fc2ブログ

未来を探す

2024-04-10
「探」という漢字には希望がある。訓読み「さぐる」で「探険」、「たずねる」で「探訪」の漢語と解せる。漢字成分を解剖すると「穴」+「火」+「手」であり、「穴の奥の火を手でさぐり出す様をあらわす。」(『漢字源』学研)とある。温かく希望を照らす「未来の火」、どこにどのようにあるかわからないが、「手さぐり」で探険し探訪を重ねてやっと行き着くことができるのが希望である。「希望」の「希」は「稀(まれ)」なのであり、そう簡単には行き着くことができるものではない。

あらたにゼミに迎えた3年生たちと、年度始めにあたり話す機会を得た。大学4年間の折り返しにあたり、まさに自らの未来を探している。今後の2年間でどのような「探険」をし、どんな素敵な景色を「探訪」することになるのだろう。敢えて「険しきを探る」ことで、世の中の様々な出来事を「探し訪ねる」ように過ごして欲しい。その先でこそ真に「探究」できる社会人・教師としての道に通じることになるはずだ。「究」とは「穴」+「九」で穴の中の最深部(一桁の最大数)のこと、納得するところまでぜひ若さゆえ「探究の旅」を続けて欲しい。


スポンサーサイト



tag :

コロナは現場で起きていたー普通の卒業式にあたり

2024-03-23
これまでの4年間に大学生活を送った学生の卒業式、式場は保護者の入場制限もなく、式後には学生・教職員参加で立食の祝賀会も行われた。向こう4年間はできなかったことが、普通にできるようになったいま。4年前、卒業する学生たちは入学式もできず4月の授業開始も1ヶ月遅れとなった。オンライン授業が続き、新しい友だちを作るのもままならなかった。などと4年前の「あらすじ」を述べるならば、容易に述べられる。当然ながら、卒業式・祝賀会の随所でそれは語られた。学生たちは何もなかったかのように、笑顔で立食を食べている。ゼミ生の傍にいて、あらためて個々の学生がどんな思いでこの4年間を過ごしたかに思いを馳せた。

PC画面に映るオンライン上の個々の学生たちの顔を思い返す。立食に興じながら話していれば、途中で大学を去った仲間たちの名前が学生の口から漏れてくる。単純に「オンライン」を悪者にするのは簡単だが、個々に様々な苦しみの末に自らの人生を選択せざるを得なかったのだろう。「感染拡大で大変な思いをした」というだけのことなのか?僕が学生と共有したことは、そうそう簡単には語れないという思いがした。世間は忘れやすいから、やはり言葉を刻んでおきたい。普通にできることが急にできなくなることに向き合う、個々の人間の苦しみよ。人類史的な事態ゆえに、個々にどうしようもない苛立ちがあった。個々の歯車は、そう簡単に噛み合わなかった。『踊る大捜査線』が久しぶりにリバイバル制作される報を聞いたが、やはりこの4年間「コロナは現場で起きていた」のである。卒業した個々の学生たちの貴重な経験、ゆえに人生に幸あれと願う。

tag :

色々な師に出逢うということ

2024-02-18
学部・大学院・生涯
「師」と慕う何人の人に出逢えるだろうか
教え子の宮崎への里帰りに思う

本年度もゼミ活動が落ち着き、あとは卒業式を待つばかりとなった。毎年、それまでの2年間が思われて、成長の喜びとともに一抹の寂しさを感じる時季である。それでも最近は県内の小中学校で活躍しているとか、大学院に進学して新たな学びを開拓しているなどの近況を聞いて教師冥利に尽きると思うことも多くなった。昨日は昨年卒業して東京の大学院へ進学した教え子が、宮崎へ里帰りをしてくれた。もとより東京で僕と同じく下町の出身、私立中高一貫校という生育環境も同様である。それが東京にも大学が多い中で4年間、宮崎での学生生活を選んだことが僕との出逢いとなった。この11年間、僕が宮崎で生活して思うのは、一生のうちに何度かは大きく居住地を変えてみる選択が必要なのではないかということだ。その「あくがれ」こそが、自分自身を見つめ直し、新たな境地への導いてくれる。教え子の宮崎生活は、公私ともに充実していたのが昨晩も話していて理解できた。

教え子は、僕の母校の大学院へ進学した。指導教授をはじめ、僕自身が懇意にする多くの先生に新たな学びを受けている。進学が決まった後に先方の先生とやりとりをするにあたり、「学生は指導の先生を大学院進学などで変えることが、本人の適応力という意味でも大切なのではないか」という意見交換をした。昨晩は、その意味がさらに深く理解できた。大学教員であれば、指導にあたり各自の信念があって然りだろう。例えば、学生が書いたものに対してどのように対応するか?という大きな問題がある。直接的に赤を入れて直すのか、それとも対話をくり返して書き手自らが気づくのか、どちらかというと僕は後者の方法を採っている。だがあらためて考えるに、相当な密度で深い対話をしない限り、なかなか学生の文章を高級なものにはできないのではないかという思いがよぎる。教え子が母校の大学院に進学してくれたことは、当然ながら僕の指導の試金石となる。母校の先生方の諸々の顔を思い浮かべつつ、最近の大学院進学者の多さに深い意味を見出せそうである。

宮崎という地域に住んだ意味も十分に
現職教員として大学院へ進学した僕自身の意味も
教え子とはやはり僕自身を映す大切な鑑(かがみ)である。


tag :

ゼミ10期の卒業生たち

2024-02-14
2014年度第1期のゼミ生が卒業
この3月の卒業生で10期46人を数える
大学を会場にした県内教員研修に来ていた者たち

一昨日の卒論発表会を終えたゼミ生たちは、記念すべき10期目のゼミ卒業生である。そんなことを、あらためて考えさせられる1日だった。若山牧水の母校・日向市立坪谷小学校に教員として勤務する卒業生が、大学を会場にした研修に来訪するというので昼休みにランチをともにした。昨年度から「牧水坪谷ツアー」として早朝の登校時に朗詠をする児童らの姿をはじめとする短歌活動見学のため、学生の一泊(一泊しないと早朝朗詠に間に合わない)ツアーを開始している。その坪谷小学校に奇しくもゼミ卒業生が2校目として赴任しているのは、誠に嬉しい人員配置であった。今年のツアーの打ち合わせや、今後さらに児童・教員と学生らの交流活動を実施しようとランチ時の話は弾んだ。こうして県内外の小学校・中学校でゼミ生が活躍しているのが、まさに教育学部の教員冥利に尽きる。

研修が終了した後の時間帯に、さらに2名の卒業生が研究室を訪ねてくれた。立ち話ながら近況やこの後の展望の話を聞いた。「石の上にも3年」まさにゼミが3年を終え熟した頃に、現在の方向性を持ったゼミのあり方を確立した頃のパワーある卒業生2名だ。教員としての立派なスーツ姿に成長の跡が映り、短歌をはじめとする学内外の諸活動に夢中に向き合ってくれた経験の意義を深く感じさせてくれた。彼らが帰った後、手帳に10期各代のメンバー人数と代表者の名前を書き出してみた。その際に記憶を補助するものとして、スマホの卒業式の写真が手掛かりになった。合計46名、現役3年生でほぼ50名に達する。また1学年の平均が「4.6人」というのも国立大学ならではの指導の密度を物語る。彼らと話していて、まずは「ゼミ総合LINEグループ」を制作し、今夏ぐらいから定期的な「総合ゼミ会」を開催しようということになった。僕が今も指導教授の元に集った先輩後輩と縁をつなぐように、我がゼミの家族のようなつながりを創出したいと思っている。

しかしコロナ後の4期が誠に早い気がする
学びの出逢いにより人生はさらに彩られる
大切にしたい卒業生とのあついつながり。


tag :

2023年度卒論発表会

2024-02-13
自ら問題意識を持ち探究する姿勢
これまでの学びとこれからの姿勢を見つめ直すために
「簡単便利」に済ますようなことがなきように

午前中から1日をかけて、学部国語専攻の本年度卒論発表会が開催された。教育の現場では「主体的対話的」「個別最適」「探究的学び」が求められる中、かなり昔からこの要素を満たす大学生の学びが卒論であろう。個を「主体」としながらも指導教員を始めゼミの仲間や後輩との「対話」から、自らの立ち位置を定めていく。あくまで「個別」に選択した「最適」なテーマについて自らが問いを立てて「探究」し一定の見解としての結論を導く。また動機や目的を明確にし先行研究を総覧し批評的な視点を持って自らが探究する道筋を見定めていく。さらにはその「思考」を一定の期間内に論文形式に則って文章化することで公開できる形式に仕立て上げる。どの過程もが、教師をはじめ社会人として仕事をする上での自立に必要な資質・能力の礎になるものと思う。

小欄では個別な卒論内容への言及は避けるが、卒論に向き合う際に心得て欲しいことを記しておきたい。喩えるならば、「安易にコンビニ飯を食べない姿勢」を貫いて欲しいと思っている。一人暮らしの学生などでは、どうしても食事をコンビニに依存している者がいる。それはそれで致し方ない部分もあるだろう。あくまで喩えとして、理解していただきたい。自らのテーマでも研究を進める過程でも、指導教員や参考文献からヒントを得る機会は少なくない。助言や先行研究を無批判に取り込み鵜呑みにすれば、自らの思考を通していないために当該の観点に対して脇の甘い論となることは明らかである。自らが食材の産地や新鮮度を吟味し、一番美味しく食べられるような調理法を検討する。面倒な事前の仕込みを怠ることなく、調理にも時間的余裕と細心の注意を払いながら丁寧に仕上げる。こんな手間暇を惜しんではならない。これは教師が「授業づくり」をする際にも共通して言えることである。僕自身が安易にコンビニ飯を食べない理由は、こんな思考を大切にしたいと思っていることに通ずる。

感染拡大元年に入学してきた学生ら
大学近隣の小学校での実践検証もさせていただき
対面の発表会、そしてゼミ打ち上げまでできることの幸せ


tag :

今年の大学4年生

2024-01-10
コロナ感染拡大時に入学
入学式などもできず授業開始は1ヶ月遅れ
ようやく日常の新年会ができて

昨年5月、新型コロナの5類移行を受けてから3年ぶり4年ぶりの行事等の復活が語られることが多くなった。この年末年始は、忘年会や新年会などがその最たるものだろう。自粛傾向であった宴がようやく広がりを見せて帰って来た。自らの卒論指導研究室(ゼミ)では、毎年この成人の日の連休明けを「卒論仮提出」と定めている。学部教務へ提出する最終〆切が「1月末日」となっているので、残り3週間の余裕を残し仮にデータ提出をしてもらう。約1週間で僕が読み修正点を指摘する。そして残り2週間で、最終的に自らが校正をして本提出としている。ゼミの信条でもある「対話的」ということを卒論の上でも実践する大切な時間である。

この日は通常のゼミ時間は取らず、仮提出を終えて新年会集合とした。能登半島地震への思いも致しつつ、仮提出まで辿り着いた4年生、そして幹事役をしてくれた3年生との豊かな時間だ。新年会が始まって早々に「新潟中越地方・佐渡」を中心に「震度5強」を観測した通知がスマホに届く。早速、従姉妹にLINEで連絡するが、特に被害はない様子に安堵した。地震は活断層や海溝(これは太平洋側かもしれないが)伝いに北信越全域に活性化しているのは確かだ。さて現在の4年生というのは入学時が新型コロナ感染拡大元年、入学後の授業開始1ヶ月遅れ、オンライン講義等で苦労した世代だ。それだけに、お互いが向き合いながら語り合える日常があるのは貴重である。学生たち個々と大学の場では話さないことを、敢えて話す機会としてこれまた重要な「対話的」場面だと思っている。

ゼミ生たちの卒論はいかに
ともかく対話のある風通しの良いゼミでありたい
あらゆることを乗り越えて学生たちの希望の未来を願いながら。


tag :

卒アルは普段着で

2023-10-18
ゼミの卒業アルバム撮影日であったが
特に服装を意識せずゼミへ行く
「全然問題ないです」と学生たち

「学校」には、「外面を良くする」という慣習があるように思ってきた。中高教員時代を思い返せば、保護者授業参観では「参観向きの授業」を作為的に実践する。保護者の本音は「日常の授業を観たい」であろうが、「この日しかしない授業」をしようとする教員が同僚に多かった。もちろん保護者に寄せた内容にする「心遣い」程度ならよいと思うが、「日常ではしない授業」なら「虚飾」という単語が脳裏をちらついた。「学校説明会」での見学もまた同じ、参加者は生徒らの日常の姿が観たいはず。だが「見学会向きの授業・部活」などを作為的に構成して、「見せるための説明会」になっていた。ひとたび「入試広報」担当の副責任者になった際に、「素顔の学校を見せればよい」という趣旨の発案をしたら、「それは避けるべきだ」と猛反対されたことがある。だが、「素顔が見せられるほどのレベルの学校にする」ことを一年を通して行うことが、受験者を増やす秘訣ではないかと僕は思っていた。

この日はゼミへ行くと、「卒アルの撮影」とカメラマンがやって来た。「あれ?今日は撮影だっけ」というと一人の4年生が「LINEグループには記さなかった(学生間では連絡した)」と謝りに来た。「いやいや服装を意識しなかったな」と学生たちに言うと、「それで全然問題ないです」と明るい返答が来た。その際にふと、前述した「虚飾の学校」を思い出した。僕の貫いて来た信念からすると、「意識しない服装で撮影する」ことがむしろあるべき姿だと思えた。反転して述べるならば、「普段から撮影しておかしくない服装」でいるべきということだ。大学教員となった今もまた、オープンキャンパス・出前講義などでは特別な講義はしない。あくまで日常の講義の一コマをその場で実践するまでだ。もちろん「余所行きの服装」ではなく、日常から服装は心掛けたいと思っている。撮影はその後、「ゼミ風景」を撮るというのでこの日にやるべき議論に入った。学生たちとともに真に議論をしている時の顔こそが、一番いいに決まっているのだ。

いつでも公開できる講義・ゼミを
日頃の服装には思い入れを持って
また今期のゼミ生たちとも思い出の写真が増えた。


tag :

恩師からいただいたちから

2023-07-10
卒論指導の基本形として
恩師からいただいたちからは学恩のみならず
この学生たちとの出逢いなくして現在の自分はなし

15年間毎年欠かさず、まさに七夕のように逢う仲間たちがいる。今「仲間」と書いたが、もとより彼らは学生として貴重な機会を僕にもたらせてくれた。15年前の7月、僕の大学院指導教授が67歳の若さで急逝された。不調を訴えて入院のために大学講義の代講を依頼いただいたのが4月、前期のみで後期からは復帰されると信じていたが4ヶ月で帰らぬ人となってしまった。代講にあたり僕自身に受けるや否やの葛藤がなかったわけではないが、今にして思えばこの機会を受けていなかったら今の自分は無いと思えるほどに人生において貴重な機会となった。なかでも、卒論指導を行う「特殊演習」を受講していた学生たちには、実に様々なことをむしろこちらが教えてもらった。現在の大学教員としての礎は、彼らとの出逢いにあると言ってよい。

この日は、当初に予約した航空便が機体ぐりの関係で欠航となってしまい、予定していた計画に大幅な修正を余儀なくされた。それでも僕のために諸々と調整をしてくれる人がいて、やはり人のありがたさを感じた。結果として恩師の墓参にまでは行くことができなくなってしまったが、前述した「仲間」たちが15年目もまた集まり「逢瀬」を遂げた。昨年までの3年間は「リアル開催」はできず、「オンライン開催」でこの貴重な機会を繋いできた。オンラインはオンラインで子育てをしているメンバーには参加しやすいという利点があったが、やはり「リアルで逢わないと」という思いを強くした。22歳で卒業した学生たちも今や30代後半となり、全員が立派な家庭を築いている。15周年という節目を飾るにふさわしい会話が、この日も存分に楽しめた。そして当時に行った「京都源氏物語卒業旅行」を5年後の20周年に再び実行しようということになった。少しずつ恩師の年齢に近づく僕にとって、真に財産と言える貴重な「仲間たち」なのである。

お子さんたちの成長から学ぶことも
きっと恩師もこの集まりに臨席していたであろう
あらためて恩師からいただいたちからをもって前に進む自分を確かめた。


tag :

研究授業に遅れず到着するために

2023-06-03
台風が南岸を通過するに伴い
前線が刺激され朝から豪雨が降りしきる
市内に向かうに予想もしない渋滞に巻き込まれつつ

小欄に何度か書き込んできたが、今週は毎日どこかの小学校にゼミ生の教育実習視察へ訪れた。今年度の4年生は6名在籍しているので、毎日1名ずつと水曜日は2名をハシゴ。それに加えて、火曜日は全学企画「イブニングセミナー」のコーディネーターとして夕刻からオンラインの司会を務め、水曜日は学部附属共同研究全体会を委員長として切り盛りした。もちろんその間に、水曜日以外は通常の講義やゼミが1日に最低1コマはある。さすがに金曜日の講義を終えると、夕方になって疲労の度合いが激しかった。それでも1週間が充実していると感じられるのは、ゼミ生の成長した姿を見るからである。公立学校の教壇に立つ学生の表情と、コロナがまだ得体も知れず蔓延しはじめた2020年5月(講義開始が1ヶ月遅れた)の不安だらけの中で入学した頃の表情を比べる想像をしたりする。あの年の4年生はこの公立実習さえもできなかったことを思うと、1・2年生でオンラインで苦労したが、現4年生が教壇に立つ姿は感慨が一入である。

さてこの日の宮崎地方は太平洋側の他県同様に、朝から激しい豪雨に見舞われた。公立学校への実習訪問で大きな課題は、授業開始に余裕を持って各校に僕自身が到着することだ。どんな場所であっても授業開始時刻の30分前には現地に到着するように、自宅の出発時間を設定する。カーナビには「現地予想到着時間」がやや余裕を持って(つまり遅目に)表示される。それを目安にしていると、現地に近づいて至近のコンビニで時間調整などをすることもしばしばだ。だがこの日は、市内中心に向かう方面にある公立学校へ同様の設定で家を出たのだが、渋滞は回避する意図で選択したルートでも、途中で車列が続き通常では考えられない渋滞に入り込んだ。数分はそのまま流れるのを待ったが、どうやら埒が明かないだろうという思いに至った。即座にルートを少々逆戻りし、別ルートから有料道路も使い目的の小学校へと向かった。それでもなお、小学校の門がある路地に入る道に右折する道がまた渋滞している。何とか15分前ぐらいには小学校の受付で挨拶をすることができ、この日は「1日担任」として朝の会から担当しているゼミ生の姿を授業10分前から見ることができた。我ながら「カーナビ」ならぬ、自らの機転を利かせた回避判断が実に功を奏したなどと、まだまだデータ・機械には負けない判断力があるものだと自惚れる朝であった。

各小学校の校長先生をはじめ先生方と出逢う機会としても遅れず行くこと
昨日の小学校では研修に来ているゼミの卒業生や附属小の先生にも
僕たちが県内の教育現場を体験する意味でも貴重な1週間であった。


tag :

教師だけが知っておく厚みー言葉の「リズムが良い」とは?

2023-05-30
授業に臨む際の教師の「メモリ(作業台の大きさ)」
小学生にそのことは直接教えないが知っておきたいこと
背景と奥行きを知っていてこそ「楽しい授業」を演出できるものだ

今週はゼミ4年生が公立(応用)実習の2週目となり、それぞれ研究授業の視察に訪問する。今年度の4年生は6名いるので、一週5日間となるとどこかで2校を訪問するハードな日程となる。それでもゼミ生たちが実習校と入念に調整してくれ、また仲間同士が連携して僕の訪問に支障のないように予定を組んでくれた。まずは「実習校との交渉力」という面においても、応用実習としての学びを経験させることは重要だと思っている。教員の仕事は決して「教科指導力」のみにあらず、組織としての学校内でいかに支え合い学び合いを念頭に振る舞うかが肝要である。僕自身が初任校に赴任した頃から、学校での人間関係を重視していた経験は現在のゼミ生の指導にも大いに役立っている。昨今、教員に就職しても休職や離職に追い込まれる人の数が多いと聞く。あまりにも厳しい時こそ、学校の「チーム」に助けられ上手く心を癒したり休めたりする適切で人間的な環境に身を置けるならと願う。そんな人間としての繋がりを、ゼミ生には大切にしてもらいたい。

さて初日月曜日は、大学から概ね1時間は要する小学校を訪問した。ゼミ生の研究授業は4年生の「俳句」教材。自ら音読をすることができそのリズムの良さを体感し、好きな一句を理由とともに述べられるようになることを目標とするものだ。肝心なのは「俳句のリズム」を「調子が良い」ものとして学習者がいかに音読しそれを経験できるかである。授業を参観していて思ったことは、学習者は「リズムが良い」ということを身体で感じ取ればよいが、指導者は「なぜリズムが良いか」という奥行きに自覚的であると、より学習者に体感させやすい授業にすることができることだ。中高専任教員を20年以上勤めてきた僕自身の実感だが、教材研究を「100」としたら授業で使用するのはせいぜい「3割から4割」である。あとの「7割6割」は授業方法の礎石として作用させることが望まれる。反転して述べれば教材研究の厚みと奥行きがないと、学習者が納得する授業をすることはできない。「音読で体感し楽しむ」授業であればあるほど、その「秘密」を指導者だけが知っておく必要があるのである。

なぜ俳句は日本語として「リズムが良い」のか?
教科書には「いろはうた」の音読補助教材もあり
教員養成課程で僕自身が何を教えておくべきか?を深く学んだ機会になった。


tag :
<< topページへこのページの先頭へ >> 次のページへ >>