追われず心の余韻をひびかせる
2023-02-23
仕事・会議・仕事・来訪者・仕事終わらせど終わらせど我が仕事終わらず
それゆえに心の余韻を響かせるささやかな時間を
仕事の季節性という意味でいえば、僕の場合はこの時期がピークであろうか。卒論をはじめ学期末の評価・年度末へまとめの書類・次年度への企画立案・その準備等々と誠に切れ目のない仕事が綿々と続いている印象だ。それに加えて外部編集委員会の仕事など、研究者としてやるべきことは山積している。そんな中でも若山牧水賞授賞式は、多くの歌人の方々ともお会いできて誠に心に栄養を注入してもらうような機会であった。その場にいて確実に心の養分となるような機会、人生には明らかにそんな場所との出逢いが必要である。短歌が「余韻のひびき」の文学であるとすれば、生き方にも同様な時間が必要なのだと思う。
授賞式及び祝賀会で得られた多くの方々の言葉は、確実に養分となって僕の心を刺激している。受賞者の奥田亡羊さんと酔いに任せて交わした言葉の一つひとつに沁み入るものがあり、その背後には佐佐木幸綱先生や伊藤一彦先生の歌が立っているような感覚になる。選考委員の栗木京子さんにも宮大短歌会のことについてお褒めいただき、また小島なおさんとはニシタチ餃子談義に花が咲いた。こうした誠にありがたき宮崎の短歌環境を、僕自身がどう受け止めて行くかが大切なのだろう。肝心なのは、1日の中で「余韻がひびく」時間をささやかでも持つことだ。あらためてそんなことを考えて、今日の朝を迎えている。
新たに出逢った方々もあり貴重な機会に
片やWBC日本代表合宿は終盤を迎えつつある
さて、今日の「余韻」はどう響かせて生きようか?
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あまねくひとを愛せよーテーマ「恋」「愛」のうたを詠む
2023-02-05
地域人材育成講義「短歌県みやざき」ことばの力と牧水入門「恋」はあまねく人を「愛」するということ
そしてまた人との交流を楽しむ!
もうかれこれ5年以上になるだろうか?「地域人材育成」を掲げた講義で9回のオンデマンドコンテンツに併せて、3コマ×2回の対面集中講義を担当している。コロナ以前からオンデマンドコンテンツを作成していたことは、感染拡大に突入しても慌てずに対応できた点でありがたい出逢いであった。またこの対面集中講義では、参加者が抵抗なく誰しもが短歌を詠めるような工夫を凝らし、最終的に歌会を実施する構成によって「短歌県」の講義として相応しい内容を目指している。この日は、「牧水短歌甲子園作品集」より精選した歌によって、仮の歌会体験をしてテーマ「恋」に触発されることから始める。その後、約40分で短歌一首を詠む。そして最後は受講者歌会を開催して講義は締め括られる。「テーマ恋」を考えるに最近思うのは、何も「恋人」との関係のみではないということ。「じいちゃん」とか「母」とか、身近な親しみの持てる人をあまねく愛することを考えることが重要だ。
などと考えて講義を終えたところ、昨晩に親交を深めた同級生の友人にまた会いたくなった。別れ際に「明日も来られるなら!」と声をかけてくれていたのが、忘れられずに頭にこびりついていたのだ。彼が宮崎に滞在するのも、1年を通してそう多い訳ではない。それなら!と思い立ち連絡を入れると、すぐに返信がありその後の予定時間が僕にとってもちょうどよい状況だとわかった。妻には2夜連続の留守を認めてもらって感謝ばかり、僕が人間の幅を増すための時間に理解があって本当にありがたい。この日に友人が指定した店がまた、実に美味しく楽しい空間だった。さらに2名の新たなる出逢いもあって、言葉のみならず人間の度量が拡がった思いがした。ある意味で人生の上での大きな趣味である「野球」において、新たな境地に入ったような気になってくる。最後は再び縁のある餃子店へ、ちょうど少年が店にいて彼にも「大きな夢」が温かく提供された。「恋」「愛」は間違いなく、友人関係にも適応されるものだと思う。一緒に語り合って楽しい時間こそが人生の宝である。
宮崎移住を考えている若者
そしてメジャー経験のある方とも
野球を愛し宮崎を愛す
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あたたかさとはなにか?身に沁みる冬の夜空
2023-01-12
ある著名な方からのあたたかい贈り物思いをつないでいつも心を寄せることの大切さ
そして色々なことに気づかせていただき学びを得る
人とのお付き合いこそ、人生の醍醐味である。かの若山牧水は旅好き酒好きで知られるが、言い換えれば訪問を重ね酒宴で交わるゆえ「人好き」だと考えた方がよい。同世代の詩人である萩原朔太郎との交流も知られるが、朔太郎のいない群馬県の実家を突如訪問した際には、あまりに着飾らない旅姿に朔太郎の親が「これが著名な牧水とは思えない」と判断し追い返したという逸話もある。縁あれば飾らず「訪ねる」ことの大切さを、考えさせられる。僕自身の交流を思うに、世に著名な方々とのお付き合いから学ぶことが多い。偶然の出逢いの契機、著名とはいえ飾らないお人柄、人としてのあたたかみが深く感じられる方々との交流は、人生に厚みと豊かさを与えてくれる。
昨日は「あたたかいもの」と謎かけのあった贈り物が届いた。京老舗のうどんで、この時節に格好の逸品であった。先月に上京した折が、偶々公演日であったことから残り少ないチケットを入手し観劇することができた。感染対応で終演後のご挨拶などもできず、通信でのやり取りであったが芝居に心を寄せた思いが十分に伝わっていて嬉しかった。その後もクリスマスに向けて、自著をお送りするなど小まめな交流によって心があたためられていた。自己を飾らず接することで、真心でのお付き合いができることを知る。「人生そのものが旅」だとすれば、先方との「駅」に途中下車する時間が誠に尊い。幸いSNSなどでの小まめなメッセージ交換が可能な世の中もありがたい。冬ゆえの「あたたかいもの」を、心に深く受け止める夜であった。
人付き合いは人生の宝
生身の人間が裸のこころで向き合うこと
あたたかさとはなにか?誠に身に沁みる冬の夜空である。
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「年賀状/SNS」という図式のこと
2023-01-02
「手書き/デジタル」=「万年筆・筆ペン/タッチ画面・キーボード」「旧友/新しい友だち」=スマホ所持を境にした友だち境界線
手で刻む文字の行くへはどうなるのだろうか?
世間では年賀状の販売枚数が、年々減っているとの報道をみた。かくいう僕もほぼ100枚限定という感じで、この10年ほどそれ以上に増えることはない。僕がスマホを所持してほぼ干支がひと廻りしたが、SNSで繋がる「新しい友だち」についてはWeb上でのやり取りが年賀状と同様の役割をしているように思う。ゆえに元日は「年賀状」の構図めいた「初日の出」などの写真を投稿し、お互いに挨拶ができるような土壌を作り出したりもする。この日は、たまたまSNS上でやり取りをしていた教え子の嫁ぎ先である酒蔵の酒を、義姉夫婦が京都旅行の土産に買って来た。なんの気なしに「現在は海外在住で日本人学校で『国語』を教えている」という話題に、高校時代の「国語」担当教師として話しかけたくなったというわけである。それにしても縁というのは、誠に不思議なもので、進路相談で語り合った教え子の進学先の大学という人との繋がりが、こうした形で僕の前に突然に顔を出すのである。教え子と今も交流できているのはSNSのお陰であり、頑張る卒業生の姿が知られるという効用は大きい。
教え子を考えても、明らかに初任校の卒業生とは多くが「年賀状」で繋がっている。初めて担任をした頃の卒業生は、子どもらが成人を超えて立派に成長している者も少なくない。近況報告はほとんど1年1回の「年賀状」という「63円」の価値が活かされている。もちろんコメントに「会いたい」などの趣旨をお互いには書くのだが、なかなか現実にはそうもならない。こう考えると現状で「年賀状」で繋がっている人々とは、容易にやり取りを断ち切ることはできない。昨今は、宛名までデジタル情報からのプリントという形式が多くなった。場合によるとデータを提供すれば、年賀状印刷会社が「無料」で宛名まで印刷して販売してくれるようだ。だが100枚の年賀状を出すからには、僕は「手書き宛名&コメント」を必須としている。しかも万年筆などで「思いを刻む」ような書き方にこだわりがある。「学校のノート」がそうであるように、「手書きで文字を刻む」意義があると信じたい世代でもある。などと考えながら、SNSも疎かにせず今年も多くの人々と新年のご挨拶を交わしている。
出会えた多くの人々の今年
自分自身の「今此処」を定めるためにも
果たして「年賀状」が消える日は来るのであろうか?
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集中講義・大河ドラマ最終回・W杯決勝
2022-12-19
年末らしき光景に新たな色も加わり対面集中講義に集まったゆえに個々の読みと他者と協働で
夜は「鎌倉殿の13人」最終回、そしてW杯決勝
年末恒例なものが、行われる時期になった。「『短歌県みやざき』ことばの力と牧水入門」は9回分がオンライン配信講義コンテンツが作成してあり、各自が自宅で学ぶことができる。総計15回の残りの6回を二分割し、3回ずつの集中講義を12月と2月に実施している。これが恒例となって既に5年ほどになるだろうか。コロナ禍前からオンラインコンテンツを作成していたのは、当時はかなりの負担であったが自分の学びとして大変に意義深かった。現在では「九州学」という九州地区国立10大学の連携講義にも2回分を提供しているマルチコンテンツである。この日は集中講義に、21名の学生が集まった。前半は牧水の歌から「声と耳」を起点に作られた短歌12首から1首を選び、各自の読み方を紹介するという歌会方式で進めた。コンテンツの視聴回数などはまだ確認していないが、短歌の読み方をはじめ学習の効果が感じられる面もあった。後半は牧水が「宮崎を詠んだ歌」8首から1首を選び、同じ歌を選んだ者同士がグループとなり、短歌を使って宮崎の魅力をプレゼンするという内容。都井岬・油津・高千穂、そして「青の国」など学生たちの発表が楽しかった。
この日は楽しみというか、気落ちが揺れるものが夜に二つ控えていた。一つは大河ドラマ「鎌倉殿の13人」最終回60分拡大版である。「承久の乱」をはじめ最終回に描くものはまだまだ盛りだくさんと思っていたが、前半であっさり描かれ、むしろ北条義時をめぐる周囲の人間関係を中心に彼の最期が精緻に描かれていた。『吾妻鏡』の記述に忠実に描かれつつも、「人間ドラマ」なのだという三谷幸喜の脚本はやはり見応えがあった。「鎌倉を守る」ためには憎まれることも辞さず、という時に強硬な姿勢も貫いてきた義時の生き様とは何であったか?権勢とは政治的権力とは?そして人はなぜ戦い殺し合うのか?各回ごとに様々な「人間模様」を考えさせられた大河ドラマであった。義時のみならずもちろん姉の北条政子の生き様も重要で、「姉か母か」という中で政子の葛藤が最期のシーンには大きく関わることになる。親族間の争い、また朝廷と幕府、動乱の武家政権の誕生期にあって、まさに現代の暗くも重い世界情勢にも思いを致すことになった。そして深夜にはW杯決勝のキックオフ、僕自身の葛藤は本日が人間ドッグ検診であること。早々に夕食は終えて、検診への影響も考えて就寝するかどうかの大きな葛藤を抱えた夜となった。
牧水で宮崎を語り
大河ドラマに人間の栄光と暗躍を観て
せめて世界はスポーツで競い合えとの願いを込めて。
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あらゆるものは繋がっている
2022-12-12
何処に住むのか?という選択伴侶に似たような繋がる必然
生きるうえでの天命を考える
肖像写真をみるに然り、甚だしく親しみを覚えるのが若山牧水である。研究室の机の正面となる壁に肖像を掲げているので、日々見上げるたびにそう思う。それは単なる贔屓の思い込みだと感じていたが、どうやらそうでもないらしい。牧水を慕い研究対象としていることは必然であり、宮崎に来る以前から「繋がっていた」と言っても過言ではない。東京は文京区「護国寺正門前」の交差点から、東の方角を見上げると丘の上に立つマンションが見えた。分譲中であるのが何となく気になり、モデルルームを訪ねるとトントン拍子で購入するに至った。東京23区で海抜が一番高い交差点に近く、12階の部屋であったため西側の窓から富士山の眺めが大変によかったのも魅力の一つであった。居住中に管理組合の理事長も2期務め、オーナーや管理人の方とも親しい関係を結んでいた。玄関前の踊り場からは、東京スカイツリーが次第に高くなって行く過程が見えた。博士号を取得し大学教員になりたいという人生の野望が、大詰めを迎えている大切な時期にこのマンションで約7年間を過ごした。その結果、なぜか宮崎への赴任に導かれることになった。
牧水の書簡集を読んでいて、「小石川東京病院の隣であった仕事場」を発見した。第7歌集『秋風の歌』には「病院に入りたし」という連作があり、この「仕事場」で詠んだ歌とされている。隣の病院の窓を意識し、そこに居る看護婦と顔馴染みになることなどが歌に詠まれている。この「牧水の仕事場」こそが前述した僕が宮崎赴任前に住んでいたマンションの場所そのものなのである。牧水は当時、巣鴨から大塚あたりに何箇所かの居住地を転々としている。思い出されるのは、ともに新しい時代の詩歌を目指そうとした盟友・石川啄木の死に臨んだことだ。「啄木終焉の地」というのもまた、僕が中学校時代によく野球の試合で訪れた茗荷谷から小石川方面にある中学校にほど近い場所にある。盟友の死に際しあれこれと奔走し見送った牧水、その足跡のある街を僕は尽く知り尽くしているのである。探れば探るほど、牧水と僕の繋がりは必然とも思えて来る事ばかりだ。運命論によく云われる事だが、人間のあらゆる出逢いは繋がっている。牧水が東京で如何様に過ごしていたか?僕はそれを描く必然な運命を背負っているようだ。
「今日」は気づかないことを「明日」気づくことも
そして気づくためにあれこれと前向きに生きる必要がある
あらゆるものは繋がっている、誠に不思議でならない宮崎での10年目なのである。
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それがあっての今日〜Yesterday2022〜
2022-12-10
「昨日があって今日がある今日があって明日がある」
2011年初演の際はともに舞台を観たマスターを偲び
声優TARAKO作・演出作品。赤坂レッドシアターへ、久しぶりに足を運んだ。確か2011年はサブタイトルだった「yesterday」にまた出逢うことができた。11年前は母校の大学近くで馴染みだった居酒屋マスター夫妻とともに、何人かの常連仲間とともに観劇したことが蘇った。そのマスターも、今やこの世から旅立ってしまった。あの頃の「昨日」は僕にとっては誠に孤独で、大学教員という仕事を無謀にも真摯に求め続けていた。ぶつけようもない焦燥と東日本大震災による社会的不安、そんな疲弊した心を居酒屋という場で聞いてくれたのがマスター夫妻だった。そんな中、この芝居が僕の「今日」を支えてくれる可能性を舞台で見せてくれた。「過ぎた時間 もう戻れないとこ」である「昨日」だが、確実に「今日」へ連なり「運命」に左右される人生を形作って行くのである。11年前にこの芝居を観て抱いた勇気、それを今あらためて思い出す。人は出逢うものすべてに支えられている。
「いとしい昨日」がある。と思えば、「記憶に残したくないような昨日」もある。いつも「自分」がその時その時に向き合ってきたはずなのに、「昨日」は様々な「昨日」がある。「自分」そのものが「定まったもの」と考える方が幻想であって、「転び方」ひとつで「今日」は多様に変化してしまう。「転び方」を間違えたと思ったら、どうしようか?「昨日」に戻ったら「自分」は違う判断や選択をするのだろうか?「運命」と思われるものは「変わるのか変わらないのか?」この喩えようのない人間にとっての時間の往還を、舞台はコミカルに描いていく。「明日、死ぬとしたら?」あなたはどう「今日」を生きるだろう?「今日」に行動を起こさなければ、「明日」に確実なものは何もないではないか。僕にとっての11年間、苦悶の末に宮崎に赴任して重ねた「今日」が「昨日」になった。思い立った「今」を大切にできているか?芝居の問い掛けに、また次々と「昨日」になって行く「今日」を生きる。
行ってみる逢ってみる
後回しに決してしないこと
TARAKOさんのメッセージが心に沁みた「今日」は既に「昨日」。
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タイムラインを捕まえる
2022-12-09
Twitterという常に過ぎ去る時間の流れ偶然にも目についたTweetにありがたき機会が
ご当人にすぐさま直接連絡しいただいた返信の嬉しさ
小欄を書き綴り始めて13年目、ほぼ同時期にTwitterも開始し本投稿は自動連携でタイムラインに掲載される設定になっている。少し遅れてFacebookを開始し、承認した友人のみであるが相互に日々の気づきとして有効に機能しているように思う。どの媒介も「せねばならない」と義務的になることはなく、小欄とて起床後の脳を試したいだけの副交感神経的というか緩いモチベーションゆえに長く続いているともいえる。Twitterはフォロワーのタイムラインゆえに自ずと偏りがあるのだが、それゆえに自分の考える傾向を有効に支援してくれることもある。しかも小欄の連携のみが定時に投稿されるので、読まれる範囲も限定的かもしれない。その偶有性の中にあってフォローしている人たちの投稿に出逢うのも極めて偶然であり、その「引きの強さ」が試されるようにも思っている。Facebookについては「・・年前の思い出」が表示されるので、当該の出来事からの時間経過を強烈に意識できるSNSとして重要だと考えている。
この日は、まさにTwitterのある投稿に出逢った。その時その投稿を偶然に見なかったならば、起こさなかった行動がある。旧来からの友人が公演中であることを知ったので、急遽チケットを求めてみると「あと7枚」のみ残席があった。迷わずWeb上からチケットを申込み、当日受付支払いで予約確保。その後は大変なご無沙汰を詫びつつ、ご本人にDMをお送りしてみた。すると嬉しいことに、すぐに返信があって僕が訪れることを大変に喜んでくれた。事前に予定していてもなかなか行けない場合も多い中で、まさに前日における偶有性に満ちた稀有な展開だった。思えば友人の舞台に伺ったのは、2018年と自らの写真で確認できた。3年近くのコロナ禍にあってこうして機会が減少し、なかなか伺えないものがあるということだ。それにしてもよくぞタイムラインに目が停まった、そしてよくぞ今日の公演に残席があったと思う。(土日の公演に関しては完売になっているのが確認できた。)恐らく、この偶有性は何か大きな意味があるのではないかと思っている。
SNSで可視化されているだけで
実は人間の行動は偶有性に満ちているのであろう
「今ここにある今日」をいかに生きるかを深く考えている。
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「声とどくかぎりが」ふるさとは命で作る
2022-11-15
「声とどくかぎりがわれのふるさとぞ空行く月に呼びかけやまぬ」(伊藤一彦『森羅の光』)「ふるさと」は幾つでもありまた作り出すことができる
仕事をしていれば苦しいこともあるがふとやってくる喜びに救われる
今回の公演を通して僭越ながら実感したことは、牧水と僕は「ふるさと」を交換したのかもしれないということだ。牧水が先輩として慕い、妻・喜志子の親戚筋である歌人・太田水穂邸があった場所の前にある産院で産まれ僕の実家は徒歩1分。牧水が仕事場として借り受けていた場所が、宮崎に移住する前に住んでいたマンションのある場所であるという深い縁で牧水と僕は結ばれている。もちろん牧水は東京在住時に何度も転居をくり返しているが、そのほとんどの場所が僕にとっても馴染みの場所である。とはいえ、牧水が「東京」を深く愛していたかというとそうではない。文学で身を立てるために「東京」を離れることができなかった、という方が正確だろう。現に妻の体調を気遣い三浦半島に療養に行ったり、喧騒甚だしい東京を離れ最終的に「永住」と定めて「沼津」を選んでいる。海があり山がある、また牧水が「みなかみ(群馬県みなかみ町)」を気に入って訪ねているのは、やはり故郷・日向の坪谷に渓谷という共通点があったからだろう。その「みなかみ町」にも僕は母方の親戚の集いが開かれ幼少の頃から毎年のように訪れていたことから、やはり地の縁の上で牧水先生は僕を宮崎に招いてくれたのだと思わざるを得ない。
「『ふるさと』とは産まれた場所とは限らない」トークで伊藤一彦先生が語った。牧水にとっては坪谷(生誕幼少期)・延岡(旧制中学校時代)・東京(大学時代から歌人として身を立てるまで)・沼津(晩年)と四つのふるさとがあると言ってよい。いずれにしても生業としての「仕事のため」というのが第一条件になるかもしれないが、地理的に同じ場所であるにしても「ふるさと」を創り出す感性が大切なのかもしれない。冒頭に引いたのは、今回の朗読公演で伊藤先生が読んだ自作短歌である。登壇しつつ朗読を聴いていて、思わず涙が溢れてきた。物理的な定義は難しい「ふるさと」を「声とどくかぎりがわれのふるさとぞ」と詠う。様々な意味で「声=命」であると僕は常々思っていたが、肉声が「とどくかぎり」という現実的な意味とともに「自らの命を賭した声」の共鳴する「かぎり」という意味にも取りたくなる。月は日本のうち、いや地球上からなら共通して見えるはずだが、そんな宇宙にある広い存在へ「空行く月に呼びかけやまぬ」と下の句では詠われている。「声」とは「言葉」であり、まさに「言霊」が宿る。日常語では届かないことも短歌のことばなら「ふるさと」に響き他者とつながることもできる。伊藤先生の「声とどくかぎり」に導いてくれた牧水先生、もはやこの縁のうちに僕の「ふるさと」もできつつあるのだろう。
いずれ『牧水の歩いた東京』といった著書も構想したい
夕刻には宮崎大学短歌会の学生が「歌壇賞」受賞の吉報!!!
「不思議のごとき牧水いとし」「ふるさと」の力はなんとも大きいものだ。
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教員研修のち442年ぶり月食&惑星食
2022-11-09
1580年織田信長の時代以来442年ぶり人間の小さな営みと天体たちの動きの偶然
今日もまた宮崎の教育と短歌のために
442年ぶりなどと言われると、どうしても見逃せないもののように思い何度も空を見上げスマホカメラのシャッターを切った。写るのは次第に欠けていく月の姿であって、442年ぶりという「天王星食」は肉眼ではほとんど捉えることはできない。自宅には軽量な双眼鏡ぐらいしかなく、過去にいただいたカタログギフトで「ワイングラス」にせず「天体望遠鏡」を選べばよかったと思う唯一の夜だ。月食となっている終盤の時間帯にいつものウォーキングコースに出向いたが、玄関先に出て来て撮影をしたり、庭の椅子に座って夜空を見上げている人たちがいた。次回にこの組み合わせが観られるのは、西暦2300年代とのこと。442年ぶりが「織田信長の時代」まで遡ることを考えると、次回はどんな日本人がどんな意識でどのような方法でこの「天体ショー」とやらを観察するのだろう。もしやスマホに「天体望遠観察機能」などが搭載されてやしないか?いや、果たして地球の温暖化でそれまで人類は現状を維持できているのか?未来への想像も膨らむ。
この日は朝から、附属中学校に於いて「教員研修」講師を務めた。宮崎発「短歌県の授業実践」を提唱して久しいが、テーマは「和歌短歌の主体的対話的深い学び」とした。県内の中学校・高等学校の先生方8名、学部「教職実践演習」の学びの機会としてゼミ4年生が1名。合計9名の受講で講習が開始された。午前中は同僚教員から、古典和歌教材や『百人一首』の学習実践に関する内容、午後は僕の担当で近現代短歌単元の学習と創作についての活動を実施した。僕が目指したのは、ともかくこの機会に参加した先生方に必ず短歌を一首詠んでもらうこと。「生徒たちに短歌創作の指導ができない」という声を現場から多く聞くが、「指導書的」な技巧があるわけではなく自らが短歌を作り他者から解釈・批評される経験をするしか道はないのである。歌の多様な解釈、共感できたり良い点を批評し合う楽しさ、そんな歌会の良さを十分体験してもらうことができたようだ。短歌は「1300年の言語文化的な営為」といつもの「標語」をくり返したが、「月食&惑星食」にも劣らない長大な歴史的営為の中に参加した先生方を巻き込んだと言ってよいだろう。
宇宙にある地球という天体に生きている我
宇宙は何ら意志があるわけでもなく偶然を重ねているだけ
あらためて露の一滴のような人間の生命に思いを致す。
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