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新しい力を生み出す宮崎

2023-11-20
「アジアプロ野球チャンピオンシップ」優勝
若手を中心にしたチームが宮崎から始動して
今後のプロ野球や日本代表を支える期待の選手たち

「世代」に名称をつけて固執した見方をする世の傾向には、以前から注意しなければならないと思っていた。最近では「Z世代」、かつては「ゆとり世代」、該当する世代が全てその傾向を示す訳ではないのに偏ったり穿った見方をしてしまう訳で、いわゆる「レッテル貼り」をしてイメージダウンを狙う政治的戦略のようで好きではない。昨今は特に学校において「厳しい指導」ができないことも指摘されており、学習でも進路でも部活動でも多様な変化の兆しが報告されている。それだけに若い世代が、僕らの世代までを通して納得する活躍をしてくれることには、甚だ嬉しく喜ばしい気持ちになる。昨夜の「アジアプロ野球チャンピオンシップ決勝・日本対韓国」を観ていてそんな思いを深く抱いた。

今年3月のWBCの感激には、今でも胸を熱くする。次回WBCは2026年、来年はその中間年に開催される「プレミア12」、2028年のロス五輪では「野球競技の復活」も決定している。そんな次世代の日本代表の姿を占うのが、今回の主に23歳以下を主体としたチームである。新生・井端監督が率いることになり、大会に先立って宮崎で合宿も行った。なかなか仕事の都合で観にいくことは叶わなかったが、昨日の試合を観ていると投手も野手も実に躍動する選手が目立っていて今後にも大きな期待が持てた。WBCの感激はいつも「宮崎から始まる」のが通例、野球好きな僕がこの宮崎に住むようになった運命の糸の一端は「WBC」にあるのかもしれない。試合終了まで行われたTV中継を観て、試合後には親しくなったあるプロ野球OBの方から「勝てて良かった」とメッセージをいただいた。

再び日本代表がキャンプに来るよう
そして各球団のキャンプで若手を観よう
新しい力を生み出すのが宮崎である。


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高校野球の新しい姿ーあの決勝から34年目の夏

2023-08-24
甲子園のベンチにいたかもしれない人生
新米教師3年目に抱いた将来像
「ああ 栄冠は君に輝く」

夏の甲子園決勝の仙台育英、この光景には並々ならぬ人生の感慨を抱く。1989年第71回全国高等学校野球選手権大会決勝は、東東京代表・帝京対宮城県代表・仙台育英の一騎打ち、その際の3塁側アルプススタンド帝京大応援団の引率教員として僕は熱い時を過ごしていた。結果、2ー0で帝京が初優勝、「白河の関越え」と騒がれた仙台育英の初優勝を阻んだ。あの夏から遥か34年目の甲子園の決勝である。右も左もわからず教師になって3年が経過した頃、僕は少年時代からの野球への情熱が再び燃え上がっていた。一教員ながら野球部の合宿に帯同させてもらったり、日曜日の関東圏の強豪校との練習試合にも連れて行ってもらっていた。ちょうど野球部コーチを同期の教員が務めており、彼との意気投合も野球部に身を寄せる大きな要因であった。「甲子園優勝」の感激を味わってしまった僕は、密かに人生の将来像を抱いた。いつの日か「部長(引率教員)」になって甲子園のベンチに入り、そして再び「優勝」を味わってみたいという夢である。その後、約10年間の同校での教員生活でその夢が叶うことはなく、僕は再び文学研究を志すため大学院への門を叩いた。現在の職業に就けたのも、この岐路における決断のためである。

昨日の決勝は、神奈川県代表・慶応が107年ぶりの優勝に輝いた。試合後の監督インタビューで「高校野球の新しい姿」という表現が聞かれた。前述した経験を経て、僕なりに「高校野球」とは何か?という大きな問題意識も常に持っていた。選手宣誓の際の怒鳴り口調、監督に隷属的な選手のあり方、その象徴としての坊主頭、外からは「爽やかに見える光景」が実は多くの問題を含み込んでいないか?理論上は明らかにセーフの確率が下がる一塁へのヘッドスライディングに顕著なように、世界を目指す野球になっていない要因が讃えられる矛盾にも疑問を抱いていた。もし僕が高校野球に関わってしまっていたら、眼には見えない「高校野球のもののけ」と闘って討ち死にしていたかもしれない。ゆえにこれまで甲子園を観る僕の心は、いつもある種の葛藤を抱えていた。しかし昨日の決勝で対戦した2校、慶応と仙台育英の野球に向き合う姿勢には「新しい姿」が存分に見られ好感が持てた。やっと選手たちがまさに主体的に「野球を楽しむ」ことができるようになった。今春のWBC優勝でも明らかだが、監督が選手個々の個性を大切にしてこそ野球チームとして輝くことを忘れてはならない。ゆえに慶応の監督さんから「選手がよくやってくれました」というよくある「高校野球コメント」は聞かれなかったように思う。「よくやってくれた」という趣旨には、どこか監督主導の隷属性が感じられるからだ。ここまで来るのに「平成」の時間を全て要したということだろうか?決勝の野球にある種の納得を覚えつつ、34年間の僕の生き方も間違ってはいなかったという思いに至った。

母校大学のライバル校ゆえに応援歌が歌えたり
新しい時代を模索してこそ「陸の王者」であろう
あらゆる分野で「世界に認められる」ために旧態から脱皮せねばなるまい。


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重い荷物下ろして時には・・・

2023-07-30
かの大谷翔平でもふくらはぎのけいれんを
心身ともに疲労し大事になる予兆との声も
誰しも背負うものがあるのだが時に荷物を下ろしては

毎日のニュースの中で「大谷翔平さん」についてのものが、唯一の楽しみとも言える。猛暑と地球的規模の温暖化、戦争や威嚇に連なる国家間の緊張、家族が絡んだ殺人、水の事故に物価高、いずれも人々を不幸に貶めるようなニュースがあまりにも多い。せめても翔平さんの次元の違う夢のような活躍で元気を貰いたいと思う向きは多いのではないか。先日はいわゆる「ダブルヘッター(1日2試合)」で1試合目完封勝利、2試合目2打席連続本塁打という信じられない活躍が話題を呼んだ。しかし、その次の試合でふくらはぎのけいれんのため、好機に代打を送らねばならない状況が見られた。さらに2試合連続でこの症状を訴えており、WBC以降ほとんど休んでいない疲労の蓄積で大きな怪我につながらないかと心配が寄せられていると云う。

MLBで活躍が著しいもう一人が吉田正尚さんだ。首位打者争いを演じるほど3割2分に近い打率で新人王の呼び声も高い。その起用の傾向を見ると、チームとして「疲れが見えると先発を休ませる」という明らかな方針があるようだ。ちょうど今現在行われている試合は「2試合連続無安打」を背景にベンチスタートとなっている。彼自身の意志というよりチームがそう決めているようだが、この休養によって再び高打率へ安打が量産されているようにも見える。日本人の感覚からすると学校などでの「皆勤主義(休むのは悪)」とする考えに引き摺られることが少なくない。しかし休養こそが明日のために必要だと合理的に考えるべき時代ではないのか。もちろん翔平さんが強引に出場していると責めるつもりは毛頭ない、ただでさえ破格な活躍ゆえに休養も必要なのではないかと親身にして思うのである。などとMLB選手の心配をしつつ、自らも心身ともに疲弊してはいないか?ということも考えた方がいいかもしれない。

頭の中に余裕が欲しい
重い荷物と感じるものは下ろしてもよいと思うことだ
翔平さん・正尚さんの活躍から多くを学ばねばなるまい。


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駆けぬけて一塁

2023-07-08
どんな打撃の結果でも一塁は駈けぬける
まずは眼の前のひとつにちからをそそぐ
講義・出張準備・授業研究・会場準備へ

高校教員としてソフトボール顧問・監督をしていた頃、野球経験はあっても最初は指導にあれこれと戸惑った。だが次第に自分なりの考え方を、どのように指導していけばよいかが掴めてきた。そんななかで「どんな打撃の結果でも囚われずに一塁まで駆け抜ける」ための反復演習をよくした。さらに言えば、「駆け抜けたのちに振り返り現状を読む」まで動作を反復するのである。現在は競技に取り組む性差も取り払われてきたが、当時は少年野球の経験がない女子高生には、この基礎基本を理屈ではなく動作として反復練習をしておくことが肝心であった。僕自身がソフトボールに向き合い信念としていたのは、そのあらゆる経験を人生の随所に活かすことができるということだった。キャッチボールなら相手がグラブを構え取りやすい所を狙って投げてあげる思いやりがあれば、守備機会のエラーは起こらない。社会には自分のボールばかりを相手が構えていない場所に無闇に投げる輩がいるが、部員たちはこのキャッチボールの心得を学ぶことで人生でも配慮ある言動で生きることができると信じていた。

前述のような指導は、もちろん僕自身が人生で活かしている要点でもある。昨日は「どんな打撃結果でも一塁までまずは駈けぬける」というような1日を過ごした。朝からは次週月曜日に東京出張を控えているため、講義のオンデマンド教材を設定し学修支援システムに上げるまで駆けぬける。もちろん前週の講義レポートには、すべて一言のコメントを打ち込むまで駈けぬける。昼休みは出張の事務的な確認と学部長との打ち合わせまで駈けぬける。すぐさま附属小学校で行われる授業研究会へ向かうため安全運転で駈けぬける。小学校6年生の物語の授業を参観し諸々の気づきを得るために駈けぬける。終了後は小学校校長と前教頭と、授業についていささかの語り合いを駈けぬける。大学へと引き返し、本日開催される「教師未来セミナー」の会場準備に駈けぬける。もっともこれは担当の先生と事務の方々が会場を整えてくれていて、明日の対談やグループ活動への位置確認などをするわけで、「四球で一塁に歩いた」印象であった。誠に周囲の方々のご協力には感謝の思いを尽くすことに駈けぬける。かくして仕事を終えて18時30分、まだまだ駆け抜けたい査読などの仕事はあったが、この日はこのあたりで打ち止め。七夕の夜空を見上げつつ、昼休みに電話注文したアジア料理のオードブルを妻とふたりで味わう宵を駆けぬけて試合終了。

まずは走ってみて状況を見定めること
ボールを転がせば何かが起きるはずだ
一塁まで駈けぬける、一流選手が普通にやっていることである。


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分業分担と投手のロマン

2023-04-13
完全試合の可能性を残しての投手交代
中継ぎ・抑えという投手の分業分担という発想
異分野融合という複合新領域が求められる時代に

朝一番で非常勤先の今年度初授業、新たな学生たちとの出逢いが新鮮である。非常勤の仕事は単に専門分野の分担というよりは、自らが教えることの相対化にもつながる。多様な対象に向き合い、どのように学生の資質・能力を伸ばすかが自らに問われているからだ。このような意味で中高をはじめ様々な教育の場を経験してきたことが、大いに役立っている。また研究分野においても「文学」「国語教育」の大きな分類二分野の業績があるため、双方に対応することができる。相互を「教材研究」という視点で高め合うこともでき、この「二刀流」は「教員養成」というフィールドにおいて大いに追い風となってきた。分業分担し細分化されてきた研究分野は、いまあらたに融合的な「二刀流」が求められているといえよう。

午後の会議を終えて帰宅し、夜は「巨人対阪神」伝統の一戦をBSTV中継で観た。阪神のプロ3年目・村上頌樹投手が7回終了時までパーフェクトピッチングをしている。得点は0対1で阪神リード、まさかとは思ったが8回表の攻撃で代打が送られ、完全試合の達成は監督の方針かチームの勝利が優勢される状況を目の当たりにした。だがむしろ交代が裏目に出て、8回のマウンドを託された石井投手が巨人の岡本選手に本塁打を打たれ村上投手の勝利投手の権利さえも消えてしまった。すべては結果論であり1点差で勝つための戦術であるとは理解しなくもないが、素人目にもどうせ打たれるなら村上投手が打たれた方が潔いような複雑な感情に揺れ動いた。(結果的に阪神が勝利を収めたが)現代の野球は「先発完投」は過去のものとなり、「中継ぎ・抑え」と分業分担が確立している。その「方程式」にこだわり過ぎるあまり、「夢」へ意志を繋げなくなっているのではないか?TV解説の江川氏も「確かに球威が落ちてきている」と指摘していた。だが昔ならば、その状態でも投球内容を工夫して9回まで(打たれるまで)投げたはずだ。「投手が投げ切る」というロマンを蘇らせる試合があってもよい。

「文学研究」「評論」「創作」
明治の学者はいずれの分野も投げ切った
ベーブルースへの回帰である大谷翔平のロマンはあまりにも偉大だ。


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「ファイト九州」ー野球で元気に!

2023-04-09
「福岡ソフトバンク・ホークス対埼玉西武・ライオンズ」公式戦
「ファンと一緒に九州を元気に!」
プロ野球と社会活動

何年ぶりであろうか?プロ野球公式戦を観戦したのは。宮崎に移住してからは、一番近いフランチャイズ球場で福岡PayPayドームである。福岡に赴いたのも、過去10年で1・2度という程度であった。もとより現東京ドーム(かつての後楽園球場)へは実家から自転車で行ける距離で、中学生の頃は「外野自由席・中学生以下500円」でよく観戦に行っていた。当時はまだ外野席にも鳴り物を入れた一斉応援が無く、各自が野次や拍手で応援するのが通常であった。そんな環境で、周囲の酔っ払った大人と接することは社会勉強だと思っていた。満員札止めになって悔しそうに入場門付近に立っていると、場内から「そこの僕!」と見知らぬ人が呼んでくれて「外野自由席大人・1000 円」をくれたこともあった。まさに「後楽園球場」は、ここに書けない事例を含め初めて社会を知る勉強の場であった。

「ひなたサンマリンスタジアム宮崎」には、自転車ならぬ徒歩で行ける。駐車場の心配もせず、妻と歩きで球場へと向かった。WBCの余波もあろうか、球場周辺は日本代表合宿の際に近い雰囲気で、テントのグッズ売り場や飲食店には長蛇の列ができていた。全員に配布されるという「ファイト九州」ユニフォームは、九州各県の名峰が描かれた自然豊かな緑色の代物をまずは受け取る。試合開始時間を考え、場外では販売していた比較的列の短い焼きそばを購入し入場した。雑踏や長蛇の列を回避する機転は、まさに中学生の頃に身につけた「資質・能力」である。入場後は宮崎の爽快な快晴のもと、「ソフトバンク・大関」対「西武・高橋光成」両投手の絶妙な投手戦となった。西武は初回に「愛斗」の先頭打者本塁打で先制し9回にはスクイズも絡めて2点を加え、高橋光成が118球3安打11奪三振無失点で増田に繋ぐリレー完封勝利であった。九州を盛り上げる社会活動に取り組む福岡ソフトバンク・ホークスは勝てなかったが、春先らしい投手陣優位の試合を堪能することができた。

日本にとってプロ野球とは何か?
メジャーに追いつき追い越せが実現しつつあるいま
この国の社会の未来を見据えて野球を楽しみたい!


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夢でなかった飛距離と球速ー米国MLBの意識を変える力

2023-03-27
外野席の看板や最上段への本塁打
球速は100マイル(160Km)を超えてゆく
もはやスモールベースボールでない本場を変革させる野球へ

今月は本当に久しぶりに野球狂の魂が燃え盛る時間が続き、未だ尾を曳いている。それは「3度目のWBC優勝」というのみならず、日本における野球のあり方を考えるべき時に来ているからだ。一部で報じられる経済効果や視聴率からみる野球人気という点と裏腹に、少子高齢化を迎える社会において「世界」を目指す野球選手を今後もさらに発展的に輩出できるかという不安を拭い去れるのかは大きな課題だろう。確かに高校野球を中心に顕在していた旧態依然の体質も、かなりメスが入れられて来たようだ。科学的なトレーニングが導入され、指導者の隷属的な強制もなくなり選手自らが考えてできる環境が多くはなった。今回のWBCで活躍した大谷翔平・佐々木朗希・山本由伸らが最初から平然と160Kmを超える球速を投げることは、象徴的な現象であろう。また大谷翔平・村上宗隆などの本塁打の飛距離は、東京ドームの看板直撃やMLB球場の最上殿席に突き刺さるものがあり、かつての日本選手とは破格のパワーを見せつけた。大仰にいえば、十分に「ワールドシリーズ」クラスの選手が多数、具体例を挙げたのみならず日本代表の中に存在することを示している。

僕が小学生の頃、シーズンオフの11月ぐらいに「日米野球」という企画試合があった。大人たちはよく「奴ら(メジャー選手)は観光ついでに試合をしている」というようなことを口走った。そして当時の後楽園球場の照明の看板に打球を当てたとか、球速なども計られなかったが「豪速球」などと報道が囃し立てていた。当時よく語られた「メジャー選手は日本選手相手に本気にはならない」というような言い方が、現在も年代によってWBCなどに対して口走る人がいる。しかし2006年2009年の日本の2連覇、そして今年は米国を決勝で破った力を見せつけたことで、「本気でメジャー選手の(日本野球への)見方や意識を変えている」と言えるではないかと思う。特に今回の大会は、犠牲バントや犠牲フライでの得点に結びつく戦術が採られるケースもほとんどなかった。準決勝のサヨナラ場面において、過去の日本代表なら確実に「4番でもバント」である。事実、ある放映の解説者は「村上に代打でバント」と予想をしていた。だが周知のように栗山監督は「4番のお前に任せた」と言い、前打者の吉田も四球を選んだ後に村上を指差して「お前が決めろ」と言わんばかりであった。結果は周知のようにセンターオーバーフェンス直撃のサヨナラ打であった。それが翌日決勝の同点本塁打にも結びつき、さらには岡本の本塁打も呼び込んだ。戦後の長いプロ野球史において、ようやくメジャーと平然と肩を並べる時が来たのだ。3年後の大会に向け、また選手個々はメジャーの舞台に向けて、その上で日本プロ野球をどうするか?この熱狂を「にわか」で終わらせないために、ファン個々が考えねばならない問題でもある。

イチロー・翔平が変革させたメジャーの意識
あらためて多くのファンが日本プロ野球を観戦してほしい
有言実行、4/8(土)に宮崎で開催されるソフトバンク対西武のチケットを買った。


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モード切り替えー広い懐を持つこと

2023-03-24
「プロ」とは切り替えが上手いこと
自分を常に更新できる広い懐が欲しい
後悔せず次の高みを目指しただ前に進むために

巷間では成田空港に多くのファンが出迎えたように未だWBC優勝の熱狂が冷めやらぬ中、米国MLBの開幕を目指し大陸に残った人たちがいる。すぐさま各自のチームのスプリングトレーニングに合流し、優勝の祝福を受けつつも視野は既に1週間後の開幕にある。大谷翔平は、早くも日本時間25日にアリゾナでマイナー相手ながら当番調整をし、30日の開幕投手としての準備をすると云う。吉田正尚はチームに帰り、英語で「疲れているよ」というような本音とも思える返答をしてジョークかのように周囲を笑わせたと云う。入団初年の大切なスプリングトレーニングにも関わらず、チームがWBC参加を許可したことを大会中の大活躍で恩返ししたチームとの良好な関係が見えてくる。素人からするとあれだけの闘いをした後ゆえ、ゆっくり休ませてあげたいと思うだろうが「プロ」の意識はそうではない。2006年の第1回大会から大会開催時期には物議を醸し出しているが、真の日米頂上決戦が現実的になった今、11月などの開催も考えていいような気がする。

米国のMLBに限らず、日本プロ野球も30日にパ・リーグ、31日にセ・リーグが開幕を迎える。源田遊撃手の右小指骨折の影響なども心配されるが、「プロ」とはましてや「一流」とはこうした切り替えができる人のことをいう。モードの違う状況に置かれても適応し切る力、そして栄誉も後悔も引き摺らない潔さだろう。かつて初任校で高校教員をしていた頃、野球部員らのモード切り替えにそんな潔さがあることを体感した。高校生ゆえに時に「栄光」を鼻に掛けてしまうことがないわけではない。僕ら教員への態度に、その先の大会の成績が反映していたと言ってもよいだろう。あくまで謙虚にありながら、勝ち得たものを栄養にさらに成長していく。そんな高校生が「プロ」になるのだと実感した。「国語」を教えていたこともあるが、様々な教材に理解力を示し、自己表現も巧みで文章も潔く書く。そんな態度を備えたものが「プロ」の世界に入って行った。僕は彼らの姿勢を見習い、自らも「国語・文学」の「プロ」を目指そうと思い立ち研究の道に入り25年以上の月日が経過した。同時に周囲や社会情勢を見つめて、広い懐を持つこと。WBCのにわかな熱狂だけで終わらない成熟へと社会が向かうため、選手たちの姿勢から学び取りたいと思っている。

今日を「プロ」として生きるために
3年間の閉塞感から社会として抜け出そう
今日もまた懐の深い心で前に向かって歩こうじゃないか!


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駄目と思わずイメージを紡ぐー北の大地で思い描いた世界への視野

2023-03-23
WBC3度目の優勝!!!
栗山監督「イメージしたことしか起こらない」
「勝つために憧れるのをやめましょう」(MVP大谷翔平・試合前のチームへの声掛け)

「スライダーで空振り三振」不思議と過去3度の優勝場面は全て同じケースになった。大谷翔平がエンジェルスの同僚として親交も深いマイク・トラウトを、3-2のフルカウントから切れ味鋭いスライダーで三振に討ち取った。あるTV解説者は「ストレートによる力と力のぶつかり合いか」と興奮気味に最後の投球を予想したが、当該解説者も現役時代に速球とともに得意としていたスライダーを翔平は選択した。大会全般を通してスプリット(フォーク)が抜けると本塁打を被弾するケースも目立っていたこともあるだろう、制球の上でもストライクが確実に取れ甘く入らない選択であったのではないか。宮崎合宿中にダルビッシュ有が多くの若手に「スライダー」を伝授し、それに応えて若手投手のスライダーの切れが増したことが思い返される。2006年第1回MVPの松坂大輔がそうであるように、世界を斬れるのは日本の伝家の宝刀「スライダー」なのかもしれない。かくして優勝を成し遂げた後に、宮崎合宿初日からチーム作りをしてきた栗山監督の苦労と忍耐とに思いを馳せた。

「物事はイメージしたことしか起こらない。自分が駄目だと思ったら、そちらへ向かってしまう。」こんな趣旨の栗山監督の信念があったと云う。彼のイメージの中には、大谷翔平が優勝投手になること、そこに世代を渡すかのようにダルビッシュ有が繋ぐこと、また準決・決勝で村上宗隆が本塁打や打点を上げることが、宮崎、いやそれ以前からイメージされていたのだろう。日本ラウンドの闘いからすると試合を締めるのは大勢投手であろうが、日本が世界に誇れる宝の豪華リレーを栗山監督は演出した。優勝したので考えるのだが、ダルビッシュがソロ本塁打を被弾して1点差に迫られるのも大きな演出のように思えてくる。2009年の優勝投手・ダルビッシュ有から大谷翔平へ、そんな日本野球界全体を考えた繋ぐイメージを栗山監督は描いていたのだろう。その前提として先発の今永から戸郷・高橋宏斗・伊藤・大勢の日本プロ野球の名だたる投手らの継投も素晴らしかった。それに村上と岡本の本塁打2本、ヌートバーの内野ゴロの1打点、最低限の得点での勝利だった。大谷翔平は「最後に1点勝っていればいい」と語っていた。それもまさにイメージ通り。高校生の頃から「曼荼羅チャート」などで将来の理想のイメージを、大谷翔平が作り上げていたのは有名だ。「二刀流」を一度も「無理」と思ったことがないのもまた、日ハム時代からの栗山監督と大谷翔平が「イメージ」を共有した賜物だろう。「青年よ大志を抱け」と北海道で築かれたイメージが、世界を制したと言えるのかもしれない。

日本の優勝を祝い懇意にするお店へ
即断即決の行動により当日に祝勝会を実施できた
否定しない、肯定的なイメージを持って人生は歩むべきと日本代表は教えてくれた。


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Faithful(信頼できる)ーWe believe 我慢して好機を待つこと

2023-03-22
君は「村神様」を信じていたか?
本人も「バントがよぎったが、栗山監督がお前に任せる」と
そして激しく降る雨の中、僕は牧水にFaithful 吉日

この時代に生きていてよかった!球史に残る試合を、僕たちは生中継で見届けることができたのだ。「最後に1点でも勝っていればいい」と大谷翔平が大会中のインタビューで答えていたが、その通りの試合となった。メキシコに終始、先制3ランを浴びるなど苦しみ続け、本大会打率450(4割5分)の一番打者・左翼のアルサレーナの小憎らしいほどの守備に好機が何度か阻まれた。日本プロ野球の若手2大エースは先発・第2先発の責任範囲の失点で抑えたが、吉田の同点3ラン本塁打が出るまでは、メキシコの先発投手に封じられ明らかに劣勢な試合であった。更なる2失点が重く感じられた終盤、代打・山川穂高の犠牲フライでの1点で首の皮1枚が繋がった。9回裏、何より先頭打者・大谷翔平の打撃と激走、2塁上に到達すると日本ベンチに向かい「盛り上げろ!自分たちを信じろ!」といわんばかりの鬼気迫る眼で大きなジェスチャーをした。続く吉田正尚はこの熱い場面で冷静な四球で歩く。本塁打を打った力みなど何もなかったのもMLBから信頼厚い契約を獲得した要素だろう。この場面では、ベンチも冷静だった。すかさず1塁ランナーに日本一の俊足・周東佑京を送り込んだ。かくして「村神様」を打席に迎える準備が整ったのだ。

「野球」は「間(ま)」と「待つ」競技であると僕は思っている。球を呼び込まなければ好打は生まれず、最後の一瞬に指先で弾かなければ好投はできまい。チーム内ではもちろんであるが、ファンとしても選手を「信頼できる」ことが何より大切なのではないか。また「信頼」とは「盲信」することではない。イタリア戦から村上宗隆の打順を5番に下げたオーダーにしたことには、僕も大賛成であった。結果としてこの打順がこの日のサヨナラ打を呼んだのだ。昨年の「3冠王」であるという誇りだけを妄信をすれば、むしろ本人を追い込むことになるだろう。このサヨナラ打の歓喜の輪を映像で見ていて、宮崎キャンプ初日に村上宗隆に最接近できた時のことを思い出した。選手通路を移動する際に、俯き加減な表情にはやや重圧を背負ってしまった眼が読み取れた。本大会に入ってからの彼は、同様の眼が続いていた。だがこの日のサヨナラ打の後には、ようやく昨年の「3冠王」の眼に戻った。ファンとして日本代表の選手を「こいつは駄目だ」などと言うのは簡単だ。だが夫婦も家族も仕事でも、大切なのは「信頼」ではないだろうか。栗山監督は「我慢の試合になる」とも語った。だが村上宗隆を世界の「3冠王」にするためには、胃が痛くなるほどの想像を絶する「忍耐」があったはずだ。「批判」や「クレーム」ばかりの世の中で、日本代表チームがあらためて「Faithful(信頼できる)ーWe believe」を教えてくれた。

午後は昨年9月17日に台風で中止となった牧水祭の鼎談へ
FaithfulーWe believe Bokusui 詳細はあらためて小欄に記すことにしよう
けふもまた「Faithful(信頼できる)ーWe believe」決勝の米国戦を期待したい。


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