そうだ歩いていなかった

2017-07-12
原稿〆切その他諸々
それでも十分な睡眠とともに
行き詰まった時にすべきこととは・・・

複数の原稿〆切に校務と会議と出張等々、変わらず忙しい日々が続く。そんな中で平常心を保つために、心掛けたいことを考えてみた。まずは、何より重要なのが睡眠である。これを削ってはむしろ、頭の回転が鈍くなってしまうように思う。それでも若かりし頃は、ある一定の期間において2〜3時間の睡眠で修士論文などを書き上げた経験もあるが、それでも身体へのダメージが大きかったように思った。首肩の張りが極点に達して、まさに”首が回らない”状態に陥ったこともあった。最近は最低でも6時間、できれば7時間の睡眠を励行している。そのためにはなるべく早く就寝すること。意外に就寝前というのは、無駄な時間が多いものである。ともかく適切な睡眠をとった翌朝の頭は冴えているものだ。

さて、原稿などが行き詰まった時にどうするか?そのまま机に張り付いていると、余計に立ちはだかる壁は厚くなるようだ。気分転換には様々な方法があろうが、何よりも大切にしたいのは「歩くこと」である。小欄でも過去に何度も記しているが、明らかに脳の活動は足の活動に連動して活性化する。梅雨時でなかなか屋外を歩くことも儘ならぬ日が続けば、自ずと気分は鬱々としてくるものだ。そこでこの日はジムのマシン利用でありながら、約40分間で5Kmほど”早歩き”を続けてみた。知らぬ間に脳内が晴れたような気分に至り、靄が取れたように明るい気分になった。「人生を前に進む」ためには、こころだけで考えていては覚束ない。足を動かして「前進する」という身体性を確保してこそ、初めて前に進めるものである。

「頭でっかち」の意味を再考
そうなんだ歩いていなかったんだ!ぜひお試しを
様々な思考をしながら身体を前に進める具体的行動の重要性を再認識した。
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「睡眠」「効率」と仕事の「質」のことなど

2017-06-19
「睡眠負債」という特集
寝不足が蓄積され知らぬうちに健康を害する
「時間」と「質」と「効率」のことなど・・・

日曜午後9時からのNHKスペシャルは、様々な現代的な問題を提起する。この日は「睡眠負債」という特集で、自分では睡眠が足りていると思っていても不足している場合が多く、それが長年続くと「負債」となり健康を害する恐れがあるというのだ。特に日本人は相対的に世界の中でも「睡眠不足」な国民なのであると番組は伝えていた。確かに「自分は何時間寝れば大丈夫」というものを「確信」している場合が多いが、それがいかに根拠なき「過信」なのかと反省させられた。僕自身が思い込んでいた「5時間」という睡眠時間は、ほぼ「最低限」の数値だと云う。人や環境によっても異なるというが、理想は「7時間前後」であると云うのだ。「睡眠負債」があると日中にも眠気に襲われて、むしろ仕事の作業効率は低下する。どうやら日本の「長時間労働」と「睡眠」に対する考え方にも相関関係がありそうだ。

「仕事」も「睡眠」も「質」が大切であると同時に、最低限の「時間」も必要なのだ。この「質」と「時間」とを踏まえた上で初めて「効率」を考えるべきなのであろう。なぜか「効率」が最優先課題と捉えてしまう悪弊が、現代社会では蔓延しているようにも思う。既に広く指摘されているように、就寝前の「スマホ使用」は目からライトを吸収し脳内で睡眠を促進する物質の分泌を抑制してしまい睡眠の質を低下させる。また朝はなるべく「上を向いて歩こう」が奨励されていたが、それはむしろ太陽の光を目から脳内に取り込むことで覚醒する物質が分泌されるからである。こうして「仕事」と「睡眠」の両者の「質」を高め、一方に偏らず双方の絶対的時間を確保し得れてこそ「効率」が上がるということになるだろう。以前に親友から「早起き」の方が健康を害するリスクが大きいという、オックスフォード大学の研究報告の記事を紹介されたこともある。あらためて自らの「睡眠」と「仕事」の双方をバランスよく見直すべきだと、今回は考えさせられた。

「睡眠」によって「仕事」も支えられている
悠々自適に何事にも囚われない人の健康そうなこと
人生は思い悩み苦労するためだけに生きているに非ず
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衰えかけを持ち直す

2017-05-18
出張でトレーニング不足
衰えた上での筋トレのキツさ
そこで持ち直す忍耐力・継続力

約1週間ほど出張などが続いていたために、ジムになかなか行けなかった。仕方ないとは思いつつも、身体が微妙に緩んだような感覚になって来る。理想的には各部の筋肉が、聊かな筋肉痛を常に伴う程度の状態が、ベストだと感じているからだ。筋肉に関しては、トレーニングを継続した時と、このように間が空いた時では、明らかな違いを自覚できるものである。それだけに空白後のトレーニングは、通常に増してキツさを覚えるのである。1週間程度でも衰えが感じられるのであるから、トレーニングなき生活を想像すると恐ろしいとさえ思われて来る。

こうした「持ち直す」ことには、大変重要な意義があるはずだ。プロのアスリートでない限り、身体性を高次元に保ち続けるのには限界があるだろう。人生の様々なことも同様であるが、「持ち直す」際の苦しみに耐えてこそ、再び希望の明日が見えるということ。そこで耐えるか諦めるかで、行く先の道は大きく異なる筈だ。遺伝子学の研究向上から、老化の細胞構造について次々と明らかになって来ている。筋肉を衰えさせないこと、また瞑想などで副交感神経を優位にする機会を持つこと等々、意識してやっておきたいことがある。脳内を含めて、停止せず活動させる機会を持つことが、細胞そのものも活性化することは素人目にも明らかであろう。

筋トレ後のプールはややオーバーワーク
欲張らず継続することを念頭に
「ココ」で踏ん張っておくことが明日を築く

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「痛い箇所に原因はない」トレーナーさんの名言から

2017-04-27
「痛い箇所に(痛みの)原因はない」
尊敬するトレーナーさんの言葉
筋肉の鍛錬と柔軟性のこと

先月のことであるが、上京した際に嘗て通っていたジムを訪れた。そこには、過去の小欄で幾度なく賞讃してきた尊敬する女性のトレーナーさんがいる。「フィットネスは競争ではない」「柔軟性や可動域の広さが大事」など、随所随所に的確なアドバイスをいただき、僕の健康生活を支えてくれていた。宮崎に来てからもジム通いは継続しているが、正直なところなかなかこの次元のアドバイスをくれる方には出会えないでいる。よって数ヶ月に1度は、上京した際に彼女のレッスンを受けに足を運ぶ。裏を返せば、指導者たるやこうした乞われる存在を目指すべきであろう。先月に訪問した際の彼女のアドバイスは、「痛い箇所に(痛みの)原因はない」であった。これは身体のみならず、様々な事象に対していえるのではないかと深く考えさせられた。

人は痛みがあれば、その箇所において対処療法を採る。湿布などが、その代表的な例であろう。だがそれは、一時の気休めに過ぎない場合も多い。打撲などであれば、湿布によって冷やされて腫れが引くのは事実である。だが関節痛・肩凝りや腰痛には、いくら湿布をしても気休めのように思われる。そこで前述した名言「痛い箇所に原因はない」が考え方として活きてくる。例えば膝に違和感があれば、必ず上下の脚の筋肉が弱っている。腰痛ならば、首・肩から足まで様々な筋肉に張りが出て、肝心要の部分を硬直させている。特に筋肉量と柔軟性は年齢とともに必然的に衰えるので、意識した鍛錬が必要だ。そしてまた中長期的な視点も必要であるように思う。各部位に支障が出たらトレーニング方針を再検討し、徹底して筋肉と柔軟性に特化した内容を設定する。また今現在の鍛錬は必ず、10年後の自らの身体に反映するものと考えている。年齢の2桁目にあたる10年を、身体鍛錬の上でいかに意識し実践するかで、次の10年が決まってくるという実感がある。

研究や創作、そして心においても
「痛い箇所に原因はない」のだろう
となれば、脳内の活動的鍛錬と柔軟性を常に意識せねばなるまい。

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自然治癒力に託して

2017-03-07
花粉症は治った?
首肩腰の張りは?
自らの治癒力に託してみる

宮崎に移住して丸4年が近づいている。4年前の今頃は、東京からの引越準備をしつつ、WBCの一次予選を観戦に毎日のように東京ドームに足を運んでいた。正直なところその「WBC熱」も、前回や09年06年から段階的に自分の中で後退してきている。残念ながら「日本代表」チームにあまり魅力を感じないのである。さて、その4年間で身体的には何が変化したかといえば、花粉症の症状が緩和されたことである。控えめに「緩和」と書いたが、口頭では「治った」と公言している。抗アレルギー薬も必要なくなり、”あの眠気”からも解放され、この4年間で「薬」というものは「目薬」ぐらいしか処方されたことはない。宮崎はむしろ杉の名産地で、物質的な花粉量からすれば東京より多いのではないか思われる。だが、時折のくしゃみがまったくないとは言わないが、「症状」というほどのことはなく過ごせている。その要因は、一つに綺麗な空気、二つに免疫力の高まりではないかと自覚している。

現職教員ながら修士論文を書いていた頃、校務との両立でPC使用も長時間にわたり、ほとんど首が回らないほどに肩が凝ってしまったことがあった。やむなく自宅近くの接骨院に毎日のように通院し、首肩をほぐしてもらいまた夜なべをする始末であった。接骨院の先生は親切にほぐしてくれたが、かなりの”固さ”であると言っていたのが思い出される。僕の修論が成立したのも、あの接骨院の先生なくしてはあり得なかったといっても過言ではない。ところが、この10年間ほどは論文などに根を詰めても、首肩が凝り固まることはほとんどなくなった。それはやはり、ジムでのトレーニングを励行しているからであろう。昨日はやや首肩腰に張りを覚え、接骨院などが頭をよぎったが、やはり自らの力でと思い直し、ジムで入念なストレッチと水泳を行なった。他人の力よりも自らの中に治癒力は眠っている。それを引き出すか否かは、行動次第ということだろう。

自らの中に眠る力に気づき引き出す
文筆そして短歌なども同様であろう
「病」と名付け、薬や治療に頼りすぎな現代社会を思いつつ。
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「ルーティン」と「身体の声」

2017-03-02
定めたノルマ
維持したいと頑張り過ぎて
その日の己の「身体の声」を聴くこと

小欄からしてそうなのであるが、生活上の「ルーティン」が次第に多くなっている。朝起きてから家を出るまでにも、細かいことを入れればかなりの「意味」を持たせている行為がある。それはさながらビデオ動画を再生するように、規則正しく流れている筈である。「ルーティン」とは『現代用語の基礎知識2016』に拠れば、「きまった業務や手順などを意味する。」とされ、ラグビーの五郎丸選手が「キックに至るまでの動きを6分割して、集中力を高めることで周囲の雑音を遮断。」するような例を挙げて紹介している。特に「最後に指を4本立てるポーズ」は、巷間で大きな話題となった。もちろん野球のイチロー選手が打席に入るまで、守備位置に着くまでの動作がいつも同じであることや、その延長で球場入り以後や、それ以前の昼食まで毎日同じにしているというのは有名な話である。

ただ特に「生活」の場合は、ある程度の融通がきかないとならないと思うときもある。身体トレーニングなどは習慣化に支えられて継続するものであるが、その日の己の「身体の声」をしっかりと聴いて実施する必要があるように思う。「心」ばかりが先行すると、「身体」がいつしか悲鳴をあげているという場合も少なくない。今年になってトレーニングに水泳を導入して、以前より調子が良いことを実感していたゆえに、ここのところ泳ぐ時間・距離を伸ばし始めたところであった。また「水泳」の場合は、終了するとそのまま風呂に向かい後は帰るのみとなる。運動後のストレッチを施すことはない。「身体がほぐれる」と感じていても繰り返して距離が過剰になれば、筋肉の張りを誘発しかねない。ランニングなどもそうであるが、「思い込み」で「身体に良い」として過剰な運動になるのは危険である、という警告もいつぞやのWeb記事で読んだことがある。

何事もその時の「状況」を察知して
物事の「意味」は、日々において変化するものである
「心」が過剰に作用しないように、何事にも肝心な戒めである。
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「水に帰る」思考

2017-02-07
ゆっくり30分間
水の中を進みながら考える
陸上とは違った感性とも思えてくる

先月からジムでのトレーニングに水泳を加えた。有酸素運動の不足を感じ、心肺機能を高めたいと思い立ったのが動機である。筋トレなどをした後は25mプールを10往復、水泳のみの日は20往復を基準とし、概ね前者は15分間、後者は30分間で消化できるので、往復回数を数えるのではなく時間に委ねて泳いでいる最中は他の思考に導くようにしている。ともかく途中で止まらずに、定めた時間まで泳ぎ切ることを心掛ける。一定の心拍数まで上げて20分以上の有酸素運動に、一定のトレーニング効果が認められていることが根拠でもある。筋トレ後は、クールダウンとして筋肉を冷やしてほぐす意味合いもある。

泳いでいて面白いと思ったのは、通常の時より思考が活性化するということ。いやむしろ思考が活性化する速度で泳いでいる、といった方が適切かもしれない。ある短歌の解釈を考えていたり、自分の短歌を様々にことばを置き換えて推敲したりしている。牧水は『短歌作法』の中で、歌ができない時は「散歩」が有効であるといった趣旨のことを書いているが、まさに目的も定めない”そぞろ歩き”のような感覚が作歌と相性が良いということだろう。確か脳科学者・茂木健一郎も、同様のことを常々述べている。水泳の場合はさらに全身運動、そして生物の根源たる「水に帰る」といった感覚が生じる。果たしてこの水泳が、僕自身の思考に何をもたらせてくれるであろうか。

人工的ながら自然回帰
歩む泳ぐを見直してみるのも
本日の牧水賞授賞式で、著名な歌人の方々に会うことなどを思考しつつ。
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「あれっ風邪?」と思ったら

2017-01-25
厳しい寒さが続く
水っ鼻が出るなど症状が
そこですかさず栄養補給を

先週末の東京滞在から帰り、少しは暖かいと思いきや南国・宮崎にしてはかなり寒い状態が続いている。それでも北九州のように雪は降らず、太陽の光は降り注いでいるのだが、何せ頰打つ風が冷たすぎる。大学を中心にした学園都市は日向灘を望む高台にあるため、風に関してはいつの季節でも各方向から強く吹き付ける地形に住んでいる。東京から帰るとどうも、水っ鼻が出て仕方ない状態となった。それでも宮崎の清浄な空気を吸えば治るなどと楽観的に構えていたが、やはり風邪は初期治療が肝要である。栄養補給と睡眠をすかさず摂ることを心掛けねばなるまい。

親友御夫妻の店で鍋を注文した。「あれっ風邪?」と思った時は迷わずこの「コース」を選択する。豊富な野菜と豚肉を中心の具材に、やや辛めの味付けが施されている。食べるに連れて身体が温まり、仕上げの雑炊まで食すればかなりの満腹具合である。そして温まった身体を冷やさないうちに寝床に入る。そうして一夜、水っ鼻はすっかり止まって元気が回復した。もちろん寝室には加湿を忘れず、日常から執拗に手洗いとうがいを繰り返している。それでも菌は容赦なく入ってくるのだが、それを自らの身体で撃退する免疫力を養っておくことが肝要だろう。原則として、薬には頼らない生活をしていたいと思う。

今回も初期で食い止め、この日はジムへ
教育現場では何事も「初期」で対応するのが原則であろう
健康な暮らしには、地方の環境が誠にありがたい。

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肺機能を高めたい

2017-01-20
人間ドッグ受診
肺機能検査に思うこと
声の職業ゆえのこだわりがある

職場の検診では毎年のようにすべての判定が「A」である。だが誕生日前後には人間ドッグを受診するのが、ここ10年間ぐらいの習慣になっている。自らが「生」を受けた日に、その価値を見直す上で意義深い機会となる。東京在住時はその結果が即日説明されていたが、現在受診した病院では2週間後の説明と穏やかである。だが血圧はもとより検査をしている最中に、結果データが知らされるものもあった。その一つが「肺機能検査」であった。僕自身の予想では、日常から運動をしているので実年齢よりもかなり若いのではないかと考えていた。だが肺活量と瞬間呼吸量は、ほぼ実年齢に近い結果であり聊か複雑な心境になった。身体コンヂションというのは、誠に正直なものなのかもしれない。

講義・研究発表・朗読・司会そして落語などなど、自ら声にこだわった仕事と趣味がある。いわずもがな「声」の元は「呼気」であるゆえ、僕にとって肺機能は大切な商売道具ともいえる。それゆえにイチローが20代〜30代次元の肉体を維持しているように、肺機能に関しては特に高い次元を求めたいという思いがある。心が揺れたら即実行ということで、この日はジムで「ラン30分スイム30分」を自らに課した。「心のバネ」もまた正直なようで、実に快調にその内容がこなせた。ともに決して「速く」走ろう泳ごうとせず、一呼吸一呼吸を確かめるように身体を躍動させた。すると自らの「生」が「呼吸」に支えられているという、至極当然なことに自覚的になり得たのである。

穏やかに自らの身体を見つめる
日常生活がそのすべてを変えていく
あなたの肺機能は何歳ですか?
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運動なくして脳も冴えず

2017-01-07
年末年始の上京と正月と
食べて寝る生活の繰り返し
もう限界とジムへと向かう

最近、肩凝りや腰痛にも無縁なのは、ひとえに運動の成果である。関節の柔軟性を向上させ、各部の筋力を衰えさせず、酸素を大量に出し入れする身体は、自ずと活性化している。生活の中で週に2〜3回のトレーニングが、僕にとっては必須条件となっている。年間を通してそれが崩れるのが、年末年始である。今回も上京に伴い、ジムへ行く時間もなかなか取れず(出張先でもジムに行く場合がある)、飲食を繰り返していると次第に手足に聊かのむくみを覚えるが、まさに運動不足のサインである。そうかといって体重が増加しているかといえば、そうでもない。8日ぶりに行ったジムで計測すると、通常より1kg減の60.5Kgであった。思うに、筋トレをしないことで筋肉量が減少すれば、総体重も減少するという図式であると理解した。今年は出張用に、筋力トレーニングが可能な携帯用のゴムチューブを購入しようかと考えている。

運動をしないと頭も冴えない。少なくとも意識して歩こうと、上京時には1日1万2000歩以上は歩くように心掛けていた。また休日の大学には徒歩で出向き、往路の坂道を登るだけで頭は活性化してくる気がする。身体を総合的に使わないと、こうして文章を書くことにも影響を及ぼす。表現という意味では、講義での弁舌にも影響を及ぼす筈だ。考えれば日常生活において、こうした身体の活性化と逆行した「装置」が大量に導入されていることに気づく。自動車はもちろん、エレベーターしかり、石油を汲み出すポンプでも電動式になっている。自宅に滞在する母が、手動式の石油ポンプで給油するのは大変だと言うが、その分だけ手の筋力が活性化していることになる。自宅から最寄り駅まで1.6Kmほどあるが、決して歩けない距離ではない。先日、TV番組でフランスの105歳の老人が、自転車競技会に出場している映像を観た。足腰の筋力を適切に使用し、「果物と野菜をよく食べる」のが長生きの秘訣だと述べていた。日本の極度な高齢化を鑑みるに、「便利さ」よりも身体性の原点を考える生活へと、見直すべきではないかと思うことしばしばである。

筋トレ中、両親はショッピングモール内を歩く
万歩計の数字は1万3000歩に及んだと云う
その後、馴染みの焼肉店で十分なタンパク質の補給も怠りなく。
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