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地元の先生になろう

2020-12-18
自分を育ててくれた「母校」への思い
「地域推薦枠入試」
教員養成学部の新しい模索

「先生になりたい」いつこの気持ちが芽生えたかは、人によって様々である。だが仕事の上で多くの学生にその経験を聞く機会があるが、やはり「母校の先生になりたい」と思って志望が起動した者は少なくない。同時に「憧れの(良い)先生」に出逢っている場合も多く、やはり「教育」とは「継承」であることを思わざるを得ない。また時折学生の中にもいるのだが、僕のように「こんな教育の現状を黙って見てられない」という使命感に満ちた志望動機を持つ者もいる。「一人で喋るだけの先生」とか「教科の力量が生徒から見ても心もとない先生」の存在が、反面教師的に作用した結果ということになる。

朝日新聞Web版記事(12/16付)に「『地元で教員志望』の高校生へ 広がる地域推薦枠入試」の記事を読んだ。「山梨大学」とともに僕の所属学部のことが記事内容に取り上げられていた。今年の三月に県庁での記者発表に臨席したが、2022年度入試から15人に拡大して、推薦で「宮崎県教員志望枠」の募集が開始される。この傾向が広がる要因として、現状で「小学校教員採用者の需要」が採用人数を超えていること。学校現場での年齢構成の偏りが顕著であること。さらにはコロナ禍で、地方定着志向が強まったことなどが挙げられよう。都市部のテレワーク等の導入で、地方への移住を検討する人も少なくないと云う。ある意味でようやく「新型コロナ」によって、都市部一極集中という国土地理の社会的問題に解決の楔が打たれようとしているのだ。政治がこれを主導して解決できないことは情けない限りだが、せめて「地方」が主導してその土地と教育の良さを中高生に再認識してもらう機会を創る努力をし続けるべきではないかと思う。

県内で活躍するゼミの卒業生たち
ただ技術的に教員を育てればいいわけではない
地元で先生になりたい高校生の純粋な心に火を灯さなければなるまい。


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色々な先生がいるものだが

2020-12-05
漱石『坊っちゃん』
「先生」は一様なタイプばかりでは・・・
個性あってこその多様性のある教育

学生がよく口にすることで「教員に向いているかいないか?」というものがある。もしこの問いに悩むとすれば、「教員はこのような人でなければならない」という一定の指標があることになるが果たしてそうなのか?あらゆる職業に対して同様に思うのだが、「向いているか否か」ではなく「志を持ち続けるか否か」のように思う。もとより、人の性向を二者択一で断ずる思考方法を考え直すべきかもしれない。短歌を創ってみようという段階でも少しやっただけで、「短歌に向いていない」と口にする人がいる。だが果たしてそうなのか?自分の可能性は自分でもそう簡単にわかるわけはない。自分が本気で体験する前に、自分で自分の可能性を摘んでしまっている。何よりこの思い込みが人生を閉鎖的にしてしまう。

「向いているかどうか」も「今すぐに役立つかどうか」も、長い人生で若いうちに悟れるわけはない。学生にこのような思考の傾向があるのは、高等学校の早い段階から「文系か理系か」といったタイプ別二項対立の選択を迫られ、その時点で「国語が苦手か数学が苦手か」という指標のみで他の分野を切り捨ててしまう学校の指導にも問題があるのではないかと思う。キャリア教育の重要性も叫ばれているが、もとより高校生の時点で、どれほど自らの志向や資質能力に自覚的になれるというのか?問題は高等学校の教育のみならず、大学入試制度にも大きな問題があろう。偏差値で輪切りにされた受験選択は、往々にして個々の真の「志」に優先されて発動される。「教員志望」についてもそうだ、学校の「先生」は様々な多彩なキャラクターがいてこそ、子どもたちは社会を知るべく健全に育つのだ。などと考えると決して学生の思考のせいにばかりはしていられないことに気づくのである。

「先生」も社会的に広い視野を
「昭和」には少なくとも多彩な先生がいた
この国の将来を見据えた重大な問題ではないか。


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語りや脱線の国語教師

2020-11-28
宮崎の教育の安心
時代に抗って語れる経験と余裕と
文学を国語を好きな生徒を育てるために

宮崎県高等学校国語教育研究会国語部会秋季大会に講演を依頼いただき出席した。県内高等学校の国語教員の先生方が、概ね60名以上は集まったであろうか。僕自身も高等学校での教歴は長く、集まった方々とは同僚のようにともに新しい時代の国語教育を考えていきたいという気持ちを込めての参加であった。僕の講演は午後に設定されていたが、午前中には宮崎で長年教壇に立たれ教頭・校長を歴任された先生の「私の『国語教師』論」のご講演もあった。先生が話される内容には、実に共感する点が多く、嘗ての高等学校現場の余裕と冗談と同僚性に富んだ時代性の良さが、様々な具体例とともに語られた。中には「文学国語」と「論理国語」に分けることを愚策だと痛烈に批判する内容もあり、ある意味でみんなが言いたいが言えないようなことを爽快に言い切る潔さとユーモアに富んでいるお話であった。

「試験づくり」を見ればその国語教師の姿勢がわかる。誠に至言である。この「試験」という部分は、現在の大学であれば「オンライン講義」や「ゼミ」などに置き換えられるのであろう。生徒・学生といかに向き合うか。教材を入試のために「速く読む」ことばかりが求められるような社会風潮であるが、「ゆっくり読む」ことこそが大切である。「すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる」「国語は人生に寄り添う教科である」等々、講演の内容として覚書としておきたいことはさらに続いた。閉鎖的な入試対策学力観に拘束されたような現在の高等学校国語、特に文学の学びは瀕死の状態で文学研究者や心ある国語教師からの抵抗が続く現状である。僕自身の講演では、前述した先生の講演に呼応するように、「(文学)創作」や「物語」「演劇(脚本)」などを制作することを目標として「文学で遊ぶ」学びの醸成を意図したものであった。少なくとも「短歌」には、常に当事者の人生が寄り添う。「遊ぶ」とはまさに思考の彷徨を繰り返し「遊学」するということだ。短歌県日本一を目指している宮崎モデルの豊かな国語教育を根付かせる、そんな「短歌」に連携した使命をあらためて噛み締める機会であった。

高校国語と大学入試という長年の課題
人生に寄り添う思考があれば乗り越えていける
語りと脱線の中に明日が見えてくるのである。


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県内高校行脚ー高大連携へ向けて

2020-11-22
出前講義今秋5校へ
短歌が教師へ興味ある学生へ
宮崎の教育をつなぐための行脚

校種ごとの連携が様々な面で提起されて久しい。私立は従前から中高一貫教育を基本としている場合も多いが、公立でも「中等学校」として6年間を見据えた学校が多くなった。高校入試の隔たりがなく中学校時点で「先取り」などとして高等学校の学習課程内容も履修し、最終的に大学入試に有利な状況を作り出すというのが従来の「中高一貫」における一般的な方法であった。現に僕自身も私立中高一貫校で「大学入試実績」のみしか見据えない教育に携わっていた経験がある。ここでの違和感は前述した「のみ」である。「先取り」学習は一見合理的のようだが、理解できない生徒を切り捨ててしまう方策でもある。発達段階を考慮し「ゆっくり」学習したい生徒にとっては引き摺られてしまうごとき、苦難となってしまいかねない。

以上のような経験則があるのだが、ならば高大連携教育を円滑なものにすることが大きな課題であると気づかされる。中学校・高等学校で「入試問題」の枠内で正解主義に囚われた教育ではなく、各教科の真の目標を見据えた教育を実践できる環境を醸成することが求められよう。「国語」であれば「思考力・想像力・表現力」をどの領域でも備え、伝え合う力や言語感覚に長けた、古典から近・現代文学のジャンルを問わず興味関心の深い生徒らの育成である。端的にいうならば、短歌に親しむ生徒らはこれらの力と興味関心に溢れている。このような前提から宮崎県では「短歌創作」を柱にした「文学」を根底に据えた初等・中等教育を展開すべきではないかと思う。以上のようなことを考えて、この秋は県内5校の高等学校へ出前講義に赴いてきた訳である。

高等学校の「国語」を新しく
短歌に眼を開きそうな生徒らの視線
今週は県内高等学校国語科の先生方の研究大会での講演を控えている。


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仕方なく進めるべきなのか?9月入学

2020-04-30
東大が2012年に導入を断念
秋学期入学枠を設けた大学も
この事態になって「9月入学」と言われるのだが

世界の多くの国の学校制度は、9月始業で5月か6月頃までには終業する。日本ではあまり疑いもなく、4月〜1月か2月ごろまでの年度構成で学校が運営されてきた。従前から海外留学をする生徒・学生にとっては半年のズレが生じ、大学の在籍年数などにおいて余計に1年間が加算せざるを得ない状況であった。この学年制度のみが原因ではないと思われるが、2000年代に入っってからの日本人の留学生数は激減して内向き志向になってきた。一方で「グローバル化」などという言葉が、盛んに喧伝される矛盾した社会構造を特に教育界では実感してきた。制度のみならず質的な面でも、日本の大学のあり方そのものが欧米に比して見劣りする。現に世界の大学ランキングでも、OECDの学力的な位置づけやGDPに比して見たときに決して高くなく、アジア諸国でも見劣りするのは我が国の将来を考える上で憂えるべき問題であった。

新型コロナ感染拡大によって、社会の表面を覆っていた水位がかなり干上がり、今までは見えなかったものが見えるようになっていることが多い。問題視されていたものに蓋をするかのように社会の表面から水没させ、放置して何ら問題解決に向き合わず思考停止になっていたことがいかに多いかと痛感している。世界各国の感染対策においても、「国民の満足度」からするとかなり貧弱な我が国の状況が浮き彫りになっているではないか。医療現場などで人材も予算も「合理化」と言って正当化し、削減してきた様々な現場の窮状が露呈されているのではないか。学校制度に関していえば、ICT教育の整備事業も語学教育のグローバル化においても迷走するばかりで、現場の実情と国の議論が乖離する状況が続いてきたように思う。そこにきて場当たり的に「9月入学」が提起されつつある。我々教育現場に関わるものが真摯に考えねばならない問題ではあるが、いかにも「仕方なく」消極的に議論される実情こそが教育の現在を浮き彫りにしているのではないか。もちろん我々大学教員がどうあるべきか?という面でも水位が急に下がり始め、今後の生き方が問われているように思うのだが。

「今まで通り」は戻らないとすれば、
ならばいかに思考停止せずに向き合うか。
何を否定し何を肯定するかのみでは収まらない時代が来ている。


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愛せよ宮崎ー「県教員希望枠」記者会見

2020-03-28
宮崎の先生になろう
高等学校の進路指導から推薦受験
入学(養成)→採用(研修)への協働

県庁の特別室、午前11時の開始前に教育庁のある棟から僕ら大学関係者5名が案内されて会見場となる同室に向かった。昨日の朝刊で既に地元紙がWeb掲載情報を元に記事を掲載したが、「宮崎県教員希望枠」の推薦入試を新たに2022年度(令和4年度)から実施することの発表記者会見である。会見は主に教育長と学部長が手を組む形で、この新しい推薦入試制度についてテレビカメラや記者を前に説明をした。県教委と協働し高等学校長から推薦を受け、将来において宮崎県で小学校教員になる志望のある高校生の入学を受け入れて、4年間で大学が教員としての資質・能力を育て、教員採用試験においても在学中の学修基準が満たされていれば一次免除とする。大学側の立場から述べるならば、高等学校の教員志望キャリア教育とともに、県教委の採用・研修にも協働する形となる。

新制度は、全校初の試みとして注目を集めることになりそうである。都道府県を問わず現状で小学校教員の人材不足はかなり深刻な状況。現況で60歳定年になる世代の人数が甚だ多く、これまで宮崎県も採用受験年齢制限の撤廃や実技科目の軽減、小中学校の併願などの施策を打ち出して解消に努めていた。それでもなお、しばらくの間は人数不足が続く状況である。地域貢献を旨とする国立大学法人としては、県の特に「小学校」の教員となる人材をいかに適正な規模で養成するかが、存在意義を証明するための大きな使命である。見方を変えてキャリア教育の視点から述べるならば、宮崎県の高校生の離県率は全国でも屈指に高いという問題点もある。就職のみならず大学進学先でも福岡や関西・関東などへの進学が必然的に多くなる。だが、既に僕は在学生らと接して実感するが、宮崎愛に満ちた出身者も少なくない。そんな地元愛と教員志望の情熱を持った学生を、僕らは真に育てたいと願う。また新推薦入試制度は、他県の高等学校からも受験可能、この自然豊かな誇り高き宮崎で「先生」になりたいと、県の魅力そのものも発信していかねばならないと思う。

育てがいのある学生たちよ
いざ本学で学び「宮崎の先生」になろう!
そんな記者会見に臨席し何人もの卒業生の宮崎愛ある「先生」の顔を思い出した。


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教育学部の底力

2020-03-24
学部単位での卒業証書・学位記授与式
会場作りをする事務職員の方々に脱帽
さて、本日いよいよ当日なり

例年は宮崎が誇る世界的なコンベンションセンターのシーガイアで挙行される大学卒業式、県知事なども御来賓としてご祝辞を賜り、保護者を含めて2000人ほどの来場者で華々しく行われる。だが今年は、新型コロナウイルス感染拡大予防の観点から大学本部は早々にこの大規模な卒業式の中止を決定した。既に常識的な知識となったが、密閉した換気の悪い空間で大人数が手の届く範囲で会話や発声を行う環境、卒業式とともに同会場で行われる学部の立食パーティーを含めて、極めて危険な環境にあることは自明であった。大学本部が出した方針は、学部学科ごとの小規模で短時間な卒業証書・学位記授与式である。そこから学部の裁量でいかなる式を挙行するか、現在の役職の立場として委員の先生方や事務職員の方々と検討し準備を進めてきた。いよいよ、本日がその式当日となった。

昨日の夕刻、会場準備や式の段取りを確認するために会場となる講義棟の教室に出向いた。既に事務職員の方々が、様々な装飾を施す作業に取り組んでいた。そこで驚くほど心を動かされたのは、事務職員の方々の温かい卒業生らを思いやる気持ちである。前述したような華々しく大規模な卒業式ができなくなってしまった卒業生らの思いを、存分に心で受け止めるごとく僕などが想像していた以上の会場を創り上げようとしていた。他学部がどのようにするか?と言った情報も小耳に挟むのであるが、間違いなく教育学部はその特長を活かした手作り感のある会場で卒業生を送ることができそうである。中高教員を長くしてきた僕にとって、こうした「文化祭前夜」のような「気分」には、甚だ感情の襞に訴えるものがある。事務職員の方々は。「先生たちはもうお帰り下さい」と言ってくれたが、なかなか講義棟を後にすることができなかった。「学校」は誰しもが経験する素晴らしき場所、それは今回の全国的な休講措置で「早く学校に行きたい」という児童生徒が多いことからもわかる。その「気分」が、確実に教育学部の底力として事務職員の方々から醸し出されていたのは素晴らしい。

いよいよ本日10:30から3回に分けて
僕ら教育学部が今できる最善の卒業証書・学位記授与式
「学校」人と人との笑顔がある以上、人類は前に歩むしかない。


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恩師の力は亡くなりてなお

2020-01-27
「幕尻」という表現
場所中に悲しみの報せの中
番付を思わせない立派な相撲で優勝

「幕尻」という表現語彙も実力世界の偏見視を感じさせたが、大相撲でこの番付で優勝するのは20年ぶりであると云う。昨日の小欄に続き大相撲の話題。見事に徳勝龍関が、初場所14勝1敗という見事な成績で優勝を果たした。取り組みがあらかじめ全て決定している他の競技と違い、大相撲は前日の結果などによって取り組みが定められるようだ。前日の十四日目に単独で1敗を守った徳勝龍であったが、大関・貴景勝との取り組みとなったのは力の世界の無情な掟も感じさせたが、観る側にとっては興味深いものでもあり、「幕尻」力士が千秋楽結びの一番に上がるというのも昭和以降初めてという快挙であったようだ。結果、徳勝龍は「優勝」に見合った見事な相撲により、自らの力で賜杯を手にした。

優勝してみて話題となったが、徳勝龍関の近畿大学時代の恩師が場所中に急逝されたと知った。インタビューでも「(見守っていたという感覚ではなく・私注)先生が一緒に土俵の上で闘ってくれていた」という表現を述べた。師というものは、弟子に競技の技術や体力の鍛錬、さらには心構えなどを教えるものであるが、その場凌ぎではなく恒常的に力が付いていてこそ師匠と呼べるのであろう。徳勝龍の大学時代の恩師はまさに、死してなお教え子に力を与え続けている。考えてみれば、僕なども学問の恩師である学部・大学院それぞれの指導教授の教えから、今も力をいただくことも多い。更には大学受験でお世話になり長年のお付き合いがあった英語の恩師の言葉を今もこの自宅の机上に掲げ日々の力にしている。先生は云う「読んで面白い売れる本を書きなさい」と。僕も研究者としては「幕尻」から這い上がって来た部類だが、徳勝龍関も昭和33年(6場所定着)以降で3番目の年長優勝。彼の優勝に刺激をいただき、今年は著書の執筆に勤しむ思いを新たにするのである。

恩師の声の偉大さ
果たして僕は教え子たちに
教育の素晴らしさに眼を開く初場所大相撲であった。


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思いつくお喋りする落書きする

2020-01-23
「ワールドカフェ」方式
「2列トーク」で情報収集
考えて話すから話して考えるへ

「思いつき」「お喋り」「落書き」などと言うと、学校の学習活動としてはむしろ禁じられることだと思う人が多いであろう。「よく考えて」「静かに」「整えて書く」などと先生に指導されそうなことである。旧来の〈教室〉では、後者を原則に授業が進められていた。少なくとも「お喋り」はまず第一に禁じられることである。しかし、最近はむしろ前者のような姿勢でこそ「思考力・判断力・表現力」などを育むことができると考えられるようになった。冒頭に記した「ワールドカフェ」方式というのは、「カフェ」で行うような、オープンで自由な会話のことで、活き活きとした意見交換や、新たな発想の誕生が期待できる趣旨の方法である。また、「2列トーク」も「1分」程度の短い時間に、相手と向き合い思いつくままに自由に対話する。決して「用意したもの」を話すわけではない。

今も日本社会の様々な場面で、「原稿読み」のような”プレゼン”ならぬ「読み上げ」が行われる。本人が伝えたいことを述べているようには、まず思えない表現力だ。本当に「創造的」であるためには縛られずに自由に話す書く必要がある。ノートや壁の「落書き」が、芸術的なほどに昇華していることは少なくない。以上のような考え方を導入して、附属中学校で研究授業が実施された。教材は『走れメロス』であり、授業の目標は「群読劇を客観的に自己評価し他者との違いに気づき、表現の仕方や脚本の構成をよりよく改善しよう。」であった。僕自身が15年以上前から取り組んでいた「群読劇」を、創って終わりではなくその改善について前述のような方法で練り上げていく構想である。「群読劇」は脚本から創造する過程そのものが「対話的」であるが、より客観的な評価を加えるために、タブレットの動画映像を利用して振り返ることができたりと僕が中学校教員の頃よりさらなる先へと進んでいる。授業を参観していて「こういう授業がしたかったのだ」という思いを抱く発見が多々あった。

図書館でも「静粛に」ではなく「自由に話す」
模造紙上の脚本にどんどんと落書きをしていく
日本の〈教室〉が旧態依然では社会が変わらない。


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国立大学法人教育学部

2019-12-07
地域の教育に貢献
教員養成に専念
多様な子どもたち・多様な教師

自分自身が高校2年生ぐらいの頃、どんな進路選択をしようとしていたかをよく思い返すことがある。自営業に励む親からはあまり推奨されなかった「教員」になりたくなってしまい、その「矛盾」を常に感じながらも、「やりたいこと」を炙り出していたような精神作用があった。たとえ「教員」になるとしても、視野の広い了見が狭くない人物を目指したいと思っていた。その秋頃には首都圏の(当時は)国立大学教育学部のキャンパスを訪れてみた。比較的広大な敷地に低層な建物が並び、学生の人口密度は決して高くない雰囲気が漂っていた。その際に感じたことは、他学部があって「教育学部」のみの視野で閉鎖的にならない環境が望ましいということである。結果的に受験では私立大学文学部志望となり、広い「了見」を叶えることになった。

「教師こそ多様で社会的に開いた存在」であるべきだと思う。よく漱石の『坊っちゃん』に描かれる学校の教師の多様さこそ、「近代」が辿り着いた教育のあり様だと言われることがある。個々の「教師」が多様な受け止め方をしてくれることで、子どもたちは安心感を得る。だが、僕自身も体験してきた学校教育は、規則の中で一律に子どもたちに対応することを求めていた。現在、不登校をはじめ多くの課題が教育現場にあるが、それらはやはり一様な子どもたちであることを強制し、一定の鋳型の中に嵌め込もうとする教育が原因となっていることが多いように思う。国際的に「読解力」が低下したことも、多様な視点を持つことが建前であることを露見させているのではないか。さて、地域の教員養成を担う国立大学法人教育学部は、この現在をいかに生きたらよいか?そんな命題をあらためて噛みしめる日々である。

僕自身が育てられた環境を胸に
いまどんな学生たちを育てればよいのだろう
九州沖縄地区の教育学部に与えられた使命やいかに。



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