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入れただけ動く流儀

2021-09-07
食べたもの飲んだもの
入れたらその分は動いて消費する
吉田類さん酒場詩人の流儀に見習う

誕生月に総合的な健康診断を受けることが習慣化している。さすがに4ヶ月前ということで予約サイトへ希望日を申請、昨今は希望するク健診センターが混んでいてなかなか自由に予約を取るのが難しい。毎年、もっと早く予約を取るべきと省みるがこの時期になるのが恒例だ。予約専用のサイトがあって希望日を第6候補まで挙げることができ、サイトの方で健診センターと交渉をしてくれるという誠にありがたいシステムである。予約の入力を終えると、過去の健診履歴が当該サイトで経年比較をグラフで閲覧できることを知った。サイトができてから3年目であるので、各健診項目について2019年まで遡って確認することができた。2018年頃までは週に最低3回はスポーツジムへと躍起になって通っていたが、生活環境の変化もあって見直しを図った。個人の状態に合わせた「パーソナルトレーニング」なども受けていたが、そうこうしているうちにコロナ禍となり、やむを得ず「宅呑み」ならぬ「宅トレ」になった。

こうした影響もあってか3年間の経年変化でやや体重増加をしたが、BMI(肥満度指数)は22以内なので特に問題はない範囲である。それでも基本としているのは、大学卒業時の体重・腹囲を維持すること。だがあまりBMIが低いのも、むしろ免疫や抵抗力が下がるとも妻から助言されている。「宅トレ」になっての利点は、毎日必ず運動ができるということ。朝のコアトレ・ストレッチにウォーキングはほぼ恒例となり、夕食後には1日おきに自宅用器具での「筋トレ」かウォーキングを交互に習慣化しようとしている。1日1万歩を目標とし、通勤も徒歩で大学では何階であっても階段を使用する。これが日常化できれば、たぶんジムに週3回通っていた時よりも健康的な身体が作れるはずと考えている。食事量を特別に減らすというわけではない、野菜とタンパク質のバランスを図り十分に摂取する。これも先日のトークショーで吉田類さんが語っていたことだが、「入れたぶんだけ動く」が酒場詩人の流儀のようだ。特に山登りをする類さんは「登れる体重」を「動くこと」で維持するのだと語っていた。あくまで「自然」な方法で健康維持、生活に「動く」要素は欠かせない。

未だワクチン接種後のやや気怠さが
歩く身体が壁にぶつかった原稿を先に進める
使わないPCの如く更新せず埃を被らぬように。


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あらためて免疫力

2021-08-22
日常生活でいかに免疫力をつけるか
睡眠・食事・運動
ストレスを感じないように豊かな心を

新型コロナ以前にも、多くのウイルスと僕らは直面していた。よく比較対象とされる「インフルエンザ」のみならず、俗にいう「風邪」や「ウイルス性胃腸炎」など、感染に注意しなければならないものは少なくなかった。「風邪」などを考えてみても、頻繁に引く者とそうでない者がいたように思う。その差は何であろうか?とあらためて考えてみる。そうすると尽く「新型コロナ」対策にも通じることだと気づくのである。手洗いの徹底、顔の粘膜がある眼・鼻・口を手で触らないこと、他者と飛沫が飛び交うような食事形態を慎み、部屋は換気を十分にする、などが従来からの「インフルエンザ」などでの対策としてすべきことだった。それゆえに、多少は入念になっただけで僕などは「新型コロナ」だからと、あらためての対策だとはあまり思わなかった。ここ10年20年ほど、風邪らしい風邪は引いたことがなかったからである。

前述した「ウイルス」そのものを体内に取り込まない対策より以前に、大切なのは免疫力を高めておくことだ。特に宮崎に移住してからは、そんなことに気を遣っていた。その基本は冒頭に記したように、「睡眠・食事・運動」の三要素である。平均7時間睡眠、多菜で過重にならない食事、疲労が残らない程度の運動を日々実行できるかどうか。年齢とも相談する必要があるが、当代で培った生活での身体づくりは、次の10年を作るものと意識してきた。またあらゆる面でストレスを感じず、素朴雄大に生きていること。自然のリズムの中であくせくしないこと。このような点が免疫力増強維持の要点としてきた。また10数年前の「新型インフルエンザ」の時も習慣として意識していたが、日常の体温計測も重要だ。比較的高めに「36.4」程度に保つのが免疫力や基礎代謝の意味でよろしいように自覚している。こうした免疫力への意識をさらに増強したいものである。

次の10年を生きるために
若さを保つためにも
この日も野菜豊富な豚汁で良好な食事を妻が用意してくれた。


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日々の磨きが明日をつくる

2021-02-13
試験薬を塗りつけ歯磨きの点検
前回の指導で入念にした「つもり」だったが
行動習慣や思い込みが適切な磨き方を阻害している

1ヶ月ぶりに歯科医に通院した。前回には歯と歯茎の点検を受け、歯磨きの方法について指導を受けた。それ以来、夜の歯磨きには時間をかけて入念に実行してきたつもりだった。しかし、今回もまた前回と同じような傾向で「磨けていないところ」があり、なぜできていないのかを考えさせられた。歯に表側と裏側があるが、どうしても裏側が十分に磨けていないそうだ。それは表側から磨くゆえに、必然的に裏側にかける時間が十分でないという行動習慣に拠るものだと云う衛生士さんの説明であった。確かに外見上のことも意識すると、朝を含めて表側に偏った磨き方をしているかもしれない。その行動傾向に自らが気づいていないことに、他にも「これでいいのだ」と思ってはいるが適切でないことがあるのではないかと考えた。

また長年染み付いた「磨き方」はなかなか修正できないものがある。磨くべきは歯と歯茎の間が肝心ということだが、どうしても白い歯そのものの部分のみを磨きがちだ。力の入れ具合・ブラシの動かし方・歯ブラシの角度等々で今まで思い込んでいたことを改善せねばなるまい。「生活習慣病」と言われるものはいづれもこのような日常の「行動」によって創り出されるのではないかと、あらためてその怖さも感じた。そして、前回より歯茎の出血という点では改善されているところも多く、意識すれば改善できる成果も見えたと指摘された。歯は栄養を摂取する大切な入り口であるとともに、言葉を発する上において僕の場合は商売道具とも言える。高齢化社会において80歳で何本の歯があるか?が大きな指標であるそうだが、長寿の方をTV等で観ると大抵は歯が丈夫な印象がある。身体全体の健康はまず「歯」からであろう。

こうした指導をしてくれる歯科医
治すのみならず予防を啓発してくれる
日々の積み重ねが明日の健康な歯を約束してくれる。


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過信か盲信の病い

2021-01-26
健康習慣のいろいろ
なぜ?その行動をしているのか
自分の外側に出てよく考えてみよう

人間ドッグから1週間が経過したが、結果票はまだ手元に届いていない。受験などでもそうだが、自分が試された後にその結論が出るまでは宙に浮いた心境である。その一方で、根拠のない確信があることも少なくない。受験なら「必ず合格している」と、自らを過信して待つのも一つの手ではある。しかし、どのような結果が出ようとも受け止める心の広さも必要だ。大学受験の際は「第一志望が駄目なら予備校に行こう」と決意をして合格発表を見に行ったところ、自らの受験番号を掲示板に見つけることができた。何事も人生の道は、其処で終わりではない。よく若い人がちょっとしたミスをすると「終わった」と言うが、そう簡単に「終わる」などということはないのだ。

健診は「悪いところを見つけに行く」のではない、「健康である度合を確かめに行く」のである。加齢とともに様々な数値も、次第に変化して来るようだ。それでこそ必然でもあり、考え方の切り替えが必要ではないか。人はどうしても、自らが全盛だった頃の感覚が維持されていると思いがちだ。高齢者による自動車運転の事例などを見ると、その過信が事故の大きな原因になっている。変わりゆく自分を受け入れられない、それこそが自らを危険に曝すことになる。ついつい毎日行なっていたことで、健康習慣だと思い込んでいたことがある。妻とあれこれ対話していて、考え直すべき行為だと悟った。誰しもが「良かれ」と思ってやっていることを、客観的に見つめ直すと健康を害する行為であったりする。過信と盲信が、人間の何よりの「病い」なのかもしれない。

過ぎたるは猶及ばざるが如し
科学的に客観的なコロナ対策を願っているのなら
まず自らの行動を見直すことから始めよう。


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誕生月の定期健診

2021-01-19
自動車も半年点検あり
誕生月に親からいただいた身体を確かめる
次の1年も健康で過ごすために

誕生月となって予約していた「人間ドッグ」の日となった。前夜は9時前には食事を終わらせて、朝も(水1杯はよいが)何も口にできない。2日間の検便を持参し、会場となるクリニックへと向かう。もちろんクリニックでも厳格に感染予防対策が取られ、受付を済ませて検尿あたりから検診開始。密にならないために、上手く健診項目の順番が配慮されていた。腹部超音波で内臓の状況を診たり、採血をしてあらゆる身体の状況が点検されていく。綺麗なフロアに優しいスタッフの方々のお陰で、いかにも「病院」というような嫌な臭いも雰囲気もなく健診が進む。医師が直接に診察をしてくれる問診では、昨年の状況からの質問にも丁寧に答えていただいた。

毎回のことだが健診の大きな山場は、「胃内視鏡」いわゆる「胃カメラ」である。大抵が最後の順番に設定されていて、やや構えて臨むことになる。しかし、最近の科学の進歩は目覚ましくカメラそのものが「ファイバー状」で細く、鼻の穴から簡単に挿入できるので嗚咽や嘔吐に悩まされることもない。ベッドに伏して左肩を下に寝ていると、鼻に差し込んだ補助器具から知らぬ間に身体内へファイバーが挿入されていた。先生が何らかの所見を言いながら検査は進み、5分もしないうちに終了。「胃の粘膜は綺麗で何ら問題はない」とすぐに聞かされる。この1年間は学部の役職にあって、新型コロナ対応で心労も多かったゆえに胃に神経的な負担がなかったかと不安ではあった。実際に昨年3月の学部卒業式を終えた後は、急な胃痛に襲われたことがあった。「ピロリ菌」もなく「健康な胃」だと云うお墨付きは、次の1年を健康に生きる自信となる。

血液検査などの総合診断は自宅郵送にて
健康な明日を自信を持って生きるために
最新の医学は早期発見で多くの病は対応できるのだから。


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新たな掛かり付けを求めて

2020-12-30
眼科医に歯科医さらには理容師
長年の掛かり付けもまたコロナで遠くなりにけり
宮崎で生きるための新たな開拓

「掛かり付け医」を持つことが、健康長寿の上で大変に重要だと云われている。ここのところ国会議員さんの急逝などの報に接し、後に「新型コロナ」への陽性が判明したが「掛かり付け」がいなかったのだろうかと思う。また元「うたのおにいさん」の40代での夭逝も報じられたが、直前のブログには眼の異常な充血写真が掲載されていたと云われている。日常の些細な身体の異常に対し、念には念をの慎重な対応を求めるべきと考え直させられる。親身に相談できる医師がいれば、この両者の治療の可能性が開けたのではないだろうか。ご冥福を心からお祈り申し上げる。このような意味で僕自身も歯痛を放置しておくわけにはいかず、同僚の情報も得て地元の歯科医に診断を仰ぐことにした。

実は眼科・歯科さらには理容師には長年の「掛かり付け」が東京にいるのだが、「新型コロナ」によって容易に東京へ赴くことができなくなった。それぞれ25年・15年・35年のお付き合いで、正直なところ彼らの「手」でなければ自らの身体を触ってもらいたくない感覚もあった。しかし、この情勢はそうも言っていられない。Web情報とともに同じ地域に住む同僚からも情報を得て、自宅にほど近い歯科医の門を叩いた。先代の母親(もちろん今も診療を担当しているようだが)から引き継いだ若き院長もなかなか気さくで話しやすく、痛みの原因をレントゲンで的確に診断してくれ処置を施してくれた。問診票に「悪いところは全部治したい」と記したが、特に他は問題ないのか、あまり過剰な治療を勧めることもしない。次回は全体のクリーニングを最新の装置を使って実施すると説明してくれた。あれこれ僕の事情も話すと衛生士さんも親身に応じてくれ「フロスをかけてるのは偉いですね」と言うので、「口腔環境を整えるのが長寿の秘訣と聞いたもので」と応答した。歯科は緊急性が高い。宮崎にも信頼できる「掛かり付け医」を開拓することができた物語。

日々に身体の声を聴くように
自動車は半年で必ず点検が用意されている
「掛かり付け医」が複数いても問題ないのだと思い込みを打破もできた。


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身体を引き締めて

2020-12-15
寒波による寒さ厳しき
心が引き締まる季節に
歩数1万歩以上で身体を引き締めて

ここ2ヶ月ほどの1日の平均歩数が、ほぼ11000歩ぐらいに及んでいる。1年間の平均でも昨年は5500歩程度であったが、今年は7800歩ほどに上昇。聊か身体の引き締まりを感じている。同時にこの寒さが増す季節にこそ、心の引き締まりを覚えるのは誕生月が真冬であるせいだろうか?あるいは卒論や修論の提出時期が、心身の記憶に刻まれていて、自ずと執筆モードの身体になっているともいえるであろうか。いずれにしても歩数が増すことで、脳内も活性化し心身を前に進める力が備わってきているのであろう。

スポーツ選手などでも身体の引き締まり具合で、その成果も大きく左右される。プロ野球のトライアウトに48歳で参加した新庄さんの身体は、現役時代とほとんど遜色がなかった。挑戦したことに納得し復帰は諦めたようだが、あのような存在が最近は少ないプロ野球界の方を憂えてしまう。また残念ながら全米女子プロで優勝は逃したが首位を走っていた渋野さんも、笑顔ばかりに注目が集まるが身体の引き締まりあっての成果であろうと思う。悪天候や気温低下のコンディションの中での健闘であった。要は日常のトレーニングへの向き合い方が、身体の引き締まりに直結する。体型は日常生活への取り組み方が創る、心身ともに引き締めた生き方がしたい。

心身を錆びさせないように
歩いて歩いて歩いて歩く
「不安から得をする算段をしたらいいではないか」(小林秀雄)


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1日10000歩以上を歩くために

2020-09-23
秋分の日で昼と夜が均等に
朝陽とともに歩み10時には寝床へ
人間の活動時間帯も自然の巡行によって

小欄を書いている際に日の出時間となる夏季であったが、今現在、窓の外は暗闇となっている。ここのところ日の出時間が遅くなることと、日の入りが急速に早くなったことを体感する。この時間帯のあとに一連のトレーニングをするのだが、ウォーキングをする時間帯が、次第に朝陽を浴びる度合いが変化して来る。帰宅時の暗さというのも大きな変化で、夏の間は夕食後にもまだ明るさが残っていた。日の出・日の入りにこれだ敏感になったのも、宮崎に住んでからのことだ。都会生活では人工的な光が氾濫し過ぎており、自然たる太陽の巡行を意識することは稀である。

連休ながら先週の土曜日以来、歩数の週平均が10000歩を超えている。朝20分、夕食後に20分、そして日中の生活の中で30分程度の歩きを蓄積することが肝要である。聊か汗が滲んで来るような感覚まで歩く、夕食後にもこの時間が確保できるのは貴重である。足のみならず身体全体の血の巡りがよくなるようで、脳の動きも明らかに活性化するように思う。また朝陽を浴びれば、「セレトニン」という幸福感が湧いて来る分泌物が脳内に出るのだと云う。宵の22時から深夜2時頃までは、「成長ホルモン」が身体を修復するとも聞く。自然に沿って生きること、そして自らの身体で歩むこと。この人間の基礎基本を今一度見直して生活をしたいと思う。

月平均は7600歩、年間平均は6800歩
5月6月の歩数の落ち込みが顕著だ
ようやく東の空に光が見え始めたところである。


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日の出日の入り安眠習慣

2020-08-27
日の出日の入り時刻を知っているか?
自然天象とともに生きて健康な生活を
質の高い睡眠をとるためには・・・

早朝に起きて何らかの活動をすることを、「朝活」などと最近は呼ぶようだ。今までの人生を振り返ると、高校生として受験勉強をしている頃、「国語」の先生に勧められて「朝型勉強」を始めた。決して長い時間を浪費するのではなく、小刻みに時間を区切り集中して勉強するという方法を伴った。そのお陰もあってか志望大学に現役で合格できたので、生活習慣としては自分に適したものであったのだろう。しかし大学生活では多くの大学生がそうであるように、なかなか「朝型」の生活習慣を続けることは難しかった。サークル活動や夜の飲み会などがあれば自ずと帰宅時間も遅く、朝に弱い身体が築かれざるを得ない。むしろ「完徹呑み」などと言って終電で帰宅することや友人の下宿で夜通し語り合うなどということもあった。レポートや卒論は夜の時間帯に活動していたように記憶する。

中高教員になると必然的に「朝型」の生活が求められた。20代の頃は職場の「飲み会」も多く、睡眠を削ってもまったく平気な体力があった。大学時代の延長のような教員生活、僕の青春時代はある意味で長かったとも言えるのかもしれない。再び研究生活に転じてからは「飲み会」どころではない、教員としての仕事との両立にがむしゃらになって駆け抜けた。この時期は「朝型」「夜型」など意識せずにやれるだけ研究発表や論文書きに時間を割いた。博士後期課程になった頃、深夜に論文を書いている脳があまり冴えていないことを自覚した。ここから再び「朝型」へ。時間が取りたいときは、3時4時など早朝というより深夜の果ての時間に活動を開始した。その頃から社会的にも「朝」の方が脳が活性化するなどという風潮が喧伝されるようになり今に至る。今もやはり午前中の脳が、一番活性化しているように自覚している。

時間の密度が夜よりも質が高い
日の出日の入りに合わせて生きるのが健康の鍵とも
質の良い睡眠をとるために心得ておきたいこともいくつか実行している。


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長嶋茂雄監督が推奨する階段

2020-06-20
脹脛は第二の心臓
若さを保つためにも
長嶋茂雄監督が気に入った階段

居住している住宅街の一角に緑豊かな小高い丘がある。其処へはかなりの段数に及ぶ階段があり、両側の緑の中を昇り行くと下半身が鍛えられるのが自覚できる。長年にわたり地元に住む人の話に拠ると、嘗て長嶋茂雄さんが監督だった頃、キャンプ中にこの長い階段を見出し練習後に選手の下半身鍛錬のためにやって来ていたと云う。プロ野球選手の鍛錬にも適すると判断された階段は、なかなか手強いものがある。ここのところ小欄を書き終えた後に妻と朝のウォーキングをしているが、この日はその階段の一昇降をコースに加えた。以前にもこの小高い丘の公園に行くために何度も昇降しているのだが、必然的にその翌日は臀部とか大腿四頭筋などが筋肉痛に見舞われる。それほど効果的である証なのだと実感している。

TVの健康番組で「若さを保つためには階段の昇降が効果的」といった特集を観た。足の筋肉を活性化しておくと、脳の血行や肌の張りなどにも影響を及ぼすのだと云うのだ。確かに自覚的なことで考えてみても、あまり歩かない日はひらめきが少なく顔色も青白いような気がする。脹脛は第二の心臓、足裏で内臓の状態が判る、などと俗説的によく云われることだが、下半身の大切さに根ざしたものであろう。生活習慣病の罹患率の高さも明らかに「歩かない文明」の産物なのかもしれない。当該TV番組では宅配便配達を仕事とする人の1日の歩数を紹介していたが「37000歩」にも到達するらしい。僕などは頑張ってもせいぜい「10000歩」、しかもここのところ大学が遠隔講義となって研究室で講義もするのでさらに月別平均歩数は減少傾向である。それでも大学構内ではエレベーターを使用しないと決めており、階段の使用率は低いわけではない。論文を書く閃きも短歌を創る発想も、階段の昇降が左右しているやもしれない。せめて長嶋さんお墨付きの階段を毎日昇降することで活性化していこうかと思う。

大地と身体を繋ぐ下半身
若山牧水は歩けば短歌を閃いた
古来より旅好きな詩歌人が多いのも理にかなっているのだろう。


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