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適切な質問とは?

2018-10-22
研究発表に対する質問
議論を活性化し対話的で創造性のある
場のあり方そのものが「文学の未来」を決めるのではないか

研究学会に参加するといつも思うのだが、「質疑応答」そのものの質こそが研究の未来を象徴的に表しているだろう。もちろん「問題意識」をもった発表そのもののあり方に応じて、質疑の状況も変化するのだが、その発表の意義や価値が「質疑」によって鮮明に描き出されることが望まれるのは言うまでもない。要は発表する側も質問する側も、問題意識の要点を明確にして対話をする必要がある。「質問」でも聞きたい要点が明確でなく、何を問い掛けているのかがわからないようなケースを目にすることがある。往々にしてそうした「質問」は長く、持論の主張が大半を占めて発表への理解が十分でないことが多い。少なくとも「文学を読む」ことを専門としているのであろうから、相手の意図を「解釈」しようとする姿勢が求められるであろう。

もちろん、研究には様々な視点や方法あってよいはずだ。その相違を明らかにしてこそ、個々の立ち位置がわかって来るというもの。だからこそ相互に「整理」をして対話する必要もあるように思う。例えば、研究室がどれほど整理されているかという「姿勢」は、研究への向き合い方の一つの表れのようにも思うことがある。必要な書籍がすぐに取り出せ、必要な資料や書類が「ここ」にあることが「わかっている」ことが大切ではないか。「晴」の「研究発表」やその「質疑」となれば尚一層の「整理」の中で行われる必要があると思うのである。などと考えて、まず心掛けるのは、「疑問の要点」を最初に示すこと。その上で「自分の解釈・立場」を明確に示すことではないだろうか。

著書の文体がわかりやすい方の「質問」
適切かつ的確であるということ
「聴く側」の立場を相互に意識した対話が求められよう。


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塾より和歌だ!

2018-10-08
和歌文学会大会研究発表
言葉・文化の伝承を紐解く作業
僕らの言葉のDNA

第64回和歌文学会大会2日目研究発表会。7本の研究発表がなされたが、うち3本は7月の関西例会が豪雨の影響で中止になったゆえ、発表者が繰り越しでなされたという状況もあった。今年の天変地異のごとき様々な自然災害は、現在の社会の状況になんらかの啓示を与えているように思えてならない。昨年は10月も3週目に大会開催を設定したにも関わらず、台風に見舞われた宮崎大会。ご来場いただいた会員諸氏には、むしろ記憶に残る大会になったようだ。だが文学系の研究学会に対する風当たりは、昨今の豪雨や台風かそれ以上に激しさを増している。7本の研究発表からはそれぞれに学ぶものがあったが、それだけに社会的な意義と関連させて考えたくもなる。

文学系研究学会の今後のあり方・運営については、様々な懸念があるのは事実だ。まずは、事務局担当校や大会開催校を選定するだけでもままならない。この2年間に関しては、同窓の仲間が事務局を担当し、仲間の何人かの研究者がそれを支え、僕は地方大学の利を活かして大会開催を担当するチームワークであった。恩師や先輩を同じくする同窓の研究者たちの仲間意識で、運営が支えられた部分も相当にあるように思う。この日の総会でその任を終える事務局長は、感慨深げにこんなことを語った。「今日この会場に来る際に、塾の鞄を下げた子どもたちをたくさん見ましたが、あの子どもたちに和歌のよさは伝わっているのでしょうか?」概ねこんな趣旨であった。「説明文」の学習などでの技術的な「読み」ばかりを、「論理的思考」の名の下につまらなくとも押し付ける教育。そして不毛な入試による、学力の負の連鎖と階級化。純朴に「和歌を読む」、それは「人のこころをよむ」ことに他ならないのだが。

人文学の軽視が招く荒ぶ社会
僕らの世代がどう繋いで行くか
和歌の魅力を存分に社会にわからせて行きたい


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第9回九州国語教育学会

2018-09-23
院生も小中高大学教員も
家庭的な中で研究発表
九州から国語教育を考える

第9回となる「九州国語教育学会」に参加した。3年前に鹿児島大学で開催された際に初参加してから、なかなか足を運ぶ機会に恵まれなかった。今回は昨年来指導担当となっている教職大学院生が研究発表にエントリーしたということもあり、当初から予定して参加することにしていた。3年前も指導の院生が研究発表の機会を得て、それを契機に自信をつけ今や出身地の教員として活躍しているという経緯もある。院生時代に内輪ではない研究学会で発表を経験することは、実に大切なことだと経験的に思う。ひとえに「研究発表」と言っても、様々な方法があることを自覚するためにも。

この学会の特長は、懇親会で多くの方々が語ったように「家庭的」であることだ。院生が自らの希望をもったテーマを忌憚なく発表することができる。たとえ未熟であっても20分間の中で、自分が取り組んだテーマを語り尽くす。その後の質疑応答も、参加者はみな前向きで建設的な意見を述べてくれる。院生の際にこうした温かさに触れることで、その後の現場での実践や研究に対しての姿勢が変わってしまうと僕は思う。こうした意味で僕自身が院生の課題研究を担当する際は、必ずこの学会で発表をしてもらうようにしている。また、勤務校の同僚として新たに迎えた先生にも、今回は学会に参加していただいた。先生の出身校の年代を前後する研究者も多くいらしており、新任の先生の新たな活躍のステージとしても期待したい。

殻に籠らず
自らを開く機会を
家庭的な地方学会こそ大切にせねばならない。


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組織憎めど人を愛せよ

2018-05-28
中古文学会春季大会
併設の「源氏物語展」
大会開催校の労いを忘れず

先週金曜日の講義で「週末は研究学会で日本大学に行ってくる」と話すと、学生たちから微妙な反応があった。アメフト部の一連の騒動で、マスコミの過剰な報道にも曝されている日本大学。心なき世間が「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のごとき風潮に流されているのを感じ、同業組織に生きる者として心を痛めていた。現にこの土日の中古文学会に日本大学文理学部に行くと、アメフト部の拠点学部ということもあってか正門前にはマスコミが貼り付いていて、意味もなくその光景を撮影などしている。知人のTwitterで知ったが、正門の光景がTV映像に流れそこに立て掛けてある「源氏物語展」の看板も、心なき電波に乗ったのだと云う。少なくとも「中古文学会」がTV報道される機会もなかろう、という皮肉めいた感興も抱かざるを得ないが、せめて心ある巷間のの諸氏には、日本大学は文化的に優れた活動を展開していると感じ取って欲しいものだ。

昨秋、和歌文学会大会の開催校を担当した経験から、学会大会に行ったら必ず会場校の先生には礼を尽くそうと心に誓った。今回も同じ和歌分野の研究者がおり、会場に行くや否や挨拶に伺い、帰り際にも労いの言葉を申し上げた。「源氏物語展」の準備も含めて、どれほどの御苦労があったかと想像をしつつ、同時並行した大学全体のマスコミでの扱いなどに、心を痛めていないかという気遣いもあった。その心の機微に関しては、なかなか上手い言葉にならず、むしろ誤解を与える逆な気遣いになってしまったかもしれない。それだけにである、このような大規模の研究学会の開催とともに、貴重な「源氏物語」の古典籍を日本大学が所有している事実を、より多くの人に知ってもらうべきではないかと思った。大仰な物言いをするならば、最終的な「危機管理」が可能なのは、「人文学」なのではないかとさえ思う。今回の学会であらためて芽吹いた「中古文学研究」への危機感、それを現代の人間が、至って「正常に生きる」ための糧とすべきでは、などということも考えた。

研究者仲間を僕たちは愛する
そして研究対象とする古典文学を今に蘇らせる
組織にあらず、人を愛する原点は文学にあり


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人文系研究学会の未来

2017-12-18
和歌文学会・説話文学会・仏教文学会
三学会の合同例会という試み
会場は資料が不足するほどの盛況にて・・・

もう20年近く前になるだろうか、人文学研究者の大学教員としての就職先が極端に少なくなり始めた。それは主に短大に多く設置されていた国文学科・英文学科が改組され「コミュニケーション」やら「グローバル」やらの名を冠して、社会からの要請という詭弁的言いがかりから実学志向になる傾向を帯びてきたからである。折しも中高一貫校の現職教員だった僕はその頃、やはり研究者を目指したいという野望が再燃し、学部時代の指導教授にこの件で相談の電話をした。すると電話口でやや指導教授はやや怒ったような口調で「そんなに簡単に大学教員になれると思っているのか!そんな時代ではない、何のために今から大学院へ行くんだ」と叱責されたのを鮮明に覚えている。だがそれは指導教授特有の励ましの言葉ではないかと僕は都合のよいように解釈し、大変な逆の中を前だけを見て歩み始めたのだった。

その道はやはり「国文学」のみでは歯が立たず、「国語教育」という現職教員としての経験が最大限に活かせる分野でも業績を重ねることで、飛行機の着陸が追い風では不可能なように逆風の中を「宮崎大学」という空港に着陸することができたわけである。その間、会員となっている研究学会は研究者の食い扶持が狭まることに比例して、未来へ向けて本気で運営を考えなければならない時代となっている。今回の3学会合同例会の試みは、こんな20年間を背景として未来へ人文学研究を持続するヒントを多く孕んでいたように思われた。例会では事前に出欠確認もしていないゆえ用意された資料は部数が不足し、会場は3人がけ座席に3人が座るほど満員御礼な盛況であった。会場には多分野の研究者が集まっており、質問などにおいても新たな視座が見えてきて交流の大切さが身にしみて感じられた。特にこうした古典系人文学の未来を、どのように見据えていったらよいのだろう。社会が偏向していると批判ばかりしても、明るい未来にはなるまい。

教育の視座から人文学の呼吸を活性化させる
そしてまた、短歌実作との連携で「生きる」ための歌を考えていく
僕にしかできない仕事は何か?20年を経てあらたな模索を始めているのだと悟る。


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われとわが悩める魂の黒髪を

2017-10-30

研究発表という行為の在り処
自問自答しそして多くの研究者の前で披瀝する
質疑応答の対話とまた独酌の対話まで

静岡大学で開催されている中古文学会2日目、8本の研究発表が行われた。依然として台風22号が太平洋に沿って東進するなか、国立大学の広いキャンパスではバス停から当該学部棟まで歩くにも濡れに濡れて難儀である。だが其処には、この日のために準備に準備を繰り返された研究発表が待っている。自らが発表する立場となれば、雨に濡れることなどたいした問題ではない。毎度、発表を聞いていて思うのは、その人らしい視点ある研究であるかという点だ。ある先行研究AとBがあってどちからに傾倒してしまうのではなく、相反するものであっても一つに融合して相矛盾なく擦り合わせれば、新たな視点を生み出すことができる。やや違った角度から述べるならば、まったくの「独創」などはあり得ないはずで、自分の視点とは他者との関係性の上でしか決して理解できないものなのだと痛感する。師が示す見解に漬かるのではなく、自分でやろうという意志と野望の体現が研究発表ではないかと思うのである。

自問自答するのものまた研究であるには違いなく、また前述したような対話関係の上に立つのも研究である。そのように何事も一方に決めつけないことにこそ、知的さと理性が介在する。その研究を「酒」に例えるのは聊か不謹慎の誹りを逃れないかもしれないが、牧水という歌人が「自己即歌」と考えて、旅や酒に身を浸しながら多くの秀歌を詠んだことを考えると、つい類似点を見出してしまう。独酌してしみじみと自己の内部と対話するごとき飲み方、また一方で同朋と酌み交わしつつ語らいながら飲む楽しい酒。この両者がともに人生を豊かにする糧になると考えるのが、豊かな酒の飲み方であろう。牧水は大酒を飲んだことばかりが取り沙汰されるが、決して酔って乱れたり暴れたりということのない、豊かな酒であったと云う。このように考えるとまた、伊藤一彦先生と堺雅人さんの対談本の中に、「楽しい酒は残らない」という伊藤先生の名言があって堺さんが賞賛していることが思い起こされた。

「われとわが悩める魂(たま)の黒髪を撫づるがごとく酒を飲むなり」(牧水『秋風の歌』)
「魂」に「黒髪」がありそれを「撫づる」という比喩の面白さ
研究発表の質疑がときに「続きは懇親会で」というのはこうした意味があるのかも・・・


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1年後は研究学会大会

2016-10-29
会場使用申請を終えて
1年後には研究学会大会を開催する
「歌」の縁が結ぶ僕がすべき仕事

ちょうど1年後の今月、「第63回和歌文学会大会」を本学を主催として開催する。本学は市内から10Km以上あり、空港からの公共交通機関も本数に制約がある上に、最寄駅から徒歩20分という外来者にとっては誠に不便な環境にある。それゆえに自然に囲まれた好環境があるとも言えるのだが、100名以上の和歌研究者の先生方をお迎えするには、誠に心苦しいロケーションである。

そこでこれまで約1年間ほどかけて、大会会場に適した場所を市内で模索してきた。幾つかの候補から様々な条件を考えて、「市民プラザ」の施設を使用することに決定した。施設の使用にあたり短歌会でお世話になっている伊藤一彦先生にご相談したり、コンベンション協会との協議を重ねた結果、「招致事業」として開催できるということで会場の申請と使用料の支払いを昨日完了した。

この大会を引き受けたのは、研究学会で開催校を決定する担当者が、同窓で学部時代からお世話になっている先輩であるからだ。昨今「文学系研究学会」では、事務局を担当できる大学が極端に減少しているという憂い深き事態となっている。「文学部」の縮小や大学院生の減少などがその大きな原因である。学会運営の中心はやはり院生たちの力による点が大きかったが、その構造が崩壊しつつあるのだ。

今月から和歌文学会の事務局も移転し、やはり同窓の親しい研究者の方が引き受けた。だがやはり、院生に頼れる学内環境ではないと聞く。かくいう僕自身の勤務校も教職大学院はあるものの、学会運営に協力してくれる院生は皆無で、実働戦力は「学部生」である。しかし物は考えようである、「教師」を目指す学生たちにとって、多くの方を迎え入れる「おもてなしの心」はきっと将来の糧になると信じている。そしてまたこの大会開催の機会が、「宮崎県」にとっても貴重な機会となるように運営を進める決意である。

さて「五輪」ならぬ「大会」の旗を受け取った
1年後とはいえ、「東京都」よりも会場準備体制は整ったか
研究者としての僕が、一生のうちでできる貴重な機会であると思いを新たに・・・
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自分を支えるために書く

2016-10-24
研究に向き合うということ
自分が何をどうしたいか見定めること
「書く」ことは人を支える

いつもそうであるが研究発表を聞くということは、自問自答の時間でもある。発表者の問題意識と、自己のそれとを向き合わせて、何を知っていて何を知らないかを見定めながら、己にしかない観点からどんな質問が可能かを模索する。特に発表題も多方面に及ぶ中古文学会などの場合は、その模索の振幅も自ずと大きくなる。この日も午前中の発表の後半は、「和漢比較」を視点とするものであったので、僕自身の問題意識とも通ずるものであり、質問者はすべて「和漢比較文学会」の会員の先生方であった。僕もその中の一人として短い質問をし、特に和歌の流れの中でどう位置付けができるかという趣旨のことを問い掛けた。もちろんこれは発表者への質問であるとともに、「自己」の「仕事」だという自覚を高めるためでもある。その問題意識の上で、まだ自分で「書いていない」ものを「書くべき」とあらためて心を奮い立てる時間でもあるのだ。

昼休みに大学の同窓の大先輩たる先生や院生と、昼食弁当をともにした。さる先生はいつも小欄に関心を寄せていただいている「熱心な読書」のお一人である。小欄に「ジムでのトレーニング」のことなどを記しているゆえ、その内容は「どんなことをしているのか?」といった趣旨の質問で場の話題が作られる。そうこう懇談していると「中村さんは(小欄を)書くことで自分を支えている」といったことを仰っていただいた。あらためて考えるとまさにそうなのである。「日々、自分は何をしたのか?」という実感を持つためにも、こうして「書くこと」を習慣化し、今なども大阪の空港で帰りの便を搭乗待ちしながら、この内容を綴っている。そして自分で「書いた」牧水研究の評論をさる先生にはお渡しし、この面でも自分の「書くこと」によって、あらたな面をご提供できたと思うことができた。

宵の口は再びゼミの卒業生と会食
初任者教員としての様々な話を聞いた
彼の中でそれらを「話した」ことが、明日からの糧になると信じるひと時であった。
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音を歌に詠むこと

2016-09-25
「唐衣うつ声きけば月清みまだ寝ぬ人を空にしるかな」
(『貫之集』第一・25)
音を詠み込んだ和歌について

和漢比較文学会大会に参加し、京都大学の大谷雅夫先生の御講演を拝聴し、「音」を歌に詠み込むことについて考えさせられた。冒頭には著名な杜牧の漢詩「江南春」を引用し「千里鶯啼緑映紅」(千里鶯啼いて緑紅に映ず)の起句において、千里(500㎞)四方に「鶯が啼く」とは、実に多くの鶯の啼き声を描写しているという指摘があった。この詩は僕個人としても大変興味があるもので、転句にある「南朝四百八十寺」(なんちょうしひゃくはっしんじ)という原詩の韻律がほぼそのまま訓読に反映され、平仄のことも考慮して「はっしんじ」と読むことには、高校時代から気になっている詩であった。複数性の「鶯の声」を題材にしつつ、漢詩全体が「韻律」に対して大変鋭敏な感覚で創作された詩であると評しておこうか。そんな意味で、教科書編集に携わった際も、この詩を筆頭に掲げて「漢詩のリズム」という点に光をあてる内容としているのである。

一方、和歌では「花も匂ふ春の燈消えやらでかたぶく月に竹の一こゑ」(『夫木和歌抄』春部ニ「鶯」)のように「鶯の声」は単数で詠み込まれているというのが、大谷先生の指摘である。確かに我々が「鶯の声」を想像するに、ほぼ例外なく「一羽の鶯」であろう。周囲の静寂な環境でその「一声」に心を動かされたという趣旨で歌になる場合が多いように思う。少なくとも「あちらこちらで鶯の啼く」といった描写には、例え現実がそうであっても歌にはならないように思われる。表現創作者の立場となれば、「独り静かに耳を澄ます」という立場がよく、だからこそ歌心に訴える表現になる。どうやら我々は伝統的にそのような単独の聴覚性のなかで、詩歌を創るという観念的な共同体の中に置かれているような気がしてくる。冒頭に掲げた『貫之集』の歌は、「砧声」を詠んだ屏風歌である。漢詩に典型的な、女性が空閨にて夫のことを思い「衣」を夜なべで打つ「音」を描写している。これもまた「鶯の声」同様に、中国詩文での複数性と和歌での単数性が対照的な素材であるようだ。元来、空閨の女性の姿を「三人称的」に描写する詩を「閨怨詩」と称する。漢詩のあくまで客観性に徹した描写に対して、和歌はどうしても「一人称性」が常に意識される。この歌も屏風歌ながら、広域な場面ではなく限定された空閨からの「声聞けば」という状況で「まだ寝ぬ人」を知るという歌に仕立てているのである。あらためて、創作者視点や場面設定の問題として、和漢の詩歌を見つめてみると大変おもしろい点が見出せそうな思いを抱きながら、講演を大変興味深く聞かせていただいた。

聴覚を歌に詠むこと
素材の複数性と単数性
やはり相対的な比較の視点からこそ、歌が初めて読めてくるものである。
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越境する心 蠢めく志

2016-08-14
和歌・短歌研究・国語教育・詩歌研究
越境し合う研究分野をどう繋いでいくか
「短詩系文学」を志す若者の感性との融合も目指して

20代の頃、新卒ですぐに中高一貫校に赴任した際には、脇目も振らず毎日の学活・授業・部活において、生徒たちと向き合っていた。「学校」そのものも楽しい環境で、同僚の先生方も顰めっ面で融通の利かない人々がいないわけではなかったが、概ね「遊び心」があって毎日の職員室が楽しかった記憶がある。昼飯は何にしよう?とか夕方になればどこに呑みに行くとか、同僚間のコミュニケーションも十分過ぎるほどで、学生時代の「青春」がそのまま続いているかのような感覚があった。だが30歳を過ぎるにつれて「楽しさ」ばかりでいいものか?という疑問を抱くようになり、再び「和歌研究」に勤しもうと現職は続けながら大学院修士に入学した。元来僕は、こうした身分上においても、型通りではいられずにすぐに「越境」を選択する傾向がある。「和歌」において「比較文学」の立場で修士論文を書き、後期課程にそのまま進学すると、現職教員である立場を活かすには「国語教育」の実践論文を書くべきだと思い立ち、「漢詩」や「和歌」の教材論や授業方法実践理論に関しての論文を書いた。昨年もある機会に、他の国立大学法人に勤務する先輩に言われたことがあるが、「現職経験がある」(しかも20年以上)という点が、今や「君の強み」であると云う。元来が「文学研究」から出発した僕であるゆえ、その内容的探究なくして、「国語教育」の実践は決して良くはならないという信念がある。「越境」とは言うのだが、もとより「境」にこだわること自体が「狭量」な視野ではないかと思う。

先月の新刊・岡井隆『詩の点滅 詩と短歌のあひだ』(角川書店)を読んでいると、まさに詩歌ジャンンルの「境界線」について深く考えさせられる。その帯にあるように「侵食する詩歌の境界線 短歌、俳句、川柳、現代詩」といった視点は魅力的だ。岡井隆だから書けるといえばそれまでだが、様々な意味で危機に瀕している「文学研究」においても、やや技術的な方向に偏りを見せる「国語教育研究」においても、こうした「侵食」の視点こそ突破口として大切なのではないかと思うのである。そんなことを考えつつ、昨年10月に開催された和歌文学会大会(岡山大学)のシンポジウムを元にした論文を読み返してみた。「和歌リテラシー」を提唱する筑波大学・石塚修氏の論文では、「読む」のみならず「詠む」、所謂「書く」分野まで(朗誦まで広げれば「話す 聞く」も含めて)間口を広げて「和歌」から「日本語」としての大切な要素を扱う学習活動の構築について提言されている。「近世文学・国語教育」を専門とされる石塚氏が、このような発言をする点が、まさに「越境」的であり魅力的である。その後、若手の短歌・俳句創作者との連携を模索する出版活動に従事する先輩へと連絡。既に若手創作者の間では、こうした「侵食」が心地よく成されているように僕は受け止めている。来年(2017年度)には、本学で和歌文学会大会の開催が決定しているが、前述した岡山大学でのシンポジウムを継承し発展させる企画を模索しつつある。「文学」として「和歌・短歌」はどう進みゆくべきか?そして「国語教育」の中で、どのようのその真価を伝えていくべきか?そんな展開への志が、僕の中でひしひしと蠢き始めている。

「遊び心」も大切に学んでゆきたい
越境し侵食していると、いつしかそこに「境」はなくなる
殻に閉じ籠ることなく、自分を追い越して行きたいと思うことを「志」と呼ぶ。
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