「地方発ヒット」に学ぶ

2018-03-28
『逆算発想のものづくり』(2018年3月 日経BP社刊)
そのエキスを宮崎で頑張っている人たちにも
また新たな人の輪が拡がる

朝8時半に宮崎市内を発ち一路北上し、都農ワイナリーに向かった。昨秋の和歌文学会大会に一つ返事で協賛いただいた社長さんにぜひ直接に御礼が言いたいという気持ちも大きかった。「南限のワイナリー」として「すべてはマイナスから出発」したという趣旨のお話も聞けて、様々な苦労の上にこの美味しさが産み出されていることをあらためて知った。もともとワインは好きでほとんどが海外産を嗜んでいたが、宮崎に来て都農を知ってから積極的に地元産を愛飲するようになった。スパークリングも含めてその味は、上品で香り高い逸品なのである。工場見学を含めてあれこれとお話いただいき帰りには、『闘う葡萄酒 都農ワイナリー伝説』(上野敏彦著 平凡社)をいただいた。

その後は友だちの「ひむかBiz」センター長らと合流し、まずは美々津港へ向かう。牧水が7・8歳の頃、母に連れられて初めて見た海がこの美々津の海であった。神武天皇お船出の地としても有名であり、過去には川を使った材木運搬が盛んで廻船業で賑わった港町である。街並保護地区に指定されている古民家の立ち並ぶ景観はなかなか風情がある。何軒かの古民家を見学させていただいたが、築160年ほどに及ぶものもあって驚きである。リフォームを加えて古民家民泊にしようとする計画があるのも興味深い。ぜひゼミや短歌会の合宿で使用したらという話にもなった。その後は東郷町道の駅で「牧水そば」を食して後、「あくがれ蒸溜所」へ。牧水の短歌にちなんだ焼酎について、今後の販売方法など様々な話題について蔵の方々と談義できた。さらには牧水記念館へ向かい、ただいま開催中の「牧水母校展」も拝見。最後に日向市内の「ひむかBiz」事務所に立ち寄り、その後は宮崎空港へ友だちを見送った。

「宮崎発」の持つ大きな可能性
そして既にこの地で頑張っている生産者の方々の勇姿
そこに牧水や短歌の色付けを十分に施していきたいと、あらためて宮崎愛が増した2日間。


スポンサーサイト
tag :

自分に正直に生きるだけ

2018-03-27

心の赴くままに
好きなことをして生きる
人生は自分に正直たれ

東京から友だちが、宮崎を訪れてくれた。これで何人目になるだろうか?宮崎赴任が決まった時、「行くからね」と言ってくれた人は多いが、実際に来てくれる人は限られる。それでも昨秋は和歌文学会大会を宮崎で開いたゆえ、だいぶ仲間の研究者は宮崎を訪れてくれたことになる。研究者以外で宮崎を訪問してくれる方は、なぜか東京のあるお店繋がりの友だちたちだ。仕事も職種も違うのだが、宮崎に興味をもってくれるという好奇旺盛な方が多いからかもしれない。今回は特に、「地方発ヒットを生む」といった発想の御著書もある友だちの来訪とあって、宮崎にとっても僕にとっても嬉しい機会となった。

夜はまず馴染みのおでん屋さんへ。通りから狭い路地を入り込み、暖簾をくぐると昭和の香り漂うカウンターの向こうにおでん鍋の湯気が見える。友だちも「このままロケで使えそう」とまずはその雰囲気を絶賛。おでんと胡麻鯖などに舌鼓を打った。この店は僕が宮崎に来て初めて来た飲み屋らしい飲み屋である。カウンターの見知らぬ客同士の語らいもよろしく、こうした傾向を好むのも僕の店選びの特徴だ。その後はゼミの卒業生4名と合流し、「宮崎で生きる(特に教員として)幸福」について語り合った。4名中2名は県外出身者で、特に都市部から宮崎を選んで大学に入学し、そのまま就職した人たちである。「なぜ宮崎で暮らすのか」その問いは普遍的でもあり個別的なテーマでもある。様々な話題に及んだが、要は自分の心の赴くままに素直に正直に生きられることこそが何よりの幸福ではないか、といった楽しい語らいであった。

この語らいそのものが心の赴くままに
宮崎の空気に友だちも癒されて
交通が不便だと言われるゆえに、貴重なものが保存されているのだろう。


tag :

南国リゾートいま住む処

2018-03-25
「ブラタモリ」宮崎版
テーマは「宮崎はなぜ南国リゾートになったか?」
ほとんどのロケ地が自宅から至近の場所で・・・

TVはほとんど観ない生活をしているが、「好きな番組は?」と聞かれれば「ブラタモリ」と即答する。だが、土曜日の夜の放映ということで研究学会や歌会や様々な企画のために、真っ当に観られる回は少ない。この番組が始まった当初は、東京の下町を中心にその地形について探っていくような趣旨であったため、僕の出生地周辺の馴染みの坂道などが登場して、深い親しみを覚える内容であった。それが今回は「宮崎」が舞台とあって、かなり意識してこの日の予定は空けておいた。(もちろん本気で好きなら毎回録画をすればいいのだろうが、そこまで録画が生活習慣化していないと言っておこう)その「宮崎版」の舞台の中心は「青島」であり、僕の現在の自宅から車で10分ほどの場所である。地域連携群読劇を開催した亜熱帯植物園から番組冒頭はスタート!宮崎が「南国リゾート」になった秘密が明かされていった。

「青島」は、現在も年間90万人が訪れる一大観光地だそうだ。だが居住してぶらりと訪れるとそれほどの喧騒は感じない。実に自然が豊かで心地よい海風に吹かれる馴染みの浜である。昭和30年代には日本で結婚したカップルの4割に当たる37万人が、宮崎を新婚旅行の地に選んでいたそうである。また昭和37年には当時の皇太子御夫妻(現今上天皇御夫妻)が鵜戸神宮を訪問されたことで、安産祈願の神宮として著名になり新婚旅行ブームに拍車を掛けたと云う。また、タモリさんも「知らなかった」と言っていたが、宮崎はサーフィン天国。砂岩と泥岩の地層によって「鬼の洗濯板」などの奇岩風景が広がるのだが、そこに遠浅の海岸が相まって「サンドバー」がたくさんできることでサーフィンに適した波が来るのだそうだ。そしてまた黒潮の支流が流れ込み、また黒潮が四国に当たって反転して来た海流が交わる場所が青島。何よりこの地形が生み出した青島そのものが「南国リゾート」の原点だと云う。牧水の歌にも詠まれた「檳榔」が繁殖するその神秘の島にも、僕はいつも身近に願をかけることができるのである。

「檳榔樹の古樹を想へその葉陰海みて石に似る男をも」牧水
かの牧水も恋の成就を願ってか青島で歌を詠んだ。
人生で「リゾート」に住む経験など、そう簡単にできるものではあるまい。


tag :

水が合うまさに宮崎

2018-03-22
温泉で肌も滑らか
空気も綺麗で花粉症は改善
これぞ「水が合う」と云うこと

スギ花粉の飛散がピークであると聞く、春分の日。日暮れの時間も遅くなったと、長く寒い冬が今年は特に思い返される。それでも尚、関東からは雪の便り。あらためて、南に住んでいるありがたさを覚える。季節病とも言える花粉症であるが、宮崎にいる以上特に問題はない。今年は1月から5回ほど上京しているが、その都度の東京では常に鼻水を啜るような状況であった。それが不思議と宮崎に帰ると自然に治癒している。もちろん、薬などを服用する必要もない。

これを「水が合う」と云うのであろうか、宮崎でも花粉症に悩まされている人は多い。だがどうだろうか?関東ほどではないような印象だが、統計調査などはされているのだろうか?首都一極集中を避けるための政策が講じられているが、こうした「大気」など自然環境の問題をもっとクローズアップしてもよいように思う。久しぶりに近所の公共温泉へ。馴染みの方々と、変わらず四方山話に興じる。この方々も皆、温泉に入らないと1日が終わらないと言うほど温泉好きである。おかげで肌も綺麗で健康そのもの。健康とは環境と習慣が創り出すものである。

食生活もまた然り
5年間生活してまた若返ったかも
ありがたき宮崎の水である。


tag :

裂け目潤うヒレカツの味

2018-03-14

馴染みのとんかつ屋さん
席に座ると「ヒレですね」と
その肉汁多き潤いの絶品

自分でも特段意識しているわけではないが、馴染みの飲食店は多い。しかもほとんどが手作りでこだわりの料理を出す店というのも共通点である。そこに見ているのは、明らかに「プロ意識」ということになろうか。妥協せぬ素材の吟味、突き詰めた調理法、出来立ての奉仕、客との対話、などなどの条件を揃えるのは生半可では難しい。客としてもその「プロ意識」に呼応して、「このとんかつを食べれば、疲れが取れる」といった期待感がいっぱいなのである。それゆえ時に、店のご主人などに「この栄養で助けられました」といった趣旨のことを伝えることがある。

この日も、やや久し振りに馴染みのトンカツ屋さんに立ち寄った。席に座るとご主人がお茶とおしぼりを持ってきて、「いつものヒレで」と笑顔で一言。手作りゆえに自ずと時間は要するが、絶品に揚げたてのヒレカツがやって来る。まさに「箸で切れる」かのごとく、肉の裂け目には肉汁よろしく潤った感じの食感である。この食べる者に感動を与える料理とは何だろう?さながら「短歌をつくる」ことと同じようではと思えた。素材を選ぶ、どんな方法で調理する、見栄えや香り、そして何より対象者が食べた時にどんな感慨を覚えるか、などと他者意識が大変重要で、同時に様々な要素が求められる。「料理」をすると「達成感」が得られ、精神的にもよいと聞くが、やはり「こころ」の制御という意味では、料理も短歌も似たような要素があるのではないか。などと思いつつ「ヒレカツ」に思いを込めて、再び故郷へと向かう道すがらであった。

個人営業の店こそ「人」として生きる道
東京の喧騒が虚しく見える
故郷たる馴染みの駅に降り立つのも最後の夜となった。


tag :

山を吸え海を吸え いざ息を君

2018-03-06
花粉症の季節
東京で長年煩わしかった症状が
杉の多い宮崎で治ったと思い込んで5年

毎回そうだが宮崎空港に降り立ってターミナルビルから外へ出ると、大きな深呼吸一つ。意識しなくとも必ず身体がそのような動作をするようになった。「空気が美味しい」とは、東京生まれにとっては貴重で、幼少の頃は「林間学校」などで山の中に宿泊して初めて体験できるものであった。その美味しい環境に居住するようになって、今月で丸5年となる。さぞ自らの肺胞も、綺麗に浄化されてきたことだろう。東京のマンションに住んでいたとき、年末にベランダを掃除した際の衝撃は大きかった。窓を拭いても換気口を掃除しても、黒い煤塵で雑巾は真っ黒になったからだ。それと同じような状態に肺もなっているのかと思うと、あまりにも東京生活にはリスクが大きいと感じる日々であった。

まだ世間で花粉症が話題にならない頃、大学学部の際に京都は比叡山に行ってその症状になったのを今でも鮮明に覚えている。指導教授とともに、宿での宴会でくしゃみが止まらなくなった。指導教授と同じ症状ということには、聊か「誇り」のようなものを感じたもののやはり以後、その症状は辛かった。長年、耳鼻科で抗アレルギー薬を処方して対応していたが、宮崎に移住したらその必要がなくなった。宮崎は農業・畜産と並び林業王国でもあり、自宅・大学周辺にも杉が目に見えて多い。当初は厳しい環境かと思いきや、花粉症の症状はかなり軽減して気にならなくなった。それがこの度の何日間かの在京で、再び症状が出た。ハウスダストにもアレルギーがあるように、花粉そのものが症状を引き起こすのではなく、大気の状態が悪いのだと実感している。再び宮崎に戻って呼吸をすれば、多分症状は改善するはずだ。宮崎で花粉症の方にとっては、実に都合の良い思い込みに聞こえるだろう。旧態依然の「病は気から」派ゆえ、ご容赦いただきたい。

山を吸え山に気は澄む
海を吸え海に気は澄む
いざ息を君


tag :

活かす空き時間

2018-02-15
為せば成る為さねば成らぬ
空き時間に何がどこまでできるか?
予想と現実と・・・

先週で試験期間も終わって、大学教員は採点や評価の時期となった。講義が定時にあるわけではないので、自らの時間活用計画で行動することができる。元来が「裁量性労働」であるゆえ、自己申告で出勤・退勤を決めることができるが、それだけに自己管理能力を問われるのだと思うことも多い。現在、仕事が捗るのは間違いなく午前中、頭の回転はもとより昼までの時間をいかに長く活用するかが焦点である。そして昼食後はむしろ活動的な計画にしておき、身体的に動く作業系に向いている。夕方の沈静化したあたりで再び雑事の思考系を入れて、その後の夕食と運動かリラクゼーションの時間というのが概ね1日の目的別使用方針である。

この日は、宮崎市内中心部まで所用があった。2ヶ所に出向き公の書類申請をしなければならず、昼過ぎから夕刻の会議までで2ヶ所に行けるかどうかやや迷った。役所の書類申請には混雑状況なども関係し、一概に予測も立ちにくい。とりあえずどうしても市内でないと手に入らない申請書類を優先したが、思いの外スムーズに申請が終わり、次の目的地での申請までも可能になった。どうやら地域出張所であったり、最近はコンビニでもこうした公共の書類が申請し印刷できるようだが、僕も何となく市役所まで行ってしまう世代である。コンビニでは高額の納付を含めて、あまり公共のものを”実行”したくない感覚がある。会議へ戻る帰途、コンビニで100円の珈琲を買う余裕まであり、「為せば成る」と呟きながら大学の駐車場に到着した。

時間の使い方再検討
「いま」を生きるを悟ることより
日々を濃密に生きてこそ人生は豊かになる。


tag :

熱き濃きより温み淡きに

2018-01-09
醤油の味付けの如何・・・
そして温泉の加減やいかに?
ぬるみあわきにこの地の筋あり

両親が滞在して1週間が経った。長年にわたって東京生活をして来た両親の生活習慣と、5年間みやざきで生活をして来た自己のそれとを比較して、様々なことに気付けるのがとても面白い。例えば雑煮を母が作ったとしよう。その味付けが「かなり薄いでしょ」と問われるのだが、僕にとってはちょうどよいか、むしろ濃いほどに感じることがあった、もちろん年齢とともに減塩への意識も高めているゆえもあるが、関東と西日本の味付けは基本的に大きく異なる。特に母は雪国・新潟の出身であるから、寒さを凌ぐため余計に濃い味が基準となっている。よく生活習慣病の県別罹患数などが取り沙汰されるが、やはり東北・北陸の塩分過多は相対的な傾向として根強い。沖縄県を筆頭に南国で長寿な方が多いのも、やはりこうした味付けと気候の相乗関係から生じたものであろう。この日もみやざきは18度ぐらいまで気温が上がり、実に過ごしやすかった。血管の収縮を考えれば、負担が少ないはずである。

夕食後に両親にも勧めて、いつもの公共温泉へと連れ立って出かけた。昨年を考えるとこの温泉無くして自分の心身は正常を保てないほど、不可欠な湯治的な場になっている。その湯船の構成であるが、大きな浴槽はこの時季であれば42度ほどの湯温、そして奥に小さな浴槽があり、そこは源泉温度のままに32度ほどの湯が張ってある。僕の感覚としてはこの小さく”ぬるき”浴槽にこそ、この温泉の価値があるように常々思っている。確かに42度という「熱さ」に入るのは、刺激的で十分に温まる感じがする。だが身体の芯から十分に温めるには、32度の”温み(ぬるみ)”が実に適しているのだと痛感する。体温よりも少々低い温度で15分以上の温浴、馴染みになった地元の方々とは、この湯船でいつも談笑している。この日は父がこの湯船に浸かったが、「これはぬるすぎる」と早々に退散したということがあった。それを観ていて2つの要素を感じ取った。一つは15分間湯船に浸かるという時間感覚がないこと、東京生活の時間は数分単位で切り刻まれているのだ。もう一つは刺激の受け方、醤油味付けと比例するかのように「熱き濃き」が父の基準になっているようだ。それはむしろ僕自身が、この地の温度や味付けに馴染んだ証拠であるとも考えられた。

「温み淡き」をよしとする
これぞ角のない「まろび」の感覚
化学的に刺激的な味、人造的な湯温に慣れるのは都会の悪しき生活習慣なのかもしれない。


tag :

酔うほどにお正月こそ楽しけれ

2018-01-02
みやざきで一番の親友たちと
恒例の元日祝いは青島の地にて
酔うほどに新しき年を寿ぐとき・・・

みやざきに居住するようになって、毎年元日をともに過ごす親友ご夫妻がいる。話していて打ち解けると云うか、忌憚がないと云うか、誠に「ともだち」とはこうした間柄のことを言うのだとつくづく思う。この丸5年間のみやざき生活で随所に辛いことも耐え難きこともあったが、いつもこのご夫妻に話をすると心が解放されて元気になる。その相性にはいくつかの要素があるように思うのだが、旦那は東京出身者でみやざきを好んで移住したとうこと。また奥様はみやざき出身者であるが、東京の学校に進学し暫くは東京生活をしていたということ。常にみやざきの現在過去未来を客観的に見つめながらも、大変愛好する土地として敬意を持っているということである。そんな共通点を持ちつつ、仕事関係ではなかなか話せないことを忌憚なく話せる関係がいい。

この元日も僕自身がみやざきに来る契機となる一夜に食事をした「奇跡の店」に昼前から出向き、地獲れの海鮮を肴に新年を寿ぐ盃を酌み交わした。昨年は桑田佳祐さんの年越しライブに行っていたのでこの機会が持てずやや心残りであるほどに、この新年の酒宴が大切な位置にあると自覚できる。ほろ酔い加減よろしく暫くすると、これまた馴染みの産直市場を経営するご夫妻が来ることになった。口数の少ない旦那さんと、これ以上ないほど明るい奥様の素敵なご夫婦。話題はレコ大や紅白の「登美丘高校ダンス部」などに至り、明るい奥様は歌を歌い出し店内に響き渡る様相。最近は「集団化」した歌手ばかりが目立ち、「個人」の力量が見えないなどと語っていると、座敷のお客さんが賛同するなども。さらには二次会で名店を”はしご”して、何もかも忘れるように寿ぐ幸せな元日となった。

この日から僕自身の新たな出発も
無条件にそれを祝ってくれる気持ちがいい
みやざきの素晴らしさは人のよさなり


tag :

海に日は照る そのちからもて

2017-12-19
日向市から宮崎市へ
実に素晴らしい海の光景を観る
そして疲労回復には、ポークステーキと地元温泉へ

東京での和歌文学会例会・忘年会から引き続き、宮崎県日向市での「マスターズ短歌甲子園」の週末が終わった。この間あれこれとメールや電話でご連絡をいただいた方々もいらしたが、なかなか落ち着いて返信等もできず、すっかり失礼をしてしまっている。数日間の疲労もあり、この日は日向市でややゆっくりし、美味しい朝食をいただいて態勢を整え直した。小欄の更新も日曜日に関しては珍しく怠り、羽田空港と機内で原稿は書き上げていたが、通信環境が整った場所で管理画面から記事をアップするのを忘れてしまっていた。ほぼ365日上げない日はないので、余裕のなさを自覚する結果となった。それゆえに、日向市にて2日分を連続でアップした。

午後の講義へ向けて、日向市から宮崎市へ向けて東九州自動車道をひた走る。そこからは、朝陽がきらめくほど美しい日向灘の表情を観ることができる。水平線のまろび、天のちから、そして我が地上でこちょこちょと時に追われ、網の目の中で藻搔いている魚のようにも思えてくる。網の目を破り大きな海で自由に泳ぐがごとく、牧水先生よろしくもっと自然との親和を胸に悠然と構えていればよいなどと、この宮崎の景色からいつも教えられる。午後2コマの講義、教室に入ると不思議と疲労は忘れる。まさに自分の泳ぐべき場所だと、心身が自然に反応する感覚だ。それだけに講義後には、極端な疲労感に再び襲われた。ジムへ行こうと思いきや、「勇気を持って」断念。馴染みの洋食屋さんでまずはポークステーキで栄養補給、まだこの代物が食べられるのなら余力はあるのだろう。その後は近所の公共温泉へ。やや塩分を含んだ独特な泉質が、再び「海の恵み」として心身に力を与えてくれる。帰宅後、すぐさま就寝。何よりも睡眠がこうした状態を回復させる。静寂極まる環境がもたらす安眠も、宮崎の自然がくれる大きなちからでもある。

平常心に戻ろう
心身を落ち着いて見つめ直し
今年もあと2週間となった。


tag :
<< topページへこのページの先頭へ >> 次のページへ >>