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集うは縁の不思議な力

2020-09-22
妻の両親・自分の両親
そして学生・卒業生もご両親と
限りなき偶然のような必然・・・

この広い地球の中で、妻と出逢えたことは計算上かなり稀少な確率になるだろう。さらに考えれば、双方の両親が出逢えたこと、それで無事に妻も僕も生まれて育ててもらったこと。その双方の両親が戦災などの危機もありながら生命を繋いでくれていたこと、等々と考えれば考えるほど「奇跡」の積み重ねがあって僕らは出逢えたと思えて来る。「敬老の日」だからというわけではないが妻のご両親が我が家に来訪し、双方の両親を交えて6名での食事に喩えようのない幸せを感じた。「敬老」とは「老いるを敬う」というよりは、自分という存在を含めてこの社会を創って来てくれた世代の人々に深い感謝と愛情を注ぐ意識を再認識する日なのではないかと思う。

昼食に出向いた店で、卒業生と現役学生姉妹のご家族に偶然にも逢った。僕も双方の両親と何処の店に行こうかと、あれこれ思案した結果がこれである。計算にはまったく無頓着で無能だが、「確率」ならばどのくらいのものなのだろうか?その日その時間帯にその場所で出逢う、双方の家族全員の行動が少なくともその日の朝からすべて合致して来ないと叶わないことである。僕らの仕事では学生との出逢いも大変貴重な「奇跡」のようなものである。出逢ってゼミ指導をしてどのように社会に送り出すか、学生当人の人生の大きな節目を見守る重責がある。そしてこの縁は学生時代のみならず、学生たちがどんな人生を歩んでいくかにも立ち会っていく歓びがある。それをひしひしと感じる「偶然」な昼下がりであった。

人が出逢えなくなっているコロナ禍で
久しぶりにモールで買い物も
僕の宝ともいえる宮崎の縁である。


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庭木に花を咲かせましょう

2020-09-15
残念ながら枯れてしまった一つ葉
その庭の一角にどんな庭木を植えましょう?
常緑樹・落葉樹、虫に強い、陽当たりはよく

居住する地域で昨年は所謂「尺蛾(キオビエダシャク)」が大量発生し、奴らが特性として唯一好む一つ葉の生垣がだいぶ被害にあった家が多かった。県内市内では、約10年ぶりの大量発生であると聞いた。今年も春先にはその兆候が見られたため剪定業者に薬剤散布をお願いするとともに、自らも小まめに薬剤を散布した。その甲斐あってか?今年は気候条件が違うのか?夏を跨いで奴らの飛来・棲息はほとんど見られなくなった。しかし昨年の大量発生時に集中して食われたのか、庭木にしてある一つ葉の低木がとうとう今年は芽を出すことはなかった。綺麗な形状であったので残念であるが、仕方なく今回は剪定業者に伐採してもらうことにした。それに乗じて庭の環境を、妻と僕なりに新たなものとしていきたいという希望が湧き上がってきた。

とりあえず今回は伐採まで行ってもらうのだが、11月ごろの植栽時期には新たな庭木を植えてみたい。そこで庭木には何がよいだろうか?とあれこれと考えるようになった。隣家の玄関先に接している敷地の角であるため、「常緑樹がよいのでは」というのが剪定業者の意見。落ち葉の時期に、ご迷惑をかけない樹木を選ぶ必要がある。何よりこれまで、僕自身が庭には無頓着であった。しかし周辺の掃き掃除を含めて、自宅の庭に意識を向けてみたくはなっている。「常緑樹」であると緑の葉が年中楽しめるのだが、季節の変化を知るには乏しい。またこれまでの経験から、害虫対策も重要で虫の付きにくい品種を選ぶ必要もある。季節ごとの変化が楽しめて、鳥が来て歌うなどというのは理想な姿なのだろうか?小さな鉢植えを含めて、今後の庭木の整備が楽しみになって来た。

「ハナミズキ」「イロハモミジ」・・・
「あの家には・・・が植えられている!」というシンボルとして
庭の哲学的な世界観を詠んだ短歌は少なくない。


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最大級の警戒に備えて

2020-09-07
台風10号「経験したことのない・・・」
災害が起こる「確度」が高まったなどと
温暖化の地球での僕たちの生き方

9月4日(金)ぐらいから、気象庁の呼びかけは異例とも思えるものであった。この「台風10号」が記録にないほどの勢力で、南西諸島から九州に接近または上陸すると云う。偶々、4日に休暇を取得していたこともあって他の用件を終えてから妻とホームセンターへ行った。目的はガラス補強の養生テープやミネラルウォーターを買うためである。ところが既に双方ともが完売状態、電池なども含めて品薄な店舗の棚に唖然とした。かろうじて同じモール内のドラッグストアにて、目立たない棚に少量の在庫がある養生テープを発見し3本を購入できた。それも普段からそのドラッグストアを贔屓にして店舗内をよく見る機会が多かったからだ。我々は既にこの春先から、マスクや消毒液の買い占めや品薄を経験してきた。ゆえにミネラルウォーターなどは常に36ℓ(2ℓ×18本・6本入3箱分)ぐらいの備蓄はしていたのだが、今回はそれが少なくなりつつあるタイミングであった。

5日(土)のうちに家の周囲の外にあり飛散しそうなものを家の中に取り込み、周囲の外溝の堆積物などを除去し外回りを整えた。既にこの日のうちに、風の煽りを受ける2階は雨戸を閉めて寝ることとした。明けて6日(日)朝から風雨の具合を見て、タイミングを見計らって自宅近くの総合施設にある床の高い二階建て駐車場へと車を移動した。(付近住民は大雨の際に利用が許可されている)これでほぼ万全の体勢で台風の通過を待つことができる。果たして「経験したことのない・・・」とはどのようなことになるのだろうか?自宅を含めて周囲の家屋が風で一部が倒壊するのか?自宅周辺が短時間豪雨で冠水し浸水するのだろうか?「避難勧告」が市内には出されたが、果たして避難をすべきなのかどうか?やがてWeb防災情報などで避難所一覧や既に「受け入れ不可能」な所などが知られる。台風の通過は6日(日)夜が山場・・・、就寝しようとする際に充電中機器の音から停電を知るが、一時的で回復したり再び停電したり。雨戸を打つ風の音は止まないが、そのまま寝込むこととして目覚めて今に至る。

とりあえず僕の自宅周辺では何事もなく
しかし、今後の温暖化で「驚異的な台風」は増えるのだろうか?
住む場所や住む建物も温暖化に適応させて行かねばならないのか・・・


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食の縁にごちそうさま

2020-08-17
家庭料理の味わい
まさに「お口に合う」とはどういうことか?
いつも美味しいおふくろの味

幼少時のことである、夏休みに親戚の家に泊まりに行った際に、なかなかその家庭料理の味に馴染めないことが多かった。味や献立にはその家の「流儀」のようなものがあり、そう簡単に馴染めるものではない。挙げ句の果てに胡瓜とか果物とか好きなものしか食べない我儘を通していたので、いつも「何を食べて生きているのか?」などと言われたことを記憶する。年齢とともに「食わず嫌い」から脱却し、大学時代のサークルでは女子の先輩(80年代のこの風潮、現在では考え難いのか)らが豪華な弁当を作って文化祭の作業やレクリエーションに持ってくるので、広く多くの人々の味に馴染めるようになった。それでもなお、どこかで苦手意識は拭えないものがあった。

そんな過去からの性質をすっかり塗り替えてくれたのが、妻の実家の義母さまの手料理である。県内でも有力な漁港が近いという有利さはあるものの、刺身はどれを食べても新鮮で美味い。僕が大好物だと言ったからであろうか、美味しいエビフライをいつも揚げてくれている。添えられたちらし寿司の甘味な風が、宮崎ならではの味として身に沁みる。この日もお盆ということで寄せてもらったが、街中の感染リスクを回避して涼しいリビングでの談笑は実に楽しい時間になった。特別な観光というわけでもなく、妻とそれぞれの両親が楽しく過ごせる時間はありがたい。このお義母さまの料理の味に僕がすっかり馴染めたことこそ、妻との深い縁の証のような気がするのだ。

帰宅して「サザン無観客ライブ」のNHK特番
そしてもちろん「半沢直樹」で気持ちを上げる
味わい深い宮崎の縁に心より感謝。


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美味しい地元産鯵寿司をいただいて

2020-08-09
土曜日の買い物
昼前後に行けば鯵寿司がある
妻と母と楽しいひととき

近所の親友に勧められ、ある店の「鯵寿司」が美味しいことを知った。夕方に買い物にいく習慣がついていたが、その寿司にあり着くには早い時間帯が望ましいらしく昼前後に店舗へと向かった。今回は2度目であるが当日朝製造の品物が並び、僕ら夫婦と母も「鯵寿司」を購入できた。さらには並びにあった「本まぐろ寿司」の艶があまりにもよいのでこちらも購入。帰宅してすぐ昼食にいただくと、双方ともたいそう美味しいかった。新型コロナの感染拡大で外食も限定したお店だけというのが実情、本心では多くのお店に足を運び支援したいのだが、こうした「お家ランチ」がありがたい日々だ。

牛豚鶏を問わず美味しい地元畜産業の成果である肉、新鮮な地元産野菜、さらには日向灘の海の幸の恵み、もちろん濃厚な味の牛乳など、日常の食材の豊かさは誠にありがたいのが宮崎の台所事情である。昨年、引っ越して来た父母も、その大きな理由は良質の食材が日常的に調達できることであった。長年の東京生活で便利な買物が通例になっていたが、母は特に便利さよりも「食材の質」にこだわりを持つようになったようだ。僕自身が宮崎に移住した時からそうだが、多くの品物で「地元産」を求める。調味料や出汁のいりこなどまで、「宮崎産」であることを確かめる。この土に海に空の太陽に、育てられた宮崎産の食品。もはや都会のスーパーなどでは決して買物ができない感覚を持ってしまうほど、恵まれた食材調達環境にある。

牛乳は大量生産ではない牧場の産品を
パンも地元地域の手作り店と馴染みに
鯵寿司が土曜日の楽しみになりつつある。


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もう宮崎の梅雨は明けそうですが

2020-07-28
暑さよりも湿度の辛さが続き
蝉たちも多く鳴き出した今日この頃
ようやく梅雨明けとなるのか・・・

高木を家の庭に植えているところには、蝉が多く鳴いている。散歩しながら様々な家の様子を眺めているが、中には虫網で蝉の捕獲に乗り出しているご婦人がいらした。数匹を捕獲したところで鳴き声に大差はないように思うが、集団での大合唱には人情が動くのも分からないではない。昨年は自宅の玄関先の外壁に「空蝉」がしがみついていた。風雨にも耐えてしばらくは飛ばずにいたが、その生きる意志のようなしがみつく足の強度はたいしたものであると感心した。生きとし生けるもの、どんな自然条件の中でも生きることを前向きに全うしているものだ。

翻って、ウイルスは「自然」なのであろうか?人に寄生し変異してさらに他者に拡がり生存し続ける。その「変異」の性質が新型コロナは、実にしたたかなのであると聞く。何よりその感染力の強さは、あくまで想像的な域であるが実に生存への意志が固いようである。植物や虫や鳥たちと共存する感覚は、宮崎に移り住んでから変革した意識である。自然の一部として生きるということ、そんな感覚を意識しながらも「100年に一度」の世界史に刻まれるようなウイルスの流行に我々は向き合うことになった。都市部とは違う環境の宮崎は、このウイルスといかに向き合うことができるだろうか。

あらためて感染対策の徹底を
虫や鳥たちは変わらず元気に鳴いている
梅雨明けに遅き夏本番とはなるようだが・・・・


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自家製パン屋とスーパーコンビニ

2020-07-05
ご夫婦がその日に手作り
顔の見えない相手が大量生産
ともに買物袋は有料化したのだが

懇意にする自家製パン屋さんがある。ご夫婦で経営しその日に焼けるだけのパンを焼き、地元の愛好者に提供している趣の店である。母もたいそう気に入って日々通うようであり、パン屋のおくさまとの会話が楽しみだと云う。母に対して父は、あまりこの店のパンを食べない。どうやらスーパーコンビニで販売する所謂「大量生産」商品が好きなようだ。昨今は特に味にも工夫が凝らされているのは確かだが、僕自身はこうした商品をほとんど口にしない。同様にスーパーコンビニで販売される弁当にも、家族内における同じ図式が成立している。

大規模商業施設が一局集中で消費者を集めるゆえ、地方の個人商店を中心にしたアーケード街は所謂「シャッター通り」と化した。大企業への税制優遇に対して、消費税増税をはじめとして中小零細企業には厳しい社会が平然とそこにある。前提からして不公平な状況で、どちらを支持したくなるかは明らかである。父母も長年にわたり会社を経営してきたが、次第にWeb販売などと価格が比較され厳しい思いをした実感を持っている。もちろん僕自身は商売の経験はないが、母の商売経験から個人経営店を応援したいという意志が強く根付いている。新型コロナ禍で飲食店などは、なおさら厳しい境遇に置かれている。僕は丹念に近いコンビニスーパーよりも、自家製パン屋さんへ足を運ぶ人でありたいと思っている。

「無添加」とはなんだろうか?
コンビニ袋に入り手に下げられた食べ物のイメージ
幼少期、紙袋に入れて口を2〜3回転させるパン屋さんの所作が懐かしい。


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太陽のたまごを東京へ

2020-06-28
宮崎が誇る太陽の恵み
未だ感染が続く東京の街
宮崎に住む今を噛み締めて

新型コロナ感染拡大は新たな局面に入ったのか?全国的に経済活動の再開が促され、県境を越えた移動の緩和、人の集まる興行などが広まりつつある。宮崎をはじめ地方では新たな感染者はしばらく出ていないが、東京の感染者数はある程度の水準で下げ止まることもない。都が独自に決めていた「アラート」の基準値を超えてしまっているのではないかと窺われるが、どうも選挙などしていると新たな「警告」にはならないようだ。新型コロナ対応では、都に限らずこれまでいつでも「ご都合主義」がこびり着いてしまっているように思う。真に「専門家」と呼んでいる研究者の意見は反映されているのだろうか?などとあらゆる面で不信感が先行する。故郷でもあり親戚・親友・知人の多い東京は、誠に住みにくいことになっていやしないか。

最近は昨夏に宮崎へ移住してきた両親が、つくづく「宮崎に住んでいてよかった」と二人で語り合っていると云う。一般論として「宮崎の方が暑い」と見られがちだが、東京の「苦悶する暑さ」の中でマンションに籠っていた両親は、爽やかな自然の風が通る宮崎に住むことを心から希望していた。緑があり山も見え、そう遠くない海岸線からの海風は人に優しい。もちろん紫外線は強く交通網は不便で、多くの店が揃っているわけでもない。しかし地域の人々は優しく穏やかで心の交流もあり安らげる環境がある。僕自身の公募による赴任で偶然にも出逢った宮崎だが、両親を含めて此処に住む必然性があったとさえ思う今日この頃。母は東京に住む娘(妹)や叔母に従兄弟などにマンゴーが贈りたいと、この日は親友の専門店を訪れた。観光地たる青島にあるお店は、ようやく少しは観光客の足も戻りつつあるが、この間は厳しい状況を強いられたといつも聞いている。完熟な「太陽のたまご」はまさに名の通り、日向国の太陽の恵みである。東京へせめてこの自然の恵みが届き、不安が少しでも解消されればと願いを込めて。

観光立県たる宮崎の今後の生き方は
「いかに生きるか」を様々に問われる世情
マンゴー専門店の親友夫妻との語らいから学ぶものは多い。


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両親とうなぎを食べる

2020-06-21
宮崎の名産のひとつとして
東京でもよくともに食べた
妻の実家で行きつけの店へ

土用丑の日には早いが、夏場に力をつけるには鰻がありがたい。宮崎牛など肉類やマンゴーが目立つ宮崎名産品であるが、鰻もなかなかのもの。だが近年の稚魚の減少による漁獲の難しさなどから、あまり全国展開できない事情もあるのかもしれない。だが地元では名店の鰻はやはり定番であり、これまでに名だたるお店に大抵は足を運んできた。自宅から至近の青島には、ジャイアンツのキャンプ時に多くの選手が訪れる店もあり、特に松井秀喜さんが現在も宮崎に来ると必ず来ると云う店もある。地元の人たちは「東京と比べると」と謙遜するが、どのお店で食してもまったく遜色ないか、むしろ新鮮さが際立つ良質の鰻が味わえる。

この日は妻の実家へ僕の両親とともに行くことになり、地元のお店で鰻を食べることになった。川沿いの素朴な建物で駐車場に生簀があり、其処には鰻やら亀さらにはチョウザメ(日南には養殖場もあり特産)までが浮遊していた。素朴なお店の造りだが、テーブルにはコロナ対策でビニールシートが張られている。妻の両親が懇意にする店だということもあり、予約により奥の個室に案内された。窓を開ければ店のすぐ下を流れる川風が心地よい。メニューには鰻ばかりにあらずカレーライスや麺類もあり、地域の「食堂」という趣もまたよい。ここ日南市では「プレミアム商品券」も発売されたようで、飲食店を地域で支えて行く意識もはっきりしている。宮崎では関東に比べると醤油系が全般に甘いのが特徴だが鰻のタレも同様、これがまた蒲焼の味を引き立て話すのも忘れて美味な鰻重をいただいた。僕自身も両親とは東京の実家近くでよく鰻を食べていたが、妻の両親も含めた6人での会食は大変に楽しい時間であった。個室でも「社会的距離」対応であろうか、双方の親子が2つの座卓に距離を開けて食べたのも、後から考えると昨今の世相の賜物であったといえるのであろうか。

日南へ向かう道路から見る海の美しさ
宮崎のさらなる素晴らしさ美味しさを知る機会
活力を鰻で養いかけがえのない縁に感謝。


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親しき友らと語り合う夢

2020-05-31
週末となればの「日常」
果たして今後は戻るのか?
親しき友らと語り合う夢

こんな夢を見た。特段の理由もなく家の近所の親友に電話すると、海鮮料理の美味しい店にでも行こうということになる。双方とも夫妻でタクシーに四人で乗り込み、約15分で2000円ほどの料金を払い店の真ん前で降車する。車中でタクシーの運転手さんとは、「あの時は辛かった」とコロナ禍の真っ最中の社会情勢の話題となる。店に着いてカウンターに四人が並び、どれだけこんな「日常」が失われていたかを噛みしめるように乾杯のグラスを傾ける。その店もしばらくは休業を余儀なくされ、少しずつでも前に進まないとと再開しているが不安は拭えないと奥さんと若主人は云う。ともかくスーパーで購入した刺身を家で食べるのではない宵のささやかな宴が、夢の中でしばらくは続いていた。

コロナ以前には「日常」であったことが、今は「夢」になった。地域の親しき店で至福のときをいただき満足極まりないお金を使い、地元のタクシー会社に往復の料金を払う。まさに見える顔と顔の上で繋がる「経済」を回す一人になれない現実が辛い。僕は僕なりに大学での遠隔講義へのシフトなどで様々に辛い思いもしていたが、飲食業や観光客相手の自営業の人々が、今後の生活の不安をいかに抱いたかを肌感覚で想像する機会もなかった。だが僕はこの自らが見た「夢」から目覚めて、自分のような仕事に就いているならどんなに辛いと感じても、文句や泣き言は決して言うべきではないと悟った。給付金ひとつとっても、明日の生活のために切実に感じられるかどうか。社会と交流できなくなった実情の中、各自が各自の蛸壺に入り勝手な言い分を持つ社会でもある。せめて僕は「夢」に出て来た親友の存在があって、知るべき「社会」の現実を想像できただけでも真っ当であると「夢」から覚めて思うのである。

先は見えず不安は尽きない
僕たちはいかに「新しい日常」を創ればいいのだろうか
Webも電話もあり、多くの異業種の親友らとせめて語り合おうではないか。

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