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免疫力が肝心

2024-01-19
やや鼻風邪のような
だが充実した食事で治す
インフルエンザなどが流行る教室で

世間のニュースでは、ほとんど感染症に関するものは流れなくなった。ファッションの流行は廃れるものだが、まさに「流行り病」と名の如くである。だがもちろん、コロナも100年前のスペイン風邪(インフルエンザ)も無くなった訳ではない。僕たちは流行に左右されず、個々人の力で人類の向き合わざるを得ないウイルスとお付き合いをせねばならないのだ。昨日の講義では何人もからメール連絡があり、インフルエンザの罹患で欠席とのことであった。日頃からマスクは任意だが、比較的学生たちは用心深く装着していると思っていた。この流行りに、どう対応したらよいのだろう。

僕自身は小学校こそ水疱瘡になり何日かは休まざるを得なかったが、中高6年間は皆勤。妹は確か小中高と皆勤だった。その理由は、母の食事への方針であったように思っている。美味しいものをたくさん食べられれば健康だ、というのが父を含めて我が家の合言葉だった。それによって、確実に免疫力が上がる。多少の風邪らしい症状が出ても、冬なら鍋物で仕上げのおじやに餅を入れて食べれば、翌朝はかなりよくなっている。この数日、僕も鼻風邪のような症状が出ていたが、今週の食事が新たに免疫力となり今朝はかなり寛解と言えるような状態になった。発熱がなかったのでインフルとは思わなかったが、やはりウイルスに対応するのは個々人の免疫なのだろう。

栄養を入れて適切に運動を欠かさないこと
睡眠・食事・運動を疎かにしないこと
もとより健康な身体に産んでくれた母に感謝。



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磨り減るタイヤと人間ドッグ

2023-12-27
先日の3年目車検でタイヤの磨り減りが指摘され
毎年1回の人間ドッグでは基本項目で優秀とされたが
時間の経過とともに減少する必然もあって

現在の自家用車に乗って3年になり、先日車検を受けた。最近は点検パックで5年は乗る計画になっていて、車検代も込みということで高額の費用がかかるわけでもなく(パックで投資しているのだが)検査を通った。こうした際にかつては儲け主義であれこれ部品の交換を主張するデューラーがあったが、現在のメーカーはまずは「お車の安全が一番」という主義で安心感が高い。それでも「タイヤがかなり磨り減っていて交換をお勧めします」と云う。これまで乗った車種では3年3万キロ台で磨り減るということはなかったが、4駆で街乗りが多い場合は減りやすいのだと説明を受けた。これもまた「安全が第一」の主義で決してデューラーが車検時に交換込みで行うでもなく、実に良心的な指摘だと受け止めた。やはり自動車の安全性は150%確保して日々の走行を楽しみたいものだ。

自家用車は車検までにも半年に1回は点検を受けて来ている。では人間はというと、もうかれこれ20年近くは年1回、誕生日月の前後に人間ドッグを受診している。昨日は今年の受診日であった。概ねどの項目も問題なく、診断結果の際に先生からは「100歳候補生」だと言われた。だが次第に減退する兆候の数値がないわけではなく、タイヤと同様に「安全」のための意識が必要だとも自覚した。とはいえ20代から体重の変化が10Kg以内であるとか、筋肉量や体脂肪率などが安定的に保たれている。「食事・運動・睡眠」の三拍子がいかに安定しているか?それぞれをベストにするための知識も不可欠だと実感する。あらためて僕自身の場合は、昼食を疎かにしていることが気になった。可能ならば、魚からの蛋白質補給が望まれる。基本的に「和食」が健康志向のメニューということになる。「運動」の安定した実施については、日々の歩行量でかなり日常化した。さらに意識の高い運動を生活の中で無理なく実施できる形を進めよう。などとタイヤの磨耗ではないが、身体を見直す貴重な時間を今年も得られた。

自分の身体はなかなかわからない
点検は日々の走り方や生活の仕方がそのまま表れる
定期点検の大切さをあらためて実感する。


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溜め息が息継ぎへそして深呼吸

2023-12-14
思わず出てしまう溜め息
せめてと思って息継ぎのような昼食時間
鼻から大きく吸って副交感神経を高めるストレッチ

最近、様々なものに追われている感覚が強い。睡眠は大切な記憶を整理すると言われるが、起床すれば次々と「せねばならない」ものを考えてしまう。それでもこうして小欄を書いている時は、絡みついた諸事を文字にして吐き出すような意味合いを持つ。さらにはストレッチ・コアトレ・ウォーキングと進むと身体が作用し、朝陽に当たれば前向きになる分泌物が出ると云う。その過程で「呼吸」を意識することが、実に大切であるのがわかる。私たちは自然に呼吸をしているが、意識しないと「口呼吸」になりがちで、鼻を作用させないと呼吸が浅くなり様々な弊害が出るとヨガの先生が言っていたのを思い出した。確かに「溜め息」は、口から思わず出てしまうものだ。

例えばストレッチをする際でも意識しないと呼吸が上手くできておらず、鼻呼吸を意識するとたちまち身体各所がより柔軟になったような感覚が得られる。仕事などで交感神経が優位に働いている際は、まさに無呼吸ストレッチのように無理をしていることになるのかもしれない。せめて息継ぎをと思い、昼食時間を食後の珈琲リラックスまでゆったりしたくなる時がある。25mプールを息継ぎなしで泳ぐのは、あまりにも苦しい。昨夜は、夕食後に5分間だけストレッチの時間を設けた。身体が緩むのと同時に、呼吸の効果が大きいことを実感した。関節も筋肉も仕事では「ねばならない」に絡み付かれてこわばっているのだろう。鼻から吸って鼻から吐く、自ずと落ち着くので、ぜひあなたも試していただきたい。

ストレスは知らず知らずのうちに関節や筋肉へ
溜め息ではない前向きな鼻呼吸を
今朝も朝焼けを大きく吸って歩み出そう!!!


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スポーツの日なんだけれど

2023-10-10
前の晩の痛飲も受けて
動かないから疲れるような
やはり1964年東京五輪開会日としての体育の日

前晩、宮大短歌会の卒業生から馴染みのお店が移転前最終の営業だと聞かされ、ともに足を運んだ。かねてから短歌会の学生たちと懇意にする店で、学生企画の短歌イベントなどにも大変に協力していただいたお店である。近い距離での移転ということだが、其処のカウンターに積もる思い出は僕の大切な記憶として貴重だ。そんな思いをもって満席ながら「角打ち」的な飲み方でいいからと入店したのち、若い者たちの話にも深い興味を覚えて深夜に至った。「まあたまにだから」と言い聞かせて寝込み、やはり起床はゆっくり自然に3連休ならではの休養取る時間となった。それにしてもこの日が「スポーツの日」とはまったく意識できず、むしろ「動かない日」となって次第に身体に怠さが出てくる始末になった。

「1日1万歩」の月平均を達成するために重要なのは「休日の歩き方」である。朝はゆっくり寝るとなると、平日ルーティン朝ウォーキングをせず「4000歩」ほど目標に及ばない。その分を夕方とか夕食後に補えればまだよいのであるが。特にこの3連休は後期授業が始まった疲れを癒す構えで過ごしたため、歩数がまったく伸びなかった。すると逆に身体に気怠さを伴い、外食したうどんの塩気が強く感じられるような思わしくない体調となってしまった。従来は「10月10日=体育の日」であって、スポーツへの思いも募ったものであった。やはり1964年東京五輪というのは、この国にとって大切な日であったというべきだろう。外来語「スポーツの日」という名前がさらにこうした思いを後退させる。

休日には寝過ぎないのが大切
疲れは動きながら取る、でなければ怠けの元に
本日10日になれば「晴れの特異日」よろしく五輪の日のような晴天が・・・


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8月は豪雨・台風で歩数減

2023-09-01
月平均1万歩の目標を達成せず
ビショ濡れになるほどの豪雨も多く
台風にも悩まされた8月は往く

身体というのは、誠に正直なものだと思うことがある。この3年ほどスマートウォッチを装着するようになり、月間平均歩数の目標を「1万歩」とし間違いなく毎月達成してきた。コロナ禍で巣籠りの時期も続き、外を歩くことで精神的な安定も保たれたと思っている。大切なのは「平均」で「1万歩」とするということで、心構えとしては日々必ず「1万歩」を達成することの積み重ねが肝心なのだ。例えば休日で車を使用するとなると歩数は伸びないが、それでも夕食後に歩くなどして何とか「1万歩」を目指すことが達成のコツである。車移動中心の1日を過ごすと悪い時は3000歩以内ということもあり、文明の利器は誠に人間を退化させるものと実感する。

「1万歩」の目標を定めたのが2020年10月、それ以前はせいぜい5000歩、悪い時は3000歩ほどで人間ドッグの血液検査数値にも表れていたように思う。先月はそこまで低調ではないが、この3年間では異例の月平均「8843歩」に留まった。正直なところ「1日平均」を回復させる歩行を、尽く豪雨などに阻まれた印象である。台風が来ればどうしても屋内に籠ることになり、また雨の降り方が半端ではないので容易に外を歩けない状況があまりにも多かった。それでも大学構内を7階まで階段を上り下りするとか、努力はしたつもりではある。身体が正直だというのは、歩数が減ると確実に体重も増加傾向を示す。特に講義のないこの時期、デスクワーク中心で1日の活動量は大幅に減少する。地球温暖化は、人間が自然に歩くことさえ阻むと言うのか。

さて9月!再び「1万歩」を目指して歩み出す
歩くと間違いなく新しい発想に出逢えるものだ
牧水没後95年を控え、牧水にあやかり逞しく歩む月としたい。


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動かないと疲れは取れない

2023-08-17
1日の歩数も上がらず
冷房の中だけにいる生活
疲れは動きながら取っていくものだ

先週まで前期末の採点・評価に追われつつ、台風への警戒と東京行き学会参加への心配など疲労が生じることが多かった。東京に着けば着いたで、親友などとの宴の時間がついつい多くなる。このような条件でここ10日間ほど、1日に目標とする1万歩には至らず身体を動かさない傾向の日々である。しかも研究学会で指定討論者をした時などをはじめ公共の場所の冷房がキツく、体温が下がり気味でときどき鼻水が気になったりする。明らかにいつもの基礎代謝を上げる生活習慣が崩れ、身体に疲労が疲労のままに溜まっている感覚だ。

人間は、休めば休むだけ疲労が取れるわけではないようだ。休日に「寝溜めはできない」と言われるように、身体を動かさないとむしろそのリズムが不調をきたすように思う。などと考えて、この日は朝方に30分4500歩ほど、夜には20分3000歩ほど歩くようにしてみた。少しは身体リズムが戻ったようにも思うが、その他の時間は家の中の冷房に籠るので、どうもシャキッとしない身体から逃れられない。むしろ日常において起床時間が一定するなど、リズムが良い時ほど疲労は感じない。誠に人間は「怠惰になれば衰えるのみ」なのだと、休日の過ごし方を再考している。

また次なる希望に動き出そう
身体のリズムほど大切なものはない
脳内も筋肉も身体は動かさないと疲れさえ取れない。


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脳活でも汗をかく

2023-07-18
集中した作業ののちに
いつも腿裏にかなりの汗が
水分補給の大切さをしみじみと

休日ながら原稿の校正を進めている。それにしても、全国的な酷暑はとどまるところを知らない。既に地球温暖化はかなりのところまで進行してしまったのか?CO2削減にあたり、この程度の意識でいいのか?と深く考えさせられる。国内でもこの時期になると、毎年のように必ず豪雨・浸水・土砂崩れ被害が相次ぐ。もはや「防衛」より以前の「生命と財産を護る」課題ではないか。そんな中にあって自宅で冷房の中で自分なりの時間が取れることは、誠に幸せなことだ。それでもなお、過剰な暑さの魔の手が忍び寄るのではないかと心配になる。全国では熱中症の搬送も相次ぎ、重篤な症状に見舞われるという報道も後を絶たない。

自分が集中した際には、足の腿裏あたりにかなりの汗をかく。デスクワーク時、自動車の運転時、さらには研究学会などでいずれも「集中度の高い」時だという共通点がある。対策として大学研究室の椅子は、表面がメッシュ状のものを使用し腿裏の通気性が良いように施している。また下着については、腿裏までやや長めの仕様の種類を持っている。もちろん冷房も適切に使用し、水分補給も怠らないのだが、昨日はやや「疲労感」のようなものを感じ熱中症の兆候ではないかと自覚した。考えるに身体を動かすばかりでなく、脳内をハードに働かせれば汗をかくということなのだろう。むしろ僕自身が「集中度が高い」ことの証左が、この汗だと思っている。

水分のみならず塩分や甘味も
脳の活動は一定の年齢以降もさらに活性するとか
人が作ってしまった地球の温度に人はどう対応して行くのか?


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一日を動く身体の準備&鎮静

2023-04-16
朝のストレッチをして
筋肉と関節の可動域を広げる
夜は風呂上がりに筋肉を鎮めていく

新学期授業開始の1週間、新入生など新たに出逢う学生たちとの緊張感を楽しみ週末を迎えた。どうしても神経を使っているのだろう、土曜日の朝はゆっくりと寝た。前の晩も早く寝たので睡眠時間は過剰なぐらい、起床が遅くなると朝のルーティンが通常の順番でできなくなるのが不満でもある。小欄を記しWebで情報を観たりしていると、あっという間にお昼時に近づく。その流れで母と買い物に出かけ、大きな荷物を持つなどして帰宅した。直後に床にある鞄に財布を戻そうとすると、左臀部に嫌な張りを感じた。幸い腰全体には及ぶものではないが、誠にこの感覚は嫌なものである。その瞬間に朝のルーティンであるストレッチポールとコアトレに下半身中心のストレッチを怠っていたことを悔やんだ。

身体は1日の活動に入る前に、十分な「準備」が必要だ。若い頃は筋肉も柔軟だし、筋力が補ってくれていることもあった。だがやはり年齢とともに、筋肉や関節の「準備&鎮静」が必須であると最近は思う。朝20分の「準備」に加えて歩く「20分」、これが1日を活動するための身体を整える。そしてまた風呂上がりのストレッチも必要なことを痛感する。寝入る前に明日のための筋肉&関節を「鎮静」させることだ。入浴で温まった状態で各所を伸ばすのは心地よく、寝床に入る前の体温調節にも有効なように思う。イチローと翔平とMLBを席巻する選手らは、明らかにこの「準備&鎮静」に十分過ぎるほど気を遣っている。もちろん筋肉の質も違うのだろうが、僕ら一般人だからこそより以上の気遣いが求められるのかもしれない。

今日を生きるための身体
義務感ではなくしなやかに動くために
硬直したものこそ脆弱であることを再認識する。


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寒さに強い身体ー筋肉を鍛える生活習慣トレーニング

2023-01-31
朝のコアトレ・ウォーキング
昼は職場での階段登り
夜は風呂前の自宅筋トレ

感染拡大3年目の春も近い。この間の大きな生活の変化として、トレーニングジムを辞めたことがあげられる。人生を振り返れば、大学卒業頃からジムの会員になっており、初任勤務校では運動部のためのジムやプールが整っていたので、常にトレーニングを継続することができていた。そのおかげで体重はほぼ学生時代と変わらず、歩行する力などは同年齢の人からするとかなりのものだと自負できる。だがこの丸3年間は、さすがにジム会員を辞めた。肝心なのはこうして途切れた時に、どのように対応するかであろう。「自宅」という「生活の場」でいかにトレーニングを続けるかが問われた3年間でもあった。小欄を執筆後は朝のトレーニング、大学での昼食後は構内の階段登り、そして夕食後に風呂の掃除をしつつできる範囲の筋トレをすることが習慣となった。市内のジムまで通っていた際は片道を車で30分、計1時間を要する。音楽を様々に聴けるという利点のみで、プライベートの時間に制約を受けていた印象もあった。

今年のような寒い冬であると、筋肉の多寡でその感じ方が異なると思う。かつて有酸素運動を優位にしていた頃は、(体脂肪が12%前後であったか)寒さが身に沁みた。だが現在は下半身をはじめ筋肉を保っているので、それほど寒さが応えることはない。1日1万歩の歩行量は、基礎代謝も上げてくれて身体の活性化に有効だ。そしてまた年齢とともに、あまりに過剰な激しい運動を控えたのも得策だと思っている。様々な健康記事を読むと、過剰な運動も身体に悪影響を与えるのだと云う。BMI(肥満率)も少なければ少ないほど良いわけではなく、「標準体重」よりやや多いあたり(25前後)が「死亡率」が少ないのだと云う。(ちなみに僕は現在「22」)要は適度な栄養を身体に蓄えつつ、常に筋肉を活性化し心肺も含め動き続けることが肝要なのだろう。最近は、中年層の癌の報告などもよく耳にする。トレーニングを特別なことと考えず、まずは日常生活の中に浸透させることが大切だろう。この3年間も身体を維持できたのは、こんな心得があってのことである。

こだわり過ぎず日々できることを積み上げる
自宅で風呂掃除などやるべきこととともに朝・夜の時間に組み入れる
Web上に様々なトレーニングメニューの手ほどきもある


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免疫力と予防習慣ー流行性感冒100年の歴史の中で

2023-01-11
インフルエンザと同時流行
やはりいずれも侮れない感冒
されど人と人との接触が持てない損失も考えて

3年前の今頃、僕たちは世界がこんな状況になるとはまだ思ってもいなかった。だが「20XX」の下二桁が「20台」になっただけで、世界は一変してしまった。スペイン風邪(インフルエンザ)の流行が1918年(大正7)から1919年で、第一次世界大戦の最中でもありそれから約100年後に顕れた肺炎を引き起こす「世界感冒」といえる。100年前の日本での死者は15万人、世界では第一次世界大戦の死者を上回る2500万人が死亡したと推定されている。時に戦況が不利にならぬように、罹患者数を誤魔化したという話も有名であり、当時からすると100年で医療も情報公開も大いに進んだことがわかる。人生100年といわれる時代だが、人間が作った暦の100年単位で生存を脅かすウイルスが跳梁跋扈するのも何かの周期が作用しているのであろうか?

などと歴史的視野で考えると、僕らは既に「インフルエンザ100年」の歴史の中を生きて来たのだ。以前から毎年のようにこの時期になると学校でも罹患者が後を絶たず、「学級閉鎖」などを担任教員として経験したこともある。担任個人として加湿装置を教室に置いたり、極力換気をさせるなど努めたこともある。授業を終えての手洗い習慣、食事マナーの節度、顔周辺を手で触らない、など既に以前から予防習慣として実行していたことも少なくない。されど「清潔」ばかりを求めると神経がすり減るので、「ウイルスは0(ゼロ)にはならない」と考えることも大切だ。そこで僕たちにできることは、免疫力を高めることだろう。こちらもこの10年間近い宮崎生活で、僕自身が気をつけて来たことである。栄養・運動・休養の過不足ないバランスを生活の中で保つことだ。誰しもが願わくば「コロナが消える」ことを願うのだろうが、歴史は明らかにそうはならないことを語っている。人間そのものもビフィズス菌などによって健康を保っているように、極端な純潔主義を排し耐性ある身体と習慣を今一度考えるべき時である。

入学時にコロナが始まった学生らが3年生に
コロナ以前の様々な習慣などが失われているという声も
僕たちはこの歴史の中をどう生き抜いていくか?が問われている。


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