年納め!バンドと焼き肉

2009-12-31

30日(水)かねてから計画していたバンドの音出しの日。スタジオに入るのは1年半ぶりぐらいである。事実上の休止状態であったバンドが、この1日限定で復活した。

午前中は、比較的早く起きて資料読みなどを行う。年納めの時期であるが、来年への展望を様々な面で思い描く。原点に立ち返り、また多くの資料から学びたいという想いもある。同時に広い分野の読書を継続的に行い、思考の幅を広げていきたいとも決意する。

昼過ぎには餅を食べてから家を出る。バンドでは妻がメインボーカルとキーボード担当というスター的存在なので、一昔前から使用しているキーボードを持参しなければならない。休日と化した都内の道路は空いているようなので、タクシーを家の前で拾う。車幅いっぱいであるキーボードは、何かがトランクに入っていると積載不可能。この日も清掃道具BOXがトランク内にあり、やむなく座席の足下にキーボードを運び入れる。

スタジオにはやや遅れて到着。しかしライブを目的としない「音出し」であるゆえ、リラックスムード。何曲か課題曲は決めておいたが、あとは風まかせ。できそうな曲を何となく演奏して楽しむ時間となった。当方はパーカッションと限られた曲のボーカルやコーラス担当。まさに蕎麦の薬味的存在であるが、それでこそ意味ありと自覚している。それまで無縁であった音楽活動に、妻と知り合ってから参加できたことや、そのおかげで素晴らしきバンドメンバーに出会えたことなど、音楽に接することから得られたことは多い。4時間のスタジオでの時間は、まさに楽しさに溢れたものとなった。

終了後はスタジオのある地元で有名な焼肉店へ。国産牛肉にこだわりのある店と表示されている。牛肉と豚肉にホルモンのそれぞれお得な3点盛りなどを注文。メニューに書いてある通りに、納得の焼き肉三昧。酒はマッコリがよく料理に合う。他のバンドのギタリスト1人も途中から参加してくれて、なかなか盛大な忘年会となった。この忘年会に参加するメンバーのうち2人が今年結婚した。うち1人は一児の父となった。自ずと話題は子供のことなどに。婚活・結婚・出産という流れになる世代でもあり、以前とは違った話題が多くなる。各メンバーにこのような人生の新たな展開が覗えるのも年納めとしての意味があるというもの。同時に来年も健康で、みんなが幸せとなる1年を誓い合う時間となった。

帰宅もタクシーに乗車。自宅に着くと妻が、楽譜や歌詞カードの入った手提げを焼肉店に忘れたことに気付く。早速、店の地元に住むバンドメンバーに電話。焼肉店の電話を聞いて掛けてみると、手提げの存在が確認された。年が明けたら地元に住むメンバーに確保しておいてもらうことになった。同時に、新年会をという機会を持つきっかけにもなった。

「年納め」とはよく言ったものだ。気の置けない仲間たちと、今年1年の総ざらいができたような気分。仕事やお互いの利害を超えて、こうした親友たちとの交流は尊い。そういえばこの日は、苦悩や心配事は微塵も心によぎらなかった気がする。解放された自分の心を預けられるメンバーこそ、親友と呼べるのであろう。

09年を見送る準備が十分に整ったと自覚できた1日。
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窓拭きとカラオケ

2009-12-30

29日(火)ゆっくり寝て朝食は味噌汁に餅を入れて。なかなかの伸び具合に満足。妻は美容院に行くというので、その間に自宅の窓拭き。例年、年末にしかしないので、1年間の汚れが溜まっている。昨年は、ガラスマイペットを使用して入念に行ったが、今年はガラスクルーなるスプレー泡式のもので、比較的簡易に済ませた。ただベランダの側溝には汚れが溜まっていて、水の流れを阻害しているので、排水溝周辺を重点的に清掃。どうやら短時間で窓とベランダの大掃除は完了だ。

 その後、メールチェックなど。Webを閲覧すると、昨日申し込んだ、とある新年会の申し込みを会場の関係で締め切ったと表示。これは参加できないものかと思いきや、メールに会場の案内を載せて返信をいただいていた。更には今年の新年会で出会った方から、「来年も新年会にいらっしゃいますか?」という親切なメール。またひとつ新年の構想が具体化した。こうした人間関係を十分に大切にしていかねばならない。自らこうしたブログを更新していることも、この新年会主催者の影響が大きいこともある。

 妻が帰宅するとカラオケに行こうということに。その前に朝食の餅以来、食事をしていなかったのでいつもの中華料理店へ。カメ出し紹興酒を飲みつつ、ピータン豆腐・茄子の山椒揚げ・鉄鍋餃子・黒酢酢豚・チャーシュウ炒飯と衝動に任せて食べた。満腹になったところで、歩いてカラオケ店に向かう。

まずは利用時間2時間で。明日予定されている、バンドの音出しで歌う曲を連続して入力。その合間に歌いたい曲を挿入。11月のライブ以来はまっているアリスを中心に選曲した。カラオケはいつ以来だろうか?かなり久しぶりで前回を思い出すこともできない。まず「おひとりさま」であれば、家で曲をかけて歌えば済むこと。わざわざ個室空間を借りて料金を払う必要もない。2人でしか来ない場所ゆえに、前回が思い出せないほど遠いのだ。

帰宅してからもしばらくTVなど。普段では考えられない時間帯にソファで過ごす。更にボジョレヌーボーを開栓し、ワイン片手にバラエティー番組。そのくだらなさも時には笑える要素になっている。そうこうしているうちに深夜に。窓拭きとカラオケはともに年に1度の行事であったということか。

今年も残すところあと2日である。
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失効寸前!年内最後の免許更新

2009-12-29
28日(月)間際で劇的な勝利となれば、スポーツでは何より楽しめる要素である。その時点までに予想した結果を一打や一蹴により反転させ、まったく逆の結果をもたらす。残り時間を意識することは、観てる側にとっては面白くもあり、当事者にとっては気を揉むことでもある。

 午前中は、今年を過ごしてくる中で、毎日のように参考にしていたブログの主に手紙を書いた。内容は違えども、夏に大きな屈辱を味わい、その後、どのように復活するかを自己と同化させながら、そのブログの文章に支えられてきたことへの御礼が述べたかった。その知性と教養の幅にはいつも感銘を受けている。こうした文章により他人を支えられるということを、自分でも実践してみたいと改めて決意しながら。

 そうこうしているうちに、母と妹の3人で伊東温泉に行っている、wifeから電話。帰りの電車を駅で待っていたら、逆のホームから電車が出て行ってしまい、乗り遅れたという。帰京するとその足で運転免許の更新に行く予定であったから、その最終受付時間に間に合うかが心配になった。この日は官庁御用納めであり、wifeは元日に再び渡米の予定。この日を逃したら運転免許は失効となる。以前、4時直前に受付に駆け込んできた中年男が、「もう今日の講習には間に合いません」と言われて帰されているのを目にしたこともある。幸い15時10分過ぎには東京駅に着く次の電車に切符を振り換えられたという。それでも、東京駅を下車してから免許センターまでの道程もある。運転免許は失効してしまうのか?緊張が走る。

 いつものことだが、神田免許センターで国際免許申請や更新手続きをしている。幸い東京駅からは一番近い場所である。東京駅に到着したらタクシーで現地に向かうとwifeからの電話。こちらは免許センター前で待つと告げた。地下鉄の大手町駅から免許センターまで歩いている間に、また不安がよぎる。タクシーの運転手に「免許センター」とだけ告げたら、「江東試験場」に連れて行かれるのではないかと予想してしまった。東京駅からどのような位置に「神田免許センター」があるかということをwifeは、理解していないはずだ。ひとたび走り出してしまったら、修正を運転手に告げることもできないはず。Wifeの妹の携帯(wifeはアメリカで使用する携帯しか持っていない)に何度か電話を入れてようやくつながり、「神田橋」にある「免許センター」と運転手に告げるように指示。しばらく「免許センター」前で待っていたが15時30分過ぎにwifeはようやく到着した。案の定、「神田免許センター」と告げても運転手には分からないと言われ、ナビを使用するように運転手に促して、ようやくここまで到着したという。間に合った・・・

 すぐに更新手続き。16時からの最終講習(優良講習・優良でなければ15時が最終受付であった)までには10分ぐらいの余裕はあった。これを余裕とみるか空中ブランコ的な賭け事と捉えるか。更新ができた安堵感から、写真撮影もなかなか明るい表情で済ませたし、講習の受付を無視して会場に入ろうとしたwifeを呼び止めて受付に呼び戻したら、妙におかしくて笑いながら受付の警察官に番号を申し出たところ、「楽しそうだね」とか不思議がられてしまった。しかし、更新に来ている人々は、尽くしかめっ面だ。警察官の制服を前に緊張しているのか、憂鬱な表情ばかりが目につく。Wifeは、「日本人はみんな笑ったりしてなので、不思議がられたんだ」と呟いていた。確かに、免許更新の写真は、たいてい犯人のような表情で明るさがない。この写真に象徴的なように、公共の手続きなどは陰鬱な雰囲気が一般的である。だいたい、カップルでこうした類の場所に訪れる人も少ないからであろう。Wifeとは誕生月が同じであり、ともにゴールド免許、しかも更新年度が偶然に一致していた。いずれにしても、再び向こう5年間は有効な免許を手元に確保することができた。

 免許の写真にも納得。好きな野球チームのロゴが、首もとに写ることを意図した服装で行ったが、半分ほどしか写らなかった。しかし、5年前の写真と比べると自分で見ても精悍さが増しており、今の自分に自信が持てた。かくして年内最後の免許更新を、無事に終えた。次の更新までの5年間がどのようなものになるかは予想もつかないが、前回の更新からwifeと歩んできた人生には、確実に前進が見られたことを確認できる1日でもあった。
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「普段」とは何か?

2009-12-28

27日(日)温泉の目覚めは自然に。アラームも何もかけずに流れに任せた。7時過ぎには起床。My wifeも起きたばかりなのか、洗面所に行っていた。昨夜とは大浴場が男女入れ替え制になっているというので、早速再び行ってみる。浴槽の形式などは大きく違いはないが、サイズや配置が微妙に違う。昔は、男湯が大きくて女湯が小さく交替されることもなかった気がするが、ほぼ同等な2種類の大浴場が設けられて、しかも交替制なのはここ20年ぐらいでのことか。これが「普通」であるのがよい。唯一違いに気付いたのは、シャンプーの種類が、この朝の方が女性用の香り高きものであったことぐらいか。

 その後朝食へ。バイキングではなく和食を選択して、個室でゆっくり食べた。担当してくれた宿の方が、以前の顧客に似ており、喋ると声までそっくり。顔立ちは声の質も規定するのか。鮭や煮物などをはじめ質の良い朝食であったが、レタスのしゃぶしゃぶというメニューがあった。賞味してみたが何だがピンとこない。まあ嬬恋などレタス産地が近いというご当地産物として認めておけばいいだろう。

  食事後は、再び部屋の露天風呂。通算何回目の風呂だろうか。存分に「普段」にない温泉天国を満喫した。温泉地といえばお土産であるが、たいていどこに行っても販売している品々がある。もちろんご当地名産品がないわけではないが、どうも土産物業界も大手が全国の温泉土産を手掛けている感がある。その中に「花雪肌(はなゆき)」という角質クリアジェルがある。以前から、そのボロボロと取れる角質除去具合が気に入り使用していたが、新たに「ひきしめ成分配合」の青のボトルが発売された。温泉に来られるのも、またしばらく先だろうと半年は持つように2本購入した。部屋に帰ると、そのジェルが洗面所に置いてあるので、効能は知りながら試行。欲張ってやり過ぎたら鼻の脇の部分がやや赤く痛くなってしまった。何事も過剰に欲張りな気持ちから発した行動は、マイナスな方向に向かってしまうのだろう。

 チェックアウト後は、そのまま関越道を東京へ向かう。この日は休日割引が適用されないせいか、思いの外道路は空いていた。練馬出口すら渋滞しておらず快調そのもの。晴れ晴れとした天気の中、気分の良いドライブで帰路についた。

 My wifeは、この日更なる温泉の梯子。母と妹の3人水入らずで伊東温泉に向かった。東京駅の待ち合わせに程よい時間に到着。その後は、自分の両親とこちらも3人で昼食。いつもの中華料理店へ行き刀削麺を食べた。お互いそれぞれの親孝行をする結果になっている。

  ふたたび家でひとり

 これこそ「普段」である日常の状態であると自覚。今やMy wifeの居るときは「特別」であり、居ないときが「普段」になっているのだ。

 「普段」通りにジムへ。マシンによる筋トレとサウナ。帰宅してから冷凍してあったカレーライス。温泉の和食が続いた後は、カレーがうまい。食後は「坂の上の雲」。正岡子規が病気に苦しみながら従軍記者として清国に渡った時に詠んだ歌。

  から山の月すさぶなり故里の隅田の桜いくか散るらん

 また「日本が猿まねの国だと言われているが、猿まねの何が悪い!(欧米の国もみんな猿まねから始めたのだ)」といった発言や「国が滅びるというのは文化が滅びるということ」と豪語する場面が印象に残る。子規の病魔と闘いながらの俳句への情熱を見ると、改めてその文献に向かい合おうという興味をそそられる。

 午前中は「特別」、午後は「普段」という1日。就寝したひとりのベッドで大の字となり、しばし「普段」とは何かを考えながら眠りに落ちた。
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伊香保で温泉三昧

2009-12-27

26日(土)普段より少しゆっくり起きた。夜中に目覚めることはほとんどないが、この日は寒くて覚醒すると、掛け布団がほとんど掛ってなかった。しばらくの間、ダブルベッドに大の字で寝ていたのだが、昨晩から久しぶりの二人。掛け布団を巻き取るように伴侶が自分の方に引き寄せていた。

11時には両親が迎えに来て車で家を出発。途中で野暮用を済ませてから関越自動車道で一路、渋川伊香保ICまで。上里PAで休憩をしたが、道路公団が民営化したため、スタバに吉野家などのチェーン店が展開していて、その様相は一変していた。ここ何年も自ら車を持たないので、こうしたことも新鮮に感じられる。

 伊香保の宿は、老舗旅館で昭和天皇も行幸されたという「木暮」。なかなか豪華な造りのロビーから見る山並みの景色が、なんとも雄大だった。部屋に行ってからすぐに大浴場へ。何種類もの浴槽が点在しており、どこに入ろうか迷うほど。とりあえずまだ明るさが残るうちなので、眺望の良い展望寝湯。その後は、庭園風呂やウォーターセレモニーサウナ(中温のサウナで、時折消灯したかと思うと、温熱気の上に水が降り注ぎ、蒸気を発生させて湿度を補給する仕掛けのあるサウナ)。また源泉の鉄分を含んだ熱めの立ち湯などなど。ゆっくり入っても飽きない豪華な大浴場を楽しんだ。

 食事の時間になったが、伴侶がまだ大浴場から帰っていない。米国との時差で調子がおかしくなったのではないかとか、サウナで倒れたのかとか心配していた。食事の用意が部屋にできたころ、1時間半以上にも及んだ入浴を終えて戻ってきた。湯に浸かってゆっくりできる施設は、米国にはほとんどない。しかもサウナの温度設定なども違い、水着で入らねばならないスパ施設では寛げないのだという。それで、まさしく温泉三昧に耽っていたらしい。まあそれももっともだ。

 食事は豪華な和食で、鮑の踊り焼や伊勢海老の刺身が目を引く。ゆっくり酒を飲みながら、しばし両親ともども4人での食事に興じた。仕上げは牛肉のしゃぶしゃぶ。存分に食べて満腹となった。

 その後、マッサージを予約しておいたので、その前に腹ごなしをかねて再び大浴場へ。身体を温めて、普段のジムとは違うリラックスを感じた。マッサージは2人でいらして、同時進行で実施。40分間だったがなかなかツボに効くものであった。最後に「足の筋肉を鍛えてますね」と盲目の施術師が声を掛けてくれた。手の感触のみで長年の経験から筋肉の質を判断されたのには、普段のトレーニングの成果が出ていたという意味で、少々嬉しかった。

 その後、もう一度部屋に備わった露天風呂に入り、またまた温泉三昧。身体については、十分に温泉の湯に癒された一夜となった。
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「シンデレラ」が舞い降りた夜

2009-12-26

25日(金)朝から師走らしく動き回る。起床してすぐに台所の汚さが気になり清掃開始。この衝動による即時行動もなかなか粋なものだ。その後、年賀状にコメント書き。何とか本日投函、元日到着が叶いそうだ。それが終わるとトイレ掃除をして、先日購入した新しいトイレカバーやマットを設置。最後に家全体の床清掃をして午前中はあっという間に過ぎ去ったが、この上ない達成感がある。

午後から両親とともに成田空港へ。米国から帰国する妻を出迎えるためだ。師走の上に25日で金曜日とあって都内の道路は混雑が激しい。出来得る知識を駆使して渋滞を回避しながら京葉道路へ。その後は順調に成田に着いた。第1ターミナル南ウイングの掲示板は、妻の搭乗便が20分早く到着する予定であると表示。それにしてもしばらく時間があるので、空港内のユニクロで買い物をしてから軽い食事。家の近場にいくらでもユニクロはありそうなものだが、盛り場が苦手な両親は、どうもこの成田にあったという印象が強かったらしく、ユニクロでの買い物を目指していた。

掲示板の表示が「予定」から「到着」に変わる。無事に飛行機は着陸したようだ。到着ロビー前で待つが、なかなか出てこない。周囲では様々な人々の帰国や訪日の光景が目に入る。自然と英語が飛び交い、また自身も米国に行きたくなってくる。かなりの時間待ったが、ようやく帰国した妻がゲートから出てきた。3か月ぶりの感激であったが、この3カ月というものは、妙に足早に過ぎ去ったような気もする。

帰宅して妻は疲れているというが、いつもの寿司屋に誘った。米国から帰国した日は、必ずこの寿司屋に行くことにしている。この日も例外ではなかった。カウンターに座りお好み寿司をつまむ。店長が「おかえんなさい」と声を掛けてくれ、馴染みの板さんと妻が会うのは初めてであった。寿司ネタが続くにつれて、とりわけ穴子あたりから妻も調子が出てきた。日本酒を酌み交わし、しばし様々な話題に話が及んだ。

その中で、小欄の話題になった。「妻」と表現されることに、自己の中の「アイデンティテー」と一致しないと言うのだ。とりわけ、「刺身のつま」というような語感が伴い、「(それ自体に価値のない)添え物」であるという感覚が、受け入れ難いという。もともと「妻」という語は、「家事を扱う成人女性」を指す漢字としての語源がある。しかし、日本では「夫」と書いて「つま」と読み、第三者や妻が夫を呼ぶ称でもあった。要するに双方から伴侶への呼称であった語彙としての歴史がある。古語としての歴史を辿れば、「妻」より「妹(いも)」の方が「より強く親愛の情が感じられる」(全訳読解古語辞典・三省堂)ともいう。しかし、現代において「妹」と呼称し表記しては、それはそれで誤解を生む。詰まるところ、日本語の語彙として「対等かつ深い親愛の情を込めた呼称」が存在しないという結論に至った。対極の表現に「愚妻」などという、謙遜といえば美徳に聞こえるが、歴史が生み出した醜悪な語彙が存在するにもかかわらず。とりわけ英語の文化圏では、自身の伴侶を褒め尽くす表現が多彩なだけに、日本語においてもそんな語彙が開発されてもいい時代が来ている気もする。

小欄の表記をどうしよう?確かに文章表現は思考であるために、語感の問題は大きいと思う。米国から帰国した「シンデレラ」が日本に滞在できる制限時間は1週間。お互いの関係を見直しながら、「最愛の」という意味を込めて、名実ともに模索する時間の中で、この宿題を解決したい。

そうこうしているうちに2人でほろ酔い。シンデレラが舞い降りた夜の帳が下りる。
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「おひとりさま」イブの過ごし方

2009-12-25

24日(木)クリスマスイブ。この日は特別であり、最愛の人と優雅な一夜を過ごすというようなことを、盛んにメディア等に鼓舞された時代を生きてきた気がする。JRのTVCMに見られたように、山下達郎の曲のトーンに乗って、遠くとも二人は逢えるというイメージが付加されている。ゆえに何か身構えて「特別」を演出したくなる「習性」が備わってしまったのかもしれない。

この日は、敢えて「普通」を通すイブを目指した。朝から原稿関係の資料を検討し、その後は、両親の人間ドッグをWebで予約。トイレと洗面所のマットが汚れているのでスーパーに買い物に。その途中でお世話になった大学の先輩に、御礼の品をゆうパックで郵送。あっという間に午後になったが、年末で仕事上の書類が気になったので職場へ向かう。書類作成を数点終わらせて帰宅したら夕方になった。

そういえば、帰宅途中に来年の手帳を購入しようと百貨店の書店と文具売り場に寄った。今年から使用している「ほぼ日手帳」2010年版を購入しようとしたら、どうやら棚の様子がおかしい。店員に尋ねると中身だけはメーカーでも品切れで、年度ごとのものが2月ぐらいに再入荷するのがせいぜいだという。昨年末に目を引いて高橋書店のものから鞍替えしたので、来年もぜひ使いたいと思っていた。高橋書店に戻るか、あるいはカバーごと新規購入するか。結局、後者を選択した。(カバーは昨年「皮革仕様」のものを奮発して購入。今年はデザインを変えてビニール製を購入。メーカーの販売戦略なのかどうか?)11月ぐらいにもこの売り場に足を運んでいたので、その時に購入しておけばよかった。何事も2〜3カ月前ぐらいには次のことに目を向けるべきだった。妻は10月ぐらいになると年賀状の検討に入り、なんでそんな気になれるのかと思っていたが、どうやらそれが正解のようだ。現に自身も野球観戦チケットになるとそのぐらい前から、予約に必死になっているではないか。まあいい、これも縁か。家に持ち帰るとそのビニール製のカバーのデザインも洒落ていると心を慰める。ちなみに高橋書店のカレンダーを同時購入。こちらの書店の製品も、なかなかシンプルかつ工夫が満載で使いやすい。せめて机の前で目に見えるスケジュールは高橋書店に委ねたい。

帰宅してジムへ。今日はボディパンプクラスの日だが、インストラクターが何か変装してくるよう懇願していた。そこで夏にシアトルで購入したイチローのユニフォームに帽子、オークリーのサングラスを持参し、スタジオで扮装した。他の会員の方々は、クリスマスらしくサンタの帽子やミッキーマウスの帽子。中には怪獣の着ぐるみをつけている方もいて、なかなかレッスンは盛り上がっていった。当のインストラクターは、メイドに扮装して登場。スカートで動作をするのが、何ともセクシーであった。これぞ、「おひとりさま」用クリスマスイブのメインイベント!普段にもましてトレーニングにも力が入った。この1年間、特に後半は精神的なストレスが大きかったため、このレッスンで発散することで、幾度となく救われた気がする。インストラクターの方による笑顔のレッスンが、体力だけでなく、精神的にも鍛錬をしてくれていたのだ。ぜひまた来年もよろしくと、終了後に拳のハイタッチを交わしてサウナへ。

夕食はいつもの中華料理屋。筋肉を使ったので黒酢酢豚にピータン豆腐、それに甕だし紹興酒を一献。仕上げは野菜刀削麺。おいしい料理に、トレーニングの疲れも吹き飛ぶ。その後、食料を買おうとスーパーに寄る。予想以上に「おひとりさま」の客が男性・女性ともに多く、世間は特別にクリスマスを過ごしているわけではない人々も多い。仕事が入っていれば尚更だろう。しかし道行く人は、ケーキを片手のカップルも多く見かけた。そういえばケーキの人気店は、外まで並ぶ盛況ぶりであったのを目にした。それぞれのクリスマス。2人ならずしても、どのような気持で過ごすかが大切であるだろう。普通に過ごして、何らかのコミュニティーに参加する、そんな平凡さを求めてもいい時代になったとも実感した。

留学中の妻は、日本時間のイブの夜、米国で日本行の飛行機に搭乗したはずだ。
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大掃除と年賀状

2009-12-24
23日(水)今年もあと一週間ほど。思索の森を迷走していたので、気付いてみたら「残すところ」となっていた。師走を感じ始めたのは、22日の冬至からかもしれない。平成の代になってから、このタイミングで天皇誕生日を迎え、クリスマスへと続くことで、あと一週間への心構えも改めてできるようだ。

この日はジムのスタジオプログラムでイベントがある日。朝からどうしようか迷ったが、早起きはできず、やることがあるので断念した。大掃除も部屋の部分ごとに着手しないと、手遅れになりそうだし、未だやり残している原稿もある。身体を休めているから仕方ないが、早起きせねば欲張った予定は消化できない。

午後から洗面所の掃除。毎朝お世話になる場所は、いつの間にか汚れている。毎日の積み重ねで堆積したものは、取り除いて気分よく使うべきだろう。日常生活も同じ。この一年を振り返り、どんな汚れが溜まっているか、心の中身も清浄化しなければなるまい。

夕刻からジムへ。行く途中でお世話になった方に発送するゆうパックの箱を購入するために、休日でも営業している大きな郵便局窓口へ。ジムではマシンで筋力トレーニング。最近、サウナだけというのが減って、筋力を維持するために軽くではあってもトレーニングをすることが多くなった。文章を書くことや読むことも同じだが、間を空けない方が感覚も維持される。身体と精神活動の双方で、トレーニングを絶やさない活性化させた生き方をしていたいものだ。

夕食はいつもの中華料理店。地下の宴会場では盛大に忘年会が行われているらしく、かなり盛り上がった歓声が聞こえてくる。水餃子に肉野菜炒めに海老炒飯。この日はろくな食事をしていなかったので、いつもに増して美味しかった。

帰宅して夜は年賀状の宛名書き。25日までに投函せよと郵便局に張り紙があった。あと2日。Webで申し込んだスピード印刷は本当に「スピード」だった。20日に注文して中1日で到着した。毎年のこと、PCで自作するかどうするかと思う内に、師走も半ば過ぎだ。今年の場合は特に仕方ないであろう。それでも何とか25日までには投函できそうだ。

まあそれなりに色々とできた1日となった。休養を含めて納得すればそれでいい。
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「一陽来福」に引き寄せられて

2009-12-23
22日(火)この日は冬至である。特に何をすべき日でもなく、幼少のころからはせいぜい「ゆず湯」に浸かるぐらい。冬が至るという節月を意識するようになったのは何歳のころからか。陰暦11月の冬至の日は、「一陽来福」といって「陰が窮まって陽にかえること」さらには「悪いことが続いたあと、ようやく幸運に向かうこと」という日である。(現代国語例解辞典・小学館)なので、もともとは「一陽来復」と書く。

 この日は、朝から慌ただしく一息つく暇もないほど仕事が続いた。午後の遅い時間からも事務仕事が永遠と続く。コンピュータに助けられる面もあり、かつて手書きで同等の仕事をしていた時代を思い返して、やはり楽にはなっているのかと自身を慰めていた。仕事が終わるとすっかり闇夜となり、入江のような弓張月が出ていた。さて、どうしよう?疲れたので一杯飲みたい気分だが・・・

 自宅の近所にしようかどうしようか迷ったが、帰宅とはルートを変えて母校である大学方面へ。馴染みの小料理屋に、特に夏以降顔を出す機会がなかったので、久しぶりに足を運ぼうと思った。地下鉄の駅を降りて歩いて行くと、どうも人通りが多い。それは、冒頭に書いた冬至の日であるから、母校の近辺にある有名な神社への参拝者の列であった。縁日の露店が軒を連ね、寒風吹きすさぶ中ではあるが活況の賑わいを見せている。そこで思わず「冬至」の日に、「一陽来福」に吸い寄せられたのか!という感慨をもった。

 まずは参拝すべきと、石段を登り鳥居をくぐる。参道には列ができていてしばらく並んだが、「一陽来福」の参拝ができた。並んでいる最中に、神社の柱に厄年は何歳かという張り紙を発見。見てみると改めて妻が本厄であると確認。妻は無事かつ順調に米国での留学生活を送っている。そうか!どうやら自分が一身に妻の厄を引き受けたのかなどと、年の瀬にして実感した。航空機便の乗り継ぎは春・夏の渡米にわたって不運が続き、世紀のイベントのチケットを持ちながら見逃したり、A型インフル(新型)の影響で思わぬ不幸に見舞われたり。しかし、厄というのは人生の一大事があってこそ大難ではなく小難で過ぎ去るともいう。これまでに積み上げた学問的成果が、公的に認められた年でもあり、そういう意味では、上手く通過できたものかとも思う。「悪いこと」が続いたあとに「幸運」に向かうという「一陽来福」。意図せずこの神社に引き寄せられた偶然は、「欲望」を消去した中にこそ「幸運」が訪れることを暗示するかのようだ。

 その後、馴染みの小料理屋へ。久しぶりにもかかわらず温かく迎えてくれた。この安心感により幾度となく救われたことがある。店には、この冬至の日に限って、一年に一度この店を訪れるという夫婦。それにアメリカ人の旦那と日本人の妻という夫婦などが、酒を楽しんでいた。しばしカウンターで店主や奥さんと談笑。その後は、お客さんたちとも様々なことを話して、おいしい酒を飲んだ。仕事や世代を超えて、様々な話題を楽しむ。一つの業界にいると視野が狭くなってしまうが、こうした酒場での世間話は意外な発見も多い。それぞれに悩みを抱え込みながら、その「今」を酒に預けて、面と向かって表現しあう。こうした時間が、精神的に大切であるという思いを新たにする夜であった。閉店近くなって、店主夫婦と懇意にしている常連客がまた来訪。更に話題を交わす結果となり、すっかり深夜に。帰宅はタクシーを余儀なくされたが、それでも心温まる「冬至」となった。

 「一陽来福」を「欲望」なく自然体で。節分になったらまた、参拝と温かい酒を飲みに来よう。
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会議場所が内容を規定する

2009-12-22
21日(月)今日1日で3つの会議があった。そもそも会議とは各自が意見を述べ合い、相談・議論する場であろう。しかし、その場所の設定や参加する人々の姿勢により、報告会にも気休めの会にもなり得る。

 本日最初の会議は、場所の設定が悪い。一対多数が向き合うという形式になっているので、一方的な報告会という内容になりがち。会場側から意見が述べられることはほとんどない。日本では、学校教育において小中高校、はてまた大学も含めてこの形式で授業が進められる場合が多い。個々の参加者が顔を見合わせてという形式でなければ、なかなか活性化した相談・議論はできない。

 2番目は、内輪の会議。全員が顔を突き合わせる場所の設定だが、少人数で固定された人員であるから、内容が固着する。前の会議を踏まえて、気休めと無理な納得を促すという役目しか負えない。

 夜は外部での編集会議。様々な分野の方々が出版社の小さな会議室で相談・議論をするので、活性化された前向きな内容となる。職場内ではないという環境は、利害関係のない理想論を声高に語れるのもいい。おおむね決められた2時間内が、実に意義ある時間となる。

 このように会議場所が内容を規定する。いわゆる世界的に「意見が言えない日本人」を醸成しているのは、会議ならぬ日本の学校における授業方法の影響が大きいだろう。議論の進行方法などを含めて、見直せば見直せるものばかり。もはや報告会や気休め会はいい加減にしてほしいものだ。

 帰宅してやや遅い時間ながらジムへ。行き帰りの道では寒風が身に沁みる。しかし、筋肉に少々の刺激を与え、1日3回の会議という異常な空間で硬直した身体をほぐしたいという欲求が打ち勝つ。筋トレの後にサウナ。毎度、身体を温めながら妄想に耽っているが、この日はサウナ内でストレッチを繰り返す男がいて落ち着かない。そこでやってはいけないという規定があるわけではないが、人が座るべき複数の場所を占拠し、しかも全裸で慌ただしく動かれると、リラックスしようとしている周囲は迷惑千万だ。「場所柄」は、していいこといけないことという暗黙のマナーを規定しているはずだ。

 身体も温まり肩凝りもほぐれた。やや遅めの就寝。
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