人生の深みを知る歌集「時禱集」ー第22回若山牧水賞授賞式

2018-02-08
三枝浩樹さん「時禱集」
アピールやリアクションの歌ではなく
人生とは何か?人間とは何か?を問い掛ける奥深さ

毎年この時期は若山牧水賞の授賞式が開催され、受賞者はもとより関係する多くの歌人の方々などが宮崎で一同に会する機会となる。今年は三枝浩樹さん「時禱集」が受賞、選考委員のどの方の弁でも「全会一致」の決定であったと云う。長年、故郷の山梨で高校教員をされながら、結社「沃野」代表も務められ、日々の生活に根ざしながら「人生」の深みを詠んだ歌が詠める奥行きの深い歌人である。お父様は窪田空穂門下の歌人で、幼少の頃に空穂が自宅を訪れた際に、振舞われる豪華な料理が食べたくて兄弟とともに襖に穴を開けたといったエピソードも紹介された。山梨という土地に根を下ろしつつ、広く短歌の世界や生きる世界全般を問い直す歌人としての評価は高い。牧水が山梨出身の俳人・飯田蛇笏と友人であったエピソードも紹介され、若い頃はお互い励ましあって短歌・俳句を苦悩の中で作り続けたと云う。牧水とのゆかりという意味でも山梨の風土を介し、節目の苦悩という人生の結節点で関連があるようだ。

選考委員の佐佐木幸綱さんの評では、最近はアピール力やリアクション力など「エンターテーメント」に迎合する歌集も多いが、「時禱集」は「文学・哲学を思い起こさせる歌集」であると云う。60年代から70年代には「文学とエンターテーメントがはっきり分離していた」ということで、そうした「純文学」の香りを放つ貴重な歌集であると評価している。また栗木京子さんの評では、「読んでいて疲れない佇まいを感じ、透明感があり清らかで柔らかな歌集」であると云う。「一首一首が自己主張し過ぎず溶け合い、口ずさみたくなる音感の素晴らしさ、描写の細やかさやリフレインの滑らかさ」も栗木さんの弁。さらにテーマとして「母」を詠んだ歌などは、言葉を軋ませることなく平易な中に、人生の奥深さが実感できる歌集であると云う。そんな三枝さんは、牧水の歌をどう評価しているかも興味深かったが、「現代の若い人たちが、息苦しい閉塞感の色濃い時代に生きていて、そこから抜け出すヒントが牧水の歌に読める」と云うのだ。この評価からも、三枝さんの「生きる」ことの厚みが窺える弁であった。そしてまたもちろん、お酒好きという受賞者の条件?も奥深く資格ありの三枝さんとともに祝賀会や2次会が続いた。

三枝さん自選十五首から
「うつせみのひかり集めてたまかぎる夕べの色とわれはなりゆく
 おのずから胸に浮かびてとどまればしばし秘密のごとく母恋う
 きみの中の花瓶は修復できるから なずなすずしろを摘みにいこうか
 広やかなあおぞら ゆるすということを否、ゆるされていること知らず
 ゴドーを待ちながら人生が過ぎてゆくかたえの人もようやく老いぬ」


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第5回マスターズ短歌甲子園開催

2017-12-18

熟練した大人の短歌
質問意見で豊かな読みが深まる
フィールドアナウンサーの難しさも体験して

若山牧水の生誕地・宮崎県は日向市で毎夏、高校生による「牧水短歌甲子園」が開催されている。それと同様の「大人版」大会が「マスターズ短歌甲子園」である。今回の開催は数えること5回目となり、年々参加チームも増えつつあり8チーム応募あってそこから4チームが選ばれて昨日の本戦に出場した。顧問を務める宮崎大学短歌会も今回は初参加であったが予選を通過して、この日の大会に臨んだ。また例年「フィールドアナウンサー」(甲子園ゆえに)と呼ばれる進行役を務めている方が所用で参加できないため、その代役としてその大役を僕がやらせていただくことになった。講義や朗読などで弁舌は好きではあるが、短歌を中心に展開するスリリングな対話の進行にあまり最近は感じたことのない緊張感を覚えた。

審査員の方々とともに壇上の席に着き幕が上がった。マイクで喋ることには慣れているものの、どうも講義とは勝手が違う。審査員の方々を紹介しルール・進行の説明を一通り行う。時間の制約もあるので、なるべく迅速にという打ち合わせでの確認がありその点には大変気を遣った。いざ1回戦の対戦となるが、各短歌の内容を進行役の「頭」から離れて心の中で受け止める作用が生じる。すると現在は何が進行しているのか一瞬見失うという状況となってしまい、最初の1番バッターの後攻チームの際に手順を飛ばして先に進行させてしまった。短歌を読む「頭」と、進行を司る「頭」は、どうやら使うところが違うようだ。幸い審判の方から小声で指摘をいただき、その場は手順通りに戻ることができた。その後は、「頭」の切り替えをすることができるようになり、客観性を保つとはどういうことかという実践的な体験となった。

宮崎大学短歌会は準優勝
優勝チームは2連覇の快挙
来年は没後90年、牧水先生はどんな思いでこの大会を天から眺めているだろうか。


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どうしやうどこにもなくて

2017-12-15
「抱きたいと思へる女性がどうしやうどこにもなくて 裕子さん おい」
(永田和宏さん・角川『短歌」12月号より)
独り言ちすなわち天との交信

「歌」とは「訴え」を語源とする説があるが、誠に現代にもそれを深く感じさせる永田和宏さんの最新作に惹きつけられた。永田さんの妻・(河野)裕子さんは歌人としても著名であるが、癌を患い2010年に天へと旅立った。その闘病の境涯を裕子さんも多くの歌に詠み共感を得たが、和宏さんの夫としての苦悩を表現する作品にもいつも心を打たれるものがある。短歌が結びつけた縁としてこのご夫婦の「愛」はいまも「歌」となって、我々の現前にリアルに”生きて”いるように思われる。ことばの力とは、こうして悲痛な現実を再現し他者のこころに響き、避けがたき境涯たる過去を未来へと引き継ぐ効力を秘めている。「生きることすなわち歌うこと」「歌うことすなわち愛すること」「愛することすなわち生きること」和宏さん・裕子さんの歌からは、いつもそんなことを深く考えさせられる。

僕の研究での専門分野である平安朝初の勅撰集(天皇の命によって国家事業として編纂される歌集)『古今和歌集』仮名序冒頭には、「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。」と歌の抒情性が高らかに宣言されている。この日本初ともいえる歌論の主張は、現代でも生きており「短歌」の根本的なあり方を考える際によく引用される。仮名序はさらに”歌の効用”として「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(おとこおんな)の仲をも和らげ、猛きもののふの心をも慰むるは歌なり。」と記されている。この中の「鬼神」とは現代語とは趣旨が違い「霊魂を神として祀ったもの」といった意味である。「霊魂感」というのはもちろん平安朝と近代以降の現代では大きく変化をしたが、この仮名序を読むとあらためて「霊魂」の存在そのものが「ことば」なのではないかと僕なりの解釈をしてみたりもする。避けようのない代え難い過去も、「ことば」によってリアルに再現できて、この世に生き続けさせることができるのである。

物体は破壊されれば瓦礫となる、人間も寿命を全うすれば骨となる
ただ「ことば」だけは、いつまでも朽ちることなくこの世に存在し続ける
そんな崇高さをもって短歌を詠みたいものである。


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ゆっくりに制動をかけ 力動を生むー復権せよ五七調

2017-12-11
五七調で短歌を読む
息継ぎも不要でゆっくり読める
七音で制動をかけることで「止まる動く」という力が生じる

珍しく休日に研究室には行かず、自宅で歌集などを読んでいた。様々なことが気になりながらも、やはり韻律の問題に関しては個人的に興味が深い。昨日の小欄で紹介した「COC+地域定着推進事業」の配信型講義でも、牧水歌の五七調の力動性について口頭での説明を試みている。基本的に「五音三拍・七音四拍」と言葉には「拍」があり、その交錯によって短歌の韻律は豊かなものになっている。「五音三拍」には「七音四拍」に比べて「一拍」分が欠けることで「休止」することができ、音読をするとその「休止」で止まるのが流れる韻律を生み出し自然に安定した心地よさをもって読むことができる。俳句はもちろん「初句五音+七音五音」という構成が多いゆえ、必然的に止まりやすい五音で2度止まる七五調が基本となる。その延長上で、川柳や交通標語の調子などが七五調で巷間に流布しやすい。

このような必然的な言葉の韻律の問題を含みこみつつ、『百人一首』カルタ競技において上の句・下の句で分割して間を置き和歌を音読することなどから、一般の方の多くに和歌・短歌を読んでもらうと、上の句までで一旦終始する七五調で音読する場合がほとんどである。教員免許更新講習などの機会によく実験的に何人もの現職の先生方に「白鳥は・・・」の牧水歌を音読してもらうと、十中八九が「空の青」と三句目まで続けて読む。もちろん学校教育の教材として掲載されている多くの近現代詩が、明治時代以降の『新体詩抄』の影響もあって「七五調」であり、詩歌の韻律は”それ”であると染み付いている方々も多い。それだけに五七調の短歌の多い牧水歌によって、”その”韻律の復権を図ってもよいように思われる。一言一言をゆっくり読み、自転車のブレーキを掛けるように「七音」で力を入れて止める、その後再び自転車の初動の時のように力を入れて「五音」から動き始めることを2度繰り返される。最後に結句「七音」が独立してまだ「五音」に続きそうな余韻をもって歌が着地する。「五七調」の力動性はこのように生じている。

『万葉集』長歌の雄大な響き
言葉が力をもって動き出す
「生きている」韻律の歌を創りたいものである。


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短歌・歌会に支えられてー第318回心の花宮崎歌会

2017-12-06
新入会の方々や大学短歌会の面々
さらに広がりを見せる宮崎歌会
この皆々さまに支えられて今宵は忘年会

1ヶ月に1度の研鑽の場、心を支えられる場、そして何より楽しきひと時、心の花宮崎歌会の年内最終回となる歌会が開催された。ここのところ新入会員の方々も増え、また宮崎大学短歌会の主要メンバーも継続的に参加するようになった。歌数42首、全国の心の花歌会でも東京歌会に次ぐ人数規模であると聞く。首都圏大都市と決して大きくはない地方都市という人口密度で比較するならば、たぶん歌会出席率対人口比において心の花で一番の歌会といえるであろう。先日も宮崎県出身の花田景子氏が講演で宮崎のよさを語っていたが、「自然豊かで食べ物が美味しく、何よりも人があたたかい」と述べていた。月並みのようであるが、そのどれもが住んでみないとわからない次元で実に高度であることを実感するのである。宮崎歌会が一番であるのは数字に表せない「あたたかさ」でもある。

「人のやさしさあたたかさ」という県民性でいうならば、それを凝縮したような方々が集まっているのが心の花宮崎歌会である。この1年においては、和歌文学会大会開催校という大役に賭けて駆け抜けたような慌ただしい時間の流れであったが、その様々な局面で伊藤一彦先生をはじめとする心の花宮崎歌会の方々に助けられた。通例は会場を含めて大学組織を背景に大会開催校は運営する場合が多いが、「市民プラザ」を会場として「宮崎県」を背景に「心の花」の方々に御協力いただくという「宮崎スタイル」で学会が開催できたことは、僕にとっても大きな誇りである。その運営の中で学生たちも広い世界を見つめ、自らの歩む道を切り拓いた。昨夜の忘年会でコメントする際にこんなことを考え、自らが心の花宮崎歌会に、そして短歌に支えられて生きていることをあらためて表明しつつ胸に刻んだのである。

随所にあった短歌関係の諸行事にも励まされて
そしてまた年内にもまだ企画されている行事も
来年は牧水没後90年、そして心の花120年、さらに楽しみな年になりそうである。


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真実の歌集ー『老いて歌おう』

2017-12-05
素顔の自分を歌に託す
「真実の歌集ではないかと思っています」
「高齢者がうたう 高齢者をうたう 全国から2293人」

先日の「ねんりんフェスタ」での短歌トークに関する記事を3日付で記したが、お読みいただいた方から感謝のメッセージをいただいた。その方は、長年シルバーケア短歌会のお世話もされていて、今回が「第16集」となる『老いて歌おう』(全国版)の歌集編集にも尽力されている。以前からそのシルバーケア短歌会において「古典和歌」に関する講演をというお話もいただき、今年までに3回の講演をさせていただいている。少子高齢化社会が待った無しの現実となっている今、あらゆる関係の者たちが”自分の問題”として、意識を持って何らかの貢献をしていかねばならないであろう。子どもを育てる「教育」を考え、教員養成に力を尽くし、地域(県)の教育をよりより環境にしていくための使命を負っていると僕は自覚するが、それは同時に地域の高齢者が豊かに生きる環境を創り出すことといかに交流・融合していくかが大切であると、こうした機会を通じて痛感するのである。

いただいたメッセージの内容は、最優秀賞の「涙くん考える度流れでるもう泣かせるのやめてくれない」の歌に対して、「あまり意識せずに思ったことを短歌にする」という姿勢があったことをトークや小欄記事を通じて評したことに共感いただいたというものであった。こうした高齢者の短歌にはまさに「真実」が述べられていて、『老いて歌おう』は「真実の歌集」だと認識されていると云う。もちろん「文学」としてのどんな歌集であっても「現実以上の真実」を描くことが「文学」の「文学」たる所以でもあるが、とりわけこの『老いて歌おう』という歌集を「真実」と評したときに、その意味合いは深いものがあるように思われる。さらに言うならば、平安朝において勅撰和歌集がほぼ途切れることなく編集され、中央集権体制の中でも為政者が国家事業としてそれを重視した歴史が思い返される。「人の心を種」とする「和歌」を為政者が愛好してこそ、平安(平和)な時代を護ることができた歴史なのである。こうした意味で、毎年このイベントに河野知事が参加され、聞くのみならず短歌にコメントを発する機会があり、この歌集を手元に置くであろう事実は、宮崎県の大きな誇りではないかと思うのである。いただいたメッセージを通して、こんなことも深く考えさせられた。

「文章は経国の大業、不朽の盛事なり」
(文学は国を治めるのに匹敵する大事業であり、朽ちることなく後世に伝えられる盛事である)
短歌県・読書県たる根幹を支える高齢者の方々の真実の声を聴き続けたい。


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「心豊かに歌う全国ふれあい短歌大会」トーク登壇

2017-12-03
「涙くん考える度流れでるもう泣かせるのやめてくれない」
(大会最優秀賞・宮崎県・88歳)
全国から寄せられた要介護・要支援高齢者と介護者の短歌をトークで

「ねんりんフェスタ」の表題を掲げ宮崎県と県社会福祉協議会が主催するイベントが、県立芸術劇場を会場に開催された。最初に受賞者表彰が行われたのちに、「老いて歌おう そして元気に」と題して約1時間の「短歌トーク」、今回はありがたくもこのコーナーのコメンテーターとして登壇のご指名をいただいていた。メンバーは、司会進行を歌人でこの大会の歌集編集にも尽力されている伊藤一彦先生、宮崎県で俳人として活躍されている布施伊夜子さま、そして県知事・河野俊嗣さま、そして僕という4名の構成であった。この大会に合わせて『老いて歌おう全国版第16集』(鉱脈社刊)が刊行されたが、全国から集まった短歌は3862首(応募者数は2293名)、うち100歳以上の方の応募が26名であると云う。今年で16回目のこの大会の過去5年間を遡ってみても、2014年には33名を最高に毎年20名以上は100歳以上の応募があり、たぶん他に類を見ない高齢者の方々の豊かな歌集・大会となっていることが窺える。

さて、トークは「最優秀賞」から「優秀賞」に入賞した短歌を中心に、4者で自由にコメントをして進行した。冒頭に掲げた最優秀歌は「涙くん」と呼びかけを初句とするが、河野知事も指摘をしたように、坂本九さんの「涙くんさようなら」の曲をモチーフとしているだろう。僕もこれが今年の「朝ドラ」で再燃した歌であると付け加え、昭和歌謡曲にこうした「呼びかけ」形式があることも考えさせられた。(ちなみに開会前に知事と僕が同期であることを確認した)和歌・短歌の歴史を顧みれば、古代の相聞歌を始めとして「歌」とは「訴え」と語源を共通にしているという説もあり、僕は特にこれを支持している。88歳となる受賞者の方も、介護者の方とともにお元気に登壇されたが、あまり意識をせずに思ったことを短歌にしてみた、という趣旨のことを発言されていた。これぞ短歌を作る原点ではないかと、あらためて壇上で考えさせられた。

「銀色に街はたそがれ帰るべきわたしの路はどこにも見えぬ」
(優秀賞・100歳・山口県)

この歌も大変素晴らしい。100歳となり「帰るべきわたしの路はどこにも見えぬ」というのは、深い寂しさを感じさせるが、それだけに人生はいつまでも「旅」なのではないかと痛感した。牧水の若き日の歌に「幾山河越えさりゆかば寂しさの終てなむ国ぞけふも旅ゆく」は著名であるが、「寂しさがきっとないであろう国」を求めて「どれほどの山河を超えて行けば」と詠うわけであるが、生きるとはどんな年齢であってもその年齢なりの「寂しさ」を「越えたい」と願うものなのかもしれない。人は独りで産まれ来て、ひとりで旅たる人生を歩む、それゆえに周囲の人々との関わりこそが、「生きる」肝心要なのであるとも言えるだろう。

まだまだ昨日コメントした歌、小欄でコメントを付して紹介したい歌はたくさんであるが、特に気になった入賞作を掲げておくので、ぜひ深くその歌の気持ちをお読みいただきたい。

「妻入院騒ぎのなかのダイヤ婚一人静かに祝い酒する」(優秀賞・92歳・千葉県)
「まどろみてひざより手帖すべり落ちいちょうの押花はらりと落ちぬ」(優秀賞・鹿児島県・93歳)
「卒寿宴何の卒かよまあだまだ白寿や茶寿がお待ちでござる」(優秀賞・91歳・宮崎県)
「戦友はみんな死んだと百近き父の寝言は宙を揺蕩う」(介護者の部優秀賞・宮崎県)
「宇宙から地球の景色見るよりも百から見える景色が見たい」(介護者の部優秀賞・宮崎県)


これから、いや既に突入している超高齢化社会
「生きる」ことを三十一文字の言葉に託し内に籠らず
知事がこうした高齢者の言葉を丁寧に咀嚼する「短歌県」を誇りに思いたい。


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やはりできるぞ温泉ののちー牧水『短歌作法』を倣って

2017-11-21
歌ができないとき
牧水『短歌作法』に曰く
「読書(音読)・温泉・そして酒」

学祭片付けのための休講日。朝から研究室に出向くか否かと迷ったが、外から機材撤収の音などが聞こえてくるのを懸念して、午前中は自宅で歌集など読みながら歌作に励んだ。ここのところ1階リビングの長机に座椅子という環境を、ほぼ「短歌用」に占有していて、其処に座れば歌集を読むことと歌作をするスイッチが入るように施した。これも自宅内のスペースを自由に活用できる特権である。こうした「場所」が、思考に与える影響は大きいように思われる。もちろん研究室も書籍や辞典類の揃えには長けているのだが、ここのところ事務的作業をすることが多く、短歌を作るにはズレた思考になっていることに先日気付いた。机いっぱいに歌集だけが積まれており座卓であるのも、身体性の「スイッチ」を入れるためには有効であると思う。

それにしても急にかなり寒くなった。部屋には石油ストーブの匂いが立ち込め、厚手の冬服を焦って衣装ケースから出した。肌は乾燥し始めるし、吹く風は痛く頬に刺し込む感じがする。午後になって研究室で少々仕事をしてからの夕刻、ジムに行くか迷ったが歌作の流れができていたので、再び座卓へ。だがなかなか飽和した頭では、納得した歌ができない。そこで冒頭に記した牧水『短歌作法』の一節を思い出した。「読書」でダメなら次は「風呂」、発想を変えるためにも車に乗って近所の公共温泉に向かった。いつもながら「常連」の顔馴染みとなった方々が、「源泉」(大きな浴槽より温度が低いが、含有物の濃度が高いのか疲労の回復具合が違うような気がする)で談笑している。まずは大浴槽に独りで浸かり歌のことなど、あれこれと考えていた。温もった身体はやはり新たな発想をもたらせてくれる。その後、「源泉」にも浸かって温度差を楽しみ馴染みの方々の四方山話に加わると、一気に思考が正常化したような気になった。今年は先月までの学会大会開催にあたり、運営上の苦しさの中で何度もこの温泉には助けられた。まったく違った仕事を持つ地元の方々と話すことを含めて、「温泉効果」は抜群のようだ。

風呂の中で歌ができたら「音読」して覚え込む
牧水は「慌てて風呂から上がって書き留める場合もある」と記す
風呂にぬくもり人にぬくもる、やはりこれでこそ「和(む)歌」なのであろう。


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和歌と短歌の文学史(Ⅲ)ー「空の会」講演

2017-11-15
今年で3回目シルバーケア短歌会にて
古典和歌について深く知りたいという希望から
「古今和歌集からなる修辞技法について」

心の花宮崎歌会で懇意にする方々が世話役をやってらっしゃる縁で、シルーバーケア短歌会「空の会」にて、3回目となる講演をさせていただいた。結社を超えて日常から短歌実作をされる方々が、県立図書館の図書振興室に集まった。実作はすれどなかなか古典和歌をきちんと学ぶ機会がないという声から、まずは「和歌と短歌はどう違うのか?」という素朴な疑問から始まった講演である。今年は『古今和歌集』からさらなる発展を遂げた「修辞技法」について、という要望により講演題を決めた。まずは前回までの講演の復習という意味で『万葉集』から『古今和歌集』のあいだが146年間あることに触れ、『古今和歌集』が長年の歌風の違う歌から選ばれた歌集であることを確認。この年数というのが、我々平成を生きる者にとって明治維新から今までの時間的距離に匹敵することを紹介。子規・鉄幹・信綱・空穂などと自らの歌との隔たり感が、万葉と古今の間にもある。その後「題詠」について、歌合や屏風歌、そして成熟した題詠歌たる『新古今和歌集』の歌なども紹介し、そのあり方について説明した。

「かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥すほどは面影ぞ立つ」(新古今・恋五1390・藤原定家)


後半はまず「枕詞」から。その語自らは一首の中で中核的な意味は成さないが、ある語を誘発する力には歌の原点があるようにも思われる。むしろ意味文脈を成す「被枕」を言わなくとも想起させる力は、現代短歌でも応用可能だと思われる。

「あしびきの山の夕映えわれにただ一つ群肝一対の足(佐佐木幸綱『直立せよ一行の詩』から)


「序詞」は複線的文脈を「同音反復」「掛詞」「比喩」という連結機で前後を繋ぐ歌となり、その複線文脈が微妙に響き合うのが特徴である。言いたい「思い」は限定的となるが、その景との交響を「遊び心」で多様に読めるような歌であれば、現代短歌でも応用可能である。

「風吹けば沖つ白波たつた山夜半には君がひとり越ゆらむ」(古今・雑上994・よみ人しらず)


「掛詞」は周知の通り、一語に二つの意味を含ませるものだが、あらためて「自然」と「人事」が掛け合わされていることに注目。「人目も草も」(人事・自然)「かれぬと思へば」(離れぬ=人事、枯れる=自然)ということである。

最後に「縁語」であるが、「一首全体の趣旨とは無関係」であるのを特徴とする。

「袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ」(古今・春歌上2・紀貫之)

「袖」→「結ぶ」「張る」「断つ」「解く」(縁語関係の語)
    「掬う」「春」 「立つ」「溶く」(一首の文脈と掛詞関係にある)


以上、講演レジュメから一部を紹介した。
「短歌県」を目指すには、こうした地道な交流を大切にすることから
荒む社会の中で、年齢を超えた学びは実に尊いものである。


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あらためて和歌と短歌の文学史

2017-11-12
「和歌と短歌はどう違うのか?」
それなりの回答はあるのだが
いつも釈然としないこの問いの在り処は何か・・・

「心の花」宮崎歌会でも当初から冒頭に記したような問いを、ある方から積極的に質問いただいている。その問いに応えるべく、高齢者支援短歌会「空の会」が主催する講演会において、諸々の資料を引きながら、ここ2年ほど話をさせていただいている。今年も今週14日(火)に第3回目の講演が予定されている。先月の和歌文学会大会シンポジウムでもやはり、会場からの質問としてこの話題が持ち上がった。確か俵万智さんにその質問が為され「以前に高校で教えていた身からすると・・・」と前置きしつつ、「短歌とは元来、長歌・旋頭歌・仏足石歌など多くの歌体があるうちの一種類であったが、平安時代以降は短歌形式が一般化し定着し、近代になって正岡子規が旧来の『和歌』に対して革新的な『短歌』を提唱し、より私性を旨とする『近現代短歌』となった。」(僕の聴き取った主観を交えた内容を記したもので、ご発言そのものではないことをここにお断りしておく)といった趣旨の説明が為された。

当該シンポジウムでは、パネリストの内藤明さんの資料に「(古典)和歌と「(近現代)短歌を通底したものとして捉えられるか否か?」といった趣旨の疑義が示されており、深く考えさせられた。要するに「やまとうた1300年」と言うのは簡単であるが、それほど単純なことなのであろうかと問い返してみる必要があるのではないかということ。『万葉集』から150年の時を経て、平安朝になって「勅撰集」として登場してくる『古今和歌集』はその後、近代に及ぶまで規範と仰がれ続けたわけだが、その「規範」の内実は何なのであろう?「人の心を種として・・・」と仮名序で貫之は宣言しながらも、「私性」を観念的な修辞で蔽い隠し公の「晴の歌」とする作用に、「和歌」制作の絶え間ない追求が為されたのが平安朝和歌史ということにもなろう。代作的・題詠的な歌のあり方をよしとする、となれば「抒情」はいかによんだらよいのか。特に「恋歌」を考えたとき、『万葉集』相聞歌からの系譜も鑑みて様々に考えるべきことは尽きない。現代短歌においても「虚構」と「創作主体」の関係性の問題は時折噴出するわけだが、その議論を整理するためにも、「和歌と短歌の文学史」を今一度明確に整理する必要性を感じるのである。

今回の講演テーマは「古今和歌集の修辞」
その必然性・必要性を考えつつ
現代短歌への応用の問題にも言及してみようと構想している。


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