「囲碁よろしく」はまぐり碁石の里で金原亭馬治落語会

2017-07-29

日向産はまぐり碁石
名物「碁縁釜飯」
その里で金原亭馬治落語会開催

日向が碁石の産地だと、ご存知であろうか?しかも日向灘で漁れる蛤を材料に、かなり上質な碁石が古来から製造されて来たと云う。いまその伝統工芸をもとに「はまぐり碁石の里」が活気を帯びて来ている。数ヶ月前には「碁縁釜飯」を発売して、日向駅などで発売開始イベントも開催された。近くにはサーフィン世界選手権の会場にもなる名所・小倉が浜もある好立地である。その里を会場に、親友である落語家・金原亭馬治さんの落語会が開催された。ちょうど昨年11月にやはり日向市「ひむか-Biz」プレイベントで落語会を開催したが、その折に馬治さんがこの地をはまぐり碁石の産地だと知って、急遽、ネタを「笠碁」にしたご縁もあって、今回の落語会が開催される運びとなった。

会場は「寄席スタイル」にて、来場者には「碁縁釜飯」や飲物が配布され、飲食しながら落語を楽しんでいただくという形式。劇場のような場所では、昨今なかなか飲食というわけにはいかないが、江戸時代からの寄席というものは、こうして食べて呑んで落語にも酔うというのが粋なスタイルであったわけである。この日は前座に金丼亭イチローさんが「牛褒め」を、たどたどしい噺の運びながら、与太郎噺ならではの展開に「開口一番」の役割は果たし得たようである。お待ちかね真打・馬治さんはまず「お見立て」、廓噺としての花魁と地方訛りの登場人物の描写が絶妙である。こうした落語を聞くと、方言とは「キャラクター」なのだとつくづく感じられる。とりにもう一席はもちろん十八番「笠碁」、頑固な意地の張り合いをする碁の友人同士の気持ちのやりとりが絶妙である。言葉と表情と所作だけで、人間の心がこれほど表現できるのかと、あらためて学ぶことが多かった宵の口であった。

終演後ははまぐり碁石の里社長らと交流会
地元で様々な地域の活動に取り組む人々とまた「碁縁」がつながった
「囲碁(以後)よろしく」と日向の夜は更けた
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寄席での役割と聴衆の反応

2017-05-27
すべてはトリのために
聴衆を聴く気にさせる食い付き役も
高座に上がって聴衆の反応をみて決める

親友の落語家・金原亭馬治さんと、今後の打ち合わせ時間をもった。その場に某大学の先生方と学生さんが一人やって来た。講義の一環ということで、学生さんは寄席を初めて観に来たと云う。馬治さんも次第にこの日の感想などを学生さんから聞き出しつつも、寄席の構造について話が及んだ。開演前の前座さんの位置付け、中には「時間になっていないのに始まっているのか?」と怒った客もいたと云う。だが、この「前座」効果は確かにあって、内容を聞いてもらうことを前提にしていないところが重要だと云う。開演15分前に実演されていることで、玄人が見ればその日の聴衆がわかると云うのだ。反応や落語への造詣、その聴衆の雰囲気で本番に入った時の話のネタなどが決定されていく。最近は僕も、「説明会」などで開始時間前に何らかの話を始めておく試みをしている。学生たちの聴く姿勢を確認するためである。

聴くことを前提としない前座は、噺家の道を歩む上で究極の修行だろう。その後、番組に入り最初に高座に上がる噺家さんの役目は、聴かない姿勢から「聴衆を引き戻す」転換にあると云う。マクラを振って更に聴衆の反応を見ながら、その日に適したネタを決定する。その後は、お仲入りまで色物などもありつつ、次第に客の熱を上げていくことになるが、その後は一時冷やしていくことが求められると云う。1日の寄席の番組が、常に集中した「聴く姿勢」であると、結果的に聴衆は飽きてしまいと云うこと。これは小中学校の45分や50分授業でもそうであり、ましてや90分の大学講義では、ぜひとも意識したい要点であろう。「授業には常に集中しろ」という教師が吐きがちな警句では、学習者はむしろ「集中できない」ということだろう。その日に一番肝心なことは、トリの噺を集中して聴く姿勢なのである。

落語に学んで既に7年の月日が
構造に所作、そして個々の演ずる語り
誠にあらためて学びの多い夜も更け、馬治師匠は誕生日を迎えた。
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短歌と落語の交差点

2017-03-17
口誦性から歌は始発し
落語はもちろん江戸からの話芸
滑稽・洒脱な狂歌と落語のことなど・・・

「床屋政談」とはよく言ったもので、散髪をしながら世間話をするのが通例である。昨今では10分程度で済ませてしまう廉価な「コンビニ」のごとき床屋も見かけるが、髪結処は「政談」をしてこその場所と江戸時代から相場は決まっている。この日も、現在の政治への不信感が募るという話題やWBC日本代表のことなど、批判的な立場からの「政談」が続いた。その後は母校の図書館に立ち寄り、聊かの資料収集。さらには親友の落語家・金原亭馬治氏と、ある支援者の方と酒宴の席を設けた。落語にも時事ネタは付き物であるが、床屋も落語家も「お客様」には様々な立場の人がいることを忘れないのが重要だと云う。野球の「贔屓チーム」に対しては「中立的」であるべきで、政治に対してもある立場からの批判は避けるべきであろう。だが、その境界線上で対話する相手に適応した皮肉や洒脱が、求められるということだろう。これはある意味で、「教員」もまた同じである。

「洒脱」とは、「俗気がぬけて、さっぱりしていること。あかぬけしていること。さっぱりしていて、嫌みのないこと。また、そのさま。」(『日本国語大辞典第二版』より)とある。「聞くもの」を微妙にくすぐりながら、粋な計らいある会話ができる境地であろう。落語にはよくマクラに、狂歌がふられることがある。「傾城の恋はまことの恋ならず金持って来いが本当のコイなり」などは廓噺のマクラになる狂歌で、僕も嘗て一席でふったことがある。「風刺画」に見られるような滑稽さとともに訴える力が必要である。この日は短歌の口誦性・愛誦性と話芸としての落語のあり方などについて、僕の『短歌往来』掲載評論にも基づき様々な懇談に及んだ。ともに口誦性があるからこその効果や、「文字」として遺らないゆえの存在価値が江戸からの明治初頭まではあったわけで、あらためてその共通点などを考えるよい機会となった。

こうした関係から、僕の「短歌」主題のひとつである「落語」
口誦性と朗誦性についてさらに追究してみたい
酒の肴になる懇談もまた「後に遺らない」洒脱である。
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落語構造と表現する学び

2016-11-19
「まえおき・まくら・本題」
自ら声で表現して構造を学ぶ
プレゼンや「授業」そのものに通ずる表現形式

金原亭馬治師匠、2016宮崎の最終日。雨模様の中、毎度ながら地元で名物のうどんを食し、この日は県立宮崎南高校へと向かった。宮崎南高校は、現在大河ドラマ『真田丸』で主役を務める堺雅人さんや、巨人軍コーチとしてグランド上に倒れた木村拓也さんの母校である。地元の県立高校の中でも、受験熱の高い名門校といえるであろう。今回は、2年生理系の1クラス25名を対象に「落語ワークショップ」を開催した。担当の先生がこれに連なる授業として、村上春樹の小説を教材にして、「語り」「まくら・本題の構造」「一人称視点」などの文学的理論を基盤に据えた学習を展開していた。僕自身も火曜日にその前提となる研究授業を参観させていただいていた。こうした「理論的理解」に及びことができるのは、やはり小中学校では難しく高校であるからだろう。入門の講釈も一席の内容理解も、深いところまで及んでいた印象であった。

馬治師匠の一席の後に、「文字原稿」を配布し班別に担当箇所を分担する。「まくら」の部分をはじめとして「牛褒め」という古典落語に登場する「与太郎」や「おとっつぁん」「おじさん」をペアの中で役割を決めて、まずは原稿の「音読」を繰り返して音声化の練習。1班あたりの担当箇所はそれほど長いわけではないので、高校生なら比較的短時間で「読める」ようになる。次第に原稿を左手に持ち、右手では身振り手振りの所作をするように馬治師匠の指導が入る。「与太郎」を中心とする滑稽な会話を、生徒たちは楽しそうに「演じ」始める。練習時間20分、その後最終リハーサル5分を取り全体発表の時間とする。噺の中に登場する「与太郎」などの人物呼称は、すべて生徒たちの実名で行う。「おい!与太郎!」という部分なら「おい!佳文!」という具合である。その現実感と噺の世界が融合した時、実に楽しい表現が展開する。馬治師匠をはじめとして、参観者からは大きな笑いが起こり、生徒たちも活き活きとその表現に興じた。だが参観者を含めて、眼前のリアルな表現よりも手元の文字原稿を追う人が多かったことには、「やはり」という僕自身の気づきがあった。最後の僕からの講評で「みんさんは、文字が好きですね」と問いかけると高校生は意味深に考えるような表情を浮かべた。まさにこれが「現代人」の大きな課題なのである。客観的に外側から「文字依存」の自分を高校生にも顧みてほしい。会の最後は、南高校の卒業生である「ひむかーBiz」センター長である長友慎治さんから、後輩へ贈る言葉。「宮崎を旅立ち広い世界を見聞してきたら、いつか宮崎に帰ってきて欲しい」という体験的なキャリア教育とも言える内容で、会はめでたくお開きとなった。

馬治師匠は宮崎空港から帰京の途に
僕は次なる仕事の担当会議へ
反省も多々あれど「落語」で宮崎を元気にする活動は、また来年も続く。
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笑いのツボはどこにあるかー落語の対話性

2016-11-18
どこでどの程度笑うか?
聞き手の思考が浮かび上がる
落語の対話性から学ぶこと・・・

金原亭馬治師匠、宮崎での3日目。芸術家派遣活動として大学からほど近い木花中学校での「落語教室」開催となった。各学年ごとに「落語入門」で所作の紹介や落語が「想像力」に依存した伝統芸能であることを説き、その後の一席、最後に質問を受け付けるという流れを3回繰り返していただいた。中学生というのは、学年ごとに心身の発達が著しい時期である。僕が中学校教員だった頃のことを思い出してみても、それぞれの学年に応じて柔軟な対応が必要であったと記憶に深く刻まれている。個々を尊重しつつ学級をまとめるのには、教師として様々な苦労があったと振り返ることができる。この日の「落語教室」でも、それが実によく見て取れる流れとなった。小学生のようなあどけなさの残る中1、心身が大きく変化しつつある中2、そして既に「大人」へと足を踏み入れている中3。同時にそれは「落語」というものが、実に「聞き手」によって変化する「いきもの」であるかを痛感する機会ともなった。それぞれの笑いのツボや程度の記録からは、興味ある結果が出るのではないかと思われる。

夜は僕の公開講座「朗読で味わいを深める日本文学」で「古典落語の響き」を開催。平日19時からの開演となったが満員御礼。馬治師匠も昼の「落語教室」で喉に脂が乗ってきたのか、好調な語り口で合計3席の演目を披露してくれた。1席目「真田小僧」では幼少の子どもと父の関係が滑稽に語り出された。「親子酒」では大人になった息子と父の似たような酒飲みという性癖を露呈する関係が見事に描かれていた。「お仲入り」の後には母と子の関係を描く人情噺「景清」、これには「笑い」のみならず、ホロリと涙腺が緩む場面もあって奥深い公開講座となった。僕が教育学部所属ということもあって、「親子関係」をテーマにした3席を師匠は設定してくれたのだ。馬治師匠と話していると、やはりお客様の「笑いのツボ」を「マクラ」などの際に探りを入れて、それがその日の語り口に反映してくるのだいう。年齢や職業に生活環境が違う多様なお客様の場合でも、「マクラ」で個々の方々との「対話」があるということ。よくよく考えてみると、学校の「教師」はこうした「対話」に無頓着なことが多い。「聞かせる」のではなく「聞く気にさせる」ということに「学校」は、「教師」はもっと配慮すべきであろう。とりわけ「大学教員」こそ、今まさに落語の「対話性」が求められているはずだ。

公開講座後はゼミ生たちと馬治師匠との対話
「教師」を目指す学生だからこそ必要な「笑い」と「人情」を学ぶ
かくして馬治師匠の宮崎も最終日へ。
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中学生に古典落語で「笑い」を

2016-11-17
頭の中で想像するから笑える
中学生から出された質問の数々
「いつ落語家になろうと?」等々・・・

金原亭馬治師匠、宮崎での2日目。共同研究の一環として、附属中学校でのワークショップを開催した。当初、全校を対象に体育館でという案を中学校側から提示していただいたが、やはり落語の場合は、500人近い中学生が舞台の上の落語家を遠目に見ながらというのは無理がある(特に学校体育館という状況では)と判断し、学年ごとに「武道場」での開催ということになった。師匠には3回も高座に上がっていただくことになり、聊か骨を折っていただくことにも相成った。中学校1年生から、回を追うごとに学年が上がっていく。「学校」という空間で生徒たちは「整列」すると自然に「硬直」した身体になってしまう。「体育座り」はその象徴的な姿勢であるが、まずは僕の「前説」で、少しでもその「身体」をほぐすように努める。それでも尚、中学校1年生などは師匠が入場してきても「拍手」をすることにも気が行かず、僕が「桜」として拍手をして導かなければならないほどの「硬直」が顕然としていることが印象的であった。「国語」などでは「豊かな感性を養う」などと目標に掲げてはいるが、「学校」はやはり根本的な「構え」を見直さなければならないのかもしれない。

師匠の「落語入門」トークは、「落語とはどんな芸能か」といった点からわかりやすく入り、幾つかの「所作」の紹介、「蕎麦の食べ方」などについては希望者を前に出して真似をさせ、会場の同級生たちも次第に砕けた気分になってくる。その後、中学生でも存分に笑える演目で一席。学年ごとに「笑い」のツボが微妙にズレることが観察できて、「言語感覚」という視点からの研究対象として大変興味深かった。何より師匠が繰り返し中学生に伝えたのは、「想像力」ということ。映像全盛の時代にあって「声」を聴いて場面を想像する力を育てるのは、誠に重要なことだ。そして各学年の生徒から様々な質問が出た中で、「いつ落語家を目指しましたか?」といった「進路選択」の質問が共通したのも偶然ではあるまい。また「落語は現代を題材にしたものもありますか?」という質問に師匠は、「あたしは古典落語を旨とする一門ですが、『古典』もできた当時は「新作」だったんです。それが面白いので語りに語り継がれて、いまは『古典』になっているんです。」というお答えに、「古典」のあり方を考えさせる内容が盛り込まれて、「国語」という観点でも大変意義ある会になった。

「笑う門には福来たる」
教師を含めてもっと「学校」に「笑顔」がなければなるまい
このくにの社会から「笑い」が少なくなったゆえに、「落語の力」を若い人たちへ。
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金原亭馬治落語会「営業トークは落語で身につく」

2016-11-16
「マクラ」で相手が聞く構えがあるかを窺い
一人ひとりの眼を見て訴えかける
本題に入れば「物語」世界の中で存分に語るということ

数えること3年目、宮崎に落語家・金原亭馬治師匠が今年も来てくれた。過去2年はおもに小学校を中心にワークショップを行い、子どもたちに笑いを提供し「伝える」ことの大切さを訴えてきた。今年は来年1月に開所する「ひむかBizセンター」のプレイベントとして「落語会&トークセッション」を開催する運びとなった。それも宮崎県出身で東京でお勤めであった長友慎治さんが、公募で当該センター長に就任することになったご縁からである。長友さんんとも、馬治師匠を通してちょうど昨年の今時分、大学近辺で酒宴をともにして以来の友人であった。「土地の縁とは人の縁なり」と短歌にあるが、こうした人の繋がりがこの地方では温かく実に温かく存在している。それはこの日の観客のみなさんからも存分に感じ取ることができた。僕が所属する短歌会の方で日向市在住の方もわざわざ足を運んでくれたし、お開き後に玄関口でみなさんをお送りする際の笑顔や握手を求められる姿に、これぞ「人情」といったものを深く感じ入った。これが僕をして「いま生きるなら地方」と思わせる温かい要因である。

さて馬治師匠も大サービスで前半の噺を2席は「子ほめ」に「片棒」、後半は「笠碁」。お仲入り前には、僕が聞き手となり「営業トークは落語で身につく」を約20分ほど。まずは「相手を聞く気にさせる」コツが馬治師匠から披露された。「先ほどやった最初の噺であたしはみなさんのことを落語が聞けるか試しました」と笑わせつつ、「マクラ」で一人ひとりの眼を見ながら会場と「対話」していくコミュニケーションをとっていたとの弁。約150名から入った観客のみなさんを落語世界へ、馬治の世界へと引き込むことの大切さを説いた。無駄な洒落や聴衆に迎合した話題をふることなく、むしろ観客のみなさんに「突っ込み」も入れながら「くすぐる」ような感覚が、古典落語を旨とする馬治師匠の持ち味でもある。営業のみならず、相手を「聞く気にさせる」ということは「学校の授業」でも同様に肝心なことだ。「聞かせる」のと「聞き気にさせる」のでは、雲泥の差であることを授業者は知るべきであろう。トークの中でも「学校の先生は話が説明的でくどい」ということを僕自身が馬治師匠に入門した際に指摘されたことを、あらためて確認する流れとなった。相手の心を動かすのはこれに尽きるのである。同時に僕自身もトークセッションの聞き手として「多弁は無用」であることを再認識する機会となった。

最低限の表現で聞き手を前のめりにすること
短歌の表現にも通じる内容となって牧水先生ゆかりの地に花を添える
「日向の中小企業を笑いで元気にする」に貢献できればと、また来年の再会を願う宵の口。
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噺家さんの生活

2016-04-25
高座での15分間
枕の設定や噺の選択
そして終演後の諸々まで・・・

ある噺家さんと親しい付き合いとなって、早5・6年の月日が経過した。「教員養成に落語の力を」というプロジェクトで、実験的に僕が落語修行を1年半積んだことが契機である。長年の中高教員としての経験から、人前で話すことには慣れていたのだが、その独善性を排除するには大変ありがたき機会であった。同時にこうした芸人さんと親友にまでなれたことは、僕自身の人生をより豊かにしてくれた。この週末も諸々の所用の後に、落語を勉強する機会に恵まれた。小粋な料亭での落語会は、10名ほどで身近に落語を感じ取れる場であった。大変著名な政治家の”先生”もお見えで、場所柄からしてあらたな経験になった。その後、あるご夫妻とともに噺家さんを囲んでの四方山話。落語の可能性や地方創生への貢献、などと建前を踏まえながらも巷間の下世話なことまで、深夜に及ぶ談笑に様々なヒントが満載であった。

充実した一夜が明けて日曜日。そこに至る途中経過を記すことは控えるが、噺家さんとの交友は続く。この日は、両親も誘い寄席見物に出向いた。昼席の開口一番、昨晩にも噺を聞かせてもらった前座さんが高座に上がる。彼は何年ぐらい修行しているのだろう、などと考えながら一番自分の素人落語に近いと思われる噺に耳を傾ける。自分との違いは何か?などと考えて芸の道を歩むことの厳しさに思いを致す。そしていよいよ、親友である噺家さんの出番となる。昨晩のように時間を共有してきた過程で、この日の枕や演目はどのように決まったのだろう?枕に「親孝行」の噺が出てきた時には、僕が両親とともに来場していることを意識してくれたのだろうなどと、噺家さんの生活と芸との関係性などにも興味が湧いた。噺のトリは、親しい噺家さんの師匠たる名跡・金原亭馬生の一席。その後、大喜利吉例高座舞の興行へ。噺家たるや日本舞踊ぐらいはできなければならないという師匠の粋な伝統がなせる趣向である。そういえば僕も幼少時に、祖母に日本舞踊を習った記憶がある。師匠の柔軟な身の動きを目の当たりにして、日本文化を理解するためには、あらゆる身体性を経験すべきということも学ぶ機会となった。

笑いのある人生を
短時間でも人を惹きつける話の進行
人生の豊かさとは、人との縁と付き合いで倍増するものである。
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素人落語・・・身体化に到らない未熟

2015-11-22
次を模索し辿りながら話すのと
観客を見渡し身体から話が湧き出るのと
己の中にある熟練と未熟を痛感する体験

落語家・金原亭馬治師匠の滞在4日にわたる最終日。大学での一般向け公開講座「古典落語の力」を開催した。前半後半に分けて3時間(講義2コマ分)の内容であるが、中間に「落語対談」を挟み込んで、各一席の高座と相成った。そこで必然的に?「前座」が必要になることもあり、久し振りに僕自身が高座に上がることになった。まず選んだ演目は「牛褒め」で、この前2日間の小学校でのワークにおいて、馬治師匠が児童にも分かり易い噺とし披露したものである。主人公「与太郎」を中心に「おとっつぁん(お父さん)」と「おじさん」との会話の妙が主眼となる演目である。約1ヵ月前から、過去の馬治師匠の映像を観たり、原稿化された文字を読んだりとネタを仕込んで来たのだが、いざ高座に上がると噺の大半が「会話」であることに戸惑う自分が立ち現れて来てしまった。愚かしい「与太郎」と「大人」との会話の落差がこの演目の鍵になるだけに、「愚昧」と「理性」とが絶妙な「間(ま)」をもって会話しなければならない。如何に日常の大学講義等では、「理性」のみを働かせて話している自分を思い知る結果となった。やはり「馬鹿」になれないと駄目なのである。

正直なところ、観客たる受講者の方々の顔を見る余裕もなく、噺の展開を頭の中で模索しながら(それでも錯綜する箇所もあったのだが)、何とか「下げ」まで辿り着けた。高座を下りると、何とも言えない自己嫌悪感に襲われ、己の未熟さを痛感した。「人前で話す」ことには、かなりの自信を持っているだけに、こうした状況は聊かショックであった。もちろんプロたる馬治師匠の映像を観て、生で直近2日間も同じ演目を観ているだけに、同じようにできるわけはないが、「理想」として自分もできるという「傲倨な幻想」が心の隅に巣食っていたのは確かだ。そこで冷静に己を省みると、やはり「頭の中」で「できる」と思い込むことは、現実にできるわけではないということである。特に今回は、実際に人に聞いてもらうといった稽古機会を設けることがなかなかできなかった。聞き手なしに独りで呟くのでは、なかなか「表現」として熟すわけはない。ゼミ生でも講義受講者でも仮に聞いてくれる対象を設定し、「恥を曝す」必要があったということかもしれない。真に聴衆に伝わる弁舌というものは、その内容を熟知し腑に落ちた上で声に出して「表現」を繰り返すことで初めて達する、「高度な身体化」が必要であることをあらためて悟った。現に2席目の演目「紀州」は、最初に落語の挑戦した際に「自分のもの」にして、更に何度も演じたことのあるネタである。頭の中で噺を辿らずしても、聴衆を静観し「表現」することに専念できた。自ずとマクラや挿入したネタなども冴えて受講者の方々に伝わった印象が持てた。これで少しは自信を取り戻したのだが、一席目を演じている際の「自分」の追い込まれ方は尋常ではなかった。唇は枯渇し眼は泳いでいたに違いない。

傲倨な幻想から抜け出してこそ
また「表現」へ謙虚に向き合う己になれる
馬治師匠の巧妙・堅実な噺を聴いて、あらためて「表現」することの奥深さを悟った。
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駄洒落と洒落とは違うのだ

2015-11-20
「雷くん!
 君のお父さん最近見かけないね?」
「うん、家でゴロゴロしているよ。」

小学生を対象にした芸術家派遣事業が開催され、大学から所要時間約2時間ほどの小規模小学校を訪ねた。県境に位置し、こじんまりした山間で周囲は「和牛の里」としても知られる土地だ。創立140年を越える当該校では7名の児童たちが学び、地域の他校から13名の児童が、この「落語ワークショップ」を受ける為にやって来ており、計20名を対象にワークショップが始まった。落語とは何か?所作の効果などが実演とともに説明された後、まずは実際に噺を一席。小学生にも分かりやすい演目を、親友の落語家が始めると、児童たちの笑いの渦が体育館一杯にこだました。

後半は、児童たちが参加する能動的学習の時間。冒頭の一例のような、25本ある小咄一覧の中から一つを選択し、2人1組で状況や2人の関係性、そして前後の会話などを想像して付加し、所作も付けて演じるための稽古のはじまり。それぞれの組を落語家さんに僕と、補助学生2名の計4名が助言に廻り歩き、児童たちの想像力を引出して行く。わずかな言葉から状況・相互の立場を考えるというのは、普段の学習にはない想像力を要する。稽古に約30分を要した後は、各組の発表。落語家さんが羽織と半纏を貸して児童たちに着せ、雰囲気も上々で発表会のはじまり。各組児童が楽しそうに演じる姿に、学びの原点を見る思いがした。「国語」というのは、もっと日本語の面白さを体感する学習を盛り込む必要を、あらためて確認できた。

落語家さんの「こういうのを何というの?」の問いに
「駄洒落!」と答えた児童
反省会で落語家さん曰く「駄洒落と洒落は違うんですよ」
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