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公開講座『死か藝術か』呼吸あるものは死ねよとぞ啼く

2024-01-28
喜志子と結婚した牧水
経済的な困窮と崎の海と
「旅人のからだもいつか海となり五月の雨が降るよ港に」

公開講座「牧水をよむ」は、今年度後期2回目は第五歌集『死か藝術か』の後半。牧水自身の身の上でいうと、信州で求婚した喜志子と東京での結婚生活を始める。ただ決して経済状態に恵まれたわけではなく、居を定めつつ短歌づくりのために神奈川県三浦半島への小旅行には妻を伴わず独りで出掛けている。ただ妻・喜志子への熱い愛情を示した手紙を送り、そこでは「収穫」として五十首もの短歌ができたと綴っている。それを収めたのが『死か藝術か』の最後の一連「かなしき岬」である。20代の若き日の苦悩の恋愛から脱し、自らを歌人として支えてくれ短歌に理解のある喜志子との新たなる生活に踏み出した牧水の作ということになる。かつての自虐からは脱したものの、そこには「かなし」「わびし」「かげり」を伴う。自らを「旅人」と客観視する歌もあるような詠みぶりに変化の兆しが見える。

冒頭に掲げたのはゲスト講師の伊藤一彦先生と共選した一首、上の句で「旅人のからだ(ここもひらがな書きがいいと伊藤先生)もやがて海となり」と海に溶け込む「旅人(自身か第三者か解釈は分かれる)」の姿を詠う。下の句「五月の雨が降るよ港に」では特に結句で「3音(降るよ)」
+「4音(港に)」の構成が口語性を伴うこの時代の新しさを感じさせる。他にも「さびしき海をさすよ岬へ」「赤き切手を買うよ旅びと」などと同様の口語的結句構成が見られた。また場面が海ということもあるが「青」という色彩を伴う歌が多く、「青パラソル」「灯台の青いろの灯」「青く明けゆく停車場に」「青き絵の具」などがその例である。また20代も最後の数年にさしかかり、年代を意識した歌も見える。これは今年の牧水賞受賞者である永田紅さんも、宮日新聞への寄稿で指摘していたことだ。「わが廿八歳のさびしき五月終わるころ」「としの三十路に入るがうれしき」などの例が見える。『死か藝術か』の原稿は、この年の七月に「父危篤」の報せを受けてその旅費を捻出するために出版社に託されたものであったことも話題になった。

「おいらん」「少女」など女性への視線も特徴的
信州の山の歌から三浦半島の海の歌へ歌集の構成上もよろしく
白秋や啄木など同期の歌人たちとの交流も随所に見える。


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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第4章『死か藝術か』(その1)

2023-11-26
悔恨と苦痛ー牧水が自らを新しくしようとした頃の歌
心境が変わると文体が変わる
絶望的自虐的かつ思索的意欲的

宮崎大学公開講座2023後期第1回目の「牧水をよむ」を開催した。9月9日には「特別公開講座」として「牧水没後95年」の節目に大学木花キャンパスにて、40名以上の方々に受講いただいた講座を受けての後期である。9月の講座では第四歌集『路上』から若き日の牧水の恋の情熱と懊悩、また故郷への思いなどを読み解いた。その後、時は明治44・45年に至り小枝子との苦悩の恋愛も終わりをみた。第五歌集『死か藝術か』は、その頃の自らを変えようとする心を歌に込めた作品が多い。ゆえにあらためて「何故に生きるのか?」と「死」も見つめた絶望的自虐的な歌も少なくなく、人間の存在そのものの奥底を見据えた思索的で変革に意欲的な歌が収められている。いつものようにゲスト講師の伊藤一彦先生と僕で各10首の歌を選び、前述したテーマをいかによむかを対話的に講義を展開した。

当該歌集巻頭は「蒼ざめし額つめたく濡れわたり月夜の夏の街を我が行く」という歌で、「蒼ざめし額」はまさしく「死者」のイメージを伴う。「月夜」という場面がさらに「つめたく濡れわたり」を強烈に印象づける。一首は「三人称的視点」で自らを見つめるようで、結句は「我が行く」と「我」を詠むあたりが牧水らしい。他にも「衣服(きぬ)」を脱ぎ捨てて森に寝ようという趣旨の歌や秋に花が咲くことは「虚偽」だと珍しく「漢語」を使用した牧水の歌を僕は取り上げた。また伊藤先生は、自らの四肢を切れ、さらに「飛沫(しぶき)」や「岬の尖利」が自らを刺せという自虐性の先に「秋と親しむ」や「旅をしぞ思ふ」という牧水らしい着地を詠う歌を取り上げた。また「死は見ゆれど手には取られず」という歌も印象的で、「、(読点)」を多用し新たな韻律への試みと挑戦をしている点も指摘された。それでもなお、過去の恋人に似た友人の妻の「すりつぱ(スリッパ)」を持ち去ろうとか、過去への悔恨を深く滲ませる歌は共通して取り上げた。また同歌集には石川啄木の死を看取った歌が掲載される。短期間とはいえ詩歌の親友、北と南の対照的な出身地の盟友の死は、牧水に大きな衝撃を与えた。しかし、牧水は既にこの頃、新たな意中の人がいた、それが太田喜志子である。明治45年3月の信州と甲斐国への旅は、牧水の新たな人生の雪解けの中で見た桜が印象的だ。

啄木との新しい時代の短歌への模索
「眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ」
(その2)は明治45年4月以降の歌、元号も変わり牧水にも大きな浪がまた押し寄せる。


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故郷・恋・自然ー若き牧水から現代へのメッセージ

2023-09-10
「父母・恋人・旅人」
人はどこから来てどこへ行くのか?
内に外に世界を多面的に見るために牧水から学ぼう!

若山牧水没後95年特別企画公開講座「若き牧水から現代へのメッセージ」開催当日となった。夏季休暇中で学生の姿もまばらなキャンパスに、遠くは延岡など県内から多くの方が聴講に来ていただいた。公共交通機関の利便性が高いわけでもない郊外型キャンパスでの開催は、常に来場者の人数が懸念材料となる企画でもあった。数年のうちに宮崎駅付近に新キャンパスが完成し、大学の機能の一部(現キャンパスはもちろん存続するが)を移転することになっている。このような昭和・平成と歩んで来た土地造成と自然との関係という課題を私たちはどう受け止めたら良いのだろう?今回の講座では、若山牧水の23歳から27歳頃の短歌、第一歌集『海の聲』第二歌集『独り歌へる」第三歌集『別離』第四歌集『路上』の歌から、どんな現代へのメッセージが読み取れるかをテーマに、若山牧水記念文学館館長・伊藤一彦先生と若手歌人(当時の牧水と同世代)狩峰隆希さんをゲストにお迎えしてのトークを開催した。

若き牧水の歌を考えるに自ずとテーマは「故郷・恋・自然」となった。「故郷」は引き剝がし難く「父母」への思いへ連なる。「父母よ神にも似たるこしかたに思い出ありや山ざくら花」という伊藤先生が引かれた歌には、父母への畏敬の年が滲み出る。誰しもが例外なく思いを抱く父母との関係、親の意に反し故郷を離れた牧水の思いには複雑で哀切な心を読み取ることができる。家族の問題が様々な波紋を投げかける現代社会、明治以降の家族観念の変化を相対化するためにも牧水の歌から学ぶことは多い。三者が意図せず選んだ歌が、『路上』の連作部分であった偶然もよろしき資料の構成になった。父母への思いをいつしか上回るのが「恋人」への思いである。若き牧水の熱烈な恋には、身を潰すほど生命を賭した純朴さがその歌から読み取れる。情報過多な現代にあって、果たしてわたしたちは「恋」をあまりに軽薄に考えていないだろうか。こうして人は父母・恋人やがて伴侶との人生を歩み行く。その歩みそのものが「旅」であり、特に牧水は「自然」と親和的にその身を等価に考えている。自然を捉えるのは眼ばかりではなく聴覚を始めとする五感のすべてである。スマホが全盛の社会でわたしたちは、このような本来は「自然」たる人間の知覚を忘れているのではあるまいか。講座内容はまだまだ書き尽くせないが、大筋を示すことで本日のところは筆を置きたい。

沼津千本松原伐採反対の論陣を張った牧水
故郷・坪谷への深い哀切は「母=マキ」に託し「牧水」の「牧」として背負う
読めば読むほどいとしい、生誕140年は2年後、そして没後100年に向けてさらに愛し続けたい。


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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第3章「眼のなき魚『路上』」

2023-05-28
「海底に眼のなき魚の棲むといふ眼の無き魚の恋しかりけり」
(若山牧水・第4歌集『路上』巻頭歌)
東京での懊悩による自虐ー旅に出れば魂が再生し歌が響く

昨年度から開講した宮崎大学公開講座「牧水をよむ」。今年度は各期の回数を減らしはしたが、没後95年という節目の年として牧水の命日に近い9月9日(土)には、特別公開講座を大学の木花キャンパスで開催(定員80名)する予定だ。その際は昨年度から読んで来た牧水第1期歌集(『海の聲』『独り歌へる』『別離』『路上』)を取り上げ「若き牧水から現代へのメッセージ」というトークを伊藤一彦先生に加えて若手歌人とともに展開するつもりである。今回はその前提として「第3章ー眼のなき魚『路上』」として昨年度までのように「まちなかキャンパス」にて開催した。牧水の同時代的な状況としては『別離』が青春歌集として売れ行きも好調となる中、恋人・小枝子との仲に終止符が打たれ約5年間にわたる苦悩の恋愛生活から抜け出した時期である。だがしかし、牧水の心は簡単には恋愛の深い淵から抜け出せず、さらには雑誌『創作』に意欲的になりながらも経済的な工面や編集の労で魂を擦り減らす東京生活が続いていた。今回の資料として伊藤先生と僕が共通して選んだ歌として、『路上』巻頭歌は冒頭に記した通りだ。

「眼のなき魚」とは「海底(うなぞこ)」の深海魚だろうが、何も見ないで生きているその「魚」が恋しいと詠う。過去のことが蠢くあらゆる現実がある中で、牧水は「眼のなき」状態で生きたかったということだろう。その懊悩の渦中で必然的に「酒」に身を漬す日々となり、歌の上でも単純に「酒」の文字が入る歌が「43例」と全歌集中で一番多い検索結果となる。歌集『路上』の収載歌を俯瞰すると二面性を読むことができる。前述した懊悩の現実がある「東京での歌」、それに対して信濃などに旅に出た際の「洗練な調べのある旅の歌」である。前者は自虐的な己の姿を客観視するような表現が多いが、後者は自然を身近に接することで清廉な調べが響き名歌とされる歌も多く詠まれた。例えば「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ」「かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな」などである。この状況は、牧水が「旅と酒の歌人」とされる礎が築かれたのだとも言える。旅に出ればさらなる旅へとあくがれる、酒を飲めばさらなる酒に心酔する、その心の躍動の中で「さびし」を洗練させたところにこの歌人の大きな詩境が生まれたのではないか。他にも「市街の電車」「かなしむ匂い」「(自殺を思い)砒素をわが持つ」さらには「病む母」など、多くの懊悩が牧水調の韻律に載せられていく。また特筆すべきは「大逆事件」の死刑囚の一人が牧水の『別離』を読んでいたという歌もある。今回も伊藤一彦先生とともに受講者の歌への感想も交えて、対話的な講座を展開することができた。

「さびし」の語の数も大変多くなる歌集『路上』
青春の苦しさの中から歌人としての礎石を築いた牧水
次回(9月9日)は第1期4歌集から「現代へのメッセージ」を読み解いていく。


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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第2章「孤独と別離」その4

2023-01-22
「草ふかき富士の裾野をゆく汽車のその食堂の朝の葡萄酒」
「離れたる愛のかへるを待つごときこの寂しさの咒(のろ)ふべきかな」
「春白昼(まひる)ここの港に寄りもせず岬を過ぎて行く船のあり」
(牧水第三歌集『別離』より)

今年度公開講座も最終回となった。前期4回・後期4回と合計8回を、ゲスト講師に伊藤一彦先生をお迎えして(伊藤先生は所用で11月は欠席)開催することができた。今日本で考えられる一番贅沢な「若山牧水の読み」ができる機会であろう。8回の講座で第一歌集『海の聲』第二歌集『独り歌へる』そして今回は第三歌集『別離』までを読むことができた。『別離』は明治43年4月10日刊行で総歌数1004首新作133首、多くは『海の聲』と『独り歌へる』の再録歌が多い。だが第一・第二歌集が宣伝も行き届かず発行部数も少なく、ほとんど歌壇に知られなかった。しかし第三歌集は詩歌専門出版社である東雲堂の発行で、同出版社の詩歌総合雑誌『創作』の編集も牧水に任されていたことで大ベストセラーとなった。早稲田大学周辺の書店でも平積みの山が顕著に減り、どれだけ再版したかわからないほどの売れ行きであったと云う。しかも当時の若い人たちの間で盛んに読まれ、青春恋愛歌人として歌壇での地位を牧水が得た初めての歌集であった。

明治43年というのは、牧水と同年代の歌人たちの歌集出版が相次いだ年である。現在も「短歌ブーム」と言われているが、明治期に出版文化がようやく隆盛となり多くの人が短歌に親しみ出した近現代の始発といっても過言ではない。この日の講座では伊藤先生と僕とで10首ずつ歌を選び、受講者にもそこから各1首ずつを選んでもらいコメントをいただきながらの対話を展開した。僕は特に「葡萄酒」を詠んだ歌を3首、また「白鳥」を詠んだ歌を2首、そして『別離』という歌集名からもわかるように、「哀し」「寂し」が含まれる歌を選んだ。また「この少年にくちづけをする」という歌も選んだが、伊藤先生も再発見だと仰っていた。「葡萄酒」や「汽車の食堂」が当時どのようであったかは、かつてMRTラジオが「都農ワイン」を特集した際に調べた内容があると伊藤先生の弁。「上野精養軒」が営業し牧水の歌通り「葡萄酒」が出されたのだとすると、明治ハイカラな洋食が振る舞われたのであろうか。また伊藤先生が選ばれた歌は、あらためて自然に向き合う牧水の視点が鮮やかで、「秋くさ」「落葉」「栗」などの比喩から「別離」の情を深く読み取ることができた。冒頭に挙げた3首の3番目は、歌集巻末の歌。「ここの港に寄りもせず」という船の描写は、「春白昼」の気怠さと相まって牧水の恋愛の結末を思わせる。されど、恋人・小枝子への未練は簡単には断ち切れないことは、歌の中からも深く読み取れる。諸問題も勃発し歌集が好調なのに反して、牧水は心身ともに疲弊するということを併せて考えることができた。

終了後は伊藤先生と年間を通して受講してくれた方々と
牧水が苦労の末に歌壇で認められるようになった物語り
次年度も開催頻度は調整しつつ伊藤先生とともに講座を継続しようと思っている。


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「イブを待つ」宮崎日日新聞「くろしお」欄に自著が!

2022-12-25
「待つ間に膨らむ期待が心を豊かにさせる。
 また喜びも倍加することを同書は教えてくれる。」
刊行1年「今年の思い出にすべて君がいる」ようなイブを

今年もクリスマスイブを迎えた。大好きな曲「Kissi’n Christmas(クリスマスだからじゃない)」(作詞:松任谷由実・作曲:桑田佳祐)の一節に「今年の思い出にすべて君がいる」「今年の出来事がすべて好きになる」がある。「クリスマス」が「恋人と過ごす」という「強迫観念」が社会的に刷り込まれた80年代の曲にして、実は曲全体ではサブタイトルの「クリスマスだからじゃない」という思いの芯が響く曲だ。仮に「クリスマスが特別」だとしても、その日に至るには「今年の思い出」「今年の出来事」を積み重ね、日々を愛する人たちとどのように重ねてきたか?が年末にして問われる日でもある。ちょうど昨年のイブを刊行日とした自著を世に問うて、1年を「待った」ことになる。朝一番から若山牧水記念文学館の懇意にする方からメッセージが届く。先行して小欄を執筆するゆえ、「宮日新聞に何が載っているのか?」と想像しながらポストの新聞を手に取った。まずは開いて文化欄などを探すが目を惹く記事はなし、「もしや!」と思って1面コラム欄「くろしお」を読むと、自著のことが名前入りで丸々書かれていた。冒頭にあるような自著の読みは著者の思いを超えており、誠に深くお読みいただき社会にそれを投げ掛けてくれたわけで感謝しかないありがたさだ。誠に宮崎のイブは温かい。

さてイブ当日であるが「第四土曜日」に設定している公開講座「牧水をよむ」を、伊藤一彦先生をお迎えして開催した。ある意味で受講者の方を含めてお忙しい中、宮大「まちなかキャンパス」まで出向いていただいた。キャンパスの前の若草通りアーケードではクリスマス飾りの手作り教室が開催されていて、幼い子どもたちが親御さんとともに手作りに挑む姿は微笑ましかった。牧水が若き頃、1905年(明治38)日露戦争戦勝に沸き返ったことを契機に日本の「クリスマスの大騒ぎ」が始まったとされるが、牧水短歌を検索してみてもエッセイを読んでもほとんど「クリスマス」を題材にはしていない。1歳年下で懇意な関係のあった詩人・萩原朔太郎が詩や新聞投稿で「クリスマスへの羨望と違和感」を述べていることからすると、牧水の意識が敢えて「クリスマス」に向かなかったのだと考えられる。朔太郎が詩に「耶蘇教」と表現するように、明治大正の流れの中では未だ「宗教観」を根にした「クリスマス観」があったのだろう。他の宗教を含めて牧水の意識は薄く、むしろ自然への親和と同化に牧水の生き様はあったと伊藤先生との対話で至った結論である。講座では昭和から平成の「クリスマス短歌」10首に対して受講者から所感を述べていただき、同時に日本のクリスマス受容のあり方を紹介した。自著出版の背中を押してくれたことをはじめ、「短歌県づくり」活動や日常の歌作に研究まで、「今年の思い出にみな伊藤先生がいる」と思える時間であった。

帰宅して妻と義母と僕の両親とクリスマスパーティー
家族はみな、お互いに支え支えられて「今年の出来事」を乗り越えてきた
家族とともに「日々に生きていることが好きになる」ことを誓うクリスマスだった。


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匂ひとひかりとあたたかさとを失わぬー親友は恋人

2022-11-27
「さうだ、両人とも恋人のつもりで一生を暮らさう。」
若山牧水と平賀春郊の生涯264通の手紙のやり取り
「若山牧水書簡集『僕の日記である』日向市若山牧水記念文学館」刊行

本年度後期公開講座第2回目「牧水をよむ」、毎度お迎えしているゲスト講師・伊藤一彦先生が外せないお仕事のために、今回は僕が単独担当で開催した。2週間前に公演した「いとしの牧水」は、音響効果が実に優れた閑静な場所にある小ぢんまりした会場ゆえ、チケットが早々に完売となった。感染対策も考慮せねばならず、ご興味がある方々までチケットが回らなかったと聞いている。公開講座受講者で牧水へ興味がある方でも、公演にいらした方は少ない。そこで今回は第一歌集『海の聲』第二歌集『独り歌へる』から第三歌集『別離』に至るまでの時期の牧水の書簡を読むことで、作歌の背景を理解する内容で展開した。あらためて公演で実施した朗読も披露し、文字情報を提供しその内容について受講者の方々とともによんだ。短歌同様に牧水が書く文体は耳で聞いてもわかりやすく、「聲」で味わうべきことを実感させてくれる。生涯の親友・平賀春郊(鈴木財蔵)を読み手とする文章の昂ぶりに、牧水の心が透けて見えてくる。

生涯264通、それを「出来るなら僕の手紙を破らずにとつておいて呉れないか。僕の日記である。」と明治40年11月22日の手紙の末文に記されている。その牧水の言い分をその通り真に受けて、実際に保管しておいた平賀春郊の友情の厚さにも感服する。お陰で僕たちは牧水の手紙上の「肉声」をよむことができるのだ。それにしても牧水の「心酔力」とでも言おうか、愛しい人や物事に惚れ込む力は凄まじいものがある。恋人であった小枝子への命懸けの恋、妻・喜志子や子どもらへの愛情、好きな酒へのとめどない愛好、もちろんこれこそ生きる道と決めた短歌への情熱、人間はここまで「惚れ込む」気持ちで生きられたら実に幸せだと思えてくる。平賀春郊に対しても冒頭に記したように、「恋人のつもりで」とその友情の厚さを表現している。その証拠が身の内のあらゆることを包み隠さず伝えた書簡の存在であることは言うまでもない。僕らが「親友」と思う人に、どれほど自らの弱いところや情けないところまで明かしているだろうか?と考えさせられる。だが僕にも「親友」と呼べる人が何人か思い浮かぶが、やはり「会わずにはいられない」「語らずにはいられない」という感覚がある。人間は他者を批判ばかりして生きれば、自らが孤独で醜くなるだけである。「クレーム社会」と言われる昨今、牧水の書簡の言葉が僕たちに「他者への友愛」を存分に教えてくれるのである。

人を惚れ抜くこころ
思いを向ければ相手も愛情で応えてくれる
人間としての大切なこころである。


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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第2章「牧水の孤独」その1

2022-10-23
ゲスト講師:伊藤一彦先生
第二歌集『独り歌へる』(明治43年1月1日出版)
「いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや」

後期公開講座が開講し第1回を迎えた。前期に引き続き「第四土曜日」、ゲスト講師に伊藤一彦先生をお迎えし4回シリーズで1月までお送りする。前期の後を受けて今期は牧水の第2歌集『独り歌へる』第3歌集『別離』をあたらめて読み直していく計画だ。第1歌集『海の聲』によむことのできた、恋愛が結ばれた高揚感と相手への疑問や不安感。「結ばれた」とはいえ、恋愛はそこから苦悩が始まるといってよい。前期公開講座記事にも書いたが、今でこそ牧水の恋人・小枝子の複雑な境遇を僕たちは知っている。だが歌集出版当時は、牧水の恋愛の相手が誰だかも明かされるはずもない。決して第二歌集までは好調な売り上げではなかったわけだが、牧水が短歌に刻み込み普遍的な人間の苦悩を描くことは。次第に当時の若い人々に受け容れられていったのだろう。明治43年といえば、当時の若手歌人の多くが歌集を出版した当たり年だ。前田夕暮・与謝野鉄幹・土岐哀果・吉井勇・石川啄木など、今にして名の遺る歌人たちの歌集が目白押しだ。伊藤先生の指摘では、現在においてSNSを通じて若い人が短歌を発信し、比較的に簡易に歌集が出版できる状況と類似していると云う。「SNS」はさながら「文芸雑誌」、牧水が中心になって雑誌『創作』を発刊したのも明治43年であった。

「とこしへに解けぬひとつの不可思議の生きてうごくと自らをおもふ」永遠の「不可思議」であると牧水は自らの「生きてうごく」ことを思い詰める。自己存在のわからなさ、若さにあって誰しもが覚える「自我」への向き合い方、自己承認の壁。さびしさに向き合い恋人との逢瀬があったものの、相手と自らの「さかひ(境)」には「一すぢの河」があると云う。「杜鵑(ほととぎす)」の声に触発され、さびしさはさらに増し「涙とどまらず」「一滴(ひとたま)のつゆより寂し」と詠う。大学を無事に卒業して帰省すると、父母の髪は「みな白み来ぬ」を目の当たりにするが、それでも「子はまた遠く旅をおもへる」と故郷に留まれない自分を客観的に詠む。恋人とはいっそ結婚してしまおうと思い詰め歌には「わが妻」と表現し、新婚の家まで用意するがそこに恋人は来ない。「男二十五」の若さならば「あるほどのうれひみな来よとおもふ」と孤独と苦悩を自虐的に受け容れようとする表現も見える。そして「あめつち(天地)」という宇宙の母胎の中に存在する自分を、歌表現で確かめようとする。「ひとり」という語彙使用も甚だ多く、何にも囚われることのない「ひとり」を楽しむかのような境地を、牧水は歌によって発見したのであろう。この孤独の苦悩がなかりせば、牧水はここまでの歌人になっていなかったと伊藤先生の見解が印象的であった。

「あめつちに独り生きたりあめつちに断えみたえずみひとり歌へり」
話題は恋愛とは孤独とは、現代社会が抱える恋の問題まで
牧水は現代の社会においても諸々のことを考えさせてくれるのである。


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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第1章その4「牧水の青春」

2022-08-28
「真昼日のひかり青きに燃えさかる炎か哀しわが若さ燃ゆ」
「わが若き双のひとみは八百潮のみどり直吸ひ尚ほ飽かず燃ゆ」
「春哀し君に棄てられはるばると行かばや海のあなたの国へ」(牧水『海の聲』より)

宮崎大学公開講座「牧水をよむ」前期4回の最終回。牧水の第一歌集『海の聲』を4つのテーマに分け、あらためて読み直してきた。出版当時は引き受けた版元が雲隠れして、借金の末にやっと世に出した歌集。宣伝などもままならず、歌壇で評判になることもなかった。だが今にしてこの歌集を読み直すと、牧水の「名歌」といわれるものが多数含まれている。僕たちが「牧水」を考えるとき「旅・酒・恋」の3つは必須の題材だが、その要素が既に『海の聲』には多く見られる。しかもそれぞれのテーマが「海」「空」「日(陽)」など「自然」に寄せた詠み方をしている。冒頭に挙げた3首は今回の資料の「10首」に僕が選んだ歌であるが、まさに「牧水の青春」が素材にも使用語彙にも感じられる歌である。既に園田小枝子への激しい恋慕を燃やしつつ、自らの「かなしみ」に向き合うことで短歌表現を紡ぎ出している印象を受ける。「若さ燃ゆ」とはあらためていいものだと、読み手として自らの若い頃に思いを馳せることのできる歌たちだ。

講座の冒頭には、先週開催された「牧水短歌甲子園」について審査委員長の伊藤先生からいくつかの歌の紹介があった。「モータル」「リリカル」といった語を駆使しながら、現代の若者らしい世界観が表現された歌へ着目されたのはこの大会の新しい風。どこか「読み」の中に「謎」を残すような、明らかにわかりやすい歌との違いに「若さ」が見えるということだろうか。また「戦争」に対して等身大の高校生がどう向き合うか、というテーマの歌の紹介も受講者ともども多様な世代の者として共感できるものがあった。短歌甲子園の歌への批評は、牧水もその「かなしみ」を「自分の外側に独立したものとしてあった」という若き牧水への伊藤先生の見方に連なる。「波」が立ちやすく「霧」の中に置かれたような、若き日の哀しみと苦悩。「安らに君が胸に死(は)てむ日」という下句の歌などには、牧水がその恋に命懸けであったことが知られる。恋に限らず牧水には「対象を好きになる力が高かった」という見解が、伊藤先生から述べられた。恋人も旅も酒も母も家族も、みんな徹底して好きだった。家で酒を飲んでも家族らは決して嫌な思いをしなかった、むしろ子どもらにも愛されたという牧水。現代のクレームや批判が多い世の中で、あらためて「好きになる力」を僕たちは牧水から学びたい。

第一歌集『海の聲』をよむ4回が完結
10月からは第2歌集『独り歌へる』第3歌集『別離』をよむ4回シリーズ
まだまだ牧水の再発見はこれからだ。


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宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第1章「永遠の旅」その3「恋」

2022-07-24
「海見ても雲あふぎてもあはれわがおもひはかへる同じ樹陰に」
「風わたる見よ初夏のあを空を青葉がうへをやよ恋人よ」
「髪を焼けその眸つぶせ斯くてこの胸に泣き来よさらば許さむ」(第一歌集『海の聲』より)

宮崎大学公開講座本年度第3回目、第一歌集『海の聲』によむ「恋愛ー牧水と小枝子」を開催。この日は宮崎市中心で「えれこっちゃ宮崎」の祭りが開催されており、多くの人々が浴衣姿やダンスの装束などで沿道に溢れかえっていた。こんな暑い夏を感じさせる光景を見つつ、宮崎大学まちなかキャンパスに向かった。今回はまさに夏の暑さに負けじと劣らない、若き牧水の「恋愛」を歌から読み解く講座内容である。まだ牧水が学生だった頃、親友の人間関係を理不尽だと憤慨し既に日向まで帰省していた牧水は神戸へと引き返す。そこで偶然にも出逢ったのが、園田小枝子という女性である。もとより現代では考えられないほど友情に厚い牧水の純粋な心が、小枝子という魅惑の存在に触れて突如として発火したような恋の始まりである。冒頭に挙げた一首目は、伊藤一彦先生が選んだ歌、東京の武蔵野を二人で歩いた後に帰省の途次に中国地方を歩いている際の歌。二首目が僕の選んだ歌だが、いずれも爽やかな恋人との恋愛がよめる歌である。伊藤先生曰く、旧制延岡中学校での生活は周囲に男性ばかりだったこともあり、大学生となり東京に出た後に知り合った小枝子にには、「大人が麻疹(はしか)にかかるように高熱が出た」のだと云う。日向に帰省した際の牧水もまた、常に小枝子のことが脳裏から離れない歌が多く見られる。

「ああ接吻海そのままに日は行かず鳥翔ひながら死せ果てよいま」伊藤先生と僕が共通に選んだ歌は近代短歌史上、究極の「接吻(きす)」の歌。俵万智さんの『牧水の恋』(文春文庫)に詳しいが、千葉の根本海岸で牧水が小枝子と結ばれた際の絶唱である。この根本海岸で二人で過ごした時間こそが二人の恋愛の頂点でもあり、次第に坂を転がり落ちるように恋に陰りが見え始める。もとより小枝子は人妻であり、姦通罪がある当時としてはまさに禁断の恋。根本海岸にも小枝子の従兄弟に当たる赤坂庸三ふが同行しており、俵さんは「カモフラージュ」も施していたと読み解いている。冒頭の三首目の歌は、思わせぶりながらどっちつかずの小枝子に身を削って詫びを求めるような歌。伊藤先生は「君かりにその黒髪に火の油そそぎてもなほわれを捨てずや」を選んでおり、激しい「怨言(かごと)」などを投げかけた牧水の心の苦しさも伝わってくる。「君を得ぬ」とは言いながら、愛の海に「白帆を上げぬ」と邁進しようとしても「何のなみだぞ」と自問する牧水。どのような状況であっても、牧水の純朴さがまずは読み取れる歌に真に人としての良さを感じ入ってしまう。この純な牧水の恋の思いに、受講者とともに若き日の自らの恋とも重ねわせ、実に豊かな「永遠の恋愛」が各自の中に宿るような講座内容となった。

「山ざくら花のつぼみの花となる間(あい)のいのちの恋もせしかな」
激しい恋愛に磨かれて表現者として成長した牧水
愛する相手にも文学にも、向き合うのは命懸けであることをあらためて学ぶのである。


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