「信じたものはみなメッキが剥がれてく」再び

2017-06-09
「虎の威を借る狐」
他の権勢に頼って威張る小人物のこと
自らの汚点は他者への非難として自らを暴く

標題とした歌詞を含むサザンオールスターズ「栄光の男」という楽曲については、以前も小欄に記したことがある。昭和の代表的な「光景」といってよい長嶋茂雄現役引退の場面を、ある男が「立ち食い蕎麦屋」のテレビで観て、人生を深々と考えるという内容である。「巨人・大鵬・玉子焼」と言われた1960年代・東京五輪前後に展開した高度経済成長期にあって、「巨人」は絶対的な「強さ」のあるプロ野球球団として多くのファンを魅了すると同時に、様々な経済効果をもたらせた。やがて1970年代になるとオイルショックとともに巨人のV9も途切れ長嶋茂雄の引退となる。その引退セレモニーで放たれた「我が巨人軍は永久に不滅です」の名言には、僕も幼少ながら心の底に熱いものを感じた記憶がある。たぶん世代を問わず、この時代を生きてきた人々にとって、あの光景は心に刻み込まれており、一時代の終焉とともに過去の経済成長を夢見る社会が保存されたのではないかと思うのである。その後の80年代バブルを受けて、日本社会は「失われた」と評される時代に突入。今もまた空吹かし全開で出口の見えない迷走を続けざるを得ない状況が、続いているように思う。

長嶋茂雄が現役引退後監督に就任した1年目、巨人はシーズン最下位に沈んだが、その1975年に11連敗という球団連敗記録があった。その記録を更新する事態に現在の巨人は陥り、とうとう13連敗に至った。少年の頃から僕も「狂信的巨人ファン」の一人であったが、2000年代になった頃から「批判的野球愛好家」に転じた。その理由はまさに「メッキが剥がれた」と悟ったからである。過去の威光・権勢・財力・球団名・ユニフォームに依存した「野球」を妄信的に応援し続けることは到底できなかった。こうした過去に抗うように、権勢などより自らの哲学で野球に挑むイチローが米国に渡る。2000年代の僕はイチローを追い掛け、WBCの興奮に酔い痴れた時代でもあった。2010年代となって既に2度のWBCが開催されたが、いずれも結果が出ず。その中にあって、代表チームを牽引すべき巨人の選手たちの影が実に薄いのを痛感する。「箱庭」の中で風向きや芝目の影響を受けない「温室」野球の成れの果て。この球団連敗記録は、単に現在の球団組織構成の問題にあらず、こうした何十年にわたる自己改革なき体質が導いた必然のような気もするのだ。憂い深いのは、この13連敗という姿が社会を投影してしまっているのではという懸念である。あらゆる力に任せた一強政治、何をしても我が威光を「正義」とする傲慢な態度。この先に「球団記録」を越える「連敗」が待っている怖ろしさ。球団は批判されれば済むが、政治はこの国という船を沈ませやしまいか。「ファン」が厳しい「批判的」な視線を向けられない組織が、頽廃するのは必然であろう。

今こそが「過渡期」なのだ
野球の真髄を観るなら今や「広島カープ」
幕末がそうであったように、大きな地殻変動は地方から始まる。

スポンサーサイト
tag :

4度目のWBCに寄せてー「野球」は社会を映しているか

2017-03-23
WBC準決勝敗退再び
「世界一奪還」などという標語が空しい
今の日本野球に求めたいことなど・・・

2013年WBC前回大会に続き、日本代表は準決勝で敗退した。しかも、06年大会で「世紀の誤審」を契機に敗退したが、失点率で生き残ったあの因縁ある「米国代表」が相手である。09年大会では同じく準決勝で快勝して韓国との決勝に進み、”あの”イチローの決勝打に結びついた。イチローといえば、今やMLBの選手の中でも殿堂入り確実で尊敬される存在である。振り返れば06年大会でもイチローは対米国戦初回に先頭打者HRを放ち、「日本代表」チームや我々ファンに「米国代表」とも対等に渡り合えるという勇気を与えてくれた存在であった。隙のない走塁、俊敏かつ堅実・強肩な守備、そして緻密な精度を満たした打撃、そのすべての要素において、「日本野球」が求めるべき理想像なのである。そしてもちろんMLBの経験を存分にチームメートに還元し、「米国」などへの劣等意識の払拭や、ライバル「韓国」と闘う姿勢を鼓舞する役割を担った。それゆえに当時の日本代表の選手たちからは、尊敬し慕われるリーダー役であったことは間違いない。この2大会連続優勝は、采配や好運という要素以上に、イチローという存在を日本球界が生み出していたことが大きかったのだと、今にして回顧するのである。今回前回の2大会で準決勝敗退が続いているのは、決して偶然ではないと思わざるを得ない状況だと思われる。

プロがプロたる所以、プロ中のプロであるか?一打一球における勝負の重み。そんな緊迫感を久しく「日本野球」では、観られなくなっているような気がする。往年の巨人対中日10.8決戦、日本シリーズやシーズン中にしても、「伝説化」するような名勝負が随所で繰り広げられていた。もしかすると稿者の思い込みで、日本野球をあまり観ていないからかもしれない。だが、こうした国際大会の際に観る「日本代表」のあり方にあまり心が踊らないのは、結果と比例して何か決定的なものが欠如しているからではないかと思わざるを得ない。勝負の結果に、「仕方ない」というのは簡単である。この日も、何人かの友人とやりとりしてこの言葉を目にし耳にした。だが敢えて緻密に昨日の準決勝を観たとき、日本の誇る投手陣が好投した中で、日本野球においての守備では名手であろう選手らの失策は、甚だ痛恨なものを感じた。なぜなら、その失策の動きそのものが、室内ドーム球場の人工芝に慣れ切った身体の為せる技だと思ったからである。箱庭の中では天候条件にも左右されず、受身でも安定して打球が守備者まで届く。だが雨と天然芝という可変的な自然環境では、自ら打球を捕球する能動的な動きが求められると思うのである。そして初回大会から11年の月日が経過するにも関わらず、ボールの違いへの適応如何を喧伝するメディア。(さらには芸能人レポーターの野球への無知。)この「過保護」な環境の延長線上に、ファンの発する「仕方ない」があるような気がしてならない。音楽を奏して一斉な掛け声をかける応援も、一つの楽しみ方であるが、やはり「野球」そのものを、どれだけ緻密に観るかというファンの次元が、その国の野球レベルを左右するような気がする。MLB現地球場でかなりの数の試合を観てきた経験からいえば、ファンは応援するチームの選手に「仕方ない」とは決して言わない。納得しないプレーには、野次やブーイングが乱れ飛ぶのを目の当たりにした。その妥協・迎合しない真に応援するファンの姿勢があってこそ、日常の試合に緊迫感が生まれる。考えてみれば、畏敬すべき自然を感じない箱庭での様々生活や教育、「仕方ない」と政治にも社会にも向けられる諦めの視線。嘗てON時代の野球が「昭和」の「気分」を映していたのと同様に、「日本代表」の姿は現状の社会を映し出しているのかもしれない。

ついつい長くなってしまった
野球ファンとして、では何をするかを考えたい。
日本代表が国内で、天然芝の屋外で実施した強化試合は宮崎だけだったと中継が伝えていた。
tag :

アンチテーゼの美学

2017-03-16
「反対の意見。対立する理論。」
({ドイツ}Antithese )
(『日本国語大辞典第二版』見出しより)

小中高大そして就職しても暫くは、熱狂的な巨人ファンであった。父が長嶋茂雄さんの大ファンであり、監督解任時には一夜にして某新聞の購読を断ったことは、我が家に鋭敏な理性があると子どもながらに印象的な出来事であった。「巨人ファン」であると必ず「俺はアンチだ」という人と出会い、その反論を聞かされることも多かった。特に大学生になってからというもの、そうした先輩後輩友人がたくさんいたが、なかなかその感覚に流れることはなかった。それが面白いことに、現職教員をしながら大学院に再入学し研究を始めた頃から、まさに自らがその「アンチ」の考え方なのだと自覚するに至った。もちろんそれは「研究」という立場は、「反対の意見。対立する意見。」を述べることが前提で成り立っているからであろう。冒頭に記した『日国』の第二項目には、「テーゼ(定立)に対する語。特定の肯定的主張に対する特定の否定的主張で、・・・」とある。ある意味でこの立場がなければ「肯定的主張」も成り立たなくなるのが哲学的理論である。だがしかし、学校空間では特にこの「否定的主張」を堂々とできる機会が妨げられているのではないかと思う節がある。今でも横並びで足並みが揃うことを美とする、閉塞的な考え方が跳梁跋扈していることがあるように思われる。

先日来、開催されているWBCの試合を観ていても、同様な「アンチテーゼ」の自覚が今回は特に強い。06年09年のイチローが参加した2回の大会に関しては、かなり入れ込んで「日本代表」を応援していた。それでも尚、球場に行ってスコアブックをつけたりしながら、冷静に分析しながら観戦していた自負はある。そのお陰で、球場の席が近くであった実に野球界に精通したLA在住の友人もできた。あの付和雷同的で集団的な”バット型メガホン”を掲げて音楽に合わせて一斉に同じ動作・掛け声を放つ行為を、「観戦」とは見なせない感覚がある。「野球」の真髄を見極めるのではなく、その「応援集団」に属することに安心感を覚えるような気分。投球や打球への”歓声””悲鳴”といった反応が、明らかに日米の球場で大きな差があることに気づいてしまったのだ。幸いにも全勝で、1次2次ラウンドを抜けて準決勝に進出した「日本代表」である。選手たちがその力を存分に発揮したゆえの結果であるが、投手継投を中心に首脳陣の采配への不安は大きい。試合をTV観戦するたびに、ある種の「アンチテーゼ」を弄した感覚を起動させながら、それを観ている自分がいる。こんな話題を、今夜は親友の落語家さんと懇談することになっている。

「俳諧は元来和歌に対するアンチ・テーゼとして発生すべきものだった。」
(俳句の世界〈山本健吉〉日本国語大辞典第二版 用例より引用)
「対立する理論」を封じ込めるような言動は、自らの存在を危うくするのである。
tag :

「自分からしか見えない景色」を尊重するために

2017-03-09
「この地球の中で、その瞬間に占有していて、同じ時間、同じ空間に
 ふたりの人間が存在することはできません。つまり、その瞬間、
 そこから見えている景色はあなただけのものだということです。」
(宮崎日日新聞2017年3月6日「客論」欄・永山智行氏の文章より)

WBC日本代表は、第2戦対オーストラリアも4対1で勝利した。TVの実況アナが語る言葉の中に「チーム一丸となって」とか「選手が心を一つにして」といった類の成句をよく耳にする。これは野球の試合に限らず、他のチーム競技でも同様であり、また6年前の震災後などにも同様の言葉がよく喧伝された。「一つになる」という類の言葉に、ある種特異な反応を覚えるのがこの国の民であると、その都度考えさせられる。もちろん「野球チーム」の成員が個々に勝手な行動をしていては、「チーム」として成り立たないのは自明である。だが少なくとも「日本代表」というその道の最高峰の集団であればむしろ、「個々の選手からしか見えない景色」が集合し錯綜し化学反応し合うことで、「今まで決して見えなかった景色が見える場所」まで、登ることができるのではないかと思うことがある。現に06年09年WBCでのイチローの存在は、そうした典型的な「個」の存在であったのだと僕は確信している。ここ2大会の「侍」と呼ばれる「日本代表」に、何かが足りないと感じるのは、こうした光り輝く「個」が見えないからではないだろうか。

冒頭に引用した文章の書き手である永山氏とは、先月も日向市の小学校で演劇ワークショップをともにした。彼のワークショップはまさに、子どもたちの「個」からしか見えない景色を尊重する内容であった。永山氏は劇団を主宰する演出家であるが、「苦手な相手」は「『わかりました。がんばります。』という従順な俳優」であると云う。それを受けて「従順で何かに従おうとする人は、『正しいと思われる誰か』の視点にがんばって合わせることで、自分からしか見えなかったはずの景色を捨て、結果的に、多様な視点が社会に生まれる機会を棄損していくのです。」(前掲「客論」より)とも書いている。さらには「そんな従順な人の多くが、真面目ないい人で、会社の方針、マニュアル、権力者、そして空気、そんなものに黙って従うことに罪が含まれているとはまったく感じないままでいるということです。」とも云う。そう、「従順」なことは「罪」なのである。こうした意味で僕も、ゼミ生たちには特に「自分の意見を言う」ことを強く求めている。彼ら個々が「自分からしか見えない景色」に学生時代に少しでも気づき、その「個」をもった教員になってもらいたいと願うのである。「従順な教員」こそが、いつしか取り返しのつかない「罪」を蔓延させていくことを恐れるがゆえである。

「わからなくとも、がんばらなくてもいいから」(永山氏前掲記事より)
高度経済成長期、昭和のONのように野球は社会を映す鏡でもある
僕がMLB「BaseBall」に魅力を感じる理由をあらためて認識している。
tag :

17年WBCテレビ観戦に思う

2017-03-08
球場に足繁く通っていた
今はキャンプ地の住民に
通算4回目のWBCをテレビ観戦して

もう11年前のことだ。まだ「侍」などとも呼ばれていない頃、イチローを擁する日本代表が、一次ラウンドで韓国に2対1の僅差で負ける試合を東京ドームで目の当たりにした。かろうじて二次ラウンドへ進出した日本代表は、米国戦でイチローの先頭打者HRに奮い立ち、勝てる可能性ある試合であったが「世紀の誤審」で犠牲フライの得点が認められず、試合の流れを掴めずに敗退。当時の王監督は「野球発祥の国で、このようなこと(判定)があってはならないことだ」と会見で心境を吐露した。その抗議の際の迫力と闘魂こめた眼差しによって、むしろ選手たちにも火がついたのだろう。メキシコが米国を僅差で破る波乱によって、日本は準決勝に進出し再び韓国と決戦を交えて、東京でのリベンジを果たした。決勝もキューバと壮絶な闘いとなったが、終始、優位に進める展開で第1回目の王者の座を手にした。

09年はWBCといえばこの場面、決勝韓国戦でイチローの中前適時打で2点を勝ち越し延長戦を僅差で制して2連覇を果たした。僕はその歓喜に沸くドジャースタジアム(米国LA)で、その光景を目の当たりにした。仔細に書くならばこの観戦に至る経緯には様々な波乱が僕の中にはあるのだが、それは心のうちにしまっておくことにしよう。いずれにしても第1回第2回WBCへの思い入れは半端ではないものがあった。もちろんこの2大会の記念DVD資料は、今も自宅に大切に所蔵している。第3回大会は、ちょうど僕が宮崎に赴任する春であり、引越先の手配や車の購入手続きなどをしながら、日本代表キャンプを観覧するという機会に恵まれた。もちろん東京ラウンドの試合は、日本代表戦のみならずすべて観戦した。結果は周知のように、あまり納得がいかない試合展開での準決勝敗退であった。

そのWBCの4度目の大会が、昨日から始まった。事実上、初めてともなるテレビ観戦をしたが、だいぶ参加国の野球事情も変わってしまったように感じた。MLB選手となることが解禁されたことの影響もあるのか、キューバ代表は過去のような繊細かつ力強い野球は影を潜めてしまった。また他の組で地元開催一次ラウンドを闘っている韓国代表は連敗し、二次ラウンドへの進出も絶望的となった。オランダ・イスラエルなど新たな国が力をつけてきた反面、第1回第2回大会の活躍を契機にMLBに選手を供給することになった国々では、「代表」チームが自ずと弱体化していることが否めない。「日本代表」も例外ではないが、MLB球団に所属する選手たちは、「チーム」を最優先して「代表」には入らないという傾向が強いからだ。

かくいう僕自身も、03年頃からはほとんどWBC以外はMLBの野球ばかり観戦している。折あるごとに複雑な心境になるのだが、思うに、やはり「日本野球」がどのように変わっていくかという課題が突きつけられながらも、この10年間で大きな変化がないとも言えるのではないだろうか。メディアは「世界一奪還」などと仰々しい言葉で「日本代表」を鼓舞するのだが、4年ごとの国際大会でその都度考えるべきは、「優勝」といった栄誉のみならず、このくにの社会で「野球」をどのような方向に位置付けていくかを、真摯に考える機会であるように思えてならない。

箱庭の人工フィールドでの野球
日米の差は、力というより理念の差であろう
凡打にも大きな歓声が沸く大衆迎合的な環境が、このくにの「今」を映してはいないか。
tag :

「ひとつ」に集中すること

2016-10-26
守備位置で前の打席を悔やんだり
打席で投球に集中せず考え過ぎたり
いつでも眼前の「ひとつ」に集中する準備ができていること

野球シーズンも大詰めで、日本シリーズでは白熱した試合が展開されている。いずれもシーズン前の下馬評では決して優勝するとは思われていなかったチームが、逆転勝ちや堅実な勝利を重ねて、どちらかというと金に任せて選手を漁るチームらを蹴散らしてきた図式があって、ある意味で興味深い。接戦において最後に勝利に至るには、何が必要なのかなどと考えることがある。僕も曲がりなりにも野球経験があり、また教員時代はソフトボール部の顧問・監督を長年務めた経験がある。特にベンチにいる際などは自分の思い通りにはならない中で、生徒たちが「勝ちたい」という気持ちが強いとむしろ緊張して逆転されたりすることもしばしばであった。そんな経験から、特に「素人」の場合はそう思うが、「後悔を引きずったり先のことを考え過ぎない」ことが何より肝要であるということを学んだ。「プロ」でもそのような「邪念」が見えるときがないわけでもないが、冒頭に記したような「後先にこだわる」姿勢であれば、なかなか結果を残すことは難しい。

王・長嶋以来の稀代の天才野球選手であろうイチローは、どのような状況であろうとも、常に「準備」ができているという姿勢が、今季改めて結果を残している要因である。全盛期に米国の球場で彼のプレーを何度も生で観戦したことがあるが、彼は走攻守のどの場面であっても、そうした「邪念」がないように見受けられた。野球ファンなら誰しもが胸に刻んでいるであろう、09WBC決勝の韓国戦での決勝打の打席では、さすがにかなりの重圧があったと後に述懐しているが、やはりあの緊迫した場面で結果を残せたのは、眼前の「一球」に集中できたからだ。自分が打席に入る状況を頭の中で思い描き「もう一人の自分」が「実況中継」することで客観視して、精神を落ち着けたと漏らしている。その結果、何球もの「決め球」をファールして粘り尽くして、投手が根負けするまで追い込み、最後には痛快な中前打を放ったのである。大会を通して決して打撃が好調ではなかった過去や、そこで打てなかったらどんなに叩かれるかという、不安な未来を捨てきれてこその快打なのであった。

今日の仕事、今日の授業、今日のコミニケーション
その「ひとつ」に集中できなくて何かあらむ
今日は附属中学校で研究授業者として「ひとつ」に挑む。
tag :

MAXのみを讃えること勿れ

2016-10-17
日本球界最速という165Km
メディアもファンもこのMAXを讃えるが
この大谷投手の投球で見るべきものは・・・

野球シーズンも大詰めを迎え、いよいよ日本シリーズ進出チームが出揃った。2000年以降は特段、日本プロ野球に贔屓チームはないが、宮崎に来てからというものこの地に”腰を据えて”キャンプを張るチームには注目する気持ちが強くなった。宮崎をキャンプ地にするのみならず、地元九州の選手に注目してスカウトをしている編成などを見ると尚更、興味が湧くものである。セ・リーグ優勝のカープは日南をキャンプ地とし、12球団1の練習量を誇る。一方、王会長への敬意もあるが、ホークスには地元宮崎出身のエース・武田を擁する。シーズン中盤までは、この「広島×福岡」という西日本対決を予想していたが、ホークスの失速のみぎり躍進して来たのが北のファイターズであった。昨日はテレビ映像ながら試合を観戦していて、やはりファイターズ躍進の原動力となった大谷投手の投打に自然と注目する結果となった。

彼は指名打者で試合に出場していたが、9回のマウンドにクローザーとして上がった。そしてメディアが喧しく伝えているように、「日本球界最速165Km」の投球記録を塗り替えた。もちろんその球速はMLBであっても圧巻の投球であり、これまでの速球投手の企画からすると型破りである。だがしかし、対打者という観点から見ると決定的なのは「最速」ではなく、150Km前後の変化球であると痛感した。時に140Km台後半のスライダー、そして150Km前後のスプリット(テレビ中継のアナウンサーは「フォーク」と呼称するが、これこそ「スプリットフィンガー・ファーストボール」の約でこう呼びたい。)である。打者からすると、ほぼ速球が来たように見えるところから微妙にスライドしたり落ちたりする。この日の試合でホークスの選手たちも「最速」はファールにする機会も多かったと見受けたが、この変化球に空振りをさせられる場合がほとんどであった。何事も「最高・最速・最高値」などをよしとする、過当競争社会の価値観から抜け出せない発想には、誠に危うさを感じざるをえない。やはり大谷投手の場合も、速球への注目のみならず変化球の精度と制球こそが生命線であることを、評価すべきではないだろうか。

強引なだけでは通用せず
「最高」狙いの思考が地球規模で限界を迎えている
やはり「柔弱」の剛たる発想を目指さなければならないはずであるが・・・
tag :

基本に忠実・地道さが最後に勝利を呼ぶ

2016-09-11
広島カープ25年ぶりのセ・リーグ優勝
日本プロ野球で久しぶりに観た”野球”
球団が選手を育てるという地道さに見習う

ゴロのバウンドが取りやすい位置まで反応し、膝を曲げ堅実に腰を低くして捕球。そして一塁送球をすると、ベースに触れてしっかり伸ばした脚の一塁手が捕球し試合終了。その瞬間、広島東洋カープの25年ぶりの優勝が決まった。単なる「優勝の瞬間」と観るのは簡単であるが、遊撃手・田中の打球処理と一塁手・新井の捕球姿勢に、その強さを見た気がした。あと1アウトで優勝ともなれば、多くのチームや守備をしている選手なども浮わついた気持ちになることが多い。だが広島というチームは、ベンチの選手・首脳陣を含めて、そんな雰囲気がまったく感じられなかった。あくまでどんな時でも、基本に忠実なプレーを貫いていたように僕の眼には映った。人工芝に甘んじた守備姿勢が目立つ日本の内野手なら、ともすると安易な位置で腰が高いまま打球処理に及んだり、また一塁手も捕球位置へ足を運ぶことのない、怠慢なプレーを見せられると、1試合1球が勝負だと思っている身としては、誠に深い幻滅を感じてしまうのであるが、広島カープというチームはそうではなかった。

宮崎県・日南市でキャンプをしている広島東洋カープ。一度キャンプを訪れてみたいと思いながら、なかなかその機会に恵まれないでいる。宮崎市内では財力のある2球団がキャンプを張り、施設や観客動員数にも恵まれているが、噂に聞くところによるとカープのキャンプは実に選手とファンの距離が近いと云う。またその厳しい練習も有名で、練習時間や内容を含めて12球団で随一の「練習」を素朴な施設でこなしているとも云う。いわば、財力のないチームが如何に戦力を整えるかという”お手本”のようなチーム作りを、体現したということであろう。ドラフトで獲得した選手を、基本に忠実に地道に育てるということ。この簡単そうで各球団が実現していない理念を、確実に実行してきた結果といってよい。そしてまた、MLBや財力人気球団へと一度は移籍した選手が、巨額の年俸を蹴って再び帰ってこようと思う球団であること。その黒田や新井の姿勢は、移籍中の威光を切り分けるというものではなく、広島カープのチームに適したプレーを地道に行っていることにある種の感銘を覚える。昨晩の試合で黒田が打席に入り、何球もファウルで粘り続けて相手投手の投球数を増やし、精神的に揺さぶりをかけたプレーなどはまさに秀逸である。日本に帰ってきて「俺はMLB」という”顔”をしてプレーしている選手が大半の中で、ファウルを打つことで手指が痺れて投球に支障が出るリスクを超えて、チームに貢献しようとする献身的な姿勢の黒田がいることが、広島カープの強さであるように僕には見えた。

地方に移住した視点で観たプロ野球
基本に忠実・地道に粘り抜くこと
いまの「日本社会」が見失っていることを、”広島”カープが実現している。
tag :

失敗を恐れず動きながら考えるー偉大な打者の考え方

2016-06-18
どんなに優れた打者でも
6割〜7割が失敗である
「正解」「完成」「無難」に囚われること勿れ

昨日の小欄で話題にしたイチローは、数々の名語録や特徴的な行動が知られている。「笑われてきた・・・」と同様に、「打撃においては6割〜7割が失敗である」といった趣旨のことも随所に発言してきている。その「失敗」に対して「恐怖」を抱いていないわけではあるまい。例えば、09年WBC決勝で中前2点適時打を放つ前に打席に入る折には、「ここで失敗したら、今までの野球人生で積み上げてきたものをすべて失う。」といった「恐怖」を感じていたと後のインタビュー番組で述懐している。イチローの前打者であった川﨑宗則に「お前が打ってすべて(英雄としての功績を)持っていけ。(自分にこの好機で打席が回ってこないで欲しい。)」と心の中で願ったとも云う。その「恐怖」は、MLBのシーズンが始まった際に胃潰瘍を患ったことが端的に物語っている。あれほどの偉業を成し遂げた選手であっても、「失敗」に対しては絶大な「恐怖」を感じているのだ。いやむしろ、その「恐怖」とどのように付き合うかという点において長けているか否かが、総合的に偉人になるか凡人に終わるかの瀬戸際のようにも思える。

プロ野球選手でも、打撃の不振を引きずりその後の守備で精彩を欠くというケースを目にすることがある。だがイチローに関しては、1度たりともそのような光景を見たことがない。それは単に「切り替えが早い」という問題ではないように思われる。「失敗」が即座に分析できていて、そこにこそ「成功」への光明が見出せるという習慣があるからではないだろうかと、僕は考えている。換言すれば凡打を凡打で終わらせることなく、その積み重ねから「成功」を導き出しているのだ。4257安打の陰には、10000本を越える凡打が存在する。それを裏付ける行動として、イチローのフォームは常に更新され進化し続けている。フォームにおいて「正解」「完成」があるわけではなく、ましてや「無難」なフォームを選び取ろうとはしない。まさにイチローのフォームは常に「旬」なのであり、それを築き上げているのは7割の「失敗」なのである。できるかどうか?と「失敗」を恐れて躊躇して行動に及ばなければ、人生何事も得られない。固着し停滞することなく、動きながら考えてこそ前進する光明が見えるのである。

頭だけで考えてはいけない
「今」の自分が出せるものから表現し始める
「失敗」もしない人生など、楽しいはずはないのである。
tag :

「人に笑われてきた悔しい歴史が・・・」イチローが登る階梯

2016-06-17
「子どもの頃から人に笑われてきたことを
 常に達成してきているという自負がある。」
「小さいこと」を重ねた4257安打の意味

僕の家の和室床の間に併設した棚に、1枚の色紙に書かれたサインがある。紙面の比率にしたら大変小さな文字で”Pete Rose”と記してある。それはまだ僕が中学生の頃のことだ。「日米野球」が日本シリーズ後に開催され、MLB”Cincinnati Reds”が来日した折に、宿舎であるニューオータニまで早朝から駆けつけ、試合に向かうバスに乗り込んだ当人から、窓越しに記してもらったサインである。僕自身が今でも野球に深く魅了されている原点の一つに、そのサインが燦然と輝いている。やや前屈みでバットを寝かせた変則なフォームでヒットを量産し、塁に出ればヘッドスライでイングを敢行し、三塁守備も躍動的な動きであるその選手が、MLB最多安打の張本人なのであった。当時の「日米野球」では、その個々の実力の差は明白であり、あらゆる点で日本選手は桁違いのメジャー選手には到底及ばないという印象を強くした。同時にやはりBaseBallたるやMLBにこそ真髄があるという感覚が、僕の心に巣食ったのを鮮明に記憶している。あれから何年が過ぎたであろうか。イチローがMLBシーズン最多安打を記録した2004年頃より、僕も機会あるごとに渡米し彼の試合観戦を重ねてきた。シアトルの街そのものが好きになり、街のファンの方々と随所でイチローの偉大さについて会話した思い出がある。野球好きな父とともに、そのシアトルを訪れ、ライトスタンドから背番号「51」を追いかけたこともあった。そしてまたアリゾナキャンプでネット越し2m以内で、その肉声を聞いたこともあった。何より09WBC決勝・ロスアンゼルスで眼前で観たイチローの勇姿は、人生の記念碑といってもよいだろう。

「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道」というイチローの名言は、僕にとっても座右の銘たる価値がある。「今現在」の「小さな」ことからしか、人は歩めないのである。そして今回の日米通算最多安打更新にあたり、イチローは冒頭に記したような趣旨のコメントを残した。彼は子どもの頃から「プロ野球選手になる」と明言しては周囲に笑われた。「プロ野球選手」が実現したのちも、「あの打撃フォームではプロでは通用しない」と指導者や評論家は無責任に嘲笑い突き放した。渡米後も「首位打者になる」と言っては周囲の失笑を買った。だがどんなに苦しんでも、彼は常にその「笑われたこと」をバネにして有言実行を貫いてきてこの日を迎えたわけであろう。09年WBCで最後に英雄となったイチローであったが、日本で開催された1次ラウンドでの不振の折には、どれだけの心無い観戦者が嘲笑っただろうか?大会後に胃潰瘍を患うほどに、彼は誠心誠意自らと闘っていたのだ。「笑われる」ほど挑戦的であってこそ、人生の新たなステージが開拓されて行くわけである。ピート・ローズに始まり眼前のイチローに至るまで、様々な思い出が僕の中で逡巡しつつ、この日のライト線への痛烈な快打を、僕は万感の思いでテレビ映像で観たのであった。そういえば僕自身が高校3年の時に、学級担任との進路に関する三者面談で「大学教授になりたい」と発言したことがあった。遠回しな表現を担任教師は口にしたが、本心では彼に「笑われた」と僕はその時察知した。「あの時」から受験勉強、学部での学び、教師となっての苦労、院試再挑戦、現職教員と研究の両立、博士論文提出までの苦闘、幾多の公募不採用を経て僕の今現在があるのだ。

「日米通算」を嘲笑う者がいるかもしれない(記録更新をされたローズ本人を含めて)
42歳とは決して思えない身体能力が、新たなる階梯をどこまでも登って行く。
イチローが闘い続けるなら、僕も今現在できる「小さいこと」を無限に追究することを誓おう。
tag :
<< topページへこのページの先頭へ >> 次のページへ >>