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「おひとりさま」イブの過ごし方

2009-12-25

24日(木)クリスマスイブ。この日は特別であり、最愛の人と優雅な一夜を過ごすというようなことを、盛んにメディア等に鼓舞された時代を生きてきた気がする。JRのTVCMに見られたように、山下達郎の曲のトーンに乗って、遠くとも二人は逢えるというイメージが付加されている。ゆえに何か身構えて「特別」を演出したくなる「習性」が備わってしまったのかもしれない。

この日は、敢えて「普通」を通すイブを目指した。朝から原稿関係の資料を検討し、その後は、両親の人間ドッグをWebで予約。トイレと洗面所のマットが汚れているのでスーパーに買い物に。その途中でお世話になった大学の先輩に、御礼の品をゆうパックで郵送。あっという間に午後になったが、年末で仕事上の書類が気になったので職場へ向かう。書類作成を数点終わらせて帰宅したら夕方になった。

そういえば、帰宅途中に来年の手帳を購入しようと百貨店の書店と文具売り場に寄った。今年から使用している「ほぼ日手帳」2010年版を購入しようとしたら、どうやら棚の様子がおかしい。店員に尋ねると中身だけはメーカーでも品切れで、年度ごとのものが2月ぐらいに再入荷するのがせいぜいだという。昨年末に目を引いて高橋書店のものから鞍替えしたので、来年もぜひ使いたいと思っていた。高橋書店に戻るか、あるいはカバーごと新規購入するか。結局、後者を選択した。(カバーは昨年「皮革仕様」のものを奮発して購入。今年はデザインを変えてビニール製を購入。メーカーの販売戦略なのかどうか?)11月ぐらいにもこの売り場に足を運んでいたので、その時に購入しておけばよかった。何事も2〜3カ月前ぐらいには次のことに目を向けるべきだった。妻は10月ぐらいになると年賀状の検討に入り、なんでそんな気になれるのかと思っていたが、どうやらそれが正解のようだ。現に自身も野球観戦チケットになるとそのぐらい前から、予約に必死になっているではないか。まあいい、これも縁か。家に持ち帰るとそのビニール製のカバーのデザインも洒落ていると心を慰める。ちなみに高橋書店のカレンダーを同時購入。こちらの書店の製品も、なかなかシンプルかつ工夫が満載で使いやすい。せめて机の前で目に見えるスケジュールは高橋書店に委ねたい。

帰宅してジムへ。今日はボディパンプクラスの日だが、インストラクターが何か変装してくるよう懇願していた。そこで夏にシアトルで購入したイチローのユニフォームに帽子、オークリーのサングラスを持参し、スタジオで扮装した。他の会員の方々は、クリスマスらしくサンタの帽子やミッキーマウスの帽子。中には怪獣の着ぐるみをつけている方もいて、なかなかレッスンは盛り上がっていった。当のインストラクターは、メイドに扮装して登場。スカートで動作をするのが、何ともセクシーであった。これぞ、「おひとりさま」用クリスマスイブのメインイベント!普段にもましてトレーニングにも力が入った。この1年間、特に後半は精神的なストレスが大きかったため、このレッスンで発散することで、幾度となく救われた気がする。インストラクターの方による笑顔のレッスンが、体力だけでなく、精神的にも鍛錬をしてくれていたのだ。ぜひまた来年もよろしくと、終了後に拳のハイタッチを交わしてサウナへ。

夕食はいつもの中華料理屋。筋肉を使ったので黒酢酢豚にピータン豆腐、それに甕だし紹興酒を一献。仕上げは野菜刀削麺。おいしい料理に、トレーニングの疲れも吹き飛ぶ。その後、食料を買おうとスーパーに寄る。予想以上に「おひとりさま」の客が男性・女性ともに多く、世間は特別にクリスマスを過ごしているわけではない人々も多い。仕事が入っていれば尚更だろう。しかし道行く人は、ケーキを片手のカップルも多く見かけた。そういえばケーキの人気店は、外まで並ぶ盛況ぶりであったのを目にした。それぞれのクリスマス。2人ならずしても、どのような気持で過ごすかが大切であるだろう。普通に過ごして、何らかのコミュニティーに参加する、そんな平凡さを求めてもいい時代になったとも実感した。

留学中の妻は、日本時間のイブの夜、米国で日本行の飛行機に搭乗したはずだ。
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大掃除と年賀状

2009-12-24
23日(水)今年もあと一週間ほど。思索の森を迷走していたので、気付いてみたら「残すところ」となっていた。師走を感じ始めたのは、22日の冬至からかもしれない。平成の代になってから、このタイミングで天皇誕生日を迎え、クリスマスへと続くことで、あと一週間への心構えも改めてできるようだ。

この日はジムのスタジオプログラムでイベントがある日。朝からどうしようか迷ったが、早起きはできず、やることがあるので断念した。大掃除も部屋の部分ごとに着手しないと、手遅れになりそうだし、未だやり残している原稿もある。身体を休めているから仕方ないが、早起きせねば欲張った予定は消化できない。

午後から洗面所の掃除。毎朝お世話になる場所は、いつの間にか汚れている。毎日の積み重ねで堆積したものは、取り除いて気分よく使うべきだろう。日常生活も同じ。この一年を振り返り、どんな汚れが溜まっているか、心の中身も清浄化しなければなるまい。

夕刻からジムへ。行く途中でお世話になった方に発送するゆうパックの箱を購入するために、休日でも営業している大きな郵便局窓口へ。ジムではマシンで筋力トレーニング。最近、サウナだけというのが減って、筋力を維持するために軽くではあってもトレーニングをすることが多くなった。文章を書くことや読むことも同じだが、間を空けない方が感覚も維持される。身体と精神活動の双方で、トレーニングを絶やさない活性化させた生き方をしていたいものだ。

夕食はいつもの中華料理店。地下の宴会場では盛大に忘年会が行われているらしく、かなり盛り上がった歓声が聞こえてくる。水餃子に肉野菜炒めに海老炒飯。この日はろくな食事をしていなかったので、いつもに増して美味しかった。

帰宅して夜は年賀状の宛名書き。25日までに投函せよと郵便局に張り紙があった。あと2日。Webで申し込んだスピード印刷は本当に「スピード」だった。20日に注文して中1日で到着した。毎年のこと、PCで自作するかどうするかと思う内に、師走も半ば過ぎだ。今年の場合は特に仕方ないであろう。それでも何とか25日までには投函できそうだ。

まあそれなりに色々とできた1日となった。休養を含めて納得すればそれでいい。
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「一陽来福」に引き寄せられて

2009-12-23
22日(火)この日は冬至である。特に何をすべき日でもなく、幼少のころからはせいぜい「ゆず湯」に浸かるぐらい。冬が至るという節月を意識するようになったのは何歳のころからか。陰暦11月の冬至の日は、「一陽来福」といって「陰が窮まって陽にかえること」さらには「悪いことが続いたあと、ようやく幸運に向かうこと」という日である。(現代国語例解辞典・小学館)なので、もともとは「一陽来復」と書く。

 この日は、朝から慌ただしく一息つく暇もないほど仕事が続いた。午後の遅い時間からも事務仕事が永遠と続く。コンピュータに助けられる面もあり、かつて手書きで同等の仕事をしていた時代を思い返して、やはり楽にはなっているのかと自身を慰めていた。仕事が終わるとすっかり闇夜となり、入江のような弓張月が出ていた。さて、どうしよう?疲れたので一杯飲みたい気分だが・・・

 自宅の近所にしようかどうしようか迷ったが、帰宅とはルートを変えて母校である大学方面へ。馴染みの小料理屋に、特に夏以降顔を出す機会がなかったので、久しぶりに足を運ぼうと思った。地下鉄の駅を降りて歩いて行くと、どうも人通りが多い。それは、冒頭に書いた冬至の日であるから、母校の近辺にある有名な神社への参拝者の列であった。縁日の露店が軒を連ね、寒風吹きすさぶ中ではあるが活況の賑わいを見せている。そこで思わず「冬至」の日に、「一陽来福」に吸い寄せられたのか!という感慨をもった。

 まずは参拝すべきと、石段を登り鳥居をくぐる。参道には列ができていてしばらく並んだが、「一陽来福」の参拝ができた。並んでいる最中に、神社の柱に厄年は何歳かという張り紙を発見。見てみると改めて妻が本厄であると確認。妻は無事かつ順調に米国での留学生活を送っている。そうか!どうやら自分が一身に妻の厄を引き受けたのかなどと、年の瀬にして実感した。航空機便の乗り継ぎは春・夏の渡米にわたって不運が続き、世紀のイベントのチケットを持ちながら見逃したり、A型インフル(新型)の影響で思わぬ不幸に見舞われたり。しかし、厄というのは人生の一大事があってこそ大難ではなく小難で過ぎ去るともいう。これまでに積み上げた学問的成果が、公的に認められた年でもあり、そういう意味では、上手く通過できたものかとも思う。「悪いこと」が続いたあとに「幸運」に向かうという「一陽来福」。意図せずこの神社に引き寄せられた偶然は、「欲望」を消去した中にこそ「幸運」が訪れることを暗示するかのようだ。

 その後、馴染みの小料理屋へ。久しぶりにもかかわらず温かく迎えてくれた。この安心感により幾度となく救われたことがある。店には、この冬至の日に限って、一年に一度この店を訪れるという夫婦。それにアメリカ人の旦那と日本人の妻という夫婦などが、酒を楽しんでいた。しばしカウンターで店主や奥さんと談笑。その後は、お客さんたちとも様々なことを話して、おいしい酒を飲んだ。仕事や世代を超えて、様々な話題を楽しむ。一つの業界にいると視野が狭くなってしまうが、こうした酒場での世間話は意外な発見も多い。それぞれに悩みを抱え込みながら、その「今」を酒に預けて、面と向かって表現しあう。こうした時間が、精神的に大切であるという思いを新たにする夜であった。閉店近くなって、店主夫婦と懇意にしている常連客がまた来訪。更に話題を交わす結果となり、すっかり深夜に。帰宅はタクシーを余儀なくされたが、それでも心温まる「冬至」となった。

 「一陽来福」を「欲望」なく自然体で。節分になったらまた、参拝と温かい酒を飲みに来よう。
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会議場所が内容を規定する

2009-12-22
21日(月)今日1日で3つの会議があった。そもそも会議とは各自が意見を述べ合い、相談・議論する場であろう。しかし、その場所の設定や参加する人々の姿勢により、報告会にも気休めの会にもなり得る。

 本日最初の会議は、場所の設定が悪い。一対多数が向き合うという形式になっているので、一方的な報告会という内容になりがち。会場側から意見が述べられることはほとんどない。日本では、学校教育において小中高校、はてまた大学も含めてこの形式で授業が進められる場合が多い。個々の参加者が顔を見合わせてという形式でなければ、なかなか活性化した相談・議論はできない。

 2番目は、内輪の会議。全員が顔を突き合わせる場所の設定だが、少人数で固定された人員であるから、内容が固着する。前の会議を踏まえて、気休めと無理な納得を促すという役目しか負えない。

 夜は外部での編集会議。様々な分野の方々が出版社の小さな会議室で相談・議論をするので、活性化された前向きな内容となる。職場内ではないという環境は、利害関係のない理想論を声高に語れるのもいい。おおむね決められた2時間内が、実に意義ある時間となる。

 このように会議場所が内容を規定する。いわゆる世界的に「意見が言えない日本人」を醸成しているのは、会議ならぬ日本の学校における授業方法の影響が大きいだろう。議論の進行方法などを含めて、見直せば見直せるものばかり。もはや報告会や気休め会はいい加減にしてほしいものだ。

 帰宅してやや遅い時間ながらジムへ。行き帰りの道では寒風が身に沁みる。しかし、筋肉に少々の刺激を与え、1日3回の会議という異常な空間で硬直した身体をほぐしたいという欲求が打ち勝つ。筋トレの後にサウナ。毎度、身体を温めながら妄想に耽っているが、この日はサウナ内でストレッチを繰り返す男がいて落ち着かない。そこでやってはいけないという規定があるわけではないが、人が座るべき複数の場所を占拠し、しかも全裸で慌ただしく動かれると、リラックスしようとしている周囲は迷惑千万だ。「場所柄」は、していいこといけないことという暗黙のマナーを規定しているはずだ。

 身体も温まり肩凝りもほぐれた。やや遅めの就寝。
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来年の構想を

2009-12-21
20日(日)師走も下旬に突入した。歳末というのは何かにつけて時間意識が高揚するものである。思わず手帳を1年前に遡ってみると、既に今年3月に行われたWBC(ワールドベースボールクラシック)の観戦チケットの入手などに着手していたことが思い返された。09年という時間に向かい、迷いなく邁進する自身の気持ちが読み取れる手帳の紙面である。

 それに比べると、今年は結果的に、未来を考える混迷があるゆえに、現在に翻弄され続け、来年の構想が白紙のままである。3か月先がなかなか読めない状況が、ようやく一段落したといってよい。また来年の構想が描ける時が来た。

 朝からWebに向かう。午後は映画でも観に行こうかと考えていたが、そのままWebに向かい続けた。3月の開幕前である野球観戦予定に思いを馳せ、チケットの状況や交通手段の空席チェック。報道によれば、イチローは東京に滞在しつつ他球団の練習施設でトレーニングを続けているという。前人未到の頂に向けて、更なる挑戦に対しての謙虚な姿勢は相変わらずだ。既に来年の構想を実現するための行動が始まっている。

 その後は、この時期までできずにいたことを二つ。お世話になった方への御歳暮と年賀状の注文。こうしたことが尽くWeb上でできるというのも、実に便利な世の中になったものだと思う。

 夕刻から両親とともに、知り合いの登山家親子とイタリアン料理の店へ。息子が来年早々に、ヘリコプター操縦資格取得のためカナダに渡る。将来的には登山の救援ヘリコのパイロットを目指しての挑戦だ。人命を救うための職業へ向けて幾多の困難はあろうが、果敢な挑戦に対して祝杯を捧げた。折しも、昨日の小欄でも触れた、片山右京さんの富士山遭難が報道されたばかり。テントン設営やザイルの話など、専門家にしか分からない知識と経験を聞いて、頂を極めるということの意味と困難さを想像する。何事も知識と経験によって「快挙」と「遭難」が紙一重な限界点となる断崖に立ち、どちらに転ぶかという運に任せバランスを保ちつつ歩み続けるのだろう。いずれにしても、この知人の息子には自身の夢を叶えるべく頑張ってほしい。メールアドレスを交換し、カナダへ訪問することを約束した。

 帰宅して「坂の上の雲」。日清戦争の開戦という時代を描くのがこの夜の内容。富国強兵政策のもと帝国主義である日本が、新たなる時代の中で暴走を始めるかのようだ。毎回、ペンで身を立てている正岡子規に注目しているが、子規の母親などが「漢字も支那の国から渡ってきたものなのに」といった言葉を発するのが目に留まる。また子規自身が従軍記者として大陸に渡り、日本軍が清国の庶民を苦しめることに心を痛める場面が印象的だった。
 
しばし湯船につかり妄想。来年の構想を抱きつつ夢を持ってと前進しようと、決意を新たにする。
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空の向こうに富士山が

2009-12-20
19日(土)冬の匂いというものがある。具体的に何の「芳香」なのか「臭気」なのかは自分でもわからない。ただ、それを確かに感じ始める日があるのだ。この感覚は昔から持っていたが、妻と知り合ったら同じようなことを思っていて、やはり自分だけではないのだと感じて久しい。

 この数日、寒気が日本列島に近付き、日本海側では大雪。冬型の気圧配置になると東京では逆に、澄み切って乾燥した空気になり、「空の向こうに富士山が」綺麗に見える。この一節は、東京近辺の学校に通ったことのある方であれば、校歌の歌詞に必ず似た類があったと思われる表現である。高層建築物が増えて富士山が見える場所も昔に比べれば減少しているはずだが、江戸東京から見える富士山というのは美しく、広大な平野の中にある大都市に住んでいることを実感させる。

 見通しの良い富士山を遥かに見て、人は大いなる希望を抱く。日本一の高みを現実に観ることで、自分の生きる世界でも日本一そして世界へと目を向ける。夢と勇気の象徴という意味もあって、富士山は古来から信仰の対象にもなってきたのであろう。些細な人間世界の粉塵を忘れさせてくれるがごとき、澄み切ったその峰の姿が見えることも、冬の匂いを誘発する要素でもある。一つの歳が終わり、また新たな歳が始まるこの季節に、「空の向こうに富士山が」大いなる希望を抱かせてくれるのだ。

 その綺麗に見える頂で、F1レーサーであった片山右京さんが遭難した。自身は自力で下山して一命を取り留めたが、同行した2人の方が帰らぬ人となった。登山経験が浅い方を同行させて、救えなかったと片山さんは悔恨の情を口にするが、大いなる自然の中で、人間は無力である。遠来からの眺めは綺麗であり希望の象徴であっても、現地に行けば人間を呑み込む脅威となる。小さな存在である自覚を持ち、なおかつ万全の準備と経験を持って、日本一の霊峰に挑むべきなのであろう。

 今日は土曜日にも関わらず、一日中慌ただしく仕事が続いた。しかも新しいコンピューターシステムを導入した影響で、慣れていないせいかシステムの不具合なのか、順調に仕事が進行しないこともしばしばだ。しかし、新たなる希望を見つめて、次なる歳に向けて歩み出した精神は健全だ。松井秀喜ならぬ単年契約という条件も、潔さと緊張感を生み出す。視点をずらし、大いなる希望への道を自らが歩むだけだ。

 仕事から帰宅してジムへ。一昨日鍛えた筋肉に更なる張りを求めて引き締める。鍛えれば鍛えるだけ筋肉は応えてくれる。この身体あってこそ自信も湧いてくるというもの。その後、夕食はいつもの寿司屋へ。店に入ると板さんが開口一番「今日あたり来ると思ったよ」と一言。期待されて意識の中にあるという事実だけでも嬉しい。またまたしばし、松井秀喜は来年活躍できるか否かという野球談議。「活躍してやれば面白いねー」と板さん。ワールドシリーズMVPとの契約を継続しなかったチームとの対戦では、特に快打を連発してほしいものだ。松井が寝ずに考えて結んだというエンゼルスとの単年契約。この選択が、松井という選手をまた一回り大きく成長させるはずだ。同じような境遇を自らに感じつつ、来年は松井とともに、大いなる峰の先にある風景を求め続けようと誓う夜であった。
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今を映す為の故事・格言

2009-12-19
18日(金)様々な考えが心の中を去来する。それゆえやろうとしていることが効率よく進む精神状態ではない。自ずと様々な事例と今を比較して、こういうこともあるのかと納得する場合が多い。

今朝の天声人語に引かれた故事「尾生の信」はこうだ。

  古代中国に尾生高という男がいて、橋の下で女と会う約束をしていた。待ちに待ったが女は来ない。折からの雨に川は増水してきたが、かたくなに約束を守ってその場を離れなかったそうだ。水が引いたあと、人々は橋脚にしがみついて死んでいるその姿を見つける。

 「約束を違えぬ誠実をほめるか」「融通のきかない愚直を笑うか」と紙面には続き、「マニフェストを巡る民主党の逡巡」と胸中で重ね合わせたとある。「誠実」とするか「愚直」とするかという一語の表現にも、深い思索のあとがあるはずであり、結果として受け取る側の人間の今が、おぼろげにも映し出されるはずだ。故事や文学作品は自ずとこういう宿命を持つものである。

 淡々とした中で進んだ1日。気づいてみると今年もあと2週間を切っている。だいたいにしてその暦というもの自体が、人間が作り出した時間に他ならない。今の自分自身の時間をどう生きるか。更なる深みの中で思索や知恵を絞っていたいものだ。

 使用している手帳の格言に次のようにあった。

  時代は、時計の短い針のように、
  止まっているように見えて、
  気がつくとずいぶん大きく動いているものですね
  1年が終わるよ、という時期にそんなことを思っています。

 この日は、故事や格言に今の自分を委ねたが、こうして生きる自分自身が、そしてその毎日を綴る小欄が、いつしか故事・格言になるよう、毎日を掬い取り表現を磨いていく決意を新たにするのだ。
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水際の攻防かのごとし

2009-12-18
17日(木)朝から午前中は自宅で仕事。書評を書く論点が定まらない。編集委員会から進捗状況を問い合わせるメールあり。一気に進もうと気構えるが、対象となる書物の在り方にも問題がある。他のメールの中には、大学の先輩から「電話します」という内容のものがあった。早速、今晩以降の予定を返信。

 午後は職場へ。しばらくデスクワークで肩も凝ってくる。今年一番の寒さという中ではあるが、仕事は着々と進んだ。

 夕刻からジムへ。ボディパンプのエクササイズに参加する日である。この日は、担当インストラクターが猫に手を噛まれたらしく、化膿してバーベルが持てないという。よって違う曜日の男性インストラクターが代行。それはそれで、パワフルさがありメニュー構成からして筋肉刺激の方法が違うようでもあり、きついながら充実したトレーニングとなった。帰宅途中に中華屋で水餃子に中華丼。

 帰宅してしばらくすると、大学の先輩から電話。何かとアドバイスをいただけて大変ありがたい話であった。外から見ていると分からないことも、それぞれの世界では、様々な視点や社会構造の上で物事が進行しているということ。こちらには分からないことによっておこる現象に対して、理不尽だと憤慨しても始まらない。ひたすら実力をつけながら自信を保ち、広汎な人間関係を大切にしながら進むしかない。

 その後、弟からメール。今回の件で、だいぶ客観的なアドバイスをもらった。現在の生活状態が、お互いに距離の違いはあるが「最愛の人」と離れているという似た境遇もあり、愛する人と生活を共にしているということの意味に内容が及ぶ。

 妻を始め、両親や弟、それに大学の先輩などの様々なアドバイスを受けて、この数週間はまさに「水際の攻防」のごときであった。大海へ攻め入るがごとく飛び込むか、孤島の土地で様子を見るか。無謀な攻め方をすれば犠牲が大きくなるだけの場合も多い。

そういえば、昨日実家に寄った時、5年間飼っていた水槽の金魚が、夜中に水槽から飛び出して、翌朝、父が発見した時は床の上で硬直していたという話を聞いた。人間が指を向けたりすると、愛想よく寄ってきたりしていたので、大変可哀そうであったと父。夜中に孤独な中で、何を考え暴れて水槽から飛び出したのだろうか。一つの生命の「水際の攻防」がここにもあった。
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上野の森で妄想―故郷とは

2009-12-17
16日(水)自宅でできる仕事を抱えつつ、ややゆっくり寝た。新たな視点で穏やかな気持ちで、着地点を探している。妄想の方が拡大し、家にいても落ち着かないので上野の森へ。「王朝の和歌守展」の会期が20日までであり、展示替えした後期をまだ観ていなかったからだ。上野広小路から上野公園方面へ歩く。やはり上野は幼少のころから足を運んだ街。様々に思い出がよみがえる。公園内に入ると無性に音楽が聴きたくなった。冬に不忍池と来れば、過去のある想い出が脳裏を駆け抜けることに起因する。Heart の「Secret」や Aerosmithの「 I don’t want to miss a thing」を選択して、イヤホンから流れる曲と周囲の光景との交響を楽しんだ。自分が一番苦しい時であっても、もはや想い出といえる。目頭がやや潤むが、もはや感傷的にはならない。前向きに進んだ結果の今があるからだ。

 平日とはいえ和歌守展は混雑していた。前期を観に来た時に購入した図録により、後期の狙い目を絞っていたので、けっこう効率よく鑑賞することができた。私家集資料のうち、開かれたページに自分が論文に書いたことのある和歌を発見すると、じっくりとその文字を追う。 次第に藤原定家の考えていたことや呼吸が少し理解できたような気になってくる。やはり手筆というのは、そういう意味で貴重である。今後は、このブログ文章のように、デジタル情報が氾濫する世の中になっているが、未来の人々へこの意思は伝わっていくのだろうかと疑わしくなる。手で書く文字を見直すべきかもしれない。文字が藝術である国の住人として。

 上野から近いので両親の家に立ち寄る。生まれ育った街が最近、新たな道路を敷設し街並みに大きな変化があった。故郷が失われていくというのはこういうことなのか。両親としばし話した。今のこと将来のこと。おかしなもので、母と父の意見が正反対である。それは考えてみると、今の自分が往還している精神状態を、あたかも2人の人間が役者のように代弁しているかのようであった。思わぬところでこの2人のDNAを受け継いでいるのだと実感する。これこそ永遠に変わらない故郷ではないのか。

 近所のうなぎ屋へ出向いて食事。隣には老年の母を連れた一人息子風の2人。反対側には二世代親子夫婦の4人。この辺りでは有名なうな重に舌鼓を打つ。食後に、近くのコーヒーショップへ。最近アルコールを飲まなくなった母が注文した「カシスレモネード」なる飲み物に、実は少量のアルコールが入っていて、「体が熱くなってきた」とか一騒動。昔は酒豪でならした母も、変われば変わるものだ。

 帰宅してジムへ。受付のおにいさんが「寒いですね」と一言。「ここで温まって行きますよ」と返答し、言葉通りにサウナのみ。十分時間をかけてスチームサウナで温まる。その後、家でいくつかメール。やはりメールでの対話により、心が動かされ支えられていることも多い。就寝間際に携帯に返信をもらい、また心が支えられる。
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1年契約年棒は・・・

2009-12-16
15日(火)昨夜ジムをさぼったからか、朝の寝起きがきつい。未だ何かが圧し掛かっているような予感。職場は忘年会明け。理由は知らないが欠勤している者もいる。特別に何も考えずに過ごしていた。

 休憩時間にWebを見ると、松井秀喜がロサンゼルス・アナハイムエンゼルスと1年契約合意とあった。年棒は今季の半分程度だという。「ヤンキースがワールドシリーズで勝つために」とか「このユニフォームを着て(10月に)プレーできる選手は何人もいない」といった発言をし、チームのためという姿勢を貫き、今季のワールドシリーズではMVPという偉業を成し遂げた男だ。日本であれば契約延長は間違いなしとなるのだろうが、メジャーリーグは違った。いやヤンキースは違ったという方が正しいのかもしれない。その結果、「自分を必要としているチーム」を松井は選んだとも報道。チームと個人の関係を考えた時、メジャーと日本野球での考え方の違いは明白だ。

 かくいう自身に対して意外にも1年契約のオファーあり。年棒は今年度に年次昇給分が加算される。悩んだ末の結論が、再び違った角度で元に戻された感覚だ。ただ1年契約という解釈ができる点が大きく違う。チームのためにではない、自身の今後のためにどのような選択をするか、未だ余地が残されたということ。しかし・・・

 夕刻から英会話。洋食屋では先週来、世間話に花が咲く。今日は息子さんも店に出ていて野球の話で盛り上がった。年内の英会話は今日が最後なので、店を出るときには「よいお年を」という挨拶であった。12月も半ばを過ぎるのだ。

 英会話では再び混迷の自身の話。「I toss something around in my mind」という先週教わった表現が、妙に言い当てている。とうとう講師は、コイントスで決めたらいいと10円玉を出して表か裏を決めてトスまで実践した。レッスン後は、恒例の忘年会。学期の節目では必ず講師を囲んで酒の席を持つ。まあレッスンが2時間延長になったかのようで、ありがたい話である。この日はイタリアンレストランで。しばしこの冬の計画などについて楽しい会話が続いた。帰宅して風呂に入りすぐに就寝。
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