fc2ブログ

訓読という行為ー解釈・翻訳としてー和漢比較文学会大会シンポ

2022-09-25
中国文の直訳的翻訳
外国語が日本語として読める解釈行為
「訓読」そのものが日本語の文体を鍛え育てたことも

第41回和漢比較文学会大会が、オンライン開催された。新型コロナ第7波の感染状況が見通せない中、計画段階からオンラインによって進められて来た。本年度は対面を復活させる学会もあるところ、地方や海外からの参加も容易な「オンライン」を活かしていく方策として一つの選択であるように思う。個々の参加者の出張費の節約、また会員数減少が問題とされ会費収入の減少が見込まれる学会経費の節減にも有効な手段であるといえる。昨今は大学施設で学会をするにも、費用を請求されるご時世であることも手伝っての選択だ。さて初日は標題のように「訓読」という行為についてのシンポジウムが、長時間に渡り行われた。『新釈全訳日本書紀』(講談社2021)が本格的な注釈ながらも、訓読が付されなかったことを問題意識の出発点として議論は始まった。日本では長年の蓄積から「訓の体系」が編み出され、中国文である漢文を自由に読みこなすことができるようになった。特に『日本書紀』の訓は「字音語」が無い「意訳的」な訓読であり、漢文の一般的な訓読とは異質なものであるなどが、基調講演や報告によって示された。

また「国語教育」の立場から「訓読の学び」のあり方がどのようになっているか?という報告もあり、個人的には大変に興味が惹かれた。現在の学習指導要領では、小学校高学年から中学校1年生まで、漢文に親しむことを意図して「音読」により「訓読文」の学習が設定されている。中2になって「漢詩」を「原文」で扱い、中3で「原文」と「訓読文」の差を意識した学習となり高等学校へと連なる。「探究」という色彩が強くなった今回の学習指導要領の改訂で、高等学校では一層「中国など外国文化との関係」を「国語」の上で考えることが強調された。以上のような報告に対して「音読」から導入される学習段階の成否、また原文を示さず「訓読文」のみを「音読」して、学習者の日常の言語生活といかに関わりがあるかという点について僕は質問を投げ掛けた。オンライン学会として「質問フォーム」への記入のみで発言はないとされていたが、議論の展開から発言を求められ、前述の内容を「例えば唱歌(校歌なども含み)の歌詞の文語を意味がわからないままに唄う音楽の学び」などを例に、「親しむ」という学習目標のあり方の意義を投げ掛ける発言をさせてもらった。「訓読」は歴史の中で「書記言語」の「解釈・翻訳」的な行為であるところ、「訓読文」そのものを「音読」するという「歴史の流れには反した学習過程」があることへ疑義が示される意見も出された。結果、日本語・日本文学の中に生きて来た「声」として通行・慣習化される「訓読」の効果と、まさに「解釈・翻訳」として開発されて来た「体系化」の問題が双方向に絡み合いながら発展して来たのが「訓読」の実態であることも炙り出せたように思う。こうした「訓読」への理解を、特に中学校・高等学校の先生方が深く認識することが大切であることも再認識するシンポジウム内容であった。

「漢文」を「国語」で学ぶ意義の基礎基本
「文化」として「国語」を教えるという教員の意識を醸成しないと
「訓読」という偉大なる文化的遺産を将来に引き継ぐために


スポンサーサイト



tag :

西洋コンプレックスを超えたのだろうか?

2022-06-18
イチロー・ショーヘイらの快挙で
されどどこか「追随」している意識はないか?
「パン」はお洒落なのか?「ごはん」こそ優秀な食糧だが

NHKEテレ「短歌」の笹公人さんの今月の回「パン」を、見逃し配信でやっと観た。テーマは「パン」で身近な「主食」として楽しい歌が多かった。優秀賞一席になった歌は、「この屑はかつて立派な(西洋語の)名前だった。」という趣旨で、笹さんの評が「(他の歌に比して)西洋コンプレックスを超えていてよかった。」というものだった。「バケットを持っている自分の姿が欧州の街にいるようだ」という趣旨の歌もあり、それはそれで大勢が納得する歌だが笹さんの批評眼の深さを学ぶことができた。「パン」または「ケーキ」の名前一つでも、我々は正確には理解できないようなフランス語などの名前に惹かれてはいないだろうか?時折、ケーキのショーケースを眺めて注文する際に、その当該商品の「名札」のカタカナを意味も度外視して一文字ずつ読む経験があるだろう。あまりに長かったりすると「カタカナ」が多少前後した発話になり、お店の人に言い直されたりもする。フランス語など欧州言語を学んだ人ならまだしも、多くの人が英語を学んでおり、まだ英語スペルならば語源も推測することができそうに思う。明治時代の開国以来、僕たちはこのような「西洋コンプレックス」の中で生きている。深刻な小麦などの食糧不足が叫ばれる中、今こそ朝食から「ごはん」を食べてこそ食料自給率が低いこの国を救う気もする。

それでも野球界ではイチローがMLBの歴史を100年近い時を超えて塗り替え、さらにショーヘイがMLBの野球にベーブ・ルースへの原点回帰のような革命をもたらした。もちろんWBCの2006・2009の2連覇や五輪優勝など、40年前では考えられなかった米国代表に勝つ力もつけた日本野球である。さらにはテニス界では言語の融通さも獲得した選手らが活躍し、バスケ界などでも身長差をもろともしない選手の活躍などが目立つ。ただこうして「言語」や「身体」の差に注目することそのものが、「西洋コンプレックス」なのだと思うこともある。会議などで使用される言語もそうだ。「ドラスチック=(社会の変化や政策などが)徹底的で過激なさま」「コンフリクト=意見・感情・利害の衝突。争い。論争。対立。」などが思い浮かぶが、「猛烈・激烈。徹底的」とか「衝突。葛藤。闘争。」などでは駄目なのかと思うことがある。「コンフリクト」などは「IT用語」であり、「コンピューターで同時に同じファイルやメモリが競合して使用され、システムダウンの要因にもなる。」と辞書に見える。こうなると高齢者用に全て日本語表記をした家電やスマホを思い出す。英語教育経験の多寡にもよるのだろうが、外来語依存の日本語の未来を危うく感じる時もある。明治時代は西洋諸外国語を翻訳するために、多くの「明治漢語」が開発された。その漢語を使用していた部分にそのまま諸外国語の単語を使用しやすいという、言語的特性も大きな要因だろう。「猛烈」よりも「ドラスチック」なのか?ふと気象予報は「猛烈」を使用していたなどと気づかされる。

趣旨が本当に公平に正確に伝わるかどうか?
明治時代の西洋に対応した努力を見直すべきところも
「ライス」ではなく「ごはん」いや「めし」とメニューにあった大学時代の店を偲ぶ。


tag :

「つまらないものですが」の思いもよけれ!

2022-03-22
かつて昭和のCMに子どもの勘違いが
欧米人にはわからない謙虚さの典型として
贈り物をいただいた際の反応などにも文化の違いが

僕がまだ小学生の頃だろうか、同じ歳ぐらいの少年が登場するCMで次のような印象深いものがあった。大人が他の人に贈り物を渡す際に、「つまらないものですが」と添えることに興味を持った少年が真に受けて、他の場面で「それはつまらないものです」と言ってしまうユーモアある内容だったと記憶する。確か「渋谷東横のれん街」のCMで、渋谷駅周辺地下街であれば銘店揃いでどんな贈り物でも揃うといったことを宣伝するものであった。今や渋谷駅周辺も大きく変わってしまったが、渋谷を経由して恩師の御宅を訪ねる際などはこのCMが僕にとっては放映しているか否かにかかわらず効果的だったことになる。その上で「つまらないもの」という言い方はどうもかえって失礼のような感覚も、ある時期には持ったことがある。コントなら「つまらないなら持ってくるんじゃない!」と突き返すように、この謙譲的な日本語の習慣にやや嫌気がさした若い時期があったわけだ。贈り物をするなら「自分が好きで美味しいと思うものを選べ」というようなことは、今でも心掛けていることではあるが。

先月の県民芸術祭企画「うたごはん」の最終審査歌会(一部YouTube配信)で、食文化における比較が多く話題になった。食べ方や受け止め方の点で、洋の東西では大きく反転するものがある。スープを音を立てて飲むのは西洋では嫌われるが、蕎麦ならむしろ音を立てるのが粋な食べ方だ。西洋人は公共の食卓で鼻を大きな音を立ててかむものだが、所謂「ゲップ」は大変に嫌われる。炭酸飲料を飲む機会が多いのに、如何なることかと懸命に抑えた経験もある。贈り物をいただいた際は何よりもまずいち早くその場で開封するのが西洋人、開封しないのは中身に期待していないと思われてしまう。しかも包装紙を思いっ切り引き裂くように開封するのが、期待度の大きい証拠で贈り主への敬意に感じると云うのだ。日本の場合は周知のように、包装紙は丁寧にセロテープを引き剥がし、場合によると包装紙を保存しておいて紙細工を楽しむ御婦人なども多い。よっていただいた場面でそのまま開封することが、むしろ憚られた訳だろう。「裸銭」は人への贈り物として忌避され、祖母などはよくちり紙1枚でもお札を包んで僕にくれたものだ。世界情勢は、何が本心で何が嘘かわからない時代になった。相変わらず「八方美人」的な外交にしか見えない我が国であるが、世界で唯一の被爆国として包装紙に包み「つまらないものですが」と言ってもよい、中身において人道的で誰しもが納得する「お菓子」を世界に提供できないものかと思うのである。

卒業生がいつもの厚情として旅立ちの贈り物を
宮崎に学生として4年間学び、4年間を教員として貢献してくれた
8年間の親しき交流への思いが詰まった手紙は僕の財産でもある。


tag :

黒潮の文化をたどるー宮崎ー高知ー和歌山へ

2021-11-24
宮崎から高知さらに和歌山へ
「ウツボ」を食する文化があると云う
年のうちに2回開催された「国文祭・芸文祭」

「国文祭・芸文祭みやざき2020」は新型コロナ感染拡大で、1年延期となった。2021年の7月3日から10月17日まで、延期とはいえ前半7月8月は、感染拡大によって各市町村でのプログラムが中止を余儀なくされたり、オンライン開催となったりと担当の県庁の方々のご苦労を思うと頭が下がる思いであった。イベントを開催する側に立つと、「中止」というのは誠に耐え難いものがある。幸い大学附属図書館で開催した「みやざき大歌会」は、ゲスト歌人の東直子さん・田中ましろさんも対面でお迎えできたが、そこに到るまでには学内の承認なども含め困難な道でもあった。吉田類さんのトークショーはオンライン開催、しかしそれだけに類さんと宮崎との関係を上手く引き出すべく類さんのご著書を読み返したりとあらためて勉強したことも少なくない。その中で「黒潮文化」といった趣旨のことが書かれていて興味深かった。宮崎そして類さんの故郷の高知、さらには和歌山に至る食文化では「ウツボ」を食するという共有点があると云う。確かに僕も宮崎に来て1度だけ、地元に根ざしたコアな寿司屋さんで食したことがある。

昨日、NHKにて「国文祭・芸文祭わかやま2021」(本年10月30日〜11月21日)開会式と併せて「みやざき」の開会式と2大会を振り返る番組が放映された。「わかやま」のキャッチフレーズは「山青し 海青し 文化は輝く」であり、「みやざき」の「海の幸 山の幸 いざ神話の源流へ」と共通したものであることを知った。畿内である「わかやま」では、京都・奈良と連なる古くからの文化も根付いており、高野山の僧侶たちの「声明」の声などは心の奥底へと響く荘厳なものがあった。必然ながら神仏習合の色彩も強く、「山に海に祈る」ことに文化の源流があることに気づかされる。盆地で海のない京都市内や奈良県からすると、海に臨む「わかやま」の文化は機内でも大きな世界へ開いていく傾向があるようだ。山があれば渓谷もあり、海とは川で連なっている。NHK番組の後には吉田類さんの「日本百低山」を放映していたが、類さんの故郷も山の奥なる自然豊かな渓谷であると聞く。あらためて山で生まれた若山牧水が、7歳で海を初めて見た際の感激に思いを寄せる。「SDGs」など盛んに喧伝されているが、元来のこの国の文化を取り戻せば、僕たちは自然と共生できるはずなのだ。「宮崎ー高知ー和歌山」という「黒潮文化」の流れを、あらためて地方にしかできない豊かな文化として再認識すべきであろう。

「山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君」(牧水)
南国に通ずる海の道
黒潮の豊かな流れの恩恵をさらに引き出すべきだろう。


tag :

時系列と因果律の思考をあらためて

2021-08-04
「時が経てば事件は解決に向かう」?
「なぜ?と問うことで理由が明らかになる」
またまた時系列思考での迷走にありやしないか

「物語を読む際の思考」のお話し。その要因が生育環境にあるのか定かではないが、日本人が「物語」を考えると「時系列」で考える傾向が強く、欧米人は「因果律」で考える傾向が強いことが報告されている。我々が絵本を想像すれば容易にわかることだが、冒頭からページをめくるごとに時間が先に進行するのが時系列である。それに対して冒頭に鍵となる物語中の場面が描かれていて、「なぜ?その事件は起こったのか」という問いがくり返され「物語」が進行するのが因果律である。わかりやすい例を挙げておくならば、『水戸黄門』は旅行く先々で農民町人の苦難を知り、その背景に悪政があることを時間をかけて暴き、最後に「三つ葉葵」の印籠という「権力」を翳して解決する物語である。「ラスト5分」にあらゆる問題は解決することを確信しながら時系列物語は進行する。一方で『刑事コロンボ』などは、最後に事件が解決するのは同様だが、冒頭に事件の場面が明示されて、それを「コロンボ」が「なぜ?」「なぜ?」と犯人と眼をつけた人物に問い続けることで次第に「実は!」が明らかになる物語である。よって解決方法は「権力」によるものではなく、「なぜ?」の問い掛けの隙間に表れた綻びを鋭く露見させる各回独自の「コロンボ」の叡智が描かれる。もちろん「ご老公」も、忍びの「弥七」などに事件の「なぜ?」を探らせて裏を取るのではあるが。

高校の「歴史」の授業を思い返してみよう。原始から縄文・弥生時代などから始まり、江戸時代に行き着く頃には息が切れる。一番われわれの生活に影響を及ぼしている近現代史は「時間切れ」になってしまう実情があった。(最近は改善傾向もなくはないだろうが)欧米の「歴史」教育は学習者の問題意識から「なぜ?」を問う展開をすると、学会の報告で聞いたことがある。そう!われわれは元来が「なぜ?」を問わない国民として育てられ、「時間が経てば解決する」と「印籠」「必殺」「スペシュウム光線」「ライダーキック」「波動砲」「超合金合体ロボット」を待望し続ける思考の傾向があることを知るべきだろう。いささかお断りをしておくならば、「ウルトラシリーズ」の中でも『ウルトラセブン』に関しては、「なぜこの怪獣が地球を襲うのか?」という問いに対する「哀しい物語」が用意されていた。また「波動砲」で敵を殲滅する『宇宙戦艦ヤマト』では、ガミラス星を攻撃した後に「自分たちは何のためにこんな戦いをしているのか?」という戦争と平和に対する「なぜ?」の問いがあった。よってまったく因果律を思考しない訳ではないのだが、「切り札」を待望し時系列の未来を単純に待つ傾向が強いのである。話は遠回りをしたのだが、この1年半もわれわれは『水戸黄門』の結末を待望し楽観視をし過ぎたのではないだろうか。その結果、「ご老公」にもならぬ「悪徳商人の番頭」みたいな者の戯言に、活路の見えない明日しか描けないところまで来てしまったのである。

「なぜ?」を日々問うことの重要性
こんな波が来ようとは、では始まらまぬ
「なぜ?」感染症が拡がったのか、「コロンボ」のような緻密で大胆な問いが求められる。


tag :

天の河原にわれは来にけりー七夕の宵に

2021-07-08
七夕に夜空を見上げ
織姫と牽牛に想いを馳せる
「今この時を生きている!」

知人より京都銘菓の贈り物をいただき、それが七夕にちなんだものであった。何とも粋な計らいだと思いつつ礼状を送り、七夕の宵を待って開封した。上品な羊羹の上部が透明な仕立てになっており、そこに星の形が散りばめられている。まさに羊羹の上に天の河が再現されたようで、七夕へのロマンを掻き立てられた。食してそのまま本当の天の河が見たくなり、妻と青島海岸まで車を走らせた。波音に出迎えられ海岸線に出ると沖に漁火が一つ、その先に青島灯台の明滅が見えた。空を見上げると雲がやや多いのだが、想いをもって見たせいか川のように星が連なっているような流れが見て取れた。人は夜空にどんなロマンを思い描いて来たのか?時も場所も超えていま此処「青島海岸」にいる「わたしたち」、海に向かって「今だけを生きている」と思わず叫んでしまった。

七夕伝説は『万葉集』所載『柿本人麻呂歌集』などに既に見られるが、元来は大陸由来の漢籍から享受されたもの。だが大陸由来の伝説では「織姫が(輿などに乗って)渡河」するのが通例だが、和歌では「牽牛が渡河」する物語になっている違いがあり興味深い。「ひととせにひとたび」しか逢えないふたりの想い、「逢う」ということそのものが、この広い空の下では「奇跡」のような瞬きなのだとあらためて思う。星たちは数万数億年という寿命でこの地球上に光を届けているが、それにも比して僕たちの命はあまりにも儚い。その儚さを嘆いていても始まらない、いやむしろそんな時間は僕たちにないのかもしれない。そんな人間の小ささと虚しさも自覚するためにも、季節(とき)の流れを捕捉するために節句(基本的に大陸的な東アジアの発想で陽数『奇数』の重なる日付)に祈りを捧げるのであろう。生命の根源である海に向かって叫び、大空の星たちに見下ろされる。何よりこんな近いところに海があることを、僕たちは忘れてはならない。

出逢えていまがある不思議
人はどんな河を越えて生きていくのだろうか
七夕への祈りによき川の流れが見えて来た気がする。


tag :

世の中に土用丑の日なかりせば

2020-07-22
「石麻呂に我物申す夏痩せに良しといふものを鰻捕り喫せ」(3853)
「痩せ痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな」(3854)
(『万葉集』痩せたる人を嗤ふ歌二首・大伴家持)

宮崎はここ2日ぐらい、35度を超さむとするほどの夏らしい気温となった。妻と父母と土用丑の日なので鰻を食べに行きたいということになり、ゼミを終えた夕刻によく行く有名店に確認の電話をすると、既に売り切れてしまい申し訳ないという返答であった。市内まで出向けば他店もあるのだが世情がら密になるのも憚られ、近所の馴染みの洋食屋さんに行き先を切り替えた。美味しい肉料理をいただき、栄養補給という目的は十分に達成できた。あまり知られていないようだが、宮崎は国内では鰻の産地としても有名で、地元の人に言わせると近所の川で橋の上から釣り糸を垂れれば、容易に鰻が釣れるのだと云う。県内には有名店が何軒かあって、キャンプ時にはプロ野球選手なども足繁く通う。

鰻が食べたい気持ちに後ろ髪引かれながら、「土用丑の日」の文化的背景が気になった。委細はともかく『日本国語大辞典第二版』を繰ると、「江戸時代」からの習慣であるとされている。町人文化が花開いた江戸であればと納得するところだが、どうせ鰻屋が儲けようとする算段からではないかとやや懐疑的にもなる。バレンタインやホワイトデイが菓子屋の仕掛けであることなどが思い返され、鰻を食べられなかった負け惜しみから「土用丑の日」でなくても食べに行けばよいのだと思い直す。しかし『日国』の記述に『万葉集』大伴家持の歌などに見られるとあったので確認すると、冒頭に記した歌が検索できた。「石麻呂」という「痩せたる人」に対する戯笑歌で「夏痩せに良しというので鰻を捕って召し上がれ」とか「鰻を捕ると川に流れるなよ」と戯れて笑い「物申す」歌である。奈良時代の古代から栄養価が高いことが知られていたわけで、人間の文化とは何かと考えさせられる。

今年は二の丑もあり8月2日
どうせなら梅雨も明けてカラッとした夏が待ち遠しい
栄養をつけてコロナの夏を乗り切らねば。


tag :

「形なし」にあらず「型やぶり」

2020-06-18
「型」日本文化のあり方として
江戸から明治にかけてを生きた九代目團十郎
「活歴」から原点の「型」へ回帰して復活

水曜日は定例教授会も月に2回はあるが、夜に定例で観るテレビ番組がある。NHKBSプレミアム放送の『刑事コロンボ』(21時〜)とその前の『選択』(20時〜)である。昨夜、後者の番組で取り上げられた九代目市川團十郎のお話。まさに活躍中の市川海老蔵(十一代目)が「十三代目團十郎」を襲名しようという現在、この名跡の九代目が江戸から明治という大変革の時代をいかに生きたかがよくわかり興味深かった。西洋化が何よりも崇拝された明治初期の日本、歌舞伎は江戸時代に培ってきた「伝統」から新たな文化の中でいかに生きていくかを迫られたと云う。一方で「オッペケペ節」で人気を博した川上音二郎などが日清戦争の明治20年代に出現し、世相を取り込んだ新しい時代の芝居で一世を風靡した。九代目團十郎は新たな歌舞伎である「活歴」を主張したがなかなか民衆の心は掴めず、苦悩の舞台を続けることになったのだと番組は伝えていた。

そんな苦難の折、九代目團十郎が目覚めたのは「型」であったと云う。明治後半になると江戸文化へ懐古する風潮も相まって、元来からの歌舞伎の演目こそ民衆が求めるものとなった。その際にコメンテーターの児玉竜一氏が語っていたのが「『形なし』ではなく(型があっての)『型やぶり』なのだ」と云うこと。元来が漢字の意味としても「形」は「目に見える姿」であり、「型」は「かたちのもとになるもの。タイプ。モデル。」の意味である。武道をはじめとする諸道においても、何より「型」は重要だ。もちろん僕がピンときたのは、短歌こそ「型の文学」であるということ。「伝統」は新たな要素を求めて模索することが継承の上では必須であろうが、その上で「型」を重視することの大切さが歌舞伎の継承の上で描かれており大変に勉強になった。同時に「明治」という西洋化への知的欲求が高かった時代への興味がさらに掻き立てられた。もちろんそれが「国」という「形」になり、負の盲信へと猛進してしまう大正・昭和の時代へと連なる。だが、この明治の文化的な背景を、現在も僕たちは多様な面で継承していることを忘れてはならないだろう。

久しぶりに歌舞伎が観たくなった
十三代目市川團十郎の襲名も楽しみに
「古典」を考える上でも「明治」の研究は欠かせない。


tag :

何を祈らむ雛祭り

2020-03-04
五節句のひとつ
「上巳の日」(三月初めの巳の日)
禊をして不祥を払うという根本に立ち返り

様々な会議が続く中、一息つける昼食の時間は貴重である。この日は妻がちらし寿司を弁当として作ってくれて、その酢飯の味に懐かしさを覚え大変に癒された。現実社会の喧騒と大学における対応でやや錯綜した日々の時間を過ごしているが、ふと雛祭りであることに心が和んだひと時であった。冒頭に記したように元来は古代中国から伝来した五節句のひとつであり、「不祥を払う」という生活上の願いが込められている。「重三」(三月三日)とも呼ばれ、日本の平安朝においては貴族の行事として川辺に出て祓えを行い宴を張る、いわゆる「曲水の宴」が行われた。考えてみれば空気の通りのよい水の綺麗な場所に出て、邪気を払ったということであろう。雛人形を飾り婦女子の節句となるのは、室町時代以降であるらしい。

仕事を終えていつも利用するケーキ店に車を走らせた。店の前には何台かの駐車スペースがあるが、そこに警備員まで配置され7〜8台もの車が停車していた。市中で人が集まる場所が忌避される世情にあって、この賑わいはなんだろうと思いつつ入店した。ショーケースには雛祭り仕様のケーキが並び、次々と購入する人たちが絶えない状況。この夜は今月誕生日を迎える姪っ子が来るというので、雛祭り仕様に重ねて誕生日プレートにメッセージも刻んでもらい大き目のケーキを購入した。僕の自宅から車で1時間半ほどの地で、イルカのトレーナーをしている姪っ子からは、仕事への取り組み姿勢などで様々に学ぶことも多い。しばし世間のコロナ喧騒を逃れて、父母とともに近所の焼肉店で英気を養う時間を過ごした。まさに「不祥を祓うひと時」として、雛祭りケーキに載ったお内裏様とお雛様が僕ら家族を護ってくれるかのような思いに至った。

健康や幸せが当然と思い込む世の中を再考する
〈「不祥」=「不吉」「災難」〉を祓うこと
節句ごとに祈っていた古代の人々の心の尊さ。


tag :

小兵はいかに闘うか?

2020-01-26
大相撲の楽しみは
一番に気になるのが「炎鵬」関
倍ほどの巨体力士を倒す魅力

夕刻からホームセンターへの買い物に出ていたが、終盤になって大相撲中継が気になって来た。平幕1敗同士の「正代」対「徳勝龍」の取り組みが、食材を買うはずのCOOPの駐車場あたりで時間になったので、思わず車載TVにて観戦することにした。比較的に巨体な両雄の対決は平幕とはいえ迫力十分で、前頭付け出しの徳勝龍が”しこ名”を体現するかのように1敗を守る勝利を収めた。相撲という競技は、ほぼ何十秒かの取り組みのために場所前稽古から巡業など、激しい鍛錬を繰り返すプロスポーツである。場合によっては数秒で勝負が決する、刹那に無常観が漲る”文化”を背負っている。勝負が行われる時間的な微少さからすると、あの巨体の力士が何とも不釣り合いな気もするが、そこが「大相撲」の「大相撲」たる所以なのであろう。

そんな大相撲で最近一番に気になっているのが、「大相撲」の名に矛盾するような小兵の「炎鵬」の活躍である。今場所番付は前頭5枚目、昨今の力士の顔ぶれが200Kgにも迫る巨体が居並ぶ中で半分の100Kgにも及ばない身体で今場所も昨日までに8勝6敗と勝ち越して健闘している。昨日の「大栄翔」関との取り組みのように巨体に任せて正面から押されてしまうと、子どものように押し出されてしまうが、僕にはその姿にこの上もない魅力を感じてしまうのだ。果たしてそれはなぜであろうか?と考えた。僕自身が幼稚園や小学校の低学年頃には決して威勢よく振る舞えるわけではなく、力任せの者に萎縮していた経験が思い返される。その後、小学校中学年頃からも決して大きな身体になったわけではないが、考え方次第で力を発揮できることを知った。そのためか中高の教師でも、力任せに生徒に押し付ける輩は嫌いだった。自身が中高教員になってからも、組織内の力任せの人間関係や評価に嫌気がさして、研究という公正な評価が得られる道に踏み出した。丸腰・丸裸でも勝負できる力とは何か?炎鵬関の姿を観て、僕はそんな自己の生き方に重ねているのだろうと思うところがある。

知性と技術と怯まない心
北辰一刀流免許皆伝ながら太刀を抜かない龍馬のごとく
炎鵬関の活躍に、謙虚で前向きな気持ちをいつも忘れないでいたい。


tag :
<< topページへこのページの先頭へ >> 次のページへ >>