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題詠が和歌の本質ー大河ドラマ「光の君へ」の和歌代作

2024-01-18
大河ドラマ「光の君へ」
まひろ(紫式部を想定した主人公)が和歌を代作し恋を成就させたり
他者の立場になることでわかること

小説を読むとき、登場人物を作家個人とは重ねないのが一般的である。『坊っちゃん』は夏目漱石の松山での体験を元に書かれているが、「主人公=漱石」とは読まないのが小説の約束であろう。「自伝的小説」という範囲の作品はあるが、それでも小説化された時点で創作的虚構であると考えられる。だが短歌の場合、多くが「創作主体=実体の歌人」と考えられがちで「我(一人称)の文学」と呼ばれる性(さが)でもある。明治以降の短歌革新や自然主義などの影響を経て、そのような状況にあるのだが、果たして本当に「創作主体」は「歌人」と一致しているか?というと、そうではない作品も多々あることを考えるべきだろう。あらためて古典和歌の場合、その本質は「題詠」であることを再認識すべきと思うことがある。

今年の大河ドラマは、『源氏物語』を執筆したとされる紫式部の生涯を描く。これまで2回が放送されたが、平安朝文学の研究仲間たちの新著刊行やドラマへの批評が喧しい。番組そのものの「和歌考証」をご担当しているのも、学会で大変に懇意にしてきた先生であり番組内で使用される和歌(例えば、紫式部の曽祖父・藤原兼輔の歌など)は大変に良い選歌で興味深い。第2回は前述したような「和歌の題詠(代作歌)」を「まひろ(紫式部)」が楽しんでいることが描かれ、和歌全盛であった平安朝の作歌態度を適切に垣間見ることができた。和歌を代作することで、依頼者の恋の成就などに効用をもたらせる。自ずと世の人々のそれぞれの苦悩や愉悦の心を知ることが求められる。この和歌を介した人の心への向き合い方が、『源氏物語』という大作を創作する原動力になる、と大河ドラマは描く。和歌と漢籍が根底に据えられていることからして、今のことろ今年の大河の制作は実に秀逸であると思っている。

この文化的・文学的営為の大河ドラマこそ
戦乱の世の中よりも視聴率が上がって欲しいものだが
角川『短歌』2月号に関連した寄稿をしているのでご一読願いたい。


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クリスマスと十三夜の月

2023-12-26
9月27日以降は心に刻む月末の十三夜
クリスマスで誰も観ない月が東の空に
「今年の想い出にすべて君がいる」

クリスマスには誰も月など観ないだろう、ほら「ぼろぼろ」の赤い鉄骨を通して月の光が差しているじゃないか。こんな趣旨の塚本邦雄の短歌がある。八月十五夜には「満月が綺麗!」と讃えていた者が季節とともに月の存在を忘れ、キリストの聖誕祭とされるクリスマスの歪な受容史の上で存在価値の定まらない行事に興じている。もちろん、キリスト教信者の敬虔で厳かな聖夜があることは承知している。これほど世界に情報が溢れ返り各国で文化の混淆が進んだ時代、あらためて自国の文化とも照らし合わせながら、今年1年を振り返り来たるべき年を意識するこの時節に待ち構えるクリスマスの意義を僕たちは自分なりに噛み締めたいと思う。少なくとも文化の枠組みを超えていま祈りたいのは、世界の平和である。そのためにも「あなたのそばにいる人」と「仲良くしようよ」という思いが大切になる。

記憶に残る月があるか?と問われてあなたはどう答えるだろうか。僕の場合、今年は9月27日の月が忘れられない。その月は「十三夜」であったのがさらに印象深くした要因でもある。「十三夜」とは特に陰暦九月十三日の夜のことで、八月十五夜の月に次いで月が美しいとされている。由来は平安朝に遡り、宇多法皇がこの夜の月を賞したものに拠ると云う。(以上『日本国語大辞典第二版「十三夜」の項目を参考にした)旧暦を確認すると今年は10月27日が「九月十三日」であった。つまり9月以降、月末に「十三夜」が訪れることが続いており、昨日は旧暦「十一月十三日」であった。やはり夕刻のまだ明るさが残る頃から、東の空には美しい月が出た。9月10月11月12月と、僕はこの「十三夜」を大切にしてきた。夕刻になり、施設にいる父にクリスマスプレゼントを渡しに出向いた。「今年」というものを噛み締めながら、クリスマスの夜空の「十三夜の月」がやはり美しかった。

今日から一気に年末モードが加速する
『日本の恋歌とクリスマスー短歌とJ-pop』(2021新典社選書108)の思い
何度でも言う、世界に愛と平和を!!!


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Kamishibai(紙芝居)とドイツのクリスマス

2023-12-17
Kamishibai(紙芝居)を複言語複文化にて
「絵・文・語り」が織りなす「他者の経験」
そして自然神秘主義の要素があるドイツの「待つ」クリスマス

所属大学の多言語多文化教育研究センター主催の「10周年シンポジウム 自分を知り、他者を理解する〜物語が映し出すことばと文化の世界」に参加した。サモアにおける歴史的研究、日本語の複言語教育、クリスマスに見るドイツのメンタリティー、さらにはゲストスピーカーのアイヌ語を始めとする挨拶のやりとり、等の発表があった。個人的にはまず「Kamishibai(紙芝居)」が多言語教育の素材・方法として導入されていることに大きな関心を持った。ローマ字で表記されているように、多言語でも「カミシバイ」という音声で通じる日本文化の一端である。その始まりは平安朝の絵巻による語りに遡り、江戸から近現代に至り特に昭和に急速に一般化し発展した歴史があることも知った。「絵・文・語り」という三要素が連携し「物語」を紡ぐ。「物語」は明らかに「他者の経験」となるのだ。いわば「お話を通じて他者とつながる」、これはまさに僕自身が幼稚園の頃から経験したもので文学研究の原点ともなっている。

ちょうど2年前に『日本の恋歌とクリスマスー短歌とJ-pop」(新典社選書108)を出版したこともあり、ドイツのクリスマスのあり方の発表も興味深かった。11月より「暗く寒い冬」が訪れ、12月は「待降節」としてクリスマスを「待つ」月になると云う。例えば子ども向きの「からくりカレンダー」が1日1日小さなプレゼントを開封しながらクリスマスを待望するとか、シュトーレン(ドイツのお菓子)はクリスマスに食べ切るように、日々に薄く切りながら食べて行く。こんな行為そのものに「待つ」心が宿っている。この点は拙著が「クリスマス」を通して現代の「待つ」感情をテーマにしたことに通じる。さらにクリスマスツリーは「自然=神」そのものであり、樅の木に下げられた「赤玉」などがその魂のような象徴となる。考えるに「クリスマス」という行事が世界的に敷衍したのは、元来のキリストの聖誕祭という要素から各国が多文化的要素を持って享受したものだと確認できた。日本では近現代史的に歪な要素からの受容を考えざるを得ないが、我々がドイツや欧州のクリスマスに普遍的な憧憬を抱くのは文化的背景が大きく違うのだと考えさせられた。

多言語の挨拶が音で交わされる変幻さ
そしてかつての同僚にも再会できた
複言語複文化として考える広い視野を持ちたい。


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秋が見つからないで冬

2023-12-07
「誰かさんが誰かさんが誰かさんが見つけた」
だが今年などを考えると「秋」は何処に見つかったのだろうか?
師走の紅葉はもはや普通で1日の寒暖差は激しく

ここのところどの程度寒さに対応した服装にしたらよいか?悩める日々が多くなった。1日の寒暖差が激しく、早朝は一桁台の温度になるが日中は20度近くまで上昇する。今週末にかけて、その傾向がさらに顕著だという天気予報を聴いた。今日は昼休みを挟んで2コマの講義、その時間帯と最終コマで17:00からの講義では教室の気温もだいぶ違っている。もちろん暖房による調整は可能ながら、衣服の着込み具合に迷ってしまう。先月は「一気に寒くなりましたね」という挨拶をどれほど多くの人にしたか計り知れない。9月末頃から考えて、果たして今年は「小さい秋」ですらなかったような印象を持つ。

平安朝に築かれた「勅撰集的季節観」の基盤となる『古今和歌集』では、明らかに「春秋」の歌が多く「夏冬」の歌が少ない。さらに言えば、「春歌」は素材がそれほど多くはないが「秋歌」は素材の宝庫である。勅撰集が続いて作られることで、次第にある程度の均衡は取られていく。だが『新古今和歌集』の藤原定家「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」にあるように「花(春)と紅葉(秋)」をそれぞれの季節の象徴として翳しつつ、その残像の中にある「秋の夕暮」こそが素晴らしいとやはり「秋」を讃える歌がある。(この歌は「三夕の歌」として西行・寂蓮の歌とともに秋の季節観に影響を与えることになる)「春秋」の偏重傾向は中国詩文でも同様で、さらに極端に「夏冬」を素材とした漢詩は少ないという指摘がある。その根拠としてむしろ大陸性気候では「春秋」が極端に短いことが反動的に作用したという説に一定の説得力があった。こうした比較文学論を含めて千年以上もの間、日本では和歌の上で重視されてきた季節観であるが、気候変動の波がもはや日本文化にも大きな影響を及ぼし始めていることを危惧せざるを得ない。

樹々の葉が年内に色付き落葉するかどうか?
俳句の「季語」への理解などもさらに難しくなるのでは
皮肉にも本当に「小さい秋」になって冬。


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「包む文化」の中で心を開いて通じ合うために

2023-10-25
思いを素朴に伝えること
相手の立場で考えること
「包む文化」の日本でこそ開く喜びを

家族でも友人でも、「心が開いて通じ合う」と実感できるのは幸せなことだ。だが「心が開く」という状態になるのは、そう簡単なことではない。どうしても様々なわだかまりから、「本音を言わない」で済ましていることがある。それゆえに人は、食事や酒宴の場を設けることで次第に心が開くことを自ずから意図しているのかもしれない。「美味しい」という感覚は心を次第に柔らかくしてゆき、「酔う」ことから次第に心が大きくなっていく。「美酒佳肴」とは人が心を開くために開発してきた、大きな人類の発明かもしれない。

「オブラートに包む」「遠回しに言う」など、日本では「包む文化」がある。「裸銭」で渡すことに抵抗があり、お寺などでも本尊は姿を隠されていることが多い。和歌史を考えても『万葉集』の素朴で直接的な表現から、『古今集』以降の比喩的・婉曲的な表現が平安朝文化の中で育まれたのは、「包む」文化の源流として特筆すべきことだろう。封入された金銭を開ける期待があり、ご開帳となればその稀少性から仏の生きたご加護があるような気持ちになる。いわば「包む」からこそ、「開く」ことに「ありがたさ」を感じる心がある。ゆえに「包まれている」から「探り合う」のではなく、「開く」機会を意識的に持つ必要もあるのではないかと思う今日この頃である。

時に『万葉集』の語法が求められるときも
御簾・几帳・扇など平安朝の「包む」文化を考えながら
真に安心できるのは「心が開いた」時なのであるから。


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訓読という行為ー解釈・翻訳としてー和漢比較文学会大会シンポ

2022-09-25
中国文の直訳的翻訳
外国語が日本語として読める解釈行為
「訓読」そのものが日本語の文体を鍛え育てたことも

第41回和漢比較文学会大会が、オンライン開催された。新型コロナ第7波の感染状況が見通せない中、計画段階からオンラインによって進められて来た。本年度は対面を復活させる学会もあるところ、地方や海外からの参加も容易な「オンライン」を活かしていく方策として一つの選択であるように思う。個々の参加者の出張費の節約、また会員数減少が問題とされ会費収入の減少が見込まれる学会経費の節減にも有効な手段であるといえる。昨今は大学施設で学会をするにも、費用を請求されるご時世であることも手伝っての選択だ。さて初日は標題のように「訓読」という行為についてのシンポジウムが、長時間に渡り行われた。『新釈全訳日本書紀』(講談社2021)が本格的な注釈ながらも、訓読が付されなかったことを問題意識の出発点として議論は始まった。日本では長年の蓄積から「訓の体系」が編み出され、中国文である漢文を自由に読みこなすことができるようになった。特に『日本書紀』の訓は「字音語」が無い「意訳的」な訓読であり、漢文の一般的な訓読とは異質なものであるなどが、基調講演や報告によって示された。

また「国語教育」の立場から「訓読の学び」のあり方がどのようになっているか?という報告もあり、個人的には大変に興味が惹かれた。現在の学習指導要領では、小学校高学年から中学校1年生まで、漢文に親しむことを意図して「音読」により「訓読文」の学習が設定されている。中2になって「漢詩」を「原文」で扱い、中3で「原文」と「訓読文」の差を意識した学習となり高等学校へと連なる。「探究」という色彩が強くなった今回の学習指導要領の改訂で、高等学校では一層「中国など外国文化との関係」を「国語」の上で考えることが強調された。以上のような報告に対して「音読」から導入される学習段階の成否、また原文を示さず「訓読文」のみを「音読」して、学習者の日常の言語生活といかに関わりがあるかという点について僕は質問を投げ掛けた。オンライン学会として「質問フォーム」への記入のみで発言はないとされていたが、議論の展開から発言を求められ、前述の内容を「例えば唱歌(校歌なども含み)の歌詞の文語を意味がわからないままに唄う音楽の学び」などを例に、「親しむ」という学習目標のあり方の意義を投げ掛ける発言をさせてもらった。「訓読」は歴史の中で「書記言語」の「解釈・翻訳」的な行為であるところ、「訓読文」そのものを「音読」するという「歴史の流れには反した学習過程」があることへ疑義が示される意見も出された。結果、日本語・日本文学の中に生きて来た「声」として通行・慣習化される「訓読」の効果と、まさに「解釈・翻訳」として開発されて来た「体系化」の問題が双方向に絡み合いながら発展して来たのが「訓読」の実態であることも炙り出せたように思う。こうした「訓読」への理解を、特に中学校・高等学校の先生方が深く認識することが大切であることも再認識するシンポジウム内容であった。

「漢文」を「国語」で学ぶ意義の基礎基本
「文化」として「国語」を教えるという教員の意識を醸成しないと
「訓読」という偉大なる文化的遺産を将来に引き継ぐために


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西洋コンプレックスを超えたのだろうか?

2022-06-18
イチロー・ショーヘイらの快挙で
されどどこか「追随」している意識はないか?
「パン」はお洒落なのか?「ごはん」こそ優秀な食糧だが

NHKEテレ「短歌」の笹公人さんの今月の回「パン」を、見逃し配信でやっと観た。テーマは「パン」で身近な「主食」として楽しい歌が多かった。優秀賞一席になった歌は、「この屑はかつて立派な(西洋語の)名前だった。」という趣旨で、笹さんの評が「(他の歌に比して)西洋コンプレックスを超えていてよかった。」というものだった。「バケットを持っている自分の姿が欧州の街にいるようだ」という趣旨の歌もあり、それはそれで大勢が納得する歌だが笹さんの批評眼の深さを学ぶことができた。「パン」または「ケーキ」の名前一つでも、我々は正確には理解できないようなフランス語などの名前に惹かれてはいないだろうか?時折、ケーキのショーケースを眺めて注文する際に、その当該商品の「名札」のカタカナを意味も度外視して一文字ずつ読む経験があるだろう。あまりに長かったりすると「カタカナ」が多少前後した発話になり、お店の人に言い直されたりもする。フランス語など欧州言語を学んだ人ならまだしも、多くの人が英語を学んでおり、まだ英語スペルならば語源も推測することができそうに思う。明治時代の開国以来、僕たちはこのような「西洋コンプレックス」の中で生きている。深刻な小麦などの食糧不足が叫ばれる中、今こそ朝食から「ごはん」を食べてこそ食料自給率が低いこの国を救う気もする。

それでも野球界ではイチローがMLBの歴史を100年近い時を超えて塗り替え、さらにショーヘイがMLBの野球にベーブ・ルースへの原点回帰のような革命をもたらした。もちろんWBCの2006・2009の2連覇や五輪優勝など、40年前では考えられなかった米国代表に勝つ力もつけた日本野球である。さらにはテニス界では言語の融通さも獲得した選手らが活躍し、バスケ界などでも身長差をもろともしない選手の活躍などが目立つ。ただこうして「言語」や「身体」の差に注目することそのものが、「西洋コンプレックス」なのだと思うこともある。会議などで使用される言語もそうだ。「ドラスチック=(社会の変化や政策などが)徹底的で過激なさま」「コンフリクト=意見・感情・利害の衝突。争い。論争。対立。」などが思い浮かぶが、「猛烈・激烈。徹底的」とか「衝突。葛藤。闘争。」などでは駄目なのかと思うことがある。「コンフリクト」などは「IT用語」であり、「コンピューターで同時に同じファイルやメモリが競合して使用され、システムダウンの要因にもなる。」と辞書に見える。こうなると高齢者用に全て日本語表記をした家電やスマホを思い出す。英語教育経験の多寡にもよるのだろうが、外来語依存の日本語の未来を危うく感じる時もある。明治時代は西洋諸外国語を翻訳するために、多くの「明治漢語」が開発された。その漢語を使用していた部分にそのまま諸外国語の単語を使用しやすいという、言語的特性も大きな要因だろう。「猛烈」よりも「ドラスチック」なのか?ふと気象予報は「猛烈」を使用していたなどと気づかされる。

趣旨が本当に公平に正確に伝わるかどうか?
明治時代の西洋に対応した努力を見直すべきところも
「ライス」ではなく「ごはん」いや「めし」とメニューにあった大学時代の店を偲ぶ。


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「つまらないものですが」の思いもよけれ!

2022-03-22
かつて昭和のCMに子どもの勘違いが
欧米人にはわからない謙虚さの典型として
贈り物をいただいた際の反応などにも文化の違いが

僕がまだ小学生の頃だろうか、同じ歳ぐらいの少年が登場するCMで次のような印象深いものがあった。大人が他の人に贈り物を渡す際に、「つまらないものですが」と添えることに興味を持った少年が真に受けて、他の場面で「それはつまらないものです」と言ってしまうユーモアある内容だったと記憶する。確か「渋谷東横のれん街」のCMで、渋谷駅周辺地下街であれば銘店揃いでどんな贈り物でも揃うといったことを宣伝するものであった。今や渋谷駅周辺も大きく変わってしまったが、渋谷を経由して恩師の御宅を訪ねる際などはこのCMが僕にとっては放映しているか否かにかかわらず効果的だったことになる。その上で「つまらないもの」という言い方はどうもかえって失礼のような感覚も、ある時期には持ったことがある。コントなら「つまらないなら持ってくるんじゃない!」と突き返すように、この謙譲的な日本語の習慣にやや嫌気がさした若い時期があったわけだ。贈り物をするなら「自分が好きで美味しいと思うものを選べ」というようなことは、今でも心掛けていることではあるが。

先月の県民芸術祭企画「うたごはん」の最終審査歌会(一部YouTube配信)で、食文化における比較が多く話題になった。食べ方や受け止め方の点で、洋の東西では大きく反転するものがある。スープを音を立てて飲むのは西洋では嫌われるが、蕎麦ならむしろ音を立てるのが粋な食べ方だ。西洋人は公共の食卓で鼻を大きな音を立ててかむものだが、所謂「ゲップ」は大変に嫌われる。炭酸飲料を飲む機会が多いのに、如何なることかと懸命に抑えた経験もある。贈り物をいただいた際は何よりもまずいち早くその場で開封するのが西洋人、開封しないのは中身に期待していないと思われてしまう。しかも包装紙を思いっ切り引き裂くように開封するのが、期待度の大きい証拠で贈り主への敬意に感じると云うのだ。日本の場合は周知のように、包装紙は丁寧にセロテープを引き剥がし、場合によると包装紙を保存しておいて紙細工を楽しむ御婦人なども多い。よっていただいた場面でそのまま開封することが、むしろ憚られた訳だろう。「裸銭」は人への贈り物として忌避され、祖母などはよくちり紙1枚でもお札を包んで僕にくれたものだ。世界情勢は、何が本心で何が嘘かわからない時代になった。相変わらず「八方美人」的な外交にしか見えない我が国であるが、世界で唯一の被爆国として包装紙に包み「つまらないものですが」と言ってもよい、中身において人道的で誰しもが納得する「お菓子」を世界に提供できないものかと思うのである。

卒業生がいつもの厚情として旅立ちの贈り物を
宮崎に学生として4年間学び、4年間を教員として貢献してくれた
8年間の親しき交流への思いが詰まった手紙は僕の財産でもある。


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黒潮の文化をたどるー宮崎ー高知ー和歌山へ

2021-11-24
宮崎から高知さらに和歌山へ
「ウツボ」を食する文化があると云う
年のうちに2回開催された「国文祭・芸文祭」

「国文祭・芸文祭みやざき2020」は新型コロナ感染拡大で、1年延期となった。2021年の7月3日から10月17日まで、延期とはいえ前半7月8月は、感染拡大によって各市町村でのプログラムが中止を余儀なくされたり、オンライン開催となったりと担当の県庁の方々のご苦労を思うと頭が下がる思いであった。イベントを開催する側に立つと、「中止」というのは誠に耐え難いものがある。幸い大学附属図書館で開催した「みやざき大歌会」は、ゲスト歌人の東直子さん・田中ましろさんも対面でお迎えできたが、そこに到るまでには学内の承認なども含め困難な道でもあった。吉田類さんのトークショーはオンライン開催、しかしそれだけに類さんと宮崎との関係を上手く引き出すべく類さんのご著書を読み返したりとあらためて勉強したことも少なくない。その中で「黒潮文化」といった趣旨のことが書かれていて興味深かった。宮崎そして類さんの故郷の高知、さらには和歌山に至る食文化では「ウツボ」を食するという共有点があると云う。確かに僕も宮崎に来て1度だけ、地元に根ざしたコアな寿司屋さんで食したことがある。

昨日、NHKにて「国文祭・芸文祭わかやま2021」(本年10月30日〜11月21日)開会式と併せて「みやざき」の開会式と2大会を振り返る番組が放映された。「わかやま」のキャッチフレーズは「山青し 海青し 文化は輝く」であり、「みやざき」の「海の幸 山の幸 いざ神話の源流へ」と共通したものであることを知った。畿内である「わかやま」では、京都・奈良と連なる古くからの文化も根付いており、高野山の僧侶たちの「声明」の声などは心の奥底へと響く荘厳なものがあった。必然ながら神仏習合の色彩も強く、「山に海に祈る」ことに文化の源流があることに気づかされる。盆地で海のない京都市内や奈良県からすると、海に臨む「わかやま」の文化は機内でも大きな世界へ開いていく傾向があるようだ。山があれば渓谷もあり、海とは川で連なっている。NHK番組の後には吉田類さんの「日本百低山」を放映していたが、類さんの故郷も山の奥なる自然豊かな渓谷であると聞く。あらためて山で生まれた若山牧水が、7歳で海を初めて見た際の感激に思いを寄せる。「SDGs」など盛んに喧伝されているが、元来のこの国の文化を取り戻せば、僕たちは自然と共生できるはずなのだ。「宮崎ー高知ー和歌山」という「黒潮文化」の流れを、あらためて地方にしかできない豊かな文化として再認識すべきであろう。

「山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君」(牧水)
南国に通ずる海の道
黒潮の豊かな流れの恩恵をさらに引き出すべきだろう。


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時系列と因果律の思考をあらためて

2021-08-04
「時が経てば事件は解決に向かう」?
「なぜ?と問うことで理由が明らかになる」
またまた時系列思考での迷走にありやしないか

「物語を読む際の思考」のお話し。その要因が生育環境にあるのか定かではないが、日本人が「物語」を考えると「時系列」で考える傾向が強く、欧米人は「因果律」で考える傾向が強いことが報告されている。我々が絵本を想像すれば容易にわかることだが、冒頭からページをめくるごとに時間が先に進行するのが時系列である。それに対して冒頭に鍵となる物語中の場面が描かれていて、「なぜ?その事件は起こったのか」という問いがくり返され「物語」が進行するのが因果律である。わかりやすい例を挙げておくならば、『水戸黄門』は旅行く先々で農民町人の苦難を知り、その背景に悪政があることを時間をかけて暴き、最後に「三つ葉葵」の印籠という「権力」を翳して解決する物語である。「ラスト5分」にあらゆる問題は解決することを確信しながら時系列物語は進行する。一方で『刑事コロンボ』などは、最後に事件が解決するのは同様だが、冒頭に事件の場面が明示されて、それを「コロンボ」が「なぜ?」「なぜ?」と犯人と眼をつけた人物に問い続けることで次第に「実は!」が明らかになる物語である。よって解決方法は「権力」によるものではなく、「なぜ?」の問い掛けの隙間に表れた綻びを鋭く露見させる各回独自の「コロンボ」の叡智が描かれる。もちろん「ご老公」も、忍びの「弥七」などに事件の「なぜ?」を探らせて裏を取るのではあるが。

高校の「歴史」の授業を思い返してみよう。原始から縄文・弥生時代などから始まり、江戸時代に行き着く頃には息が切れる。一番われわれの生活に影響を及ぼしている近現代史は「時間切れ」になってしまう実情があった。(最近は改善傾向もなくはないだろうが)欧米の「歴史」教育は学習者の問題意識から「なぜ?」を問う展開をすると、学会の報告で聞いたことがある。そう!われわれは元来が「なぜ?」を問わない国民として育てられ、「時間が経てば解決する」と「印籠」「必殺」「スペシュウム光線」「ライダーキック」「波動砲」「超合金合体ロボット」を待望し続ける思考の傾向があることを知るべきだろう。いささかお断りをしておくならば、「ウルトラシリーズ」の中でも『ウルトラセブン』に関しては、「なぜこの怪獣が地球を襲うのか?」という問いに対する「哀しい物語」が用意されていた。また「波動砲」で敵を殲滅する『宇宙戦艦ヤマト』では、ガミラス星を攻撃した後に「自分たちは何のためにこんな戦いをしているのか?」という戦争と平和に対する「なぜ?」の問いがあった。よってまったく因果律を思考しない訳ではないのだが、「切り札」を待望し時系列の未来を単純に待つ傾向が強いのである。話は遠回りをしたのだが、この1年半もわれわれは『水戸黄門』の結末を待望し楽観視をし過ぎたのではないだろうか。その結果、「ご老公」にもならぬ「悪徳商人の番頭」みたいな者の戯言に、活路の見えない明日しか描けないところまで来てしまったのである。

「なぜ?」を日々問うことの重要性
こんな波が来ようとは、では始まらまぬ
「なぜ?」感染症が拡がったのか、「コロンボ」のような緻密で大胆な問いが求められる。


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