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うたのご縁をつなぐこと

2021-10-03
非常勤時代に交流した先生
ゼミ生の偶然の訪問
つながることであらたにみえてくること

研究分野では「異分野融合」が大きな流れになっている。この30年間ほどで大学学部の再編も進んだが、新たな学士号(学部を卒業して得られる学位)の名称が次々と誕生して来た。従来の「文学」「教育」などこそが王道だという考え方もあるが、「文学」などでもようやく内部で自ら融合を進めなければ生き残れないことが悟られ始めた。こうした改革の中で喧しく方向性が示されたのが「国際」と「社会」ということだろう。Webの普及で自国の枠組の中だけでは収まらず、またいかに社会に役立つかが学問の使命として考えられるようになった。しかもどの分野においても、その内容をわかりやすく提示していかねばならない。ある意味で「文学」などは一番不利な状況に置かれることになったわけだが、社会の扉を開くように融合の道を探らなければならない必然の中にある。同時に複数資料のを対象とした「比較文学」の立場から考えることが、必然になったといってよい。

若山牧水記念文学館(日向市)に来訪者があって、そのお一方が僕が非常勤時代に交流していた書道関係の先生であったと聞いた。10年以上も前に希望をもって非常勤講師として講師室にいた時、諸々と声を掛けていただき双方の研究分野についてよく語り合った。僕は「音声表現」の教育的効果について執心し担当講義もその分野の内容であったが、先生は書道の文字一つ一つの奥行きについて熱く語ってくれた。人類史を考えれば「声」が先行して、それを記録するために「文字」が生まれた。言語四要素(他に「語彙」「文法」)のうちの基本的な二要素である。記念文学館館長の伊藤先生から、書道の先生の来訪の聞いて学問の縁は途切れないものだとあらためて思った。また記念文学館には、僕のゼミ生も偶々訪れて伊藤先生とも話ができたと教えてもらった。牧水を卒論テーマにしている学生には、以前から伊藤先生のご著書を参考文献として読むように指導していた。これまた偶然のご縁ながら、直接に伊藤先生にお話を聞ける幸運な機会を得たようだ。何事かを「研究」していると、人と人とがつながる。県内県外・国内国外を問わず、うたのご縁でつなぐことを大切にして、独自の融合研究に向かいたいと思う。

融合し創発する
それぞれの研究分野の意義が明らかになる
この世は人と出逢うためにあるものだ。


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2021年の仕事としてー校正と講義動画撮影と

2021-09-28
新刊著書ゲラの校正を進め
宮崎コンソーシアム講義の動画撮影も
今年なにができるかな?

9月末は年度の半分、10月からは新しい仕事も始まる。そんな「年度」の意識ともに、2021年1年間を考えると残りは3ヶ月、まったく新型コロナ禍と五輪狂想曲と政局などに翻弄されているうちにあっと言う間に過ぎ去っている印象である。ふと自分は今年、どんな足跡が遺せているだろうかと立ち止まって考えたくなる時節である。年頭早々に出版社への企画書提出、春まだ浅き頃から日々の原稿執筆に勤しみ、諸々の修正や著作権の許諾を経て、ようやくゲラの校正まで進んで来た。自らが打ち込んだワープロ原稿と違い、ゲラを見ると1冊の著書に仕上げるのだという実感が湧いてくる。農耕作業に喩えるならば、春先に苗を植えた稲が大空に向けてすくすくと育ち、秋には稲刈りをしてようやく籾殻になって社会に提供される前段階になったということか。研究者としてまた一人の書き手として、自らの著作が世に出ることこそ大きな足跡となる。今回の著作に続き、既にいくつか出版したい原稿の構想がある。以後、年次1冊ぐらいの出版を叶えたいものである。

『日本の恋歌とクリスマスー短歌とJ-pop』(新典社刊)という題名、一昨年2019年年末に「国文祭芸文祭みやざき2020」のプレ企画「まちなか文化堂」で市内の書店で出前講義をしたのが今回の著書の基盤となる。友人のライターに言わせると、「仕事の波が来た時に躊躇なく乗れる勇気が大切」であり、それが書き手として仕事への肝心な姿勢であると云う。今回はまさに「波に乗った」という比喩が的確で、宮崎でのありがたきいくつもの出逢いが僕の背中を押してくれている。映画でも音楽の新作アルバムでも発売前には前触れがあるものだが、自著についてもそろそろと思い要約版の90分講義を制作することにした。ここ何年間も担当しているのだが「宮崎コンソーシアム」という大学の枠を超えた講義「宮崎の郷土と文化」、ここで牧水を起点としながら新刊自著の一部を展開することにした。今回は担当大学の方針で動画撮影を専門の会社に委託したということ、この日はその動画撮影が行われた。会社のスタッフは今回の「みやざき短歌甲子園」オンライン配信動画も担当したのだと云う。「ちょうど短歌に興味を持ったので、講義内容は楽しかった」と撮影後に話してくれた。今後、動画は編集されて11月ごろには宮崎県内の多くの大学生が視聴し受講することになる。

出版紙面そしてデジタル情報として自らの足跡
小欄を日々語って12年、その筆力がサーフボードになってくれた
2021年私の仕事。


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原稿書きの恍惚感のち再び酒縁

2021-09-01
原稿を書いている最中に
ふとTwitterを眺めていると
こんな近くにいらしていたあのお方

8月末日〆切原稿を、最終日に追い込みで書き上げた。昨日の小欄に書いたような事情から、意識しながらもなかなか着手できない原稿であった。内容と量にもよるが、原稿を書くのは集中度が左右する。上手く流れに乗って書き始めれば、4000字ぐらいまでなら一気に行ける。覚書にしておいたことと、脳裏をよぎる書きたいことが融合し、次々と文章に織り成されていく感じである。そのリズムと疾走感は、長距離走などで云う「ランナーズハイ」のような快感・恍惚感があるように思うことが少なくない。どうやらこれは運動の場合、有酸素運動による快感ホルモン分泌作用なのだとの研究によって指摘されているようだが、文章を書くリズムでも一定の有酸素運動の状態に近いものが生じるのかもしれない。朝晩のウォーキングの際にも、同様の作用が起きるようにも自覚しており、2Km20分ほどの歩きで短歌が一・二首できてしまうこともある。確か海に潜るダイビングでも、酸素がむしろ少ないことで同様の恍惚感をもたらすと云うことも聞いたことがある。

人もまた動物、飢餓感とか酸素不足とか恒常性維持に必要な要素が欠乏することで妙な力が出ることがある。それは原始時代、飢餓の中でこそ獲物を狩猟しなければ生命維持が困難になる追い込まれた状態で「ヒト」が力を出したことに通ずるのだと云われている。こうした意味では原稿書きの際も「満腹」は大敵で、通常より茶碗のご飯を減らして臨むことが効果的であったりする。午後になりまた違う原稿に向き合う、こちらも書きたいことをテーマにしているので森林の中を発見を求めて冒険するような感覚になる。今まで誰も書いたことのないであろうことを書きたいという渇望した精神状態が文章を進める大きな原動力だ。そうこうしているうちに夕刻になった。ふとTwitterをみると、ちびまる子ちゃんの声優・TARAKOさんがソフトバンクホークスの宮崎での公式試合で始球式を務めるのだと投稿していた。かれこれ10年以上になるが、懇意にする東京の居酒屋で出逢い、それ以来、舞台を拝見したり「親友」のたまちゃん役の渡辺菜生子さんに附属小学校の鑑賞教室で読み語りをしに来ていただいたこともある。試合が行われる球場までは数㎞、すぐにでも逢いに行きたい気持ちではあったが、感染対応もありメッセージをすることに止めた。これもまさに「酒縁」、再び東京に問題なく往来できるようになったら、ぜひともTARAKOさんのお芝居などを拝見に伺いたくなった。

8月尽日
原稿を書く恍惚感
また新しい朝がやって来る!


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類縁・宿縁・酒の縁

2021-08-30
「類縁」=「親族・一族」「つながり・ゆかり」
「宿縁」=「仏語・前世からの因縁。運命。宿因」
人に支えられ 酒から希望をいただく

今回の「吉田類さんトークショー」への出演にあたり、まさに「類縁」という言葉が心に浮かんでいる。冒頭に記したように辞書的には「血脈」上のつながりをいう言葉だが、そこから派生して運命的な出逢いの友など、どれだけ多くの人々に自分の人生が支えられているかを実感した。出演情報をSNSに掲載すれば「いいね」を押してくれる友だち、また情報をさらに拡げてくれる仲間、その結果、今までは繋がっていなかった大学の旧友までもメッセージをくれたりした。それぞれの友人との出逢いは様々であるが、まさに「酒縁」であるのも間違いない。大学時代に見境もなく飲み尽くした友ら、若さに任せての飲み方は時に暴走したが、それだけに自らの格好悪い面も全てを曝け出せた仲間である。また、何より吉田類さんとの最初の縁となった東京神保町・Bon Vivantのカウンター仲間らの反響は当然ながら大きかった。店主のSNSには、2013年に類さんがお店を訪れた際の「思い出」が偶然にも掲載され、その年とはまさに僕が宮崎に赴任した年でもある。これはまさに「宿縁」と呼べるような「見えない糸」で繋がっているかのようであった。

あらためて「宮崎に行きたくなった!」というメッセージをくれる友も多かった。この8年半で「本当に」宮崎を訪れてくれた友も少なくない。「本当に」と記したのは、宮崎赴任が決まった時、「宮崎に行くよ」と言ってくれた人は多いのだが、「有言実行」率は概ね3割ぐらいであろうか。それでも前述した旧友から、酒場の友まで、多くの人が訪れてくれたのはありがたいことだ。今回の”類縁”によって、あらためて宮崎に心を向けてくれた友がかなりいる。中には「宮崎で同期会」と言ってくれる者もいて、友だちのありがたさを噛み締めた。またこれまでに「宮崎を訪れてくれた人」の中には親戚筋も多く、SNSでグループになっている「いとこ会」での反響も大きかった。トークショーでも発言したのだが、母方の親戚筋は新潟でお酒好きの類縁者が多い。そんな「いとこ会」も、昨年から中断を余儀なくされている。毎年、この夏の終わり頃になると祖父が宮大工として建てた神社がある新潟の山あいの温泉で酒を呑み尽くす会を催していた。友も類縁者も待たれるは「アフターコロナ」である。再び酒を呑み、大声で笑える日を今はじっくりと「待ちたい」ものである。

「(吉田)類は友を呼ぶ」
人と人とをつなぐはお酒
この文化を僕たちは簡単には手離せないのだ。


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縁が織りなす夢と希望ー吉田類さんトークショー本日!

2021-08-28
10年前の自分
酒場(Bar)のカウンターで描く希望
人と人との縁が織り重なって

「国文祭芸文祭みやざき2020」のイベントにて、「酒場放浪記」で著名な吉田類さんトークショーに出演することになった。座を連ねるのは伊藤一彦先生と俵万智さん。当初は日南市で行われるはずのイベントであり、第1部トークショー・第2部交流会・翌日に飫肥散策、という豪華なプログラム内容であった。しかし、今月になっての急速な感染拡大で内容の変更が余儀なくされた。僕は当初、第二部で現地の食と酒を味わいながらの交流への出演を依頼されていたが、現状で「飲食」などまず不可能な状況となりトークショーのみに集約、計4名でのトークをYouTube配信し日南市にも行かず宮崎市内に会場が設定されるという計画になった。まずはこの変更の中でも、僕の出演機会が維持されたことにこの上ない感謝の意を述べておきたい。これも宮崎での伊藤先生・俵万智さんという日本の短歌を代表するお二人と交流させていただいているご縁の賜物である。あらためて短歌に向き合うには、これ以上ない環境に僕が置かれていることを自覚する。まことに、人の縁とは歌の縁である。

さて、吉田類さんとも以前からご縁がある。小欄にも記録があるのだが、2010年6月5日(土)に東京は神保町の東京堂書店で開催された有田芳生さんと吉田類さんとのトークショーを観覧に行き、その後の二次会にありがたくも参加させてもらったのである。既に当時は僕自身も常連客となっていた神保町・Bon Vivantという類さんも馴染みのBarで、ともにグラスを傾けたのである。細やかな気配りと常に楽しい話題を展開する類さんのお人柄にも触れ、一介の高校国語教師だった僕は大きな夢と希望を抱いた記憶がある。俳句や絵画など自らの芸術的な面を活かし、「酒場という聖地」を縦横無尽に歩き、その魅力を引き出す類さんの存在にすっかり魅了された貴重な一夜だったのだ。あれから11年、類さんと交流した3年後に宮崎に赴任した。その後も上京するたびに、神保町Bon Vivantには必ず顔を出し続けていたが、コロナ禍となって止むを得ず中断している。そんな中で類さんが宮崎にいらして、トークショーに僕が参加できる光栄をなんと言葉にしたらよいのだろう。今日もまた、僕にとって記念日のような一日になるだろう。

国文祭芸文祭みやざき2020「だれやみ文化大学」
「吉田類トークショー」28日14:30〜16:30
YouTube配信(1週間ほどは閲覧可能)


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眼の前の人を思いやること

2021-08-15
初盆に逢った様々な人の思いやり
そして何より親族としての愛情
国全体が失いつつあるものが此処にある

一口に「宮崎」と言っても様々な地域がある。今回の第5波の新型コロナ感染拡大を見ても、やはり宮崎市内での感染者数が多く、それ以外はクラスターが起きない限りは極端に多くはならない。人の移動の中心は、やはり県庁所在地で顕著だということがわかる。またただ単に人の移動の問題ばかりではなく、人と人とが啓発し合うように言葉を掛け合う意識があるかどうかも大きいのではないかと思っている。昨日にも記したように、義父の初盆で3日間を妻の実家で過ごした。これほどに多くの人々が、葬儀以来の弔いに義父の霊を悼む気持ちを寄せてくれることに心を打たれた。その多くの人々の言葉には感染対策を含めて、どれも思いやりが感じられたことも大きな収穫だ。

多くの人が初盆に訪れてくれる前提として、義母や妻ら親族の義父への深い愛情があるのだと思う。何よりこの初盆の様子を見ていて、義父は実に幸せな人生であり今も浄土へ幸せな歩みをしているであろう。それは何より遺された親族の思いが厚いゆえの所業ということになる。教育でも社会でも、国の境を越えた関係であっても、何より大切なのは眼の前の人を思いやることである。夫婦の思いやり、親子の思いやり、兄弟姉妹の思いやり、初盆という機会はあらためて僕らにそんなことを教えてくれる。向き合っている相手がどんな思いで過ごしているか?それを相手の立場になって想像する。「思いやり」という言葉が大切なのではなく、思考や行動にその「想像力」が伴うかどうかなのだ。

あなたの大切な人は誰ですか?
まずは眼の前の人の立場になること
人が生きる原点を考え直す時間を過ごしている。


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「その人」の教えから

2021-08-02
「人間はあまりにも うそやごまかしが多いから
 一生に一度は ごまかしのきかぬ人を持つがいい
 一生に一度でいい そういう人を持つといい」(相田みつお「その人」より)

8月となりお盆を迎えることもあって、あるお寺で僧侶の説法を聞く機会を得た。「どんな縁で
あなた方は今ここで私の話を聞いているのか?」という問いからして、実に深く考えさせられた。自らの両親の掛け替えのない縁があり、命をいただくということ。その両親の人生の「物語」が些細な拍子で違っていたら、僕自身の命はない。特に両親は子ども時分に第二次世界大戦も経験しているのだから、僕の根本的な魂は「戦争体験者」ではないかと思うこともある。両親がそれぞれの育った土地で空襲を経験した話を聞くに、自身の命が今あることを「奇跡」と呼ぶのではないかとさえ思う。さらに言えば、両親それぞれの祖父母の「物語」があり、さらに曽祖父母の「物語」があり、先祖の人数は単純計算で十代も遡るならば1000人以上にもなる。江戸時代にも裕に至る自身の命の縁、そのうちなる「人と人との出逢いの物語」の未来の一点で僕自身はいまこのように小欄の文章を綴っている。

冒頭に引用したのは、著名な相田みつおの「その人」(『にんげんだもの』所収)である。お寺の僧侶の説法において、引用されて深い啓発を受けた。「うそが言えない」「ごまかしがきかない」「お世辞やお愛想」も言えない、ような存在。「ただほんとうのことだけ」しか通用せず、「身も心も洗われる」ような「その人」があなたにはいるだろうか?説法を聴きながら、僕自身も胸に手を当てて思い返してみた。「その人」とは言い換えれば、「そのように生きたい」と思える人であろう。漱石の『こころ』ではないが、今までの人生で真に「先生」と呼べる人が三人いることが思い浮かんだ。「その先生(人)」の生き方については、業績では及ばぬにしても少なからず影響を受けて、言動を見習いたいという気持ちが自身を揺り動かす。相田みつおが云うように、明らかに「その人」の存在で人生は変わるものだ。出逢いなくして、この命を燃やすことはできないのである。

素朴なラーメン屋の味がよい
それもまた「出逢い」に他ならず
「いまここ」で生きる自分の命の奇跡である。


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「かなしみ」のおくに出逢うために

2021-06-27
「かなしみ」とはどんな感情なのだろう?
「悲しみ」「哀しみ」「愛しみ」「美しみ」
「真の『かなしみ』に人は支えられている」

学生らに古典和歌の恋歌への批評を課題にすると、毎年のように「この歌はポジティブ(肯定的)」「この歌はネガティブ(否定的)」という二項対立の方法を前提に書いてあるものがあって、コメントに「?」を付けて返すことが多い。「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」(『古今和歌集仮名序』)とあるように、和歌は抒情詩であるゆえに人の本来は言葉にならない部分を言語芸術として表現して見せたものである。それゆえに「AかBか?」「○か✖️か?」という二者択一の思考で考える自体が、その本質から遠い「短時間」の中でわかったような「結論」をとりあえず指標的に導くようで、文学や芸術の理解からは程遠い方法であることがわかる。例えば冒頭に記したように、「かなしみ」と言えば「否定的」な感情が表現されているだけなのであろうか?若山牧水の名歌「白鳥は哀しからずや・・・」一首を例としても、「否定的」と決めつけては名歌の名歌たる所以は一向にわからなくなる。人の人たる感情は、機械的に語ってはその奥行きを知ることはできない。

再び若松英輔『種をまく人』(2018亜紀書房)から、大きな考える契機をもらった。「それぞれのかなしみ」「かなしみのちから」といった章には、詩的に「かなしみ」のおくまでを思考するヒントが満載である。「私たちが何かをうしなって悲しむのは、それを愛しいと感じているからであり、遅れてきた「愛しみ」の情感は、真に美しいものがすでに己れのかたわらに存在していたことを告げ知らせる、という経験が籠められているのだろう。」(同書P63)とされている。まさに「悲」→「哀」→「愛」→「美」というように”やまとことば”を漢字表記した際の多義的な重層性を思考する契機が示される。さらに「離別という悲痛の経験は、誰かと、真に出会うことがなければ生まれない。誰かを愛し、互いの人生に大きな変貌をもたらしたことのない者に別れはない。別れを感じた者は、己れの人生を誇りに感じてよいのだろう。」(同書P66)とも記されている。まさに「会うは別れの始めとか、サヨナラだけが人生だ」という詩的表現をあらためて反芻させられる批評の言葉である。「出会い」があれば必ず「別れ」があるという真理に、例外な人間はいない。それゆえに、「かなしき」存在である人間は恋し愛し合い人とつながり語り合うのである。一組みの恋人・夫婦からはじまるつながりが肩寄せ合う時間、誠の「愛しみ」と「美しみ」に溢れている。

「けっして消え去ることのない
 永遠の世界での新しき邂逅の幕開けではないだろうか。」(同書P66)
僕たちは永遠の時の中で生きていられるように”コトバ”を探し続けるのであろう。


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わたしたちはひとりじゃないー短歌と挨拶

2021-06-22
他人と道ですれ違う際に挨拶をするか?
講義で知っている学生に限らず挨拶を交わすか?
「わたし」も「あなた」も「ひとりじゃない」と思うために

いまこの文章を綴ろうとしたら、太陽が東側の窓から顔を覗かせた。敢えてブラインドを上げて太陽に「おはよう」と挨拶をすることから一日を始める。それは何も「太陽のため」であるわけでもなく、まずは地球のリズムの中で自らの身体に活動期であることを知らせる意味が大きい。この行為は一日を過ごしたのちに、就寝へと導くためにも大切であるらしく「身体の休息=良質の睡眠」に繋がるらしい。挨拶とは、巡り巡って自分にその恩恵が返ってくる重要なコミュニケーションなのだと考える一事例である。先週の日本国語教育学会西日本集会宮崎大会での広島大学・山元隆春氏の講演は、「詩歌学習というのは『わたしはひとりじゃない』ことを自覚する契機である」といった結論を導く内容であった。詳細は記さないが、詩歌を「よむ」ことで得られる「生命感」の発見における共感性と意外性を指摘したことになるだろう。和歌短歌では特に「挨拶歌」と呼ばれるものが伝統的にあり、旅の訪問や宴席の際にはコミニケーションの具として「歌をよむ」ことが少なくない。「詩歌は見知らぬあなたへの挨拶」であるといっても過言ではない。

小欄の文書を書き終えると、居住している街を高台にある公園までウォーキングするのが習慣である。その際に出会う町内の見知らぬ人にも、必ず挨拶をするようにしている。東京在住時には「そうしたくともできない」環境に置かれていたが、宮崎では「出会う人全員に挨拶」することができる。もちろん返してくれる見知らぬ人は100%ではないが、ほぼほぼ90%は挨拶が成立する。子どもらの場合、小学生はほとんど挨拶を返してくれるが、中学生・高校生になると挨拶をしなくなるのは「教室の音読」の活性化率と比例している。「本当の大人」にならないと、見知らぬ人への挨拶をするに至らないと言えるのかもしれない。また歩いていて人を追い越す際には少し会釈をするとか、刹那ではあるが小さなコミュニケーションはやがて自分に返ってくるはずだ。欧米に行った際に感じるのは、見知らぬ人のコミュ力の高さである。すれ違う・空間を共有する際には「笑顔」になるか、小さくとも「Hi!」と挨拶を多くの人がする慣習がある。書物で読んだことがあるが、それは「わたしはあなたの敵ではありません」という意志表示なのだと云う。米国などは特に差別や銃社会の問題も孕み、「わたしはあなたにとって安全です」という表示が求められるのであろう。などと諸々と考えて、町内に限らず挨拶の励行を心がける。大学内では見知らぬ先生・学生にも挨拶をしてみる。これまた東京の大学ではあり得ない返答率の高さがある。それだけに時折、東京的な態度を取られると気が滅入るのだろう。

太陽の生命感に「おはよう」
「生きとし生けるものいづれか歌をよまざりける」
短歌は、挨拶は、「わたしたちはひとりじゃない」と心をあたたかくするためにある。


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課外単位「恋愛」必修科目

2021-06-16
若き日に自らを否定される経験を
「お勉強」だけで人は成長しない
色恋沙汰の効用を考える

前期も中盤折り返しを過ぎ、講義も終盤へ向けて変化が欲しい頃となった。全学部生が対象の「日本の恋歌ー和歌短歌と歌謡曲」では、短歌の創作主体に手紙を書いたり、恋歌に啓発されて自分自身へ向けて手紙を書くなどの課題から、短歌創作をしてその物語を添えるという内容として佳境への道を歩む。この講義を担当していて思うのは、単に言葉の力や文章作成能力など「お勉強」としての学びと同時に、個々の学生が人生で恋愛をどう考えるか?という大きなテーマ性が大切だということだ。現状のこの国の若者の特徴として、「恋愛忌避・晩婚化」の問題は極めて深刻であると考えるゆえである。「傷つきたくない」という保身への思いが先行する背景に、誤った過度な「批判社会」という構図も見逃せない。実習や就職後3年以内の環境に耐えられず、離脱する若者が目立つというのも、こうした心性に起因するのだろう。正面から真っ向な否定を受けることで「傷つく」ことが、心の筋トレとなって逞しく生きられる可能性があることを知るべきだ。

当該科目の学生課題を読んでいると、ついつい自らの学生時代の恋愛を思い出すことが多い。まさに正面から否定されたり、理不尽にも否定された苦い経験、それとともに「こうしておけばよかった」という取り返しようのない後悔が記憶の襞を刺激する。だがその「傷ついた」経験があればこそ、社交性も気遣いも衣類のセンスも優しさも身につけられたのではないかと思う。その「別れてとおきさまざまな人」のうちにはもちろん「逃げた」経験もない訳ではない。そのような意味ではもっともっと「恋愛」を若いうちに勉強しておいた方がよかったという思いが、どうしても心のどこかで蠢いている。そう!「恋愛」こそが「課外必修単位」なのではないか、という思いを強くするのである。そこで試されるのは理屈の課題レポートではない、相手の心と向き合って真に伝わる言葉を学ぶ貴重な機会となる。古代にあった「歌垣」の場もしかり、欧米の高校卒業時の社会的風習など、「恋愛」を促進する社会的な装置がやはり必要なのではないか?「批判」ばかりとか「保身」のみでは生きられない現実が、突きつけられる体験を味わうのが若者にとって必須であろう。

「面影につと現れて去る人のかくあまた人われに住めるか」
(窪田章一郎『六月の海』より)
短歌でも音楽でも「恋歌」から多くを学びたい。


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