教育実習どうでしょう?

2017-11-23
教員養成の中心的学び
教育実習どうでしょう?
九州地区の情報交換会にて

九州地区の教育実習に関する情報交換会に出席するため、鹿児島まで赴いた。隣県の中でも一番行きやすい感覚がある鹿児島までの道のり、この日は生憎の雨に見舞われた。筆者はいま「一番行きやすい」とは書いたが、鹿児島まで行っていつも痛感させられるのは新幹線が通っていること。北上し熊本・福岡・佐賀あたりからは時間的にも大変近いことが、参加者である先生方の口調から伝わってくる。情報交換会の終了時刻20:00を鑑みても、この三県いや山陽や関西圏あたりまでなら日帰り圏内である。「行きやすい」ながらも当初から一泊を決め込んでの参加となった。なぜこうした交通事情のことを記したかといえば、そこに各県の大学の特徴も出ていると感じられるからだ。本県みやざきであれば、この背骨たる交通幹線の埒外にあることを、どれだけ有効に活かせるかが重要ではないかと常々思うのである。

さて、情報交換の内容を小欄に記すのは控えるが、自明のことながら「教育実習」こそが「教員養成」の中心的な学びであることは動かし難い事実である。いつの時代も「教育改革」の重要性が説かれながら、政治のでも数々の提言・施策がなされながら、「教育実習」そのものが伸び伸びとした有効な学びの場になっているかといえば、全肯定はできない事情が数多く見られる。それを教員養成学部の現場にいる大学教員や附属学校教員があれこれと努力を重ねて、自分たちの「後輩」を育てるために尽力しているのが現状である。特に「附属」の先生方というのは、向き合う生徒・児童とその保護者のみならず、附属たる大学の実習生の対応もあるのだ。想像するにそれは「忙しさ」の上に「忙しさ」を重ねたような仕事環境にあると言えよう。昨今の現職教員の労働時間の問題視などを考えても、根本的に本気でこの国の教育をよくしたいなら、「改革」の基本理念こそを変革すべきだと痛感するのである。さてそこで、みやざきでできることは何であろうか?穏やかに時間が流れる、みやざきでできることとは・・・

鹿児島中央駅をあとにして
静かなカフェへ
桜島もこの2日は穏やかでありがとう。


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主張に育つ宮崎の美学ー宮大短歌会学祭慰労会

2017-11-22
忌憚なき主張を闘わせる
それこそが相手への理解と尊重の一歩
学祭を終えてまた大きく前進した短歌会の面々

大学祭での宮崎大学短歌会ブースでは、会誌第1号が約120部ほどの方々に配布されたと報告があった。当初はどのくらい配布できて、どれほどの新人勧誘効果があるかなど不安も大きかったが、こうした一石が次第に会の存在を知らしめ、やがては大きな波紋となって行くであろう。これも会員である学生たちが、学年を超えて協力し様々な産みの苦しみを経験しつつ踏ん張った成果である。赴任から今までの4年間は、学部の国語専攻のゼミ生としか深い関わりがなかったが、この短歌会のおかげで農学部・工学部の学生たちとも交流が深まり誠に嬉しい限りである。さらには彼らが対話や議論に対して、忌憚なき主張を闘わせる習慣を備えており、学年の上下関係や顧問である僕なども公平に「短歌」という表現の「学び」の中で向き合う姿勢があることに、ある種の驚きと深い感謝を覚えるのである。

昨夜も今月3回目の短歌会例会を開催。ある応募のために「奈良」の題詠を扱った。やや難しい題詠であったようだが、それだけに個々の歌への表現の豊かさがあらためて感じられた。応募作品ゆえに小欄での内容的言及は控えておくことにしたい。例会後は、学祭の慰労会へ。話題は多岐に及んだが、「意見の主張」を積極的にする姿勢について”主張”し合った議論がとても豊かな内容であった。自らのゼミの学生たちには、こうした姿勢を身につけられるように日常から工夫をしているが、自然と短歌会の学生たちも「主張」があるのが嬉しい。これも高校時代に「牧水短歌甲子園」やその他の文芸部での活動を通して、貪欲に「表現」を求めてきた面々であるからだろう。話題は「宮崎の将来の生きる道」などにも及び、世代を超えて「短歌」を見据えて、豊かな地方での生き方などの意見が交わされて、大変意義深い時間となった。昨今の学生に聊か物足りなさを感じていたが、一番身近な学生たちにこそ「主張」があったわけである。

「短歌」を創ることは「生きる」ことそのもの
ならば生活する風土のことにも無頓着ではいられない
荒んだ都会にはない「宮崎」が、学生たちの中にも見えたことが何とも感激なのである。


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やはりできるぞ温泉ののちー牧水『短歌作法』を倣って

2017-11-21
歌ができないとき
牧水『短歌作法』に曰く
「読書(音読)・温泉・そして酒」

学祭片付けのための休講日。朝から研究室に出向くか否かと迷ったが、外から機材撤収の音などが聞こえてくるのを懸念して、午前中は自宅で歌集など読みながら歌作に励んだ。ここのところ1階リビングの長机に座椅子という環境を、ほぼ「短歌用」に占有していて、其処に座れば歌集を読むことと歌作をするスイッチが入るように施した。これも自宅内のスペースを自由に活用できる特権である。こうした「場所」が、思考に与える影響は大きいように思われる。もちろん研究室も書籍や辞典類の揃えには長けているのだが、ここのところ事務的作業をすることが多く、短歌を作るにはズレた思考になっていることに先日気付いた。机いっぱいに歌集だけが積まれており座卓であるのも、身体性の「スイッチ」を入れるためには有効であると思う。

それにしても急にかなり寒くなった。部屋には石油ストーブの匂いが立ち込め、厚手の冬服を焦って衣装ケースから出した。肌は乾燥し始めるし、吹く風は痛く頬に刺し込む感じがする。午後になって研究室で少々仕事をしてからの夕刻、ジムに行くか迷ったが歌作の流れができていたので、再び座卓へ。だがなかなか飽和した頭では、納得した歌ができない。そこで冒頭に記した牧水『短歌作法』の一節を思い出した。「読書」でダメなら次は「風呂」、発想を変えるためにも車に乗って近所の公共温泉に向かった。いつもながら「常連」の顔馴染みとなった方々が、「源泉」(大きな浴槽より温度が低いが、含有物の濃度が高いのか疲労の回復具合が違うような気がする)で談笑している。まずは大浴槽に独りで浸かり歌のことなど、あれこれと考えていた。温もった身体はやはり新たな発想をもたらせてくれる。その後、「源泉」にも浸かって温度差を楽しみ馴染みの方々の四方山話に加わると、一気に思考が正常化したような気になった。今年は先月までの学会大会開催にあたり、運営上の苦しさの中で何度もこの温泉には助けられた。まったく違った仕事を持つ地元の方々と話すことを含めて、「温泉効果」は抜群のようだ。

風呂の中で歌ができたら「音読」して覚え込む
牧水は「慌てて風呂から上がって書き留める場合もある」と記す
風呂にぬくもり人にぬくもる、やはりこれでこそ「和(む)歌」なのであろう。


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学祭の光景と時代

2017-11-20
身近な学生たちの非日常
そしてまた卒業生たちの来校機会
学祭の様々な光景から・・・

普段はマイクによる発声や大きな音のない静寂なキャンパスであるが、1年にこの数日間だけは「非日常」が訪れる。あくまで「学生による学生のための祭」であるから、赴任当初はあまり足を運ぶこともなかった。だがここ2年間は、教務担当ということもあって「緊急時対応」のために当番制で大学に詰めるようになった。幸い昨年も今年も「緊急時」に該当するようなことは発生せず、自由にキャンパス内を巡り歩くことができた。今年は特に「短歌会」ブースもあって、其処に行けば馴染みの学生たちにすぐに会えるという環境も整った。短歌会「第1号会誌」はなかなか好調に多くの方々に配布されたようで、ブースには短歌関係の方々も何名かが訪れてくれたようだ。まずは、興味を示して足を運んでくれた方々に感謝申し上げたい。今年は特に教室で何をするわけでもなかったが、来年以降はイベントを開催してさらに存在をアピールしたいところである。

さてキャンパス内には数カ所のステージが設けられ、ダンスや音楽が発表されている。其処にゼミ生が出演する光景を観るのもまた楽しみの一つ。普段のゼミでの討議では見られない姿が浮かび上がり、学生たちの日常が様々な綾で織り成されているのが知られる。だがいずれもいずれも「表現」に関係していると考えると、自ずとゼミで考えていることにも繋がってくる。学生時代というものは、専攻する「学び」だけでは十分な「学び」として満たされないと、自分の経験からも痛感するのである。思い返せば、僕の学生時代の学祭は今の時代とも違い、ある種の「主張」を持った企画イベントが乱立している様相であった。その中でどれだけ社会的にも通用する内容を企画制作実施できるかに、各サークルなどが躍起になっていた気がする。会員数100名近いサークルの幹事長という重責を僕も担っていたこともあるが、OBの方々をはじめ多くの社会人の方々から、様々なことを学んだ覚えがある。あらためて「あの頃」も忙しい日々を送っていたのだと、何かを担う「性分」なのを再発見したりもできた。

祭りのあとやがて哀しき
後夜祭での打ち上げ花火は今年から中止になったらしい
それでもなお、祭りには何らかの「主張」がと思うのは僕の世代だからであろうか。


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短歌で学ぶ〈教師未来セミナー「宮崎の先生っていいな」〉

2017-11-19
「この子らを妊りし日の母のことふと思う試験監督しつつ」
(俵万智さん『サラダ記念日』より)
短歌から考える「教師のこころ」・・・・・

夜中には激しい雨音で目が覚めてしまった。その流れで早目に起床し準備を整えて、宮崎南高等学校へと車を走らせた。昨日の小欄でも触れた「教師未来セミナー」の講師を務めるためである。南高校の生徒のみならず、県内各地から教師を目指す高校生たちが、雨にも負けず朝から70名ほど集まった。まずはその情熱に大きな拍手を送りたい。人生の志というものは、悪天候など簡単に凌駕するものである。9:00セミナー開始、まずは前の方に座っている何人かの生徒たちに「どこから来た?」「部活は何を?」と”つかみ”を入れる。「教師」とは教科を教えるのみならず、「部活」などを通して生徒たちと深く関わるものである。その後、僕が〈教室〉で関わった「教え子」ならぬ”学び子”たちで、プロ選手となった面々を写真で紹介した。サッカー・野球では既に指導者やチーム運営に関わる要職に就く者もいる。彼らは「プロ」として厳しい競争を勝ち抜いて生きて来た。その生き様を自己に照らし合わせると、「教師」も「プロ」であることを忘れてはならないと思う。スポーツ選手は実績がなければ「自由契約」となるが、「教師」はどうだろうか?そのくらいの矜持と決意を持って、あらためて「教師はプロだ」と高校生たちに熱く語った。

その後は、俵万智さん『サラダ記念日』にある「橋本高校」の連作から、5首の歌(冒頭に記した歌が一例)をみんなで音読して味わった。そこから対話活動へ、6人1組となって5首から印象深い歌を1首選ぶ、そしてその歌から感じられる「教師のこころ」を話し合い、各班のコメントを簡潔にまとめる内容である。この活動は予想以上に効果的で、選ばれた歌は様々であったが、「先生を評する・・・」といった歌の一節に、「教師は中学生から厳しく見られている」などと、現代の世相を反映するようなコメントが付けられて、『サラダ記念日』という歌集が「色褪せない」というよりも、「いつの時代にも対応する」歌集なのだとあらためて実感した。また定番とも言える「歌の中の『君』はどんな存在か?」といった観点からコメントを述べた班もあって、「教師」も「人」であるという思いも含めて多様な「こころ」が学べたように思われた。

後半は宮崎が生んだ国民的歌人・若山牧水の歌へ。牧水が家業を継がずに歌人を志した強固な意志、そして人生とは「旅」のように出逢いの連続である感慨を歌から味わった。その後の対話活動では、「教師への志に不安なことは?」を話し合う内容。「志を持ちなさい」と学校では教え込むことが多いが、「不安」は誰しも持っているものである。むしろその負の方向を対話して共有してこそ、「志」はさらに固まるのではないかと思う。僕自身もいくつかの志に迷い、そして「教科(専攻)選択」でも大いに悩んだ。だが「教師」になれば、部活動を担当したり学校行事で出番が与えられたり、様々な「夢」をささやかながら「現実」にすることができる。これもまた「教師」という職業の大きな「希望」に違いない。

生徒「上手く授業ができるか不安です」
私「どうぞ宮崎大学教育学部へ来てください!」
宮崎の次世代を担う瞳が輝いていたことに、大きな希望を実感した。

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汝が意志をまぐるなといふが如くに

2017-11-18
「納戸の隅に折から一挺の大鎌あり、
 汝の意志をまぐるなといふが如くに」
(若山牧水『みなかみ』より)

大学キャンパスは学祭準備に入り休講日。朝から様々な活動に奔走する学生たちの姿を眼にし、作業から発する音が研究室にも聞こえて来て、この時季を感じさせる雰囲気となって来た。そんな中、本日県立宮崎南高等学校を会場に開催される「教師未来セミナー」で使用する資料作成の最終段階を進めていた。この企画は、宮崎大学と県教育委員会・県商工会議所連合会など地域との官民協働による「人財育成」を目標に、年間6回開催されているものである。今年度は既に大学学部から何人かの先生方が、各講座の専門を活かした内容でセミナーを行っている。10月までは学会開催があるゆえにお断りしていたが、このテーマならば自ら話したいという願望もあって、この5回目の担当と相成ったわけである。その資料を作成していると、必然的に自分がどのように教師を志望し大学で学び、現職教員として過ごし、そこでどれほどの生徒たちに出逢って来たかが思い返され、感慨深くなることしばしばであった。

セミナーではやはり「短歌県」を標榜し、教師の心情を表現した短歌を読みながらその魅力を発見する内容構成としてある。さらには郷土の歌人・若山牧水の歌も読んで対話して考えてもらいたいことがある。牧水は現日向市東郷町の生まれであるが、祖父の代から医者の家柄で、当時の村の中では父の医業を継ぐことが期待されていた。旧制延岡中学校(現延岡高等学校)から早稲田大学(文学部)へ進み、文学を志し短歌に没頭する道を歩むことになる。その後は父母との関係も含めて故郷へは、どこか後ろめたい葛藤が牧水の中でも渦巻いていたことが知られている。冒頭に記した歌は、牧水にしては五・七・五・七・七形式をやや逸脱した所謂「破調」歌であるが、それだけに牧水の心境をよく表現している。父親の具合が悪くなり帰郷した際に、生家の納戸に籠って詠んだであろうとされる一連の一首である。そんな牧水と僕自身を照らし合わせてみると、やはり「文学を志した」ことと「家業を継がなかった」という二点で共通点がある。僕自身は、当初は「絶対なるまい」と思っていた「教師」になぜなったのか?という点が「汝の意志」ということにもなる。青春の葛藤はいつでも酸っぱくほろ苦い。そんな話題も含めて、宮崎の未来の教師たちへ、僕にしか語れない内容を伝えたいと思っている。

本日から大学キャンパスは「清花祭」
僕は朝から宮崎南高等学校へと向かう
伊藤一彦先生と堺雅人さんの師弟関係が生まれたのが、南高校という思いも抱きながら。


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若竹の伸びゆくごとくー宮崎大学短歌会学祭へ向けて

2017-11-17
「やよ少年たちよ
 若竹の伸びゆくごとく子ども等よ真直ぐにのばせ身をたましひを」
(若山牧水『黒松』より)

牧水晩年の歌を集成した歌集『黒松』に、冒頭の歌がある。よく生誕地の日向の小学校などを訪れると、天井まで届かんほど立派な天然の木製ボードに、この歌が刻まれていたりするのをよく眼にする。牧水は晩年、自分の子ども等にも、また若い多くの少年少女等にこのような思いを持っていたのがよく伝わってくる。教育に携わっているか否かを問わず、子ども等が「若竹」のごとく伸びる姿に関わるのは、誠に嬉しいものである。ちょうど1年前頃であろうか、市内で行われる短歌イベントで、牧水短歌甲子園の優勝校に大学生が対戦しないかというお話をいただいて、ゼミのメンバーを中心に出場チームを構成した。それが「宮崎大学短歌会」の「若芽」となった。その後、今年度になってやはり牧水短歌甲子園に出場した経験のある学生が宮崎大学に入学して会員となり、他にもたくさんの仲間を連れて来るようになった。今や会員10名ほどのサークル母体ができた。

今週末は宮崎大学の学祭であるが、その場を活用してさらに会員を増やせないかと学生たちが考え始めた。僕自身が何かを勧めたわけではないが、いつの間にか短歌会が学祭中に使用できる教室を確保してきた。そしてやはり「短歌会」を名乗る以上、会誌が必要であろうということになり、先月末から毎週のように歌会を開いて題詠歌を競って創り、また今までの詠草歌を7首連作に仕上げるよう全員が努力した。さらには先週の歌会の状況を録音し、文字起こしをしてその状況がわかるようなページを個人的な努力で作成する者もいて、その若い力にこちらも呼応してできるだけのことは尽力しようとした。その会誌もようやく印刷し閉じこまれる作業にまで辿り着いた。手書きの表紙も愛嬌があって、手作り感満載の一冊となった。その完成した一冊を見て、あらためて「若竹」のような学生たちの底知れぬ力を実感した。1年でこれだけ伸びるのだ。高校生・大学生、そして一般の方々はもちろん、高齢の方々まで、「短歌県」と呼ばれるには、こうした世代間を超えた連携がぜひとも必要となるだろう。中でも多様に動ける大学生の力は大きい。

宮崎大学「清花祭」11月18日(土)19日(日)開催
木花キャンパス教育学部棟L313教室が宮崎大学短歌会ブース
会誌を無料配布しております、学生たちの短歌をぜひお読みください!


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現代語訳に頼らないでこそ

2017-11-16
古文・漢文の現代語訳
高校古典授業の訳中心主義
わかったような気になるだけで読めていないのでは・・・

高大連携などが世間では叫ばれているが、大学入試がその間に置かれていることにより、むしろ分断されている感を抱かざるを得ない状況に遭遇することも多い。センター試験をはじめとして客観式試験が中心であるせいで、どうしても高校生は「正解主義」に陥った思考になりがちである。もちろん「最も適切なものを選びなさい」と問われるゆえ、「思考の傾向」を客観的に捉えるという意味では有効と言えるのであるが、その「最も」は「一つ」だけに微妙な差異を認めない薄情さが伴い、「正解」という「規範」だけを崇める思考に陥りがちなのは否めない。それが古典の場合は顕著で、特に「現代語訳」を求めても「唯一無二」の規範訳を授業で提示し、それを定期試験の「正解」としている「教室」を数多く見てきた経験もある。だがしかし、提示される現代語訳など、その教師の解釈か、あるいは指導書などの解釈に依存した偏りのあるものだと知るべきであろう。

古文であれ漢文であれ、そしてまた明治期の文語文であっても、その原文と向き合って意味を探るところにこそ、文学を読む魅力があるのではないだろうか。現代語訳することを求めたり、あるいは、訳を示して教え込む方法は、もとより「読む楽しさ」を失う受動的な学習に陥りがちである。大学1年生配当科目の「国語」では、こうした「読む楽しさ」を協働活動の中から見出す講義内容を心がけている。昨日は「短歌教材で育む思考力・想像力・表現力」と題して、主に牧水の歌について、自分なりの「読み」を個人思考した後に班内対話をして擦り合わせて一つの見解にまとめて、それを全体に発表するという方法で進行した。「あくがれ」の意味を短歌全体の文脈から考えることや、「白鳥」は「何羽?」が「どこに?」いるのかという疑問について、「正解」などを求めるわけではなく、自分の経験を立ち上げながら、歌の場面を想像し自ら映像化していく思考力を体験的に学ぶ機会とした。

自ら道を歩かずして道は覚えられず
現代語訳という「即席レトルト」を食べさせていいものか
森林で道に迷い、また材料を切り、味付けに配慮し、焦げ付きを避けてこそ・・・・・


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和歌と短歌の文学史(Ⅲ)ー「空の会」講演

2017-11-15
今年で3回目シルバーケア短歌会にて
古典和歌について深く知りたいという希望から
「古今和歌集からなる修辞技法について」

心の花宮崎歌会で懇意にする方々が世話役をやってらっしゃる縁で、シルーバーケア短歌会「空の会」にて、3回目となる講演をさせていただいた。結社を超えて日常から短歌実作をされる方々が、県立図書館の図書振興室に集まった。実作はすれどなかなか古典和歌をきちんと学ぶ機会がないという声から、まずは「和歌と短歌はどう違うのか?」という素朴な疑問から始まった講演である。今年は『古今和歌集』からさらなる発展を遂げた「修辞技法」について、という要望により講演題を決めた。まずは前回までの講演の復習という意味で『万葉集』から『古今和歌集』のあいだが146年間あることに触れ、『古今和歌集』が長年の歌風の違う歌から選ばれた歌集であることを確認。この年数というのが、我々平成を生きる者にとって明治維新から今までの時間的距離に匹敵することを紹介。子規・鉄幹・信綱・空穂などと自らの歌との隔たり感が、万葉と古今の間にもある。その後「題詠」について、歌合や屏風歌、そして成熟した題詠歌たる『新古今和歌集』の歌なども紹介し、そのあり方について説明した。

「かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥すほどは面影ぞ立つ」(新古今・恋五1390・藤原定家)


後半はまず「枕詞」から。その語自らは一首の中で中核的な意味は成さないが、ある語を誘発する力には歌の原点があるようにも思われる。むしろ意味文脈を成す「被枕」を言わなくとも想起させる力は、現代短歌でも応用可能だと思われる。

「あしびきの山の夕映えわれにただ一つ群肝一対の足(佐佐木幸綱『直立せよ一行の詩』から)


「序詞」は複線的文脈を「同音反復」「掛詞」「比喩」という連結機で前後を繋ぐ歌となり、その複線文脈が微妙に響き合うのが特徴である。言いたい「思い」は限定的となるが、その景との交響を「遊び心」で多様に読めるような歌であれば、現代短歌でも応用可能である。

「風吹けば沖つ白波たつた山夜半には君がひとり越ゆらむ」(古今・雑上994・よみ人しらず)


「掛詞」は周知の通り、一語に二つの意味を含ませるものだが、あらためて「自然」と「人事」が掛け合わされていることに注目。「人目も草も」(人事・自然)「かれぬと思へば」(離れぬ=人事、枯れる=自然)ということである。

最後に「縁語」であるが、「一首全体の趣旨とは無関係」であるのを特徴とする。

「袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ」(古今・春歌上2・紀貫之)

「袖」→「結ぶ」「張る」「断つ」「解く」(縁語関係の語)
    「掬う」「春」 「立つ」「溶く」(一首の文脈と掛詞関係にある)


以上、講演レジュメから一部を紹介した。
「短歌県」を目指すには、こうした地道な交流を大切にすることから
荒む社会の中で、年齢を超えた学びは実に尊いものである。


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うっかり八兵衛ひそめよ権力

2017-11-14
水戸黄門に不可欠のキャラクター
ヨレヨレのコートで汚い衣服の「刑事コロンボ」
物乞いに間違えられて追い返された牧水先生も

「水戸黄門」という不滅の時代劇に登場するキャラクターとして、「うっかり八兵衛」は不可欠であろう。食いしん坊ゆえ旅先で食べ過ぎて腹を壊し、世話になった先の農家が代官に苦しめられているとか、ストーリー展開の契機を作る上で重要な役割を担っている。その八兵衛が一話のかなり最初の方で、無法な連中がいると「このお方は誰だがわかっているのか!」と啖呵を切って「田舎ジジイ」に扮する黄門様を「天下の副将軍」だと明かしてしまいそうな場面もよくあったように記憶する。それを黄門様や助さん格さんが、「八!」と言わないように戒める。一話展開上で、こうしたことが必要だとも言えるのだが、それのみならず早々に「権力」を晒してしまうとたぶん悪事を働いている連中はいそいそと画策して、それが露見しないよう施してしまうであろう。黄門様はどんな罵詈雑言であっても「ハイハイ」と受け止めて、「田舎ジジイ」で居続けることに寛容である。あの水戸黄門を観終わった際の、「こんな為政者がいたら世の中は」と我々が思うのは、こうして庶民視線を続けられる心に支えられているのかもしれない。

洋の東西を問わず「水戸黄門」と類似する図式なのが、「刑事コロンボ」だろう。知能犯であるその回ごとの犯人は、汚い衣服で”なまくら”(鈍感)そうに見える「コロンボ」を舐めてかかり、「コロンボ」も最後まで自らが鋭い洞察力があることを伏せ続ける。その結果、自ら犯行を証明してしまったり、語るに落ちるという展開となることが多い。知能犯の多くは社会的地位も財産もある「権力」を持った人物である。彼らはその権力を笠にきて完全犯罪を企てるのだが、結局は自身の「権力」によって自らが暴かれるような図式となって実に痛快なのである。こんなことを考えていると、若山牧水が旅に出る際にも実に粗末な風体であったことを思い出した。東京で親しかった詩人の萩原朔太郎の親戚を訪ねた際など、あまりに汚い身なりであったので「物乞い」に間違えられて追い返されてしまったという逸話もあるほどだ。虚構の映像作品と牧水の逸話を同等に論じるのは、不平の誹りを逃れないのは承知の上で、「権力」なり「名声」を示すことで先方の心が閉じてしまうという普遍的な社会の作用を考えるべきではないだろうか。宮崎大学短歌会の活動には、学生と同等に詠草(歌の原稿)を出しているが、無記名で批評される際には、学生たちは僕の歌もあると知りながら忌憚なく批評する姿勢が心地よい。歌会の無記名批評もまた、「八兵衛の論理」として公平だからこそ、心開かれた批評が可能となるのだ。

学校教育もまた「権力」を押し付けないこと
国語教育なら教師も一読者として対話(思いやり)のある話し合いを
僕たちは時に「八兵衛」になってしまうことがあるので注意をしたいものである。


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