家電品の寿命

2016-11-15
テレビ・冷蔵庫・洗濯機
果たして「寿命」はどのくらいなのか?
家電品も時代に即して・・・

あまり普段は使用しない部屋の電灯の具合が、急に悪くなった。「急に」とは書いたが、実はそうでないのかもしれない。あるいは「使用しない」ことで、悪化した可能性もある。衣類や靴に鞄などがそうであるが、使用しないで「保管」しておくと劣化しないかといえばそうではない。常日頃から活性化して使用してこそ、良い状態は保たれるものだ。たぶん「人間」も同じで、使用しない部位は退化してしまうのは、脳でも筋肉でも明らかなように思われる。家電品の場合、冷蔵庫は常に稼働しているわけであるし、テレビもスイッチが入れられない日はないであろう。洗濯機も同様であるが、この三品に関しては家電品で一番寿命が長いように思う。ほぼ10年以上は問題なく稼働し続けるのが一般的ではないだろうか。

「家電品に故障はない」という「神話」的な発想も、昭和の時代にはよく聞かれたような気がする。しかしながら、飛行機の墜落事故などを契機に「金属疲労」なる概念が社会に広まり、「機会は故障するもの」という”言い訳がましい”発想に変化したようでもある。それにしても、現在は多くの仕事の機能をPCが担っている場合がほとんどで、基本的に「故障」を前提としない発想で社会が動いているようにも思う。もちろん家電品も「小さなコンピュータ」が制御しているのも一般的になり、人間が担っていた「仕事」をPCや家電品が十分にこなしているのも稀ではない。「昭和の家電品の方が丈夫であった」という一部の人々の「思い込み」の真偽は、果たしていかに?”eco”を唱えるのであれば、やはり家電品も修理してでも使用するのが、あるべき発想であろうか。PCを中心とした展開の速いモデルチェンジを、僕たちは「家電品」と区別して考えなければならないのだろう。

人工知能の発達に伴って
「人間にしかできない発想」を育む教育が求められとも云う
僕の自宅では変わらず「街の電気屋さん」が家電品の保全を担ってくれている。
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オートマチックは苦手です

2016-05-25
新規購入携帯用PC
セットアップすれば新たな感触
その自在を目指した感覚に馴染めず

パソコンの基本OSには、大きく分けて2社のうちで相違が大きい。スマホに導かれタブレットに携帯用小型PCまで、比較的A社のものを愛用しているのだが、世間ではM社の方が基本的に大勢を占めている状況がある。公的な書類なども殆どがM社のソフトで制作されているゆえ、どうしても当該ソフトの作業が必須となる。もちろんA社パソコンでM社データを使用できるソフトもあるのだが、そのこと自体がA社ユーザーの微妙な葛藤を表している現象なのかもしれない。(その逆で使用するソフトを見たことがないので)今回も携帯できて「デジタル教科書」が搭載できる機種を求めると、必然的にM社製品になってしまった。そのセットアップを施しているが、どうもそのM社製品については、何でも「オートマチック」に作業を展開してくれるような仕様になっていることが煩わしい。

比較的に何でも意のままに作業したいと思うと、「勝手な」と思えるような動作が展開される。これはもちろん、当該OSやソフトを使いこなしていないということなのだろう。感覚的な慣れはA社好みであるだけに、その相違にも大きなストレスを感じてしまうのだろう。さらにはPCそのものがタブレット性を兼ね備えているので、画面タッチ操作の感覚が加わり、その相違と葛藤を大きくしているような気がしてならない。便利たれとOSやソフトがバージョンアップされるのだろうが、むしろ以前の方が使い易いと考えてしまうのは、単に使い慣れているだけだからなのだろうか。僕が現職教員として修士で学び始めた頃より、PCは一般にかなり普及し研究発表や論文作成も殆どがPCで行うようになった。だが便利な反面、この高価な”文房具”による憂いも増えたような気がする。巷間で喧伝される「自動運転」よろしく、オートマチックな作業感覚には、心の中で叫びたくなるような矛盾を覚える。それは僕だけなのであろうか。

DVD映像データの再生に至らず
様々なバージョンアップの背景が分からない
この先、さらに複雑化したオートマチックと付き合わねばならないのだろうか。
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eco運転の点数や如何に

2016-03-15
80点以上は優
90点以上は秀
大学の評価基準ならばと運転中に思う日々・・・

新型のecocarに乗り換えて、約1ヶ月が経過した。旧型に比してサスペンション所謂「足回り」がかなり鍛えられて、乗り心地がより俊敏になった印象だ。それでも何よりの目玉は「eco度」であろう。通常の市街地を運転すれば、1㍑あたり25㎞は走行できる。場合によると30㎞超えを記録することもあり、現在までの総走行距離における平均燃費は、21.2㎞である。何より給油量メーターがなかなか減っていかないゆえ、まだ1度しか給油をしていない。それでも空調温度を上げたり、前面ガラスが曇る場合に「曇り防止」のスイッチを押すとエアコンが起動して除湿をするので、その際にも燃料消費量が高まることを実に明白に意識化してくれる表示システムが搭載されている。CO2削減と油の無駄遣いの抑制には、この「ハイブリッド」というシステムが大変有効なのだということを思わせる。「電気」を停止時の摩擦やエンジン駆動で自家発電できるという発想が、「電気自動車」よりも総量で考えるとecoなのではないかと考えるゆえである。

この新型に乗り換える際に、旧型に愛着が湧いていたゆえ自動車販売会社の担当販売員の方に、「この子はいい子で手放し難いですね」と話すと「もっといい子ですから!運転を楽しんでください」という言葉で、発想がポン!と切り替わった。営業職のこうした一言は消費者にとってありがたい道先案内でもある。その言葉通りにこの1ヶ月で「もっといい子」は、その真価を存分に発揮している。特に計器のデータ処理能力が実に工夫されている。様々な表示を自ら選択できるのであるが、eco運転を促進するための表示にしていると、毎度毎時の運転を「100点満点」で採点してくれるのだ。今の「始動時85点」とか「走行時90点」とか、「停止時45点」といった具合である。大学教員の宿命で点数を見ると「秀・優・良・可・不可」とった基準を考えてしまい、自ずと「秀・優」を目指そうという意識が高まる。今のところ前述した例に挙げたように、僕の成績は、「走行時」「始動時」「停止時」の順番に下降する。「停止時」に如何に発電をすべく余裕を持って停止まで導く過程には、場合によると「不可」の点数がつく。それを改善しようとする意識が、更なるeco運転を促す結果となる。

僕の車を猛烈に抜いていく軽自動車の燃料消費の悲哀
当初は此地の運転事情に違和感を覚えたが、地方のゆったりこそがecoへの最善の道でもある
点数化されれば意識が変わることを実感し、複雑に考えてしまう教員としての宿命も感じつつ。
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2年縛り解かれる

2016-01-24
Web環境について詮索
2年経過しないと違約金
更新月となって・・・

出張も多く持ち歩きたいのと、大学研究室ではWiFi環境が整っているという理由で、自宅でもポケットWiFiを使用していた。2008年頃から契約して当初は特に不便を感じなかったが、次第にLTEなどと高速通信になった頃から、使用容量制限が掛かるようになった。それをあまり考慮せずちょうど2年前に上京した折に、家電量販店で「10000ポイント進呈」という宣伝文句に踊らされて最新機種に変更した。すると2年間は使用しないと契約解除の違約金が発生するという状況となった。ポイントの恩恵どこへやらであるが、自宅では動画などをあまり閲覧しないようにして、パケット容量を抑えて、通信速度が制限されるのを回避していた。そんな不便さを感じながら時は経ち、その「2年縛り」からようやく解放される月となった。誠にWeb環境や機器の所有には、頭を悩ませることが多い世の中となった。

朝から新たなWeb環境整備のために、通信会社の店舗へ相談に。提携会社の「セット割引」が適用になっているゆえ、その解除が先なのか判断がつかなかったからだ。それでも所有のポケットWiFiを解除してしまって、即日に新しい環境が設定できなければ、しばらく自宅でWebとの接続が断たれることとなる。そうなると小欄の更新を始め、SNSでの応答などもできなくなってしまう。もはやWeb無しでは生活の一部が成り立たないことを実感しつつ、通信会社の方の説明に耳を傾けた。朝一番で伺った店舗では、在庫切れという状況もあり一時保留となったが、夕方になって大型商業施設の店舗に行くと、即日で環境設定が可能となった。すぐ隣にポケットWiFiの通信会社の店舗もあったので、即時「解約」を「¥0」で終えることができた。今後はその代物は、”ポケット充電器”として活躍する道が残されている。

誠に何が「お得」で何に「制約」を受けるのか
一向にわからない世の中で・・・・・
調子のよい話には簡単に乗らない方がよい、それだけは古今東西変わらぬのだろう。
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鞄と整理法

2015-11-05
何処に何が入っているか
意識せずとも反応したい感覚
鞄と持ち物と整理法について

鞄に対してこだわりがある。日常的にどれほど機能性高くに持ち物を整理できる代物か、という選定基準がある。各種ポケットが充実していて、自分の感覚に合致した作りのものを日頃から模索し、発見すると購入する。此の度も、だいぶ薄型コンパクトな一品を購入した。動機として、教育実習視察をはじめとする学校訪問の際に、授業参観をする教室まで持ち込んで片隅に置いておいても、邪魔にならず素早く必要な物品が取り出せればという思いからである。日常で使用しているトート形の鞄と、その日の予定によって使い分けることにした。

スマホにガラケー、更にはお気に入りの手帳、鍵束に筆記具等々・・・日常で携帯する品々は確実に増えたといってよい。昔であれば尻のポケットに財布とシンプルなスタイルで外出するのが普通であったが、若者を見ればたいてい何らかのバッグを身に付けている。そんな感覚の狭間で、やはり財布・スマホ・鍵ケースの三種で大概事足りると思うこともある。手帳機能はスマホ内で済ませ、鍵も最低限の本数を持ち歩く。だがやはりペンで手書きをしたくもなるし、財布にはポイントカードに会員証をはじめ、もちろんクレジットカードなどと厚みを増している。(決して札束で厚みが増すことはない。)こうした内容を精査し、本当に必要なものは何かと厳選することも必要ではないかと、クレジットカードの所有枚数を鑑みて考えたりもする。

よくこんなことを考える
映画・ドラマの登場人物は実に持ち物が身軽であると
物品が氾濫する世相で整理法の発想如何が問われているのかもしれない。
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できる人は素朴だ

2015-08-18
仕事場の机上
自宅のダイニングテーブル上
できる人はいつも整理されているような・・・

昨日の小欄に記した谷川俊太郎さんもそうであったが、仕事をする書斎の机上は実に整理されているといおうか、映像を見る限り素朴な印象であった。何もない机上にノートパソコン1台といった純朴さが、混沌としたことばが氾濫する如き大海を泳ぐ思考には、必要な環境なのかもしれない。要は何事も極めれば単純で鬱積しない状況こそが、格好ということになるのかもしれない。「断捨離」という語彙が市民権を得て久しいが、過去の陰鬱を山積しておくと”気運”もどこかに埋もれてしまうのだろう。

大学の研究室というのは、実に個性的だと常々思っていた。あり方そのものが、研究や教育に対する思考を顕現しているようにも思う。個々人の好みがあるゆえ、特に理想像は己の気持ちの赴くままで構わないとは思いながら、時折参考にしたくなるような研究室に出逢うこともある。大学と違って中高教員時代の職員室の机上というのは、個性があからさまに露出していたように思う。書類や書籍が山積されている方もいれば、ファイルに几帳面に整理されている方もいた。たかが2m以内四方の空間であるのだが、そこに各先生の思考が露わになっていたのは確かであろう。日常の言動と机上とは、どこか相関性があるように思うことがしばしばである。

PC・タブレット・スマホ
どれもシンプルで限られたスイッチのデザインが好みである
できる人も物も素朴なのであると、その思考を読み取りながら・・・
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衝動買いか計画なのか

2015-05-25
旧モデルなら45%OFF
明日月曜日までの価格とか
さて購入するや否や・・・

小欄を書いている際のお供は、一杯の温かい珈琲である。現在の居住地に移り住んだ際に、他の家電品とともに購入した珈琲マシンが、豊かな香りとともにインスタントとも思えないような一杯を容易に作ってくれる。一日が始まる覚醒には最適であり、PC画面越しの東側の窓から注ぐ朝陽とともに、僕を一日の活動へと誘ってくれる。この一杯が昼間にも飲みたいと思い、かねてからこのマシンで抽出した珈琲を魔法瓶に詰め込んで研究室に運ぶこともあった。ところが同型のマシンを、冒頭のような特価で売り出していた場面に偶々巡り会ってしまった。

現在の研究室には電気湯沸式ポットが1台あり、お茶やインスタント珈琲に湯を注ぐことに使用している。それで満足といえばそれまでだが、時折美味しい珈琲を求めたくなる。美味しいかどうかは別として、大学購買部のパン売り場でマシンから抽出される代物を、つい先日も購入してしまった。「1日に珈琲を3〜4杯飲む方が、飲まないよりも長生きする。」といった特に根拠までは確認していない医学的実験結果が報道されていたのも追い風にしつつ、やはり昼食後などに一杯飲むと、午後のデスクワークなどの頭の覚醒に違いがあるように思われる。ただし、夕方6時以降は睡眠への影響もあろうかと、飲むことを控えるのを原則としている。それに都会の大学とも違い、至近に気の利いたCafeがないゆえに、研究室にその機能を持たせるべきかなどと考えない訳でもない。

という訳で冒頭の決断や如何に?
衝動なのか計画なのか、広い販売店内をしばし徘徊し決めた。
この日はある音楽CDも通販で購入、これまた衝動か計画か・・・

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整理整頓は何のため?

2015-04-03
「探す」ストレスの軽減
進行中の仕事の「可視化」
まさに「理を整える」ということ

子どもの頃から、清掃や整理整頓が好きだ。自分の部屋が与えられたことへの感謝の気持ちは、整理整頓で表すしかない。それは、親からの子供部屋然り、現在の大学研究室然りである。そうした他への慮りは、巡り巡って自分にとって有効なものとなって還って来る。思考は見えるものではないが、部屋をどのような状態にしているかで、その住人の感覚がわかる。日常を過ごす部屋のあり様は、まさにその「人物」の思考を表す鑑(かがみ)であるといってよい。

中高教員時代は、職員室の机上が実に個性的であると感じていた。書物の置き方・書類の整理状態などが、機能型・堆積型・面積確保型・郵便受け型・整頓過剰型等々と個性が表れる。堆積型の教員などは、自分の机上で作業ができず人の机上を借りに来る者もいた。「まあいいですよ」とは言葉では言いながら、どうも僕はその感覚は納得できなかった。だいたい、書類などの「過去」を堆積させると、悪い「気」も溜って重荷になるという。だいたい常に何かを探している人は、人生の半分を損しているのではないだろうか。

「整理」とは辞書に拠ると、「(1)乱雑な状態に在るものに秩序を与えて利用出来るようにしたり事がうまく進むようにしたりすること。(2)不必要な要素を省いたり統廃合を行なったりして新秩序を作り、仕事の効率化を図ること。」(『新明解国語辞典第六版』三省堂より)とある。まさに「理」は「秩序」作りであり、その結果で事がうまく効率的に運ぶようにするということ。「整頓」の「頓」は、「とどまる。とどめる。ずしんと腰をおろす。」といった意味で「ととのえておちつける」(『改訂新版漢字源』学研より)とある。生活でも仕事でも、その環境によって、物事の進み方や運勢まで変わって来るようでもあるから、決して疎かにはできない。

年度更新を経て研究室整理完了
いくつか新たな試みを導入
堆積ならず「仕事の可視化」で常に動く空間でありたい。
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無線より眼に見える有線を見直す

2015-03-03
ネット接続にPC周辺機器
概ね無線で接続できる時代
だが技術の進化には落とし穴も・・・

無線化と高速化、ネット接続やPC周辺機器にスマホなどは、みるみる進化を遂げて配線の必要も殆どなくなってきた。データ保存もクラウド上となれば、記憶媒体も接続しないで済む。オフィス周りが整理され、いつでもどこでも使用可能といった利便性は格段に向上した感がある。だがしかし、この無線が接続しない状況に陥ったらどうなるのか?仕事は進まず眼に見えない電波状態への信頼を、どこにぶつけていいのかわからないような精神状態になってしまう。誠に無線への信頼は難しい。

大学ネットワークのWiFiが一時接続できなくなり、前述のようなことを考えた。自宅PCを含めて無線で接続するのが標準であると思い込んでいたが、ふと思い付いて有線を繋いでみた。5年以上前なら通常の発想であるが、そんな「時代」から発想が変化している自分に気付いた。そのネット接続は大変安定しており、ある意味で使いやすかった。そういえばプリンターに限っては無線接続が可能なのに、今に至り有線で繋いでいた。やはりそれは安定感を求めたゆえにほかならない。技術革新のみに眼を向け、新たなものだけを「高性能」と判断することは、聊か傲慢な発想ではないのだろうか。

僕たちは情報機器の革命の時代に生きている
だが、原始的に文字を「読み書き」することの大切さを見直してもよい
ことばは無線を通じて雲の上の存在?人が追い付ける範囲にしておくことも肝要なのでは・・・
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物理的資料整理の不思議

2014-12-29
大掃除の時季
まずは自宅書斎から手をつける
折り重なった紙資料から見えたものは・・・

年末を迎え大掃除の時季となった。比較的幼少の頃から、大掃除は嫌いではない。徹底的に行なおうとする小学生の頃の僕を、祖母が「もういいのにしたら」と宥めてくれた記憶があるほどだ。綺麗になった部屋は実に気持ちがいい。大学の研究室は、年度替りまで整理しない方が機能的なので、年末はもっぱら自宅が対象となる。まずは、書斎から手をつけたというわけである。

日々の慌ただしさに追われ、紙資料が山積している棚がある。郵便物や訪れた場所のパンフなどが、その主な内容である。それでもクレジットカードの利用明細などはWeb閲覧にしたり(この方が僅かながら割引もある)、必要以上のパンフ類は収集しない主義にしている。紙資料という意味では、これも「ECO」への配慮ということになろう。それでも尚、一定量の資料類が折り重なっている。

その整理が、なかなか楽しい。必要なしと判断し個人情報が記載された物は、シュレッダー行きとなる。だが、何となく保存しておきたい物も必ずある。それが年間を通した時系列で、その棚に折り重なっているのだ。まだ肌寒い春先に行った「お花見狂言会」、暑さを感じ始めた梅雨の時季に鑑賞した「宵語りの会」、真夏の暑い盛りに子どもたちの熱い躍動を受け取った「王様と魔法のドレス」という子どもミュージカル、等々といくつかのパンフレットに再び眼を通すと、その時の感性が蘇って来るものだ。それに、映画の入場券なども顔を覗かせる。「永遠の0」「アナと雪の女王」決してたくさんの映画を観られたわけではないが、いずれも「今年の感性」を語るには欠かせない映画であった。

綺麗に整えられた書斎
来年はどんな時系列が棚に積み重なるのだろうか
デジタルではなく、物理的資料が感性を揺さぶる不思議。
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