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資源ごみのことなどを考え直す

2024-01-12
ペットボトル・衣類・古紙
資源にできるものを選り分けて
燃えるゴミ・燃えないゴミなどを考えさせられて

やはり瓶ビールが美味い!と思い直すことが特に冬には多く、最近は「生」と言わずに「瓶」を注文する。ビールを始め牛乳にヨーグルトなどの乳製品まで、かつては多くの商品が「瓶」に詰められていた。給食の牛乳はもちろん、カートンにクラス人数分並べられた瓶を給食室から教室まで重いながら運んでいた。今思えばやはり「紙パック」より美味しかった気がする。瓶は回収され洗浄・殺菌をしてリサイクルされていた。その手間を所謂「対費用効果」として計り、物流上の問題も考えられ現在のように多くが「捨てられる容器」になったのだろう。などと考えるとまとめて樽単位で配送される「生ビール」は意外やECOな商品なのかもしれない。この「捨てる消費文化」が大量の「廃プラスチック」や「資源ごみ」を生み出すようになった。

「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」(鴨長明『方丈記』冒頭)中世に説かれた無常論であるが、人はいつの時代も「循環」の中に生きざるを得ないのだろう。「ゆく川」と時間が比喩的に述べられるように、より壮大な「自然の循環」の内に生きる大切さを、若山牧水の短歌は教えてくれる。先の連休来、自宅の整理をしたことからこんなことを深く考えている。なるべく「資源」にできるものはしたい、はてまた「燃えないゴミ」とはどのような「流れ」をその後に辿るのだろうか?公害が社会問題として大きく取り上げられていた僕の小学校時代には、いずれ廃棄ゴミが東京湾を埋め尽くす、などと聞かされたこともある。だがそれは現実ではなく、ゴミ処理場があれこれと機能しているのだろう。今回も「エコグリーンプラザ宮崎」へ直接の持ち込みを経験し、あらためて我々の「廃棄」への向き合い方を考えさせられた。

「燃える・燃えない」の基準が十分に理解できない
金属や硝子はどうなるのだろうか?
マイクロプラスチックの海洋汚染など、新たな環境問題にも注視しなければならない。


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羽田空港の密集一極集中

2024-01-04
羽田空港を利用する際の不安
過密すぎる離着陸
なぜ宮崎空港は定時運行率世界一になれるのか

三が日のほとんどが石川県能登半島を中心とする地震で被災した方々への思いを致し、また羽田空港での航空機接触炎上事故の報道に心を痛めている。前者は東日本・熊本とこの10年の大地震と同じように、自然災害としてこの列島に生きる上での覚悟を人ごとではなくあらためて喚起される。だが後者は今回の事故そのものの原因究明とともに、羽田空港の現状への憂いがどうしても頭をよぎるのである。コロナ禍から日常が戻り、あらためて羽田空港を使用することが昨年以来多くなった。宮崎ー羽田便に搭乗する際の羽田空港への離着陸や空港内の航空機の移動には、かなりの危険性への不安をかねてから抱いていた。宮崎からだけでも大手2社の便に加えてLCCがひっきりなしに離着陸する。それが全国の各地方空港からと考えると、とてつもない数の便が羽田空港を離着陸していることになる。

宮崎便はたいていが端っこのターミナルでの発着となるか、バスによる航空機への送迎も少なくない。バスで飛行場内を移動する際なども、航空機の移動との関係は大丈夫なのだろうか?と懸念を抱くのも不思議ではなかった。また主要ターミナルからバスにて出島のような乗降場所に連れて行かれることもある。そうした出島が徐々に新設されており、さらなる過密を許容しているのがわかる。五輪を機に国際線もさらに増えたかのような印象があり、航路も過密になったために東京の繁華街上空を飛ぶようになったという報道も見た。もちろん、僕自身は宮崎ー羽田便を便利に利用している一人である。だが他の分野と同様に、東京一極集中の果てにこうした事故の要因があるとしたならば、やはりこの国のあり方を再考すべき時ではないのか?「2分ごとの離着陸」というのが、果たして「正常」なのかどうか?僕にはわからないが、また近々羽田空港を使用せねばならない自分がいる。

保安検査も離着陸のシンプルさも
宮崎空港が定時運行率世界一になる条件なども考えて
大地震ということも考えた時、東京は果たして?と思うのは僕だけではないだろう。


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過去の「クロ現」に健全なジャーナリズム

2023-12-21
国谷裕子さん司会で放送開始30年
桑子真帆さんとの語りでその思いを語る
この国にジャーナリズムがあった頃のお話

正直なところ最近はあまりその内容に魅力を感じなかった「クローズアップ現代」という番組、この日は国谷裕子さんが出演すると知り久しぶりに必見と思った。当番組の放送開始は1993年ということで、当年9月13日にはパレスチナ問題の和平を意図した「オスロ合意」が調印された年であった。昨夜の番組ではこの問題を大きく取り上げ、当時、国谷さんが直接にPLOアラファト議長にインタビューをしている映像も流された。国谷さんは堪能な語学力を活かしかなり突っ込んだ質問をしており、最近のインタビューがいかに形式的であるがゆえに番組のスケールを下げてしまっているかを実感した。ジャーナリズムは対立する双方に和平の契機をもたらすことができる、国谷さんのこんな趣旨の発言こそがジャーナリズムの真髄だと思った。

世界の大物にジャーナリズムが斬り込む、やはり90年代まではまだ日本が世界でも健全な立ち姿を保てていた証拠だろう。2000年代になって新自由主義を無秩序に乗せて走る日本号は、殊にジャーナリズムの面ではこの番組から国谷さんが降板した7年前に至り、「失われた上に失われたの上塗り」をしてその形さえもわからなくなった。ようやく政治家の裏金疑惑に検察のメスが斬り込まれたが、このタイミングで国谷さんが「クロ現」に出演するのは示唆的である。この日の番組内では国谷さんの信条がわかりやすい日本語で多く語られた。特に「色々な角度から問い続ける、そして自分に偏見がないか?常に確かめる。」という言葉を聞いて、次第に涙が溢れてきた。アフガニスタンのジャーナリストへのインタビューでは、双方が涙ながらに「爆弾ではなく教科書を国土に撒いてくれていたら」という言葉にも激しく涙腺を刺激され同意した。

失われた30年の成れの果て
国谷さんのような救世主の復活を願う
国谷さんに憧れてジャーナリズムを目指した方々、ぜひ続いて日本を救って欲しい。


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時代は再開発ではなく

2023-09-20
高度経済成長と都市開発の波
もはやあの過去の上塗りでいいのだろうか?
西洋列強への劣等感でも戦後復興でもない新しい選択を

東京駅付近の再開発現場で起きた痛ましい事故の報道を見るに、果たして再開発に邁進する都市の工事に無理はないのか?という疑問を抱く。亡くなった方には、謹んでご冥福をお祈りしたい。東京のビルの高層化は歯止めがなく、高度経済成長期の建物が60年以上を経て老朽化したということもあるのだろう。さらに高層化が促進し今や「高層ビル群」は「新宿」のみの代名詞ではない。その地下には網の目のように地下鉄が走っていることを考えるに、元々は河口付近の沖積低地が多い「江戸」の地盤は果たして大丈夫なのかと思う。高層化は膨大な床面積を生むのだろうが、それほどのスペースが未だに足りないというのだろうか。

単純化して考えるならば、都市の米国化と言い換えられそうで、決して都市の欧州化ではない。明治時代は英国・独国などに学ぶことも多く、その延長に文化的な風潮が胎動したのも確かだろう。しかし戦後の開発の波は、明らかに米国化一辺倒であり強引で歯止めの効かない社会を生み出したのではないか?さらに時代は変化し世界は新たな持続可能社会へ舵を切ったにもかかわらず、この国は未だに過去の米国化の波から脱することはないように思う。すると明治・大正期までに継続・維持された文化的な価値まで、強引な開発で壊してしまいかねない。今こそ日本の近現代史という広い視野の上に立ち、あらゆることを自己省察し改めなければならない瀬戸際なのではないかと思う。関東大震災から100年、その教訓も忘れてしまい東京はさらに肥満となり「成人病」の症状があらゆるところで露呈し始めているのではないか。

「西洋は自然に対峙」はもはや過去のこと
近現代史の傲慢を悔い改める曲がり角にある
我が故郷の東京よいづこへ・・・・・


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神宮は故郷〜「杜の詩」に寄せて

2023-09-04
あの球場での劇的なドラマ
美しい杜のために通ったバイト
東京六大学野球の聖地として・・・

サザンオールスターズの3ヶ月連続新曲配信・第3弾が、2日のラジオ番組で初オンエアされた。「Relay〜杜の詩」それは3月に亡くなった音楽家・坂本龍一さんが訴えていた「神宮の杜再開発反対」のメッセージを引き継ぐ内容であった。坂本さんを筆頭に音楽家の社会活動は、欧米では一般的だが日本ではあまり為されない。昨年来のウクライナ侵攻に反対の曲を出したのも桑田さんの声掛けで同級生ミュージシャン5人が集結した「時代遅れのRock’n Roll Band」ぐらいであった。このような意味で、サザンとして今回の曲を世に送り出すことの勇気と意義に大きな賞讃を送りたい。サザンもデビューの頃から45年、神宮の杜を見渡す一角にあるビクタースタジオで曲作りやレコーディングに取り組んできたわけで、まさに「故郷喪失」への訴えということにもなる。

僕自身も神宮の思い出は、数多く尽きない。大学時代は六大学野球に足繁く通い、対東大戦の際は球場へ向かう杜の一隅で東大応援団に所属する小学校の同級生に偶然出逢ったことがある。また早慶戦の際は前の晩の終電で信濃町駅に着き、杜の中へは立入禁止ゆえに駅前の歩道橋上で先輩たちと一升瓶で酒を酌み交わしたことがある。(現在なら取り締まられているだろう)またあまりの神宮好きが高じて、バイトで東都大学のグランド整備やプロ野球の会場係り、さらにはバッティングセンター係員もしたことがあり、現場の職員さんに可愛がられたこともある。プロ野球後のスタンド掃除は大変な作業で、最後は終電に間に合うように駅まで走るという体力勝負であった。もちろん教員になって初任校の東東京大会での幾多の激戦の応援は、簡単には語り尽くせない。あの杜が、あの球場が無くなってしまうという「文化喪失」的な再開発?坂本さんに、サザンに賛同し僕も声を上げる一人でありたい。

アメリカでは110年を超えるボールパークが大切にされ
パリの街並みはいつも整然と文化の香りを漂わせている
「馬鹿でごめんなさい 意志を継ないで」


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関東大震災100年に考えること

2023-08-31
1923年(大正12年)9月1日(土)午前11時58分
相模湾北西部震源マグニチュード7.9の大地震
直接死・行方不明10万5千人(うち焼死9割)

明日で関東大震災から100年目となる。僕の世代であれば小学生の頃からよくこの震災を教訓とせよと教えられ、当時の2学期始業式である9月1日には必ず防災訓練が行われていた。いざというときの避難用荷物をリュクにまとめ、小学生の頃はベッドの下に保管していた記憶がある。また震災発生時間が昼食時で大規模火災が起きたことから、「揺れたらまずは火を消す」ということも徹底して教えられた。関東大震災は相模トラフを震源とする海溝型地震であり、東京直下というわけではない。などと考えてもその海溝のプレートがその後100年間は動かずに来たことをまずは驚くべきかもしれない。次はいつ動くのだろうか?という不安は、東京に行く際にいつも抱いている。もちろん宮崎では、日向灘震源を常に想定しつつである。

昨日放送のNHKクローズアップ現代では、「集団の”狂気”なぜ〜関東大震災100年”虐殺”の教訓〜」が放映された。今年、存在が明らかになった当時の小学生の未発表作文の中に朝鮮人などの殺傷に関する記述が多数含まれていることがわかった。当時の現実を、どう受け止めておくべきなのだろうか。また映画監督・作家の森達也さんが行商の日本人を朝鮮人として殺害してしまった千葉県福田村(現・野田市)の悲劇を映画化しており、森さんが描きたかったことへのインタビュー取材の内容に胸が傷んだ。「集団」になった際に「暴徒化」する人間の宿命、生きるために助け合うための「集団」には副作用があり「みんなが同じように動く」のだと云う。この「同調圧力」に対して政府の広報やメディアの喧伝が作用すると、臨界点に達していたものが一気に暴徒化する怖さがあると知った。また排外主義的に「敵」を作ることで、自らが多数派となりより強く連帯する。小さな「村」で起きた悲劇は、その範囲をさらに「国」までに広げていくことで「戦争」と化すのである。「戦争」は実際に「国」が起こすものだろうが、実は私たち個々の行動の中に火種があることがよく理解できた。現在でもそうだ、果たして外からの声に私たちは冷静に耳を傾けているのだろうか?

個人的には「千葉県野田市」の悲劇の歴史は衝撃だった
集団に属して自分を捨てないために「僕」「私」という主語を維持する
まずは身の周りの小さな「集団」に属する際の自らのあり方を考えてみよう。


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未来のために地球のために

2023-08-27
「科学的根拠」はどれほど信じられるか
戦争が続き戦争の火種が絶えない21世紀の現実
僕たちはどう生きるか?

果たして世界の海洋に「まったく影響がない」など、誰もわからないだろう。「フクシマ」からの放射性物質の冷却水を処理は施しながらの海洋放出についての真実は、きっと誰もわからないのではないか?この方法が未来のために地球のために唯一無二で最善なのか?まさに地球規模で議論をすべきことではないのか。SDGsなど叫ばれる中、未来へ向けて持続可能なのかという視点が何より肝心なのではないか。

少なくとも僕らの時代は「公害」による人体への被害を具体的に学び、海や川への排水投棄という行為自体が問題ではないかと思ってしまう。九州では水俣病が大きな問題となり、会社も政府も「排水と病気の因果関係はない」と言い続けたことで被害は拡大したという経験を持つ。水俣は3度ほど訪問しているが、地域住民たちの被害やその後の歴史を目の当たりにした。地域のみならず昭和の学校では、世界的に戦後の負の歴史として学ぶべき事例であった。

「ヒロシマ」「ナガサキ」「オキナワ」
「MINAMATA」の映画も観た
個々人が安心して暮らせる地球を護らねばならないのだが・・・


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流れる雨雲を追いかけて

2023-08-19
スマホアプリで向こう1時間ほどの予想を
晴れたと思うと急に激しい雨に見舞われる
賢く雨雲を避けて外を歩こう!

台風6号・7号が各地に爪痕を残し去ったが、それでもなお大気の不安定な状態が続いている。僕らが小学生の頃は、「日本はほとんどが温帯気候」と習ったものだが、現在は「多くが亜熱帯」に修正しなければならないのかもしれない。やはり小学校学習の記憶を辿ると、「亜熱帯・熱帯の雨季にはスコールという特徴がある」と習った。わたしたちが今現在体験しているのは、まさに「スコール」ではないか。急激にかつ激しく降りつける雷雨は、容赦なくわたしたちの生活を直撃する。遭遇してしまったらほぼ衣服のズブ濡れは覚悟で、歩行していたら危険が及ぶかもしれない。また雷への注意も厳重に行わなければ、重大な事故にもつながりかねない。

豪雨・雷雨対策として、スマホに「雨雲レーダー」のアプリを入れて活用している。使ってみて思うのは、実に的確に雨雲の状態が予想できることだ。あと「15分後に雨が降る」など的確に検知することができる。この日も母が外出するというので、帰宅の時間帯の雨雲の様子を検知した。約20分後ぐらいに厚い雨雲が迫っていたので、LINEによって状況を報せることで回避できたようだった。またこの日は、本日から2日間開催される「牧水短歌甲子園」の出場者や審査員が日向市に集まる日でもあった。懇意にする笹公人さんの投稿によると、宮崎から日向市までの特急が運休で市が用意した自動車での移動を余儀なくされたと云う。しかも情報によると、東九州自動車道が一部通行止になっていた。このような困難はあったが、夜には俵万智さんを含めて審査員も高校生たちも到着したとのご連絡をいただいた。それにしても、悩ましい雨なのである。

一連の雨で今月の歩数記録は大幅に減少
脆弱な人間を襲う異常気象にわたしたちの対応
せめて文明の利器は使用してうまく回避せねばなるまい


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戦時中を読むー肉筆の書簡と葉書

2023-08-16
妻の祖父の御兄弟
戦時中の書簡・葉書が保管されていて
肉筆を読み解く78年目の夏

78回目の終戦の日、今年は台風7号が近畿から山陰地方にかけて縦断するという1日だった。水害への警戒や公共交通機関の混乱など、現在も国民の命への脅威が自然災害という形で忍び寄る。だが78年前には「国」という概念に抗えない人々が、無念にも多く命を落としたのであった。個々人の尊い「命」があってこその「国」、だが社会の流れが狂気を帯びてしまうと「国策」の名の下にこれが反転してしまう。78年前の反省に立ってこの間の「平和」があるのは間違えないが、「戦争経験」なき無自覚がこの「反転」への燻りとなることをわたしたちは声を上げて揺り返さなければならないだろう。

妻の実家にて、仏壇の引き出しに眠っていた戦時中の肉筆書簡や葉書を読み解いた。祖父の弟さんが戦時中に所属先の部隊から送った葉書には、「検閲済」の判が押されている。横須賀の部隊で自分は護衛艦に配属になったと記し、国への忠誠を誓いつつ家族に安心せよという趣旨の文が綴られている。また祖父の妹さんは、満州に渡って製紙会社勤務の暮らしをしていたようで、こちらへ来たらよいと家族を誘う内容であった。しかし弟さんは戦闘で海上に命を落とし、妹さんも満州の地で病気になって命を失っていることがわかった。ともにまだ二十歳を少し過ぎたぐらいの年齢、家族とともに日本で平和に暮らしたいという思いがないわけはない。だが郵便さえも検閲されるので、正直な心根など書けるわけはない。そこに「個」を喪失させる、社会的装置の脅威を覚えざるを得ない機会であった。

「第二世代=親が戦争経験者」とされる
僕らはどこかで「戦争体験者」なのだ
肉筆の文字を読み解く大切な時間が今年の8月15日であった。



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予断を許さない航空便

2023-08-10
まだまだ確実なものは何もなし
「出発地悪天候のため天候状況を確認しています」
なんとか本日中に東京へ着くことを祈る

今朝起きてみると、航空会社からのメッセージがあり「天候調査のお知らせ」とあった。予約便を振り替えに振り替えて本日の当該便に至ったのだが、今もまだフライトに「注釈」が付くことになんとも言えない気持ちにさせられた。もとより本日が目的たる「国語教育全国大会(日本国語教育学会主催)」の初日で、東京都文京区の筑波大附属小学校で「公開授業」と「研究協議」が行われるのだ。当学会では「教育実践」を研究の中心に据えており、実際の児童たちによって行われる「公開授業」が大きな目玉となっている。それを大きな学びの楽しみとしていただけに、今回の台風への恨みは大きい。だが「自然には抗えない」などと思い込もうとしたり、かと思うと「こんな地球にしてしまった近現代の人類」に思いを致したりもしている。それにしても航空機の運航というのはまったく予断を許さないものだ。こうして小欄を書くうちにも、さらに「注釈のない便」への振り替えを敢行した。

今現在、書斎の窓を開ければ雲は厚いが雨は降らず風もほとんどない。あくまで素人判断ながら航空機に問題はないと今の僕なら考える。だが長引く台風通過のため、航空機の機体ぐりの上で東京から搭乗機が果たして宮崎まで飛んで来られるのか?など実情を深く想像して冷静に判断をしなければなるまい。「定時運航率」が高いこの国の公共交通機関は気象状況に大きく左右され、何より利用者の「定時で当たり前」という感覚が無用な混乱を生む場合も多い。海外旅行のご経験がある方なら感覚が違うと思うが、常に「予断は許さない」と思っていないと特に航空機には乗れない。こんな心の面は「安定=平和が当たり前」とする、この国のいわゆる「平和ボケ」の構造と類似している。「定時運航」は航空会社の一人ひとりの社員が、あらゆる可能性を考えて日々の仕事に真摯に向き合っているから成されているのだ。ゆえに航空会社は決して責められない。などと気を落ち着けて、本日のフライトに問題がないことを祈っている。

近現代が産み出した社会構造を見直すときが
自分自身と他者へのやさしい想像力が求められる
若山牧水が考えていた近現代と自然との関係をいま一度。


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