待ち合わせていた、アメリカ留学中の妻にようやく逢えた!

 しかし、待てど暮らせどスーツケースが出てこない。事務所に問い合わせると、シャーロットの空港で荷物が乗り遅れたらしい。自分は着いたが荷物が凶運を全て背負い込んでくれたわけだ。(過去には荷物だけ先に目的地に着いたこともあったが)

 かくして米国での春休みが始まった。

 ホテル近くのバーで妻と3ヶ月ぶりの乾杯!

フロリダのどこか自然な香りが、フライトの困難さを十分に癒してくれていた。
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到達こそ始動

2010-03-26

25日(木)

10数年来の念願が一つの形になった

自分の今に疑問を持つことから始めたあの日

幾多の苦難を乗り越え進んできた日々

めげず投げ出さずに前へ前へ

いつもどんな時も褒め励ましてくれた愛する妻

全てを信じ身を以て生きることの尊さを示してくれた両親

式典に参列し改めて己を回顧し展望する

校歌の響きに涙一筋

肩に掛かる色の重さは何だろう

この到達こそまた進み行く始動の合図なのだ
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リハーサルという胎動

2010-03-25

24日(水)桜が咲いたのに寒く冷たい雨。前の晩に飲んだ美味しいワインが、やや体内に残るのを感じながらの目覚めであった。外は、3月下旬とは思えないほどの寒さ。春らしい天候を期待していただけに、気持ちと裏腹な状況である。

午後からは明日の式典を控えてのリハーサル。大きな会場に入ると自ずと気持ちも高ぶる。この10数年間で積み重ねてきた成果が、一つの形となって自身に与えられるための荘厳な時間が過ぎるのを想像する。

生まれて初めて着る式服に袖を通してサイズ合わせ。式帽が礼をしたときに前に落ちないかが、何より重要なチェックポイントであるようだ。通常のキャップなどとはまた違ったかぶり心地。控え室には鏡もなかったので、自分がこの衣裳でどのような着こなしになっているかは、まったくわからなかった。

リハーサルを終えて、出版社で打ち合わせ。自分自身しかできない原稿をどのような方向性で書くべきかを担当者と詰める。同時に今後、展開すべき実践的な現場の構想を思いのままに述べてみる。

打ち合わせの後は、旅行鞄が気になっていたので、以前に見たことのある百貨店の売り場へ。しかし、その売り場は以前と変容し、求めていた鞄は陳列されていなかった。背の高い男性店員に尋ねてみると、どうやら倉庫には求めていた商品があるという。しかも、在庫一掃セールをしても残っていた商品なので50%OFFらしい。当初、既に持っている鞄で今回は出掛ける予定であったが、何たる邂逅だろう。欲しいと思っていた商品を半額で買うことが出来た。これこそ何かの縁。しかも百貨店でこの値段で買えたのは、奇跡的ともいってよいだろう。

かくして明日に備え、その後の旅行に備えた1日。天候の寒さにもめげず、春らしい胎動が、自身の中では確実に心音を響かせているのだ。
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「人生を楽しむ」酒場

2010-03-24
23日(火)今年度の仕事が一段落。昨年来、公私にわたり気を揉みながら過ごしてきただけに、この日の過ごし方に大きな変化がないこと自体に、ある種の感慨がよぎる。この日で職場を去る者が数名。その挨拶の言葉を自らが語る場面を想像することにも、既に飽き果てている。精神的な彷徨の後に、職場を去ることを決めたグループの同僚には、最後に握手を求められた。また新たな出発が身近にも多く存在するのだ。

そんな中、出来るだけの仕事を終わらせようと、せっせと事務仕事。今年度のまとめと共に来年度の予定に関係した仕事が交錯していく。まさに時間の接続点に立たされたような慌ただしい1日であった。

仕事を終えて、何だか今までの自分にご褒美があげたくて知人のワインバーへ向かう。近所の馴染みの店で食事に酒で終わらせてしまう発想もあったが、この日は区切りになるような美味しい酒が飲みたかったのだ。地下鉄で3駅先まで乗り、裏道を歩いてその隠れ家的な店に到着。カウンターにはお客が満たされていたが、端にある鏡の前の席を空けてもらった。自分との対話の合間に店主が思いやりの会話。この席は、この日の自分のために用意されていたような幻想に浸る。

 しばらくすると隣にいた男性が、お酒談義。ワインや種々の酒について店主と懇談。その輪の中に知らぬ間に溶け込んでいた。ふと「酒は何のために飲むのか?」といった事まで考えるに至ったが、芳醇なワインを種類を換えて何杯もいただいているうちに、その深い味わいを楽しむためにあるのだと自覚する。1本の酒造りにも、様々な手間暇と年月が費やされている。醸造主の人生が刻まれているのだ。ゆえに味わいを楽しんで飲む。そのような気持ちになり、「ワインで疲れが吹き飛ぶ」という店主の言葉に納得する夜であった。

「人生を楽しもう」そこに上質の酒は存在する。様々な悩み苦しみの果てに、こんな酒場で自らを悟り、見知らぬ人と杯を傾ける。Web上にある多方面の人々との交流はもとより、バーのカウンターという状況の中、人と人とが酒を介して結びつくという、素敵な時間こそが人生には必要だ。公私にわたる柵(しがらみ)もなく、ただただ己と見知らぬ人との偶然かつ豊かな空間。そんな環境を叶えてくれるこの店にこそ、人生の悦楽がある気がした。

どんな高級レストランにも負けない、心の栄養を満たしくれる貴重なお店。いつまでも大事にして足繁く通いたい。こんな店を自分の中に持てる、若い頃に憧れていたことがいまは現実になって、素敵な夜に酔い痴れる。
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現代メディア論と個人の役割

2010-03-23

22日(月)放送記念日だということで、夜のNHKの特集番組で今後のメディアのあり方を生で討論するという企画があった。端的に言えば「新聞やTVはどうなるのか?」ということだ。いまこの文章自体がWebによって、不特定多数の人々が閲覧可能であり、昨夜、このような番組があって、どういう議論が為されたかという情報を知る一助となっているわけだ。

正直なところ、この番組の討論参加者内で認識の格差が激しく、新聞・TVに直接関わる上に立つ人々が「危機感はある」とはことばでは言いながら、その実、まったく危機感がないとしかいいようがない発言を繰り返したあたりに、今後のこうした既存メディアが、姿を消していく方向にあることを炙り出していたようだ。

番組への意見自体が、TwitterなどWebを介して収集され、番組内でも一部読まれるのだが、その情報を遙かに超えた量の意見がWeb上で展開していたといってよい。番組は既にWeb上の双方向性に劣っていることも露呈したのだ。番組の裏で為された先進的な討論の現実を、果たして時代錯誤的な番組討論参加者は、知り得る手段を持っているのだろうか。

個人・個人があらゆる場所において、生の現場で取材をしており、その内容を世界に配信できる環境にある。専門家・プロという立場が取材をするものだけが最先端の情報ではあり得なくなっている。勿論、その情報を受け取る側は、精査する必要性を常に持つ。それゆえに、むしろ世界の社会や政治に対して意識が高くもなる。番組内で、アメリカのメディアの例ばかりが偏向して紹介されていたが、その現実の後を日本も追うことになるだろう。新聞やTVの消滅である。歴史に依存していても、現実の淘汰には決して対抗できないのだ。



この日も、休日を利用して「自分史」を年表化する作業を始めた。自己の今後の立ち位置をより客観的に把握するための指標である。そこで感じられる、これまでの社会の変化以上に大きな転換が今後も訪れるはずだ。Webが席巻する時代であるからこそ、しなければならないことを模索し続ける必要性が見えてくるのである。

「自分史」の大きな記念碑を今週に控えて今心に刻むことである。
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坂本龍馬の行動主義

2010-03-22

21日(日)春分の日。全国的に風が強く、黄砂が至る所で観察された1日。この吹きすさぶ風こそ、春を天空の彼方から連れてくる先達になるのか。季節の推移は荒れた空から届けられるのだ。幕末の時代もまた同じ。

毎週日曜日の夜は、「龍馬伝」を楽しみに観ている。最初は福山雅治よりも、携帯CMではないが、龍馬に心酔している(携帯CMではお父さん犬が「龍馬かぶれか」と囁く)武田鉄矢のような泥臭さが欲しいと思っていたが、一つのドラマとして虚構性を以て観ているうちに、これはこれで毎回が楽しみになってきた。その大河ドラマも来週で第1部が完結する。

この日の話の中で気になったのは、坂本龍馬という男は「会いたいと思った人間には、労を惜しまず会いに行く」(ナレーション引用)ということだ。江戸への剣術修行で千葉定吉に師事したことを始め吉田松陰など、その道で最先端を歩む者に会いたくなると、どんな苦難を乗り越えても、直接会いに行くのだ。

その中でも吉田松陰亡き後、その弟子である久坂玄瑞に長州の萩まで会いに行くという出来事が、この日のドラマの中に登場した。土佐勤王党に入ったものの、どこか周囲の閉塞した考え方に納得しない龍馬。「攘夷とは何か?」という疑問を晴らすため、萩へ一心に向かう。そして又聞きではなく、直接にその人物の話を聞く。この姿勢こそ、その後の龍馬の世界観拡大をもたらす原点となる行動主義であるようだ。

平成の現在、情報が氾濫した世界。その中でむしろ各所で閉塞感が叫ばれてしまうのは、間接的なコミュニケーションにのみ依存するような人間関係が増大しているのではないだろうか。携帯を所有する小中学生からどの世代に至るまで、Webを介したコミュニケーションは大変有用だ。しかし、それだからこそ、直接的なライブコミュニケーションの価値も一層大切になるはずだ。そのバランスを今こそ考慮しなければならないだろう。

「会いたいと思った人間には、労を惜しまず会いに行く」

それが世界規模で実現できる世界なのだから、国境・言語・民族などの壁をWebにより容易に乗り超えて行きながら、直接その人に会う。そんな平成の現代版「龍馬の行動主義」が求められているような気がするのだ。

偉大なる坂本龍馬の意志は、いつの世も人を動かすはずである。
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地下鉄サリン事件から15年

2010-03-21

20日(土)平成7年(1995年)3月20日のあの日。その日が自分にとってどうであったかというRTがTwitter上でたくさん書き込まれた。自分を含めて、あの日の記憶を風化させてはならないという気持ちの表れ。その一つ一つを読んで、その事件のもたらした悲劇と社会との接点を改めて感じ取る1日であった。

 まずはいくつかのつぶやきを再掲。



学校で勤務中に異変をTVで知りました。部活の為に日比谷線を利用して通学する生徒の保護者から電話「娘は学校に着いてますか」の焦りの声。校内を駆け回りその生徒を捜し見つけたあの日。RT 15年前。テレビで異変を知りオウムの犯行と確信。多忙な日々が 。

当時のご家族の苦労に改めて脱帽です。その後TVでの冷静で堅実なコメントは不安を拭い去ってくれました!RT 寝る時間になっても帰って来ないし、朝起きたらもう出かけたよと言われ、全っっ然家で見かけない毎日。でもよくお土産が置いてあった。

「私には毎日が平成3年3月20日なんです」シズヱさんの言葉が心に刺さる RT サリン事件のドキュメンタリー、苦しくて見てるのが辛い。でも見ておかないといけないんだ。

今も今後も続く地下鉄サリン事件。「平成7年3月20日」。あまりの苦しさに、つぶやきが乱れましたことをお詫び申し上げます。RT サリン事件のドキュメンタリー、苦しくて見てるのが辛い。でも見ておかないといけないんだ。



 これは私のRTの範囲内だが、知人は「#SARIN」を検索し、その多くのコメントを自らのブログに掲載していた。一つの事件を風化させない為にTwitterにより思いを共有する。そんな社会意識に参加できたことに、改めて大きな意義を感じたのであった。

 いや「風化」などという言葉を使用するのは、悲劇に直接関わった方々にたいそう失礼極まりない。夜9時から放送のフジTV「土曜プレミアム」で、当時、霞ヶ関駅助役でサリンの入った袋を素手で車内から処理し殉職した高橋一正さん、その妻・シズヱさんの15年間の苦闘がドラマ仕立てのドキュメンタリーで放送された。つぶやきの中にもあるが、見ているだけで苦しく辛い内容。だがこの現実に目を背けてはならないのだろう。

 地下鉄サリン事件は、「オウム真理教」という教団による無差別テロ。断固として許されない非道な行為だ。ただその背景に、科学的知識が豊富な多くのエリートたちが入信し、無差別テロという殺人犯罪に手を染めたのかという点は、今後も十分に考える必要がある。

この15年間で、日本社会は精神的な健全さを取り戻したかと言えば、むしろ後退に後退を重ねている。精神的に解放されない人々は、Webの中に居場所を求め、その中での現実と目の前の現実との区別を失う。小中学生に「夢」があるかと聞けば、希望のない将来を予見するかのような、後ろ向きな回答が多いという結果が随所で発表される。家庭・教育・福祉といった点に政治が優しく向き合ってきたかと言えば、むしろ矛盾や葛藤を増大させてきた面が目立つのではないか。「悪」を断罪する「正義」を強調したところで、根本的な社会構造の中で、何ら解決の糸口は見えてこないような気がする。多くの犠牲者への追悼の意味を込めて、健全で安全な社会の構築を、我々一人一人が政治への意識も高めて、求めていかねばならないはずだ。

この15年、それぞれの人にそれぞれの時間が流れた。日本社会は今後どこへ向かうのか?そこを真摯に各自が逃げずに考えなければならないはずだ。
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